【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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17話

 

 ツミキさんの部屋を後にして、人の行き交う桜色の街路に出たボクは話に聞いた本屋さんへと足を向けた。

 すれ違った親子の交える会話、端にある屋台の調理の音、呼びかける声、周囲から聞こえてくる生活を営む音に耳を傾けつつ、ふとこうして一人で街を歩くのは珍しい、と髪に引っかかった桜の花びらを取りながら何となしに考える。

 街並みから少し上の方に視線を動かせば、どの位置からでも天を指している桜の木が見えるこの場所で、何処へ行くにも何をするにもボクはみこさんについて行った。だからだろうか、ただこうして一人で歩くだけで新鮮な気持ちになる。

 以前まではみこさんに連れられて回るだけで、少なくとも自分の為に出歩く行為自体が選択肢にすらなかった。なのに、ボクは今自らの意志で街に出ている。それも、みこさんについて知りたいという衝動を原動力に。

『それだけ、巫女様との仲が深まったという事だと受け止めております』

 先ほどのツミキさんの言葉が脳裏をよぎる。

 仲が深まったよりは、ボクの物の見方、認識が変わったが正しいように思う。いつから、と考えるとみこさんから出自を聞かれたあの瞬間からと、ハッキリと答えが出る。

 みこさんが勇気を出して一歩踏み込んできてくれて、ようやくボクはこの人になら全てさらけ出せると思えた。本当の名前も、遠慮しない我儘な自分も。一緒にお風呂に入るのは流石にまだ少し恥ずかしいけど、これはどちらかというとみこさんの所為だから考えないものとして。でも、以前と比べて抵抗が無くなったのは確かだった。

 どれもこれも、このさくら神社で過ごしてきた中で、ボクの認識が少しずつ変わっていった証で。

 そこまで考えて、はたりと足が止まった。

 ボクは変わった。みこさんに言われた時は今一ピンと来なかったけど、今改めて考えて、ボクは以前までの自分と今の自分が明らかに異なっている事が分かっている。

 けれど、以前の自分が何を考えていたのか、本当に今までの自分がボクだったのか、確信を持てなくなった。まるで、別人に代わってしまったような感覚を覚えて、足元の地面が波を打ち、揺らぐ。

(最近、悩み事が多くなってる。これも変わった影響なのかな)

 土壺に嵌った思考を頭を振って振り払って、止まった足の動きを再開した。

 

 

 

 件の本屋さんは人通りの多い道の端に隠れるように立地している。本の日焼けを防ぐため、日の差さない場所にあるそこに辿り着いたボクは、仄かな緊張を覚えていた。

 日向から日陰に入った明暗の差で薄暗さを感じながら、ガラガラと音を立てて入り口の扉を開ける。

 中は本がぎっしりと詰まった棚が所狭しと並べられて、特有の紙の香りがふわりと漂っている。

「これは光様、本日はおひとりですか?」

「お邪魔します、お婆さん」

 奥から聞こえてくる声に返しながら進んで行けば、一角に設えられた座敷に座る腰の曲がった一人のお婆さんが柔らかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「少しみこさんに内緒で探し物がしたくて。本を見て行っても良いですか?」

「えぇ、勿論です。古いものから新しいものまで、大抵は揃っておりますよ」

 許可を得て、ボクは早速みこさんが顔を赤らめていた原因というものを探して棚の中を物色していく。棚にはお婆さんの言う通り、色々な本が置かれていた。植物について書かれている本に料理のレシピ本、難しそうな哲学の本に、果ては様々な物語の本まで、ありとあらゆるジャンルの本が転々としている。

 背表紙が薄くなっているものも多くあって、手に取って開いて内容を確認しては元に戻すを繰り返す。

 その最中で、ふと気になるものを見つけた。棚の端の方に埋もれるように置かれていた、他と比べても一際古い紙質の一冊の本。興味を引かれるがままに手を伸ばして、そっと本を開く。

「しかし、探し物ですか。光様はどのような本をお探しなのですか?僭越ながら、お力になれればと思いますが」

 内容に目を走らせようとした所で、横合いから聞こえてきた声にふと顔を上げると、すぐ隣に奥で座っていた筈のお婆さんが立ってこちらを見上げていた。

「えっと、以前にみこさんがこちらの本屋から出て来る時に、顔を真っ赤にしていた事があったらしくて。それでみこさんが一体何を読んだのか、知りたいんです」

 びくりと肩を揺らしたのを誤魔化すように笑みを携えて事の経緯を説明すると、お婆さんはほうと声を上げて何事か考える様に視線を虚空に彷徨わせる。

「巫女様が…そう言えばそんな事もあったような…なかったような…」

 当時の記憶が定かではないようで、首を傾げながらお婆さんはうんうんと唸っていた。ツミキさんによると少し前の話らしいし、お婆さんが覚えていないのも仕方がない。と、ボクがあきらめかけた所で、不意にお婆さんは柏手を打つように手を合わせて、『少し待っていてくださいね』と奥の棚の方へと行ってしまった。

 やがて、戻って来たお婆さんが手に持ってきたのは一冊の薄めの本だった。

「確かこちらの本に似たような事が描かれていたと思います。宜しければ確かめて見て下さい」

 差し出されたソレの表紙には、見覚えのある巫女服を身に纏った女の子と、執事服を着たショートカットの女の子が描かれている。

 こんな本があったなんて思いもよらず、目を丸くしながらお婆さんへと向き直る。

「これって、もしかしてみこさんとボクですか?」

「はい、そうですよ。なにかご参考になると良いのですが」

 予想外が過ぎて少し驚いたけど、よく考えてみればみこさんはこの街で知らない人がいないくらいの有名人だし、さくら神社唯一の巫女として慕われているから、本になっていてもおかしくない。

 でも、どうしてボクも一緒なんだろう。と不思議に思いつつ、パラりとページをめくってみれば、本というよりは絵本のような形式をとっていて、主に絵が中心として台詞は吹き出しとして入れられている。

 内容としては、ボクとみこさんの日常といったもので、ボクがみこさんのお世話をして、みこさんに引っ張りまわされてと物語が進められていく。テンポよく話は進んで行って、絵が綺麗な事も相まってかなり読みやすかった。

 そうして読み進めていく内に、求めていた一コマへと到達した。

 ボクに顔を寄せられたみこさんが顔を赤らめているシーン。天地がひっくり返ってもボクが言わなそうなセリフもあるけど、みこさんの表情は明らかに照れて恥ずかしがっている。

(なる程、みこさんにはこのセリフが効くんだ。目の前まで迫って言うのも忘れないようにしないと)

 得た情報をしっかりと記憶に叩き込みながら、次のコマへとページを捲ろうとしていると、不意にがらりと入り口の方から扉の開く音が聞こえて来て、手を止める。

「お婆ちゃーん、ただいまー!配達全部終わったよー…って、誰か来てるの?」

 快活な声と共に棚の向こうから顔を覗かせたのは、見知った長い黒髪をポニーテールに纏めた女の子。お婆さんと一緒にこの本屋さんで働いている、お孫さんのツヅミさんだった。

 彼女とは一度みこさんと一緒に訪れた際に面識があって、偶にみこさんとこそこそと楽し気に何か話していたのをよく覚えている。ただ、その時ボクはあまり話せていなかったから、こうして顔を向き合わせるのはなんだかんだ初めてだったりする。

 そんなツヅミさんだったけど、ボクの姿を視界に収めるや否や、ぴたりとその場で硬直してしまって、次第にその震える瞳は驚愕に満ちて行った。

「ひっ、ひひ、光しゃま!?ど、どうしてこんな所に!?なにか、御用でしたか!?」

 あからさまに動揺しているツヅミさんはあたふたと挙動不審になりながら問いかけて来る。前会った時はこんな子だったかなと、疑問に思いながらボクは苦笑いを浮かべて口を開いた。

「こんにちは、ツヅミさん。今日はちょっと調べものに来たんです。それで、今はお婆さんが見つけて下さった本を読んでいた所でして」

「お婆ちゃんが見つけた本って…、ふぇっ!!??」

 ボクの顔から視線を下ろして、手に持っている本を目にしたツヅミさんの行動は早かった。

 目にも止まらぬ速さで視界から消えたかと思うと、いつの間にかボクの手の中から本が消えていて、振り返った背後では本を胸に抱いたツヅミさんがお婆さんへと詰め寄っていた。

「ちょっ、お婆ちゃん!?これ人に見せるようじゃないから、私が趣味で描いてたやつだから!私言ってたよね、誰にも見せないでねって、なのになんで棚に置いてるの!?」

「でもねぇツヅミ、本って言うのは誰かに読んでもらう為のものなのだから。それじゃあ本が可哀そうじゃない」

「百歩譲って人に見せるのは良いにしても一言欲しかったよ!なんで勝手に見せちゃうの、しかも寄りにもよって光様ご本人にぃ!」

 最後の方は涙目になりながらお婆さんに縋りつくツヅミさん。今にも泣きそうなその姿を見ていると、何だか悪いことをした気分になって来た。

「えっと、すみません。そこまで読まれたくないとは思わず、ボクが勝手に読んでしまって…」

「い、いえ、光様を責めてるわけでは無くて!ただ、その、内容が内容なので、お気を悪くされてませんか?」

 何度も胸の前で両手を振って否定しながら、ツヅミさんは何処か顔色を窺うように、怯え交じりに聞いてくる。

 まぁ、確かに最初こそ表紙に自分が居て驚いたけど、絵も上手で読みやすくて。そして何より、第三者の視点から見たみこさんの弱点を知ることが出来た。気を悪くする所なんて、何一つだってない。

「勿論です。寧ろ、興味深い内容でとても参考になりました。神社に帰ったら、早速実践してみようと思います」

「…ふぇ、参考…、実践…!?」

 深く頷きながら言うと、何故かツヅミさんは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をして、ぱくぱくと口を開け閉めする。

「ひ、光様…?実践って、それは巫女様と…?」

「はい、ちゃんと本の通りにして、今日こそみこさんを恥ずかしがらせて見せます」

「恥ずかしがらせて…。これは夢?それとも現実…?」

 半ばパニック状態になってぽつぽつと独り言を言い始めたツヅミさんを、お婆さんが端の方へと連れて行ってボクへと件の本を差し出して来た。

「申し訳ございません、孫はこうなってしまうと長いものでしてね。宜しければ、本はお貸しいたしますよ」

 チラリと横に向けられているお婆さんの視線を辿ってみれば、ツヅミさんは完全に自分の世界に入ってしまっているみたいで、微かに頬を赤く染めながら『ふえぇ…、ふえぇ…!』と呻き続けている。

「でも、よろしいんですか?これはツヅミさんが描いたもので…」

「あぁ、良いんですよ。本は読まれるためのもの、このまま陽の目を見ないよりは、光様が読んでくださった方が良いに決まっております。他にも気になった本があればお持ちください」

 お婆さんがこういうのであればと、厚意に甘える事にした。そして、気になった本と言われてふととある本が脳裏に浮かぶ。

「では、もう一冊だけ…」

 そうして、二冊の本を借り受けたボクは、お婆さんと未だに反応が無いツヅミさんへとお礼を告げて、さくら神社への帰路に着いた。 

 

 

 

「光たん、返ってきてからご機嫌だけど、何か良いことでもあったの?」

 さくら神社に帰った後、お昼ご飯を食べ終えた辺りで、不思議そうな顔をしたみこさんにそう問いかけられた。

 表情に出てしまったみたいで、確かに言われてみれば頬が緩んでいる自覚がある。

「分かりますか?そうなんです、実はみこさんへの対抗手段を見つけてしまいまして」

 自慢げにそう話した途端、みこさんが胡乱気な目で見て来る。それはまるで、詐欺にでもあったおバカな友人を見るかの如しで、完全にボクを信用していない瞳だった。

「みこへの…光たん、大丈夫?変な人に変な事吹き込まれてない?光たんは影響されやすいんだから、ちゃんと自衛しないとだめだよ」

「失礼ですね、ちゃんと信用のある筋から入手したものですよ。ほら、こちらの本です」

 言いながら、ツヅミさんが描いた本を取り出して、これ見よがしに掲げてみせる。

 一瞬キョトンとした顔で本を見るみこさんだったけど、表紙が目に入るや否や、ぴしりと石の様に体の動きを止めてしまった。

「ひ、光たん?それ、ツヅミちゃんの新作だよにぇ。それがみこへの対抗策って…」

「はい、この中にみこさんの弱点が記されていました。ツヅミさんはみこさんと交流が深いみたいですし、信用できるかと思って」

 戦慄の表情を浮かべるみこさんは、けれど微かにその頬が赤くなっていた。つまり、これはみこさんに効果があると言う証左でもある。そう判断したボクは、早速実践へと移すことに決めた。

 若干後ろに引き気味のみこさんに近づくべく立ちあがれば、びくりと身を揺らしたみこさんは更に後ろに下がろうとする。

「お、落ち着こう。ね、光たん、流石にそう言うのはみこ達には早いって言うか何と言うか…」

「そんなに逃げないで下さいよ、みこさん」

 丁度、本に描かれていたものと同じシチュエーションだった事も有り、台詞をトレースしながら、そっとみこさんの手を取って、自然な動きで背を伝い逃げられないように腰へと手を添える。

 腰に手を当てた途端、再びみこさんが身を震わせるけど、しっかりと体を密着させて逃げ道を塞いだ。

「え、ちょっ、ほんとに?ほんとにするつもりなの、光たん!?」

 珍しく切羽詰まった顔で慌てているみこさんの姿を新鮮に思いつつ、次はどうだったかなと、記憶を辿りながら行動を続けていく。

 みこさんの顎に手を当てて気持ち上に傾けながら、ゆっくりと顏を近づけて、至近距離で視線を交差させる。この距離だと、みこさんの瞳が揺れているのが良く分かった。

「光、光さん…?あの、ちょっと待って…」

「ふふっ、そんなに可愛らしく囀っていると、その小さなお口を、ボクが塞いじゃいますよ?」

 耳元に顔を寄せて囁くように言えば、みこさんは大きく目を見開いて、そのまま覚悟を決める様にぎゅっと固く瞼を閉ざした。

 少し顔を離して見たみこさんの顔は、それはもう可哀想なくらい真っ赤に染まっていて、彼女がこれ以上無く羞恥心を抱いていると確信させる。それと同時に、ボクは自身の目的が達せられたのを感じて、思わず小さく笑い声を洩らした。

「やっぱり、みこさんってこういう気障な台詞が弱点なんですね。普段なら絶対言いませんから、この機会でも無いと気付きませんでしたよ」

「…へ?…え?」

 ボクの笑い声に気が付いたみこさんは、まん丸とした目を瞬かせながら、困惑の声を上げていた。

 それがまた可笑しく感じて、みこさんの腰から離した手で口元を隠しながら笑いを深めるボクに対して、段々と状況が飲み込めてきたのか、落ち着きを取り戻したみこさんは『あー』と納得しながら、目を細めていた。

「光たん、もしかしてその本途中までしか読んでない?」

「あれ、どうして分かったんですか?本当は全部読んでから実践したかったんですけど、あまりに状況が揃っていたので、つい。でも、これでみこさんもいつもボクがどんな思いをしているか分かったでしょう?」

 普段のみこさんに倣って、両手を腰に手を当てて得意げに胸を逸らして見せる。してやったり、ボクの今の心境を表すなら、この言葉がぴったりだった。

 立場が完全に逆転した現状に浸っていると、みこさんは力が抜けた様に大きく息を吐いた。

「…光たん、その本の続き読んでみて?」

「良いですけど、続きに何が…」

 ボクが読んだのは、つい先ほどみこさんに実践した所までで、ボクも続きは気になっていたから、特に断る理由も無かった。催促されるがままに、本を手に取って中断していた部分から先に進む。

 まず先ほどの続きだけど、次のページに進むとそのまま更に近づいて行って口と口がくっついていた。そこから、口が開いて、さらに過激になって…。服も…、内容も…。

 ここまで来て、ボクはようやく自分が何の本を参考にして実行したのかを理解した。

「ひ、ひにゃああああ!?」

 その日からボクは丸一日程、自室の布団の中へと塞ぎ籠った。

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