【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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2話

 

 ぱちりと目を開けると、いつの間にかボクは見知らぬ部屋の中に居た。

 確か、みこさんと自己紹介をしたあの後、彼女とは少し話をしたと思う。けれどその辺りで、多分眠気が限界にきて、ボクは眠ってしまったんだった。

 という事は、みこさんがここまで運んでくれたのだろうか。なら、またお礼を言っておかないと。

 起きがけ早々に現状を理解して、むくりと起き上がった所で、ふと人の気配を感じた。

 「あ、みこさん?もしかして、みこさんが…ひっ!?」

 話しかけながら、くるりと振り向いたボクは、思わず喉が引きつる様な悲鳴を上げた。

 だって、振り向いた先に居たのは、開いた襖の幅いっぱいに並んでこちらを見つめている、人、人、人。老若男女問わずに、様々な人が一挙に部屋の入り口に集まっていた。

 見知らぬ大勢の瞳に、最早恐怖すら覚えて、隠れるように布団を引き上げる。

 「…あれま、隠れちまったよ」

 「だから言ったじゃないか、こんな大勢で押し寄せたら逆に怖がらせるって」

 「しかし、心配じゃからのう。皆気持ちは同じよな」

 布団越しにそんな話声が聞こえて来るけど、こっちはそれどころじゃない。何でこんなことになってるんだろう、みこさんはどこにいるんだろう。

 (そうだ、みこさん。さっきは見えなかったけど…)

 チラリと見た程度だけど、それでもみこさんが居たら気づける筈。けど、いないなら自分でこの状況をどうにかしないといけない訳で…。

 「…」

 一応もう一度確認しておこうと、そーっと、気づかれないように布団を目元まで下げる。あちらはあちらで話をしていたみたいだし、きっと大丈夫。そう思っていたけど、すぐにそれが間違いだったと気付かされた。

 音は立てていない筈なのに、目元を出した途端、静まり返った人たちの視線が、くるりとこちらに向けられる。

 「ぴぃっ!?」

 再び悲鳴を上げながら、勢いよく布団を頭の上まで引き上げて視線を遮った。せめて何か言って欲しい、無言でこんな大勢に見られるのはただただ恐怖でしかない。

 自分が置かれている状況が上手く呑み込めないで、必然的にどうすれば良いのかすらも分からない。混乱の余り、思わず目頭が熱くなる。そんな時だった。

 「うわ、また増えてる!みこ入れないじゃん、皆さーん、どいてくださーい」

 部屋の外の方から聞き覚えのある声が聞こえて来たかと思うと、次いで騒めきと一緒にどたどたと沢山の足音が移動した。

 この声は、もしかしなくても。

 「みこさん…?」

 恐る恐る声を掛けながら布団を下ろすと、丁度みこさん部屋に入って来るところで、ボクに気付いた彼女はのほほんと笑って手を振った。

 「あ、光ちゃん、にゃっはろー。もう起きて大丈夫なの?」

 「うん、お陰様で…。…それで、そちらの人達は…」

 みこさんの影から顔だけ覗かせて問いかける。さっき親し気にしていたし、彼女の知り合いの人達だとは思う。すると、みこさんはボクの視線を追いながら振り返って、未だ遠巻きにこちらを眺めている彼ら彼女らを見て、またボクとを見比べた。

 「なんか、怖がってるみたいなんだけど…。え、みんな光ちゃんに何したの?」

 胡乱気な表情でみこさんが目を向けると、集まっている一部の人たちはあたふたとしだして、懸命に首を振りだした。

 「あいや、俺らはただ見てただけでして…!」

 「そ、そうそう、心配だったもので」

 そう口々に弁明をしているのは主に若い男性陣で、そんな彼らに女性陣が白けた視線を向けている。すると、見かねたのか、1人の女性が集団から割って出た。

 「申し訳ありません、怖がらせるつもりはなかったのです。名乗り遅れました、私、この街の長を務めております、ツミキと申します」

 ツミキと名乗った彼女は、すらりとした長身で、綺麗なお辞儀をした。その所作にも出ているように、綺麗な人だった。妙齢にも見えるけど、彼女が纏う雰囲気からは見た目よりももっと上の年齢な気がして、判断に迷う。

 ぼうっと、ツミキさんのことを見ていると、不意にみこさんが腰を落として耳打ちをしてきた。

 「光ちゃん気をつけて、ツミキさんはああ見えてかなり厳しい人なんだよ。今までみこも何度も怒られて…」

 「それは巫女様が立場に見合った行いをなさらないからです」

 「はうっ、何で聞こえてるの!?」

 しっかりと聞こえていたみたいで、返ってこないはずのツミキさんからのピシャリとした返答に、びくりとみこさんの肩が跳ねた。

 成程、これはみこさんの言う通りかもしれない。そんな風に一人納得していると、みこさんの抗議を華麗にスルーしたツミキさんの、その知性をうかがわせる冷静な瞳がこちらへと向けられて、思わずボクは背筋を伸ばす。

 「光様、でよろしいでしょうか。お加減は如何ですか?僭越ながら、随分と汚れていらしゃた様なので、眠っている間に街の女性陣で入浴の手伝いをさせていただきました。その間、男性陣には指一本触れさせておりませんので、ご安心ください」

 「へ?あ、はい…。ありがとう、ございます?」

 あまりに丁寧に接されて戸惑いつつ、ふと自分の装いを見てみると、確かに着ている服が寝やすい浴衣に変わっている。ここまでして貰って、一度も目を覚まさずに眠っていた自分に、どれだけ深く眠っているのだと少し呆れた。

 「あの、ところでどうして…」

 こんなに人が集まっているのか、そう問いかけようとした所で、タイミングが良いのか悪いのか、くるるとまたお腹が鳴った。そう言えば、みこさんに貰ったたい焼きを食べたきりだった。あれから時間も経っているみたいだし、直前の飢え具合を思うと、まだ足りないと体が栄養を欲するのも当然の事だった。

 ただ、どうにも間が悪い。ただでさえ人に聞かれるだけで恥ずかしいのに、こんな状況で鳴るだなんて、今すぐにでも布団をかぶって外界とを完全に遮断してしまいたかった。

 すると、そんなボクの心情を知ってか知らずか、くすりとツミキさんは小さく笑うと、すぐに咳ばらいを一つ入れて、その表情をすんと取り繕った。

 「お食事の用意でしたら済んでおります。近くですので、そちらまでの案内は私が。…皆さんも、いつまでもそこに居ると部屋から出られないでしょう。はやく自分の生業にお戻りなさい」 

 振り向いたツミキさんの鶴の一声で、集まっていた人たちは「へい!」「分かりました!」などと言いながら、わらわらと蜘蛛の子を散らすように慌だたしく去って行く。そうして、ボクがツミキさんの手を借りて立ち上がった頃には、あれほど居た人はがらんと居なくなっていた。

 それを確認して、呆れた様に嘆息したツミキさんはこちらに向けて深々と頭を下げる。

 「申し訳ありません、光様。皆悪気は無いのです。ただ、何と申しましょう、物珍しさからの興味本位な側面が強く…」

 けれど、そんな事をされても居心地の悪さを感じるばかりで、如何にかやめてもらおうとあたふたと両手を横に振る。

 「あの、確かに驚きはしましたけど、ボクは気にしてないので。寧ろ、聞いた所皆さんにはお世話になってばかりみたいで…。だから、頭を上げて下さい」

 「お心遣い痛み入ります。…では、早速参りましょうか。巫女様も、いらっしゃるのでしたら、付いて来て下さい」

 ボクには丁寧に手で行き先を指し示すのに対して、みこさんに対してのツミキさんの対応は何処かおざなりに見えた。そして、それは勿論当人であるみこさんも感じたようで、彼女は何処か不服そうに目を細める。

 「あの、ツミキさん。みこと光ちゃんでかなり対応が違う気がするのですが、これはみこの気のせいでしょうか、気のせいですよね」

 抗議するようなみこさんの問いかけに、ツミキさんは一瞬考え込む様に虚空を見上げた。

 「それはまぁ…、巫女様は巫女様ですし」

 「ちょっ、それどういう意味!?」

 澄まし顔で答えたツミキさんに、みこさんの悲鳴が上がる。

 二人の関係性が何となく垣間見えた気がするのと一緒に、楽し気にも見えるツミキさんの様子から、強かな人だと、自分の中で彼女への評価が定まったのを感じた。

 

 

 

 それから、ツミキさんに案内されて三人で向かったのは、一階にあった食堂らしき場所だった。中はがらりとして、料理人らしき人がいるくらいで、殆ど貸し切りみたいになっている。そして、いくつかあるテーブルの一つには、所狭しと様々な料理が並べられていた。

 「一時的ですが人払いはしておきました。きつく言いつけておいたので、少なくとも食べ終わるまでは誰も寄り付かない筈です。あまりじろじろと見られては食事もしにくいでしょうから」

 「ありがとうございます。…なんだか、ご苦労をおかけしてすみません」

 「いえ、当然の事ですから」 

 ここまでしてもらうと流石に気が引けてしまうけど、厚意だと思って素直に受け取る方が、ツミキさんにとっても快いのだと思う。感謝の意も込めてにこりと微笑みかければ、心なしかツミキさんの頬も緩んだ。

 …で、これが食事を始める数分前の事。

 現在ツミキさんはテーブルに両肘を突いて、先ほどまでの穏やかさは何処へやら、どんよりとした雰囲気で実際に痛むのか頭を抑えていた。その原因と言うのも…。

 「おい、あれが巫女様が連れて来たって言う…」

 「らしいな、なんでもこの街で暮らすって噂だ」

 「あらまぁ、随分と可愛らしいお嬢さんだこと」

 「みこ様と並ぶと、また壮観ねぇ」

 何とか聞き取れる程度に聞こえてくる会話。これがツミキさんを追い込んでいる元凶だった。

 チラリと視線を向けて見れば、つい先ほどと同じように、食堂の入り口にぎっしりと並ぶ人達。それだけに留まらず、食堂の窓格子からもこちらを覗く顔がちらほらと見える。

 確かに、ツミキさんは人払いをしたんだと思う。けれど、その上でずらりと並んだこちらを見る顔ぶれ。これは頭を痛めるのも無理はないと、ツミキさんに同情の念を抱く。

 「申し訳、ございません。まさか、こんな事になるとは露とも知れず…」

 「あ、あはは、ボクは大丈夫ですから。寧ろ、この状況にも若干慣れてきたくらいですし」 

 気にしてないと伝えると、結構本気で落ち込んでいたみたいで、幾分かツミキさんの表情から張り詰めたものが抜ける。

 ツミキさんも苦労しているんだなーと、同情交じりに思いながら、ボクはまた一口と箸を進める。

 みこさんから貰ったたい焼きも美味しかったけど、ここの料理も全然負けていないくらいに美味しい。話をしていなかったら、夢中になって食べ続けてしまっていたと思う。そんなボクの心情を見透かしてか、ツミキさんは微笑まし気な視線を向けて来る。

 「…しかし、それにしてもどうしてここまで話が広まっているのでしょう。確かに光様が目を覚ました後には、私から街の皆に説明するつもりでしたが、今はまだこうまで興味を引くほどの情報は出していない筈」  

 どうやら持ち直したみたいで、後悔も済んだ後、ツミキさんは不思議そうに首を傾げた。

 聞くには、限られた人にみこさんが行倒れた人を連れて来たから、みんなをこの建物には近づせかないようにと言いつけていたみたいだった。けれど、限られたと言うには、周囲にいる人の数は多すぎるし、最初の時点で、結構な人が集まっていたような気もする。

 「話を横で聞かれてた、とかですかね」

 「その可能性が高いかと。伝えておいた誰かが変に話を広めた、と言う線も有りますが、私はそんな口の軽い方にはそもそも伝えては…」

 ふと、唐突にツミキさんは言葉を途切れさせて、その視線を一方向に縫い付けた。ついそれを追って顔を横に向けて見ると、その先に居るのは、ボク以上に夢中になって食事をしているみこさんの姿。

 「…ふぇ、なに?」

 ボクとツミキさんに見られている事に気が付いたみこさんは、キョトンとした顔で疑問の声を上げる。

 何となく、ツミキさんが何を言いたいのか分かった気がした。

 「…時に巫女様。光様を私に預けた辺りから、一人どこかに出掛けていらしたようですが、どちらへ、何をしに?」

 話題を変える様に、にっこりと微笑みながらツミキさんがみこさんに問いかける。さも、それが何でもない世間話だという風に、警戒心を抱かせないための素振りで。

 すると、案の定と言うべきなのか、みこさんは口の中の飲み込むと、食べかすをつけた口元で自慢げな笑みを浮かべて、よくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張る。 

 「ふふん、みこはエリートな巫女ですから。エリートという事は、つまり仕事ができるという事。光ちゃんの事情を街中のみんなに説明すると言う大仕事を、みこは先んじて片づけておいたのです、しかも、光ちゃんが起きるまでに。流石エリート巫女だにぇ」

 自画自賛、今のみこさんにはこの言葉が最も似合っている。そんな彼女の話を聞いたツミキさんは、また頭を抱えてしまった。

 ツミキさんからしてみたら、思わぬ伏兵に後ろから奇襲を受けたみたいな感じだろうから、その心中は察するに余りある。

 「貴女と言う人は…本当に…」

 「あのー、ツミキさん?ここはみこの事を褒めるところだと思うんですけど、どうしてそんなに恨みがましい眼をしてるのでしょうか。あと、怖いのでにじり寄るのはやめてください」

 ゆらりと幽鬼の如く立ち上がってみこさんに詰め寄るツミキさんは、その容姿も相まってかなり怖い。そんなツミキさんにじりじりと距離を詰められるみこさんは、いっそ憐れにすら見えた。

 「ツ、ツミキさん。みこさんにも悪気は無かったんだと思いますし、ボクも問題ないですから…その、みこさんの事、許してあげて貰えませんか?」

 「ひ、光ちゃん…光さん!」

 助けて貰った恩もあるし、なによりちょっと可哀そうにも見えて、みこさんを庇うような発言をすると、横合いから件のみこさんが飛びついてきた。突然の事で驚いたけど、その様子がどうにも子供っぽく見えて、つい幼子をあやすようにそのふわふわとした頭を撫でる。

 そうして抱き合うボクたちに、どうしたものかと葛藤するようにツミキさんは息を止める。でもそれも束の間で、すぐに毒気を抜かれた様に大きくため息をついた。

 「…光様が、そう仰るのでしたら」 

 そう言ってツミキさんは渋々と席に戻る。明らかに不承不承といった様子だけど、ツミキさんにこれ以上みこさんを責める気は無いみたいで、ほっと安堵の息を吐く。そして、それ以上に安心しているのは、みこさんなみたいで。  

 「光ざぁん、こわがったよぉぉ!みこ、またあのお説教地獄を受けるのかと思ったぁぁ!」

 「またって、前にもあったんですね…って、口元に食べかすがついてますよ」

 前科があった事に若干苦笑いを浮かべつつ、涙ながらにしがみついてくるみこさんの頭を撫でてあやしながらその口元を拭う。何て言うか、大きな赤ちゃんみたいに思えてきてしまって、頭が混乱してしまいそうになる。

 「あまり、巫女様を甘やかさないで下さい。後々痛い目を見る事になるのは我々ですので」

 とても実感の籠った顔で言うのはツミキさんだった。憂いを帯びた顔は、彼女のこれまでの苦労をうかがわせる。

 「みこを厄病ガミみたいに…」

 「あ、あはは、ごめんなさい、拒めないというか、なんと言うか。なんだか、みこさんにはつい世話を焼きたくなっちゃって。庇護欲、なのかな」

 対するみこさんとボクの反応は分かれて。みこさんは抗議の声を上げて、ボクの方は、流石にこれに関してはツミキさんよりの反応を返す。でも、かといってみこさんを拒めるかと問われると、それは否な為、曖昧な返答しかできなかった。

 「優しい…みこの面倒を見てくれる…」

 と、ツミキさんからみこさんへと視線を戻すと、何やら呟いたみこさんがキラキラとした瞳で、ボクをジッと見つめていた。どうしたのだろうと、小首を傾げつつ、その吸い込まれそうな瞳と視線を交差させていると、不意にみこさんが口を開く。

 「…決めた!」

 「決めた?」

 何を、そう問い返すよりも前に、みこさんは勢いよくツミキさんの方へと振り返ってしまう。

 「ねぇツミキさん、良いよね!」

 「良いって…、まさか」

 ツミキさんの方は何か心当たりがあるみたいで、みこさんの言葉にはっとした顔をしたかと思うと、その端正な顔をこれでもかと引きつらせた。

 そんな二人のやり取りを前にしても、ボクには何が何だか分からないままで。そんなボクに、みこさんは無邪気な喜色満面の笑みを浮かべて、ハッキリと宣言した。

 「光ちゃん、みこの執事になってよ!」

 

 

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