【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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18話

 人というものは失敗をする生き物だ。

 誰から見たとしても自明のその事実を、改めてしみじみと実感するこの日ごろ。とんとんと手にした包丁で野菜を刻んで昼食の用意をするボクは、今まで感じたことのない程の激情に追われいた。

 ボクが盛大な失敗を犯してしまったのはつい昨日の出来事。忌々しいくらい記憶に新しいそれを、日が沈んでまた昇ってと時間を掛けてようやく自分なりに折り合いをつけて、こうして日常へ舞い戻ってきたわけだけど、現在ボクは今すぐにでも再び布団の中に戻りたい衝動に駆られている。

 心の平穏を取り戻したはずなのに、どうしてそれが乱されることになったのか。その原因には、ちらりと横に視線を向けるだけで苦も無く辿り着くことが出来る。

「ふふっ、光たん、どうしてみこを無視するんだい?ぷっ…!その小さなお口をみこが塞いじゃうよ?ぷふふっ…!」

 吹き出すごとに言葉を区切りながら、目の端に涙までためて身を震わせているのは、この神社の唯一の自称エリート巫女こと、さくらみこ。執事であるボクが仕える主である彼女は、つい先日の出来事を思い返しては笑いだすにとどまらず、ようやく部屋から出て来たボクに対して、台詞をなぞった言葉を投げかけては吹き出し続けていた。

 どうしてこうなったのだろう。そんな諦観にも似た感情を抱いていられたのも最初だけだった。些細な抵抗をしようにも自らの羞恥に遮られる。ならば無視しようにも、すぐ隣で台詞を思い起こす言葉を続けられて、それすらままならない。

 ボクに残された道は、気にしないようにと体が震えるのも厭わずに、みこさんが飽きるまで耐えることだけだった。

「あれ、どうしたの光たん、急に手を止めちゃって。もしかして恥ずかしくなっちゃった?自分のセリフを思い出して恥ずかしくなっちゃったの?ねぇねぇ光たん」

 けれど抑圧された続けた感情は、いつかは爆発してしまうもので。羞恥を膨らませ続けられたボクは、遂にぷちりと、自分の中で何かが切れた音が聞こえた。

「…みこさん?」

「どうしたの光たん。あ、違った。どうしたんだい、光た…、…はい」

 ボクの呼びかけに対し、得意げに先程の調子で返事をしようとしたみこさんは、しかし何故かボクの顔を見るなり、俊敏な動きでその場に正座をしてカタカタと震えだす。

「どうしたんですか、いきなり。ボクはまだ何も言ってませんよ」

「あ、いえ、その。みことしては、少しやり過ぎたかな、と思いまして。光たんのそんなに怒った顔始めて見たから、怖くなったとかじゃないです、はい」

 ボクは一体今どんな顔をしてるのだろう。

 シラーッと横に視線を逸らしながらも、しきりにこちらを見ては目を逸らしてとを繰り返すみこさんは、何処からどう見ても怯えている。

 そんなに怖がらせるつもりも無かったし、反省もしているようだから、と咄嗟に許しかけて我に返った。ボクはいつもこうだ。少しでも申し訳なさそうにしていたら、直ぐに許してしまうから駄目なんだ。

「みこさん、ボクはいやな気持ちになりました」

 折れてしまいそうだった自分に活を入れて、正座をするみこさんの前、腰に手を当てながらつんとそっぽを向く。

「え、でもそれはどちらかというと光たんの自業自得じゃ」

「…知りません!とにかく、みこさんのせいで嫌な気持ちになったんです!」

 無理があるとは分かっているけど、ここで流されてなるものかとばかりに意固地になって続けると、みこさんはあからさまにえーっと不満そうな声を上げた。しかし、ボクがむっとした顔で睨みつけるとしゅんと俯く当たり、彼女に抵抗の意思は無いようだった。

「いいですか、みこさん。人の嫌がる事をするのはいけないと思います。ちゃんとその人の気持ちに寄り添ってあげるのが大切なんです」

「それみこを恥ずかしがらせようとしてたひかりたんが言うの?」

「知りません、どちらにせよ未遂なのでボクのはノーカウントです。大体みこさんは…」

 鋭いみこさんの指摘を右から左へと受け流して、くどくどとお説教を続ける。意外と自分でも知らないところで鬱憤でも溜まっていたのか、何を言うか考えるまでも無くスラスラと言葉が出てきた。

「光たん、なんだかツミキさんに似てきたにぇ…」

「へ、そうですか?…って、話を逸らそうとしないで下さい!」

 危うくまた流されかけて咄嗟に軌道修正する。やっぱり油断がならない、とボクが警戒心を高めているのを傍らに、みこさんは歯を食いしばって正座のまま前のめりに体を倒して、悔し気に唸り声を上げていた。

「うぅ、どうして。どうしてこうなってしまったんだ。みこは光たんと甘々な日々を送っていた筈なのに…!」

「何の話か分かりませんけど、ボクは至っていつも通りです。全くもう、変な事言って煙に巻こうとしても、そうはいきませんからね」

 言いながら、ボクは手早く中断していた調理の続きを終わらせて、二人分の朝食を完成させる。そうして、盆に分けたそれらの内の一つを持ってキッチンの出入口へと向かった。

「みこさんの分はそこにあるので、今日は一人で朝ごはんを食べて下さい!ボクは部屋に戻って食べます!」

「えぇ、そんな!?待ってよ、光たん!光たーん!」

 足が痺れたみたいで、後ろ背にキッチンの中からみこさんが呼びかけてくる声を聴きながら、ボクは足早に自室へと足を向けた。

 

 

 

「全くもう、みこさんはもう…!」

 空になった茶碗を置いてお茶を飲んで一息つきながらも、ボクの心境には行動とはとても似合わない荒波が立っていた。 

 脳裏には、食事中であっても一時として途切れることなくみこさんが映し出されていて、思い出すたびに気が付けばボクの頬が膨らんでいた。けれど、時間が経てば幾分かは冷静に物事を見れるようにもなって来る。

「ちょっと、やり過ぎたかな」

 つい先ほどのやり取りを思い返して、ふと呟く。

 今頃は、みこさんも居間の方で一人泣く泣くご飯を食べ終えただろうか。もしかすると、けろりとした顔でいつも通りにしているのかもしれない。全く気にされていないと考えると、少し気に入らない気もするけど、まぁその辺りは兎も角として。

 この気持ちは、理不尽に怒り過ぎたという後悔だ。

 もう少しくらい、みこさんの言い分に耳を傾けても良かった。あんなに、無理やり会話を終わらせることも無かった。でも、あれ以上続けていたら、結局ボクは折れてしまってなし崩し的に許してしまっていたかもしれない。それは駄目だけど、それでもあの態度は無かったのではないか。

「うーん…」

 ぐるぐると思考がループする。考えて、考えて、尚も考え続けて。

「考えるのおしまい!なんだかもう分からなくなってきちゃった」

 ぽいとセーターみたいに編み込まれた思考を放棄する。

 変に根を詰め過ぎるのも良くない。こういう時は気分転換をしようと、ふと衣装棚の横の台に置かれた、二冊の本に目をやる。

 一冊は表紙にボクとみこさんの描かれた、ツヅミさんが描いたと言う薄めの本。一度目を通したけど、こっちはもう読めない。正直いくら時間が経ったとしても、再度チャレンジできる気はしなかった。

 なら、必然的に候補に残るのは、もう一冊の古びたボロボロの本。

 こちらは、まだ一回も本を開いていない。昨日の内に読む予定だったけど、なにせ布団に籠ってから今朝に至るまで読書をするような心境では無かった事もあって、手つかずのままだった。

「折角だし、今のうちに読もうかな。いい気分転換にもなりそうだし」

 本を手に取って、椅子に腰を下ろす。

 直感で選んだけど、どんな内容なんだろう。そんな好奇心を抱きながらページを捲る。けれど、最初にボクの頭に浮かんだのは疑問符だった。

「…この文字、もしかしてかなり古い本なのかな」

 開いたページにびっしりと並ぶ、かなりくずされた文字。ツヅミさんの本で使われている文字は整っていたけど、こちらは本当に同じ言葉を扱っているのかと疑ってしまう程だった。

「でも、なんて書かれてるのかは分かる…。読めないよりはいいけど、変な感覚」

 文字は読み取れない筈なのに、不思議と内容はするすると頭の中に入っていく。その事実に戸惑いつつ、取りあえずは気にしないようにして、ボクは本を読み進めていった。

 内容は、この本が掛かれていた時代の出来事を書き記した日記のようなものだった。

 昔もまた昔。きっと、今さくら神社に住んでいる誰もが生まれていないどころか、何十世代と前のご先祖様が暮らしていた頃のお話。

 世の中は、カミと呼ばれる強大な力を持った存在とそれが支配する国に別れていて、国々の間では諍いが絶えなかったらしい。

 カミの持つ力は千差万別で、自然現象を操ったり、万病を癒したり、逆に疫病を流行らせたりと、本当に何でもありだったみたいで。総じて言えるのは、何処か一つが偏れば、途端に全体の均衡が傾いてしまう程の影響力を有していた事。

 いついかなる時でも何処かの国が争って、その影響は野畑にまで及んでおり、農作物は碌に収穫できず、他国との流通なんて以ての外。明日の生活にも困る様な、そんな日々が続いていたと言う。

 最初の方はつらつらと、住む場所を追われたと避難してきた者が多すぎるとか、子に食わせる物が無いと夫婦から不満をぶつけられたなど、暗い出来事が綴られていた。

 様子が変わって来たのは、三分の一程読み終えた辺り。現状を憂いた幾らかのカミが立ちあがり、争いをなくすべく動き出したと、それまでと比べて明るい言葉が並んでからの事だった。

 この日記を書いていた人の国を治めていたカミもその内に含まれていたようで、情勢が変わっていく様が詳しく書かれていた。

 主だって出てきたのは、筆者の属する国を治めるカミに九本の尻尾を持っていた九尾の狐のカミ、額に二本の角を持っていた鬼と呼ばれる種族の長。

 九尾は万能とされていて、弱った田畑をみるみる回復させていき、これに寄って食料には余裕すら生まれた。鬼は武力に秀で、他国からの侵攻を防ぐ抑止力と足り得た。

 カミは強大で、一つに偏れば簡単に均衡を崩すことが出来る。それが平穏を望む側へと傾いたのだから、後はとんとん拍子に事は進んで行った。

 全ての国が争いを望んでいる訳ではない。そうした国が賛同の声を上げ、天秤の皿は一方に重みを増していき、逆の皿からはどんどんと重みが減っていく。片方の皿が空になるのは時間の問題で、遂には世の中に平穏が訪れた。

 主だって動いていた彼らは、全ての人が手を取り合って、二度と争いの種とならぬようにと、それぞれの国を一つに統合する事に決めた。そうして生まれたのが、『ヤマト』と呼ばれる一つの国。統合されたそれぞれの国の跡地には、代わりに統治していたカミを筆頭に、周辺の街を代表する神社が残された。

 それからの生活は平和そのものだったようで、九尾や鬼の長が偶にやって来ては祭りが開催されて、筆者がその準備や後片付けに追われる、以前を考えれば嬉しい苦労に奔走する日々が記されていた。

 若干恨み言も混じっていたけど、そこは平和になったが故の不満として受け止めておく。

「…あれ、ページが無くなってる」

 そこまで読んでページを捲ると、不自然に切り取られたような跡を残して、そのまま背表紙へと続いていた。一つの出来事を纏めたものとしては、これでも十分だとは思うけど、切り取られた量からして全体の半分程が無くなっている。

 紛失してしまったのか、或いは何かしらの意図があってこの部分だけを破り去ったのか。どちらにせよ、今となってはここにある物が全てという他無い。

「気になるけど、仕方ないよね。このまま平和な日常が続いてたらいいんだけど…」

 続きがあると知ってしまうと少し不足感はあるけど、それでも平和が訪れたハッピーエンドに満足感を覚えつつ日記を閉じると、裏にかなり掠れた文字で筆者の名前らしきものが書かれていた。 

 けれど、閉じられていた中身は兎も角、裏表紙ともなると劣化が著しく、流石に名前は読み取ることが出来なかった。代わりに、辛うじて読み取れたのは、この筆者が所属していた神社の名称。

「薔薇…、ソウビ神社…?」

 聞き馴染の無い名前に首を傾げる。少なくとも、ここら周辺にそんな名前の神社や街は無かったように思う。何処か遠くにある神社なのだろう。機会があれば、是非とも一度行ってみたい。

 そこまで考えてふとあんまり街の外、それも聞いたことの無い場所に興味を向けるのも、自分のことながら珍しいと思った。出来れば、いつかみこさんと一緒に色んな場所にいってみるのも良いかもしれない。

 そんな事を考えていると、不意にとんとんと部屋の襖がノックされる音が聞こえる。

「光たん、あの、みこだけど…」

 続いて聞こえてくるのは、何処かよそよそしい、というよりは遠慮がちなみこさんの声。恐らく先ほどの事を気にしているのだろう。あのみこさんが遠慮してる、とふと可笑しく思えてくすりと笑みをこぼしながら、日記を棚の上に置いてから襖を開ける。

「はい、どうしたんですか、みこさん」

 返事をするボクはすんと澄まし顔でみこさんの前に顔を出した。ほんの意趣返し。ちょっとした悪戯のつもりで。すると、そんなボクを見たみこさんは、何やら驚いた様子を見せて、あからさまにオロオロとし始めた。

「光たん、まだ怒ってる?えと、みこちょっとやり過ぎたかなって思って。…反省してます」

 しゅんと顔を俯ける様は、まるで叱られるのをまつ子供の様に見えて、ここまでは我慢できたのに、それを前にしてしまうと、もう澄まし顔を維持することは出来なかった。

 目を丸くするみこさんの手前、くすくすと小さく笑って、ボクは否定するように首を横に振った。

「いえ、もう怒ってません。ボクの方こそ言い過ぎてしまって、すみませんでした」

 謝罪を口にしつつ、軽く頭を下げてから再び見たみこさんの顔が、途端にぱっと明るくなる。

「…本当?じゃあ、仲直り?みこのこと嫌いになってない?」

「勿論、嫌いになんかなりません。ただ、あんまり揶揄われるとまた拗ねちゃうので、控えて貰えると嬉しいですけど」 

「分かった、気を付ける!」

 考えている暇など無いだろうという程の即答に、これはまた揶揄われるんだろうな、と楽々予想できる未来に苦笑を交えつつ、その上でこうして許してしまう辺り、ボクは甘いのかもしれない。

 けれど、それも嫌ではないと思ってしまうのだから筋金入りだ。

 部屋を出て、二人で居間へと向かう。

「みこさん、お昼はみこさんの好きなものを作りますけど、何が食べたいですか?」

「え、みこが決めて良いの!?どうしようかなー、親子丼かな…オムライスも捨てがたい…。うーん、これは難題だにぇ」

 うんうんと頭を悩ませ始めるみこさんを横目に、先ほど呼んだ日記について思い返す。こうしてみこさんと一緒に平和な日常を送れているのも、ああした歴史があったからなのだと思うと、感慨深く感じた。

「…因みに光たん、オムライスにしたら萌え萌えキュンはついてきますか?」

「何ですか?その、萌え萌えキュンって」

 その後、みこさんから萌え萌えキュンの何たるかを聞いたボクは、あまりにありありと感じた不穏な予感に、即座にお昼ご飯の献立を親子丼へと決定した。

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