【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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16話

 さくら神社にあてがわれた自室の中、ボクは固唾を飲んで、目の前のそれを正座で見つめている。

 圧倒的に目を引くそれは、昨日みこさんから渡された、ミニスカートのメイド服。きっと似合うからと、半ば押し付けられる形でボクの部屋にやってきたそれは、既にボクの精神へと多大なる攻撃を与えていた。

 物の少ない部屋の中央にどんと置かれたそれの存在感は凄まじく、昨日の夜も何度物置の方へ片付けてしまおうと考えたか覚えていない。

 正直に言って、ボクはこういう服が嫌いじゃない。いや、もっと正直に言うとかなり好きの部類に入る。だって、あしらわれたフリルも、ふわりとしたスカートも、どれもこれもがこんなに可愛いんだから、憧れるなという方が無理な話だ。着てみたいと思う、袖を通してみたいと思う。

 けど、着たいと思うのと実際に着るのとでは全くの別問題だ。

 ボクはこの神社に着てからずっと、パンツスタイルの執事服と一緒に歩んできた。空乃光にとって、執事服と言うのはみこさんから貰った一種のアイデンティティで、この服を着ると言う行為はそのアイデンティティを捨てる様に思えて、ボクを躊躇わせていた。

 欲求と葛藤のせめぎ合い。ただこの時ばかりは、欲求が勝ってしまった。魔が差したと言った方が良いのかもしれない。

 気づけばボクは、眼前のメイド服へと手を伸ばしていた。執事服を脱ぎ祓って、ひらひらとしたメイド服に袖を通す。

「やっぱり、ちょっと恥ずかしい…」

 ぴったりと全てを覆い隠していた執事服のズボンと比べると、これは全くの真逆で、穿き慣れないスカートの心もとなさに、意味も無くスカートを下に引っ張ってその下を隠そうとしてしまう。

 みこさんはこれより更に短いスカートで普段から生活しているのだと思うと、戦慄すると共に、謎の尊敬心が胸中に浮かんだ。

 物の少ない部屋に唯一置かれている、身だしなみを整える用の姿見の前に立つ。そこに映る、普段とは一風変わったメイド服を着た自分の姿を見て、ついぽつりと呟く。

「…ちょっと、良いかも…」

「うんうん、似合ってるよ光たん。流石エリート巫女の審美眼は伊達じゃないにぇ」

 突然響いた聞こえるはずの無い第三者の声に、心臓が止まりそうになりながら勢いよく振り返ると、閉じていた筈の襖が薄っすらと開いて、そこから覗く淡い新緑を思わせる瞳と目が合った。

 ボクと目が合ったことで隠れる気は無くなったのか、瞳の主は音を立てて襖を開き、にんまりと笑みを浮かべたみこさんが姿を現す。

「いやぁ、光たんも女の子だにぇー。着慣れないスカートを穿いて恥ずかしそうにしながらも、可愛い服を着てご満悦になって、ちょっと頬を緩ませちゃって。流石のみこさんもきゅんきゅんしちゃったよ」

 驚きのあまり絶句してわなわなと唇を震わせるボクにお構いなく、みこさんは次々と言葉を畳かけてくる。

 見られた、何でここに、と半ばパニックになりかけたボクの情緒に対してのそれはあまりにも致命的で。

「…ッ!」

 早々に臨界点を迎えたボクの声にならない悲鳴が、明朝のさくら神社へと響き渡った。

 

 

 

 お味噌汁と白米がほくほくと湯気を立ている食卓。和やかな朝の空気の流れる一時に、お箸で白米を口に運びながら、執事服を着たボクの視線はじーっと正面へと固定されていた。

 勿論、見ているのは向かいに座るみこさんで、何を話すでもなく、箸を進めながらただひたすらにみこさんの事を見つめ続ける。

「ね、ねぇ光たん、そろそろ無言が辛いんですけど…。覗いたのは謝るから、許してよー」

 やがて耐えかねたみこさんが音を上げて、力なく眉を落とすも、ボクの瞳は依然としてみこさんを捉え続ける。

 いつもだったらこの辺りでボクが折れて、普段通りに戻る頃合い。しかし、今ボクの関心は別の所にあった。

「…ずるいです」

「うぇ?」

 ぽつりと呟くと、みこさんは目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。

「だって、いっつもボクが恥ずかしい思いをしてるじゃないですか。みこさんが何かして、ボクが怒ってばかりで。みこさんばっかりずるいです!ボクにもみこさんの弱点を教えてくださいよ!」

「ひ、光たん?落ちついて、今凄い事言ってるよ!?」

 地団太を踏む勢いで捲くし立てるボクにみこさんが何か言ってくるけど、今日のボクは一味違うのだ。思えば、いつもそうだった。ボクの感情はみこさんに振り回されてばかりで、それも悪くはないけど、偶にはボクだってみこさんをあわあわとさせたい。

 現在進行形で割と困っているように見えるけど、そこはノーカウントとして。困らせるよりは、恥ずかしがらせるのが良い。ここらでボクは下剋上なるものを成功させなければならないのだ。

「という訳で、みこさんは何をされたら恥ずかしがるんですか?」

「えっと、それみこに聞くの?でも、みこは特にそういうのは…、どちらかと言うと光たんの反応が良すぎるだけだし」

 一応はちゃんと考えてくれるみたいで、みこさんはうんうんと唸り声をあげるけど、これといった答えは出てこない。確かに、そういったことは自分では分かりにくいものなのかもしれない。

 ボクの方も何かないかと思い返してみるも、そもそもこれまで一緒に生活してきて、みこさんが恥ずかしがっている姿はとんと見たことが無い。

「じゃあ、みこさんもメイド服を…」

「あ、光たんとお揃い?着る着る!そうだ、折角だし写真に撮ってもらおうよ!メイド服な光たんとみこのツーショット!」

「や、やっぱり今の無しで!」

 ならば自分が恥ずかしかったことを、となんとなしに口にしたけど、思いの他食いつかれてしまって、咄嗟に撤回する。

 目の前の活き活きとしたみこさんを見ていると、何だか無敵な人に思えてきて、本当にボクはみこさんに一矢報いることが出来るのだろうかと、微かな弱気が顔を覗かせる。けれど、ここでくじけては今までと何も変わらない。確固たる決意で覗いた弱気を吹き飛ばして思考を巡らせる。

「うーん…、何かないでしょうか…」

「おぉ、そんなに悩んでる光たんも珍しいよね。みこを恥ずかしがらせる為だからちょっと複雑だけど、光たんも成長したにぇー、みこは嬉しいよ」

「もう、変な事言って思考を惑わせないで下さい」

 考えども何も浮かばない不満をぶつける様に、卵焼きを口いっぱいに頬張る。

 みこさんの好きな食べ物は知っている、勿論嫌いな食べ物も。何をするのが好きで、何があんまり得意じゃないか、さくら神社で一緒に暮らして色々な事を知った。

 でも、こうしたふとした瞬間に、まだボクの知らないみこさんを見つける。それが何だか悔しくて、ボクがこうもこだわっているのは、きっとその影響も少なからずあるのだと思う。

「むぅ…」

「そんなに可愛い顔されたらみこもつい答えてあげたくなるけど、本当に分からないんだよ?正直、光たんに何されても『光たんは今日もかわわだにぇー』って思うだけだろうし。なんなら今もそう思ってるからね」

「可愛いって、また…。って、そうじゃなくて、みこさんそういう事言うの禁止です!」

 火照った頬の熱を振り払うように声を張ってぴしりと指を突きつけるけど、みこさんはどこ吹く風で横を向いて下手な口笛を吹いていた。

 気が付けばいつの間にかみこさんペースに乗せられそうになるのだから、全く油断も隙も無い。

 頬に手を当てて熱を冷ましてしていると、そんなボクを見て、みこさんは遠い眼をしてほうっと息を洩らす。

「光たんって可愛いって言われるとすぐに分かり易く照れるから、つい言いたくなっちゃうんだよにぇ。光たん、みこ以外の前でそんな反応したら駄目だからね?」

「前にも聞いた気がしますけど、ボクは別に照れてるわけじゃなくて、ただそう言われるのが恥ずかしいだけです」

「それを照れてるって言うと思う訳ですが、認めたがらない頑固な光たんも良いね…」

 腕組みをしてしきりに頷きだしたみこさんを目前にして、もう何を言ってもみこさんには通用しないんだろうな、とぷいとそっぽを向きながら諦観の念すら抱いた。

 ボクに出来ないことを、彼女は口先一つでいとも簡単にこなしてしまう。

 それはもう、ボクだって好きで照れたりしてるわけじゃない。ただ、みこさんの言葉があまりにも真っ直ぐなものだから、あまりにも邪気が無さすぎるものだから、あまりにも呆気なく心を揺さぶられてしまう。

「みこさんはなんでそんなに気軽に、その、可愛いとか言えるんですか。幾らボクの反応を見たいからって、ちょっと言い過ぎだと思います」

 乾いた喉をお茶で潤しながら、じーっとみこさんを見つめる。

 一日に一度ではきかないくらいの頻度で同じ言葉を投げかけるのは、流石に普通では無いと思う。けど、みこさんはそう思っていないのか、不思議そうに首を傾げた。

「そう?みこはそう思った時に言ってるだけだから、みこの問題じゃなくて、どちらかと言うと光たんが可愛いのが問題だよ。全く、光たんはどれだけみこの心を奪えば気が済むのやら」

「ほら、また言ってるじゃないですか!」

 やれやれと両手を水平にして首を振るみこさんに、思わずかんしゃくを起こした子供のようにテーブルをバンバンと叩きそうになった。勿論、寸前で自制したけど。

 代わりに、ボクは怒ってますよという意を込めて睨みつけるも、みこさんは何故か逆に相貌を崩していた。

「冷静に考えて、光たんがみこを恥ずかしがらせるなんて無理だと思うよ?何せ、みこはエリート巫女だからにぇ、精神面においてもそれはもう優れたものを持っているのですよ」

「この前子供たち相手に負けて散々駄々こねてたじゃないですか」

「あ、あれは皆に合わせて上げただけですー!みこが本気出したらすぐ終わっちゃうし、それに最終的には引き分けになったんだから、負けてないですー!」

「引き分けになったのはみなさんが空気を読んでくれたからですよ!」

 やいのやいのと、いつの間にやら発展したボク達の言い合いは、結局朝ごはんを食べ終わってからも暫くの間続いた。

 

 

 

「…それで、他からの意見を求めた光様はこちらまでいらしたのですね」 

 事の経緯を聞いた、やや鋭い印象を受ける妙齢の女性、ツミキさんは得心がいったように言いながら、眼鏡の奥で珍しく目を瞬かせていた。

 食器の片づけを終えた後、ボクはツミキさんの執務室へとやってきていた。何故ツミキさんかと言えば、ボクの知る中でみこさんについて最も詳しいだろう人は間違いなく彼女だったからだ。 

 特に連絡等もしていなかったのだけれど、ボクの来訪を聞いたツミキさんは快くこの部屋まで通してくれて、今に至っている。

「その、お仕事もあるのに、いきなりすみません」

「いえ、仕事は既にひと段落しておりますし、残りは雑務のみですから。それに、光様でしたらいついらして下さっても問題はございません」

 相変わらずボクに対してまで様付けを貫きながら、眼鏡の位置を調節したツミキさんは『しかし…』と続ける。

「随分と巫女様とは仲を深められたようですね。てっきり、巫女様のお世話係として何か助言を求めにいらっしゃたのだとばかり」

「そう、ですか?あんまり実感はないですけど」

 言われてみると、確かに最初の頃よりはみこさんと打ち解けたとは思うけど、話だけでそんな印象を持たれる程とは思っておらず、つい首を傾げてしまう。

 そんなボクにツミキさんは一つ首肯を返す。

「はい、以前は巫女様の方から進んで行き、光様はどちらかと申しますと受け身気味の対応を取られておりました。それが今では、光様が自主的に巫女様に対して行動を起こしている訳ですから。それだけ、巫女様との仲が深まったという事だと受け止めております」

「受け身…ボクって、そんな印象だったんですね」

 まだここに来た当初は初めての環境でそう言った部分もあったかもしれないけど、みこさんの勢いが強すぎたというのも多分に影響していた気がする。

 でも、ツミキさんからも変わったように見えるのなら、それはボクがこの街にすっかり慣れてきた証なのかもしれない。あと、みこさんの言動への対処も、と言いたいところだけど、ここに来た理由はそのみこさん絡みなのだから、まだまだ道のりは遠い。

「それで本題なのですが。生憎と、私も巫女様が恥ずかしがるような行為には心当たりがございません。躾方や矯正の仕方でしたら幾らか心得はあるのですが…」

「あ、あはは、それはまたの機会で…。でも、そうですか。ツミキさんでも知らないとなると、やっぱりみこさんを恥ずかしがらせるのは無理なんでしょうか」

 一番みこさんについて知っている彼女がこう言うのだから、土台無理な話だったのだろう。みこさんをどうこうではなく、ボクに耐性をつけるのが堅実そうだ。けど、耐性なんてすぐに付く気がしないから、やっぱり暫くは現状維持になりそうだった。

「…そういえば、稀に巫女様が顔を赤らめていた覚えがございます」

 しょんぼりと肩を落としていると、不意に何か思い出した様子のツミキさんがそんな事を呟いた。

「本当ですか!?」

「えぇ、あれは確か本屋から出てきた折の事でしたか。なにやら、『新しい世界が広がっていたにぇ…』と口にしながら、ふらふらと歩いておりました。もしかすると、その本屋になにかあるのかもしれません」

 思わぬところから光明が差し込んできて、つい身を乗り出しそうになる。

 本屋というと、この街には一つしか存在しない。そこでは確か高齢のお婆さんとその孫娘さんの二人が本の仕入れや管理などを生業としていて、少し前にみこさんに連れられて入ったこともあった。

 当時はみこさんにこれといった変化は見受けられなかったけど、本屋に眠っている何かがみこさんの弱点へと繋がっている可能性は十分にある。

「ありがとうございます、ツミキさん!この後、本屋に行ってお話を聞いてみることにします」

 ようやく見つけた手がかりに、自分でも声が明るくなっているのを感じた。多分、頬も緩んでいる。

「…それにしてもツミキさん、みこさんの真似がお上手ですね」

「長年傍におりましたので、その影響でしょう。些か複雑ではありますが」

 凝視しないと分からないくらい微かに頬を引きつらせながらツミキさんは、ずれかけた眼鏡を元に戻す。そんなツミキさんの仕草を見てふと違和感を覚えて、じっと見つめてみると、直ぐにその正体に気が付いた。

「所でですけど、ツミキさんって眼鏡を掛けてたんですね。いつも会う時は掛けてなかったので、ちょっと新鮮です」

 ボクが指摘すると、ツミキさんは徐に眼鏡へと触れて目を瞬かせる。

「そう言えば、光様の前では外しておりましたね。失念しておりました。私の目、と言うよりはアヤカシとしての能力が少々特殊でして、普段はこうして対象を直接見ないようにしているのです」

 アヤカシとしての能力と聞いて、ふと依頼で出会ったお婆さんが脳裏に浮かんだ。お婆さんは手に触れずに色んなものを動かしていたけど、ツミキさんも内容は分からないけど、兎に角何かしらの力が使えるらしい。

 お婆さんの一件もあってあの時ほどの驚きはないけど、やっぱり何も力を使えない身からすると、衝撃的ではあった。

 それから二言三言と話をしてから、これ以上長居するのも迷惑かなと、ボクはツミキさんの部屋を後にする事にした。

「光様」

 部屋を出る直前、ツミキさんに呼び止められて振り返る。すると、ツミキさんは何処か探る様な目つきで、ボクの瞳を捉えた。

「あれから、お体に変わりはございませんか?」

「体、ですか?はい、お陰様で元気です」

 質問の意図が読み取れず、熱を出した件かと思い首肯して答えると、ツミキさんは、何処かほっとしたような反面、焦燥感を一瞬だけ滲ませて、『お引止めしてしまい、申し訳ございません』と話を打ち切る。

 そんなツミキさんの妙な態度を不思議に思いつつ、ボクは彼女の部屋を後にした。

 

 

 

 

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