【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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15話

 

 ツミキさんから渡された三つの依頼書。それらすべてを達成したボク達は、次の日にツミキさんの元へとその旨を報告しに行った。

 まさか二日で全て終わるとは思っていなかったみたいで、突然来訪した僕達に、珍しくツミキさんが驚いた顔で暫く固まっていた。

 その後一つ一つの詳細を聞かれて説明すると、それぞれにツミキさんも満足そうにしていた。特にお婆さんの話をした時は、他に比べて聞き入っていたように見えたし、無事に探し物が見つかったと知って、心なしか表情も緩んでいた。お婆さんも言っていたけど、やっぱり二人は面識があるみたい。

 それで、一応今回の件はさくら神社の巫女へのお仕事だったわけだけど、ツミキさんも立て続けにお仕事を回す気は無いみたいで、ボク達は暫く待機と言う名のお休みを貰う事になった。

 元々何もしていなかったから、他のお仕事を任されても大丈夫なのだけど、そこはツミキさんが譲らなかった。

 そんな訳で、ツミキさんへの報告も終えたボク達はそのままさくら神社へと戻っていた。

「じゃあ、光たん。ちょっとみこはやることがあるから」

 神社へ帰って早めのお昼ご飯を食べるや否やそれだけ言い残して、みこさんは足早に自室の方へ行ってしまった。

 ここ二日はずっと外に出ていたし、みこさんも趣味だったり、やりたいことが溜まっていたのかもしれない。

「でも、みこさんって元々お部屋に引き籠ってたかな…」

 大抵時間が空いたら街の方に出ていたけど、この二日のことを考えたらまだ頷ける。でも、これまでもずっと部屋にいることはあったけど、基本的にボクを誘って連れ込んでいた。

 なのに、今日はみこさん一人でさっさと行ってしまった。

 特段、それに不満とかがある訳じゃない。けど、なんだろう、最近はずっと密着と言っていいほどすぐ隣に居たから、いつもより周囲が静かな気がする。

 意識すると尚更に気になってきて、きゅっと胸の奥が収縮するのを感じた。

「?ボク、どうしたんだろう」

 唐突に覚えた変な感覚に首を傾げていると、ふとズボンの裾を引っ張られた。下に視線を落としてみれば、いつの間に出てきたのか、シキガミさんがズボンを握ってこちらを見上げていた。

「わ、シキガミさん。いきなり足元に出てくると危ないですよ。どうしたんですか。もしかして、シキガミさん達もお暇なんですか?」

 驚愕も冷めやらぬ中もしやと問いかければ、シキガミさんはこれ見よがしに頷いて見せる。

 本来、シキガミというものは呼ばれなければ出てこない。そも何処にいるのかと問われれば、異空間と答える人もいれば、使役する者により現界しているただの現象だと答える人もいる。

 でも、それは一般的に限った話。足元でこちらを見上げている小さな生き物は、明確に意思を感じさせるのだから、特別という他無いだろう。流石、さくら神社の巫女様が使役するシキガミと言ったところだろうか。

 そんな彼らだからこそ、暇を持て余すこともあるのかと、ふと自分の中の知識も意外と当てにならないと思いなおす。これはみこさんに世間知らずと言われるのも否定できない。

「分かりました。そうですね…なら、ここ最近疎かになってましたし、久しぶりに大掃除でもしましょうか。勿論、普段は行き届いてない所まで、隅々と。これは腕が鳴りますね」

 ぐっと体を伸ばしていると、そんなボクをシキガミさん達はキョトンとした後、呆れたような目で見て来る。

 大方せっかくの休みなのに更に働くつもりか、とでも言いたいのだろうけど、こればかりは仕方がない。

 なにせ、ボクの本職はあくまでみこさんの執事なのだから。

 

 

 

 掃除を始めてみると、案の定と言うべきか、行き届いていなかった部分に埃が溜まっているのがよく分かった。

 今までも手を抜いていたつもりはないけど、掃除というのは拘ろうと思えばいくらでも拘れてしまう。つまり、どれだけやっても完璧に至る事は難しいという事。

 早朝の掃除はシキガミさん達の物量に頼りきりで、限られた時間では広いさくら神社で掃除を仕上げるのは無理があったのだと、今回の件で身に染みた。

 これからは、定期的にこうして大掃除をしようかな。

 そんな事を考えていると、定期的にボクにこき使われるという不穏な気配でも感じたのか、シキガミさん達がびくりとその身を揺らしていた。勿論、手伝って貰った分はお菓子だったり好きなものを作ったり、何かしらの形で返しているから不当な労働には当たらない、と思いたい。

 とはいえ、何だかんだでシキガミさん達も楽しそうに見えるから、あんまり気にし過ぎるモノでも無いのかもしれない。

「…」

 シキガミさん達の様子を伺っていると、ふと視界に入ったそれに思わず絶句した。

 視線の先には、いつかと同じくみこさんの下着を当たり前のようにその頭にかぶった一匹のシキガミさん。

 ボクの隣を歩いていた他のシキガミさんも、それに気づいて驚愕したように身を震わせた。シキガミさんが慌ててボクと件の一匹とを見比べる中、ボクは無言のままその一匹へと歩み寄る。素敵な帽子をかぶった狛猫は近づいてくるボクに気が付くと、何か用事ですかとばかりに、キラキラと澄んだ瞳でボクを見上げていた。

 ボクは今日作る予定のお菓子を一つ少なくすることに決めた。

 掃除がひと段落して、ざっと体の汚れを落としたボクはシキガミさん達を伴ってキッチンへと赴く。後ろをぞろぞろと付いて来る様は、昔話のとある笛吹を思い起こさせた。

 チラリと後ろを振り返って、ふと違和感を覚える。こんなに長い事、シキガミさん達が現界しているのは珍しい。いつもなら大抵ふらりと何処かへ行ってしまったり、仮に現界してたとしても、みこさんの傍にいるのが常だ。

 なのに、今日はみこさんの方へ行くでもなく、ずっとボクの用事に付き合ってくれている。何処へ行くでも、何をするでも一緒で。まるで、昨日までの、みこさんみたいに。

 不意に心がざわついた。ふと目が合ったシキガミさんは、不思議そうに首を傾げている。なんでもないと頭を振って前を向くけど、胸の内ではまだ風が吹きすさいでいた。

 今日のボクはやっぱりどこか変だ。初めてのお仕事が終わって、気が抜けているのかもしれない。うん、きっとそうだ。

 自分で自分を納得させて、もやもやは全部お菓子作りで発散しようと、丁度到着したキッチンの中へと入る。

「うーん、何を作ろうかな。生クリームは昨日使い切っちゃたし、小豆が余ってるから餡子にして…おはぎ?ケーキ生地に乗せるのもあり…」

 ある材料を物色しながら候補を絞っていく。意外とこうして何を作ろうか迷っている時間が、ボクは結構好きだったりする。

 一通り候補をあげつらった所で、他の要素を求めて今度は調理器具を眺める。嬉しい事に、さくら神社のキッチンには大抵の調理器具が揃っているのだ。もしかしなくとも、ツミキさんがみこさんの要望に応えるために揃えたのだろう。

 とはいえ、調理器具が多いと言うのも問題で。数があるという事は、よく使用する器具もあれば、普段は全く日の目を見ないものまであるという事。それはなんだか勿体ない気がする。どうせなら、全部の器具をちゃんと使ってあげたい。

 一つ一つを眺めながら悩むことしばし、ふと一つの調理器具に目が留まった。

「たい焼きの型か…、うん、良いかも」

 材料的にも丁度作れるし、何よりみこさんも喜んでくれる筈。口いっぱいに頬張ってにへらと笑っているみこさんを脳裏に浮かべて、つい口元が緩んでしまう。

 そうと決まれば、必要な材料を並べてさっそく調理を始めていく。

 まず作らないといけないのは、一番大切なあんこから。と言っても二回茹でるだけだから、茹でている間に生地の準備もしておく。たい焼きの型は暫く使ってないみたいだから、一度洗って火にかけて水を飛ばした。

 ちょっと時間は掛かるけれど、少し遅めのおやつの時間と考えれば十分許容範囲内だ。

 そこまで複雑な工程は無いから、シキガミさん達は台に上がって邪魔にならない所でつぶさに観察していた。

 水を変えて暫く茹でていれば、小豆も柔らかくなったみたいで、後はここに砂糖を入れて煮立てればあんこが完成する。

「ん、上出来。ちょっと甘いけど、たい焼きならこんな感じかな」

 炊きあがったあんこを匙で少し掬い取って味を確認して、いつもの調子でもう一つの匙にあんこを乗せて振り返る。

「みこさんも味見してみて下さ…」

 当然、振り返った先には誰も居ない。何もない空間に差し出された匙が揺れて、動きを止める。

 だって、最近ずっとそこにみこさんが居たから。言い訳染みた思考を脳裏に浮かべつつ、「あ、あはは、間違えちゃいました。シキガミさん、代わりに味見して貰えますか?」と、丁度傍にいたシキガミさんに匙を渡す。

 炊き立てな事もあり、熱々なそれを口に入れたシキガミさんが飛び上がるのを横目に、ボクはチラリと自分の隣へ目を向ける。

 お構いなしにくっついて来たのに、今日になって突然離れて行った。

 なんでだろう。その事実が、こんなにも胸をモヤモヤとさせる。

 

 

 

 焼き上がったたい焼きをお皿に乗せて、ついでに二人分の飲み物を持ってボクはみこさんの部屋の前に立つ。

 片手を上げて、一瞬虚空に彷徨わせて、軽く襖を叩く。すると、直ぐに中から「はーい」と声が聞こえたから、ボクはゆっくりと取っ手に手を掛けて襖を開けた。

「光たん、どうしたの?…って、はっ、この匂いは…まさか!」

「えっと、たい焼きを作ったので、みこさんも良かったら食べないかなって」

「食べる食べる!ちょっと待っててにぇ、すぐ片付けるから」

 あからさまにテンションを上げたみこさんは、そう言うなりバタバタと慌ただしく散らかった部屋を片付け始めた。

 部屋の中には布の端切れだったりが散乱していたけど、それよりも、ボクが驚いていたのは部屋の真ん中に置かれたトルソー、そこに掛けられているやけにひらひらとした服に対してだった。

「それ、メイド服ですか?にしては少しスカートの丈が短いですけど」

 黒を基調として白のフリルがあしらわれたそれは、紛れもないメイド服。だけど、どうみてもフリルの量が多いし、何よりスカートの丈が普段みこさんが来ている服より気持ち長い程度しかない。

 ボクが問いかけると、片付けをしていたみこさんは手を止めて、よくぞ聞いてくれたとばかりに顔を上げた。

「その通り!光たんは執事服を着てるから、いつもパンツスタイルでしょ?まぁ、それは良いんだよ。似合ってるし、みこも美少女が執事服を着てるのは大好物なのですよ。だが、しかし!いつもはズボンばかり穿いてるあの子に、スカートを穿かせてみたい。慣れないスカートを穿いて恥じらっている姿を見てみたい!そう思ったら居ても立っても居られず、こうして用意したという訳ですよ」

 スイッチが入ったおもちゃみたいに、普段はふにゃふにゃとしたみこさんの活舌が面白いくらいに回っている。

「…って、待ってください。その口ぶりだとそのメイド服を着るのって…」

「勿論、光たんだよ?だからさ、光たん…」

 言葉を区切って一息入れると、みこさんはその顔に、それはもういい笑顔を浮かべて。一言。

「着よ?」

「嫌です」

 間髪入れずに即答する。なんならみこさんが口を開いた時には答えていた。

「えぇ、何で!?絶対似合うのに!可愛いよ、きっと可愛いよ、メイドな光たん」

「似合うとか可愛いとかの問題じゃないですよ!嫌なものは嫌なんですー!」

 着てなるものかと最大限の拒絶を示して見せれば、みこさんは「えー!」と不服そうに唇を尖らせる。

 いくらなんでもスカートが短すぎるし、何だかこの流れでこの服を着るのは恥ずかしい。

「でもね、みこは知ってるよ?実は光たんがスカートに興味がある事。偶にみこのスカートをあてて鏡で見てるもんね」

 続いたみこさんの言葉にカッと顔に熱が集まって、危うくたい焼きと飲み物の乗った盆を落としそうになった。

「な、何で知ってるんですか。まさか見て…!?」

 ボクが一人慌てていると、何故かみこさんはキョトンと目を丸くして、次ににんまりと笑みを浮かべる。それを見て、さっきのみこさんの言葉が口から出まかせであったことを悟った。

「へー、本当にそうだったんだー。なーんだ光たん、水臭いなー。そう言う事ならこのエリート巫女に早く言ってくれないと」

「違いますから。あー、もう、違うったら違うんですよ!これ以上言うようだったらたい焼きあげませんからね!」

「そ、それは話が違うんじゃないですかね」

 たい焼きを人質に取れば、みこさんは先ほどまでの威勢は何処へやら、泡食っていきなり殊勝な態度を見せる。

 右へ左へと遠ざける様に盆を動かしてみると、釣られてみこさんもよろよろとした動きで左右に揺れる。お昼が早かったこともあってか、かなり魅力的に映っているらしい。こんなに求められては、作った側からすると悪い気はしない。小さく息を吐いて溜飲を下げて、盆に乗ったたい焼きを差し出す。

 無邪気な仕草でたい焼きを受け取ったみこさんは、軽い足取りで部屋の空いたテーブルへと持って行くと、両手で持ったそれに早速かぶりつく。

「どう、ですか?」

 感想が気になって、恐る恐る問いかける。

 なにせ、みこさんは普段懇意のお店のたい焼きを食べている。自分では問題は無いと思うけど、やっぱり不安にはなってしまう。

「ふん、ふほふほひひひ」

「すみません、呑み込んでからで大丈夫ですから」 

 口に入ったまま答えようとするみこさんにそう断る。

 それからもぐもぐと何度か咀嚼して呑み込むと、みこさんは改めて口を開いた。

「凄く美味しい!やっぱり光たんは料理が上手だにぇ。みこのお嫁さんに来て欲しいくらい」

「あ、あはは、お嫁さんは兎も角、良かったです。シキガミさん達からお墨付きは貰ったんですけど、みこさんの口に合うかは分からなかったので」

 みこさんの向かいに腰を下ろしながら、ほっと胸を撫で下ろす。美味しい美味しいと言いながら食べて貰えるのは、やはり嬉しい。

 ボクが座ると、ふと何かに気付いた様子のみこさんがボクの後ろを覗き込んで、きょろきょろと辺りを見回し始める。『どうしたんですか?』、そう問う間も無くみこさんは視線を戻して口を開く。

「あれ、そういえばみんなは?光たんと一緒に居てって言っておいたんだけど…」

「シキガミさんでしたら、さっきまで一緒でしたよ?今は多分下の居間でたい焼きを食べてると思いますけど…言っておいたってどういう事なんですか?」

 答えつつ、ふとみこさんの言葉に引っ掛かりを覚えた。珍しくシキガミさん達がずっといるなと思っていたけど、みこさんが先んじて言っていたらしい。けど、どうしてまたそんな事を。

「ほら、みこはメイド服の仕上げで光たんと一緒に居れないから、代わりにみんなに光たんが一人にならないようにお願いしてたの。光たんに寂しい思いはさせたくないからさ」

「…」

 予想外の理由に、ぽかんと口が空きそうになった。

 まさか、みこさんがそんな事を考えているとは夢にも思わなかった。でも、最近やけに引っ付いて来ていた事を考えると、成程確かに合点が行く。

 冷静にそんな事を考えるけど、でもやっぱり驚くものは驚いた。だからだろうか、つい、ポロリと、自分でも自覚してなかった本音が口を衝いて出た。

「…ボクはみこさんが居なくて、寂しかったですけど」  

 言ってしまってから、パッと口を押さえるけど完全に後の祭りで。

 みこさんは暫く呆然とボクを見つめた後、バッと立ちあがってボクの方へ急ぐと、勢いのままにボクに抱き着いて来た。その顔に、満面の笑みを携えながら。

「ごめんにぇ光たん!そっかそっか、みこがいなくて寂しかったんだにぇ。あ、だからみこの好きなたい焼きを作ってくれたの?ねぇ、光たん、もしかして照れてるの?みこはそんな光たんが大好きだからにぇ!」

「も、もう、やっぱり没収です!みこさんに食べさせるたい焼きは有りません!」

「光たん照れてるー!」

 

 

 

 一階の居間。

 上からどたばたと光とみこが暴れている音が鳴り響く中、ずらりと並んだシキガミ達は、今日も平和だと言わんばかりの穏やかな表情で、ぬるくなったお茶を啜っていた。 

 

 

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