【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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20話

 

 ソウビ神社。大昔に存在し、そして滅びたとされる、かの時代を書き残した日記の著者が所属していた神社。

 惨憺たる光景に染められた血みどろの時代を越えて、神社の主であるカミは争いを平定した存在の一員として、一時期は栄光の限りを尽くしていたのだと伝わっている。住民からは尊敬の念を寄せられ、同時に誰もと等しく友好を築いていた。

 あぁ、ここまで見ればそれは平和と呼べるものだっただろう。事実、それこそが彼らが目指した平和の在り方で、現在のヤマトは彼らが夢見た世界そのものだった。

 争いも無く、飢えも無い。カミは強大な力を人々のために振るい、カミに及ばずとも力を持つアヤカシは生活の助けとなり、それらに負けじと、多くのヒトは力を合わせ知恵を合わせて、一つの世界を作り共有することが出来る。

 それぞれの尽力は有れど、何よりも皆がそれを当たり前だと認識していたからこそ、太古の夢は実現された。

 ただ、当時は違った。争いの日々から解放されたばかりの者にとって、突然舞い込んできた平和はその手に余るもので、彼らにとっての未知の代物であった。

 だからこそ、そうであろうと誰もが意識していても、戸惑いを感じずにはいられない、違和感を覚えずにはいられない。誤解のないように言えば、それは人々にとっての嬉しい悲鳴とも呼べた。けれど、そこに生じた小さな差異は、最悪の形として世に現出する事となる。

 何であれそうだ。致命的な問題とは、眼前に迫ってからではないと気付くことが出来ない。じわりじわりと体を蝕む病の様に潜伏して、気付いた時には傍にいる。

 その結果、滅びたのがソウビ神社だ。今にしてみれば、それはヤマトが平和を受け入れるための、一種の代償だったのかもしれない。

 ならば、過去の事実を教訓に、二度として今ある平和を揺るがせないことが、延長線上に立つ者の義務と言えるだろう。

 かつてのソウビ神社の後進。跡地に築かれたさくら神社に住まい、神社と街を管理する者としての、代々受け継がれてきた責務だ。

 

 

 

 コツコツと、音を立てて階段を昇る。

 壁に取り付けられた窓からは既に上空へと昇った太陽から眩しい朝日が差し込んで、廊下を明るく照らしていた。窓の外では、すっかりと見慣れた桜の花びらが、今日も今日とて途切れる間も無く降り続けている。

 なんでも、あの桜は年がら年中花をつけ、花弁を降らせ続けているらしい。見る分には綺麗だなと思うけど、日常的に地面に落ちた桜色を掃除しないといけないから、その辺りは一長一短。

 降りしきる桜色に気を配りつつ暖色の廊下を進んで行けば、やがて出入口の襖に『みこの部屋』と書かれたプレートが掛けられた、みこさんの部屋が見えてくる。

 いつもであれば、朝ごはんの用意ができた段階で起こしに行くのだけど、今日に至っては用意が終わってから既に軽く一刻以上は経過している。

 部屋の前に立ちながら、起こしに行かなかった理由を思い返して、やっぱりこうなった、と小さくため息をついてから、一応とばかりに軽く襖をノックする。けれど、案の定中から返事は返ってこなかった。

「まったくもう…」

 再び小さく息を吐いて、取っ手に手を掛け襖を横にスライドさせる。そうして露わとなったみこさんの部屋の中、カーテンの隙間から漏れた光に照らされていたのは、口元に一筋の涎の痕を付けたまま、気持ちよさそうに寝息を立てているみこさんの姿だった。

 見ただけで分かる。これは二度寝とかではなく、一度も目を覚ますことなく眠っていたのだと。

「…シキガミさん、例のアレを用意してください」

 そう声を掛けるよりも前に、既に傍らに控えていたシキガミさんが差し出していた小さな鐘と木槌を受け取って、ボクは部屋に入ってみこさんの横に移動する。

 良い夢でも見ているのか、だらしない笑みを浮かべているみこさんを眼下に、ボクは鐘を掲げて木槌を持った手を振りかぶり、そして思い切り木槌を鐘へと打ち付けた。途端、静まり返った室内にカーンッ!と劈くような鐘の音が鳴り響いた。

「うおぉっ!?耳が…耳がぁ…!?」

 あまりの音量に、飛び起きたみこさんは耳を押さえながら、ゴロゴロとその場でのたうち回る。

「おはようござい…いえ、おそようございます、みこさん」

「ひ、光たん!?それは使うの禁止って言ったじゃん!危うくエリート巫女の大事な耳が破壊されるところだったよ!?」

 平然として挨拶を送るボクを視界に収めるなり、みこさんが批難めいた目を向けてくるけど、大義のあるボクはそれを意にも介さず昨夜のみこさんの言葉を思い返す。

「なんでしたっけ、『明日はみこ一人で起きるから、光たんは朝ゆっくりでいいよ!』『大丈夫、なにせみこはエリート巫女ですから、一人で起きるくらい朝飯前だよ!』。…ところでみこさん、今がどの時間帯か分かりますか?」

 話しながら、勢いよくカーテンを開けてみこさんにも外の景色を見え易くする。唐突な日光に目を細めるみこさんは、それを見てようやく状況を理解したのか、たらりと一筋の汗を頬に伝わせた。

「えっと…、遅めの朝、だと思います」

 気まずそうに目を逸らしながら答えるみこさんだったけど、その様子を見るにみこさん自身そんなわけ無いと分かっているみたいだった。

「不正解です。正確には遅めの朝を超えて、お昼前と呼べる時間帯です。もう…誰かが起こすまでこんな時間まで寝てるなんて、ボクが来る前からこうなんですか?」

 あのツミキさんがそれを許すとは思えないから、もしそうなら、ツミキさんにも矯正出来なかった事になる。けれど、みこさんは予想外にも首を横に張った。

「ううん、光たんが来る前は流石にお昼まで寝ることは無かったんだけど…。あれ、何で起きれなくなったんだろう?」

 果てには首を傾げてしまうみこさんに、ボクもつられて首を傾けた。夜更かしでもしたのかと聞くも、みこさんは特にそんなことは無いと言う。

 ならどうして、と考え始めた辺りで、不意にみこさんが何か思いついたようにあっと声を上げた。

「分かった!これはあれだよ、光たんが起こしてくれる朝に慣れ過ぎたからだよ。つまり、みこは光たんに、光たん無しだと起きれない身体にされたという事だにぇ」

「なんでボクの所為になるんですか!それは単にみこさんがお寝坊さんになっただけじゃないですか!」

「えぇ、でも光たんの顔が見れるならみこすぐに起きれると思うよ?今までもそうだったし、逆に光たんに起こしてもらえないと、みこは一生眠り続けることに…」

 そう言って、みこさんは若干顔を青ざめさせる。

 流石にそれは大袈裟すぎると思うけど、よくよく考えて見ると、これは本当にボクの責任なのかもしれない。だってそうだ、ツミキさんが居た時はみこさんも朝はしっかりしていたと言う。けれど、ボクがこの神社に来て、ツミキさんと比べてなんだかんだで甘く接してしまったから、みこさんが緩んでしまった。

「…分かりました。そう言う事でしたら、ボクも心を鬼にします」

「あれ、光たん?」

 ボクはみこさんの執事。主の生活を支えるのがその役目。そして、健康的な生活を送らせることも、勿論その内に含まれる。

「これからみこさんにはボクと同じ時間帯に起きて貰います。日が昇る前に起きて、それから朝の運動代わりに一緒にお掃除をしましょう。それから日の出と共に朝ごはんを食べて、そうすれば健康的な朝を迎えられます。それが習慣付けば、多少寝過ごしても問題は無くなるはずです」

「ひ、光さん、顔が怖いんですけど。というか、光たんが起こしてくれる時点で、あんまり意味ないんじゃ?」

「勿論、一人で起きて貰います。一度、みこさんが朝からずっとくっついてきた日があったじゃないですか。あの時もボクは起こしていないので、このくらいは出来るはずです。駄目なら…、シキガミさん達にお願いしましょう」

 チラリと横に目を向ければ、お任せあれとばかりにずらりと並んだシキガミさん達がハリセンや先ほどボクが使用した鐘と木槌を携えて、これ以上ない程に意気込んでいる。あれらでどう起こすつもりなのか分からないけど、取り合えず平穏な朝を迎えられなさそうのは確かだった。

 とはいえ、みこさんがそれを受け入れるはずもなく。

「やだやだやだー!みこは光たんに起こして欲しい、光たんじゃないとやだー!」

「嫌ならちゃんと起きてください、ボクが居なくなったらどうするんですか!」

「光たんはみことずっと一緒に暮らすから問題ないんですー!光たんはみこの嫁!」

「嫁じゃなくて執事です!」

 手足をじたばたとさせて駄々をこね始めるみこさんと、いつの間にやら言い合いに発展する。どうしてこうなるんだろうといつも思う。もうそういうものだと割り切るのが正解な気がしてきた。

「兎に角、このままだといけないと思います。さっき言ったほどじゃないにしても、これからは少し早めに起きるようにしましょう」

「うぇー…、でも、そうだにぇ…。光たんがネコ耳にメイド服で朝ごはん作ってくれてるなら、みこも頑張れるかもしれないなー」

「はい、良いですよ」

 嫌そうにうめき声を上げたみこさんは、少し考え込んでから悪戯な笑みを浮かべてそんな事を言ってくる。恐らくボクが折れて引き下がると踏んでの要求。けれど、ボクが即答で了承すれば、たちまちみこさんの顔は驚愕に染まった。

「え、良いの…!?どうしたの光たん、メイド服だよ?ネコ耳だよ?頑なに着ようとしなかったのに…、熱でもあるんじゃ…」

「ちゃんと正気ですから。…だって、今回の件はボクにも責任がありますし、そのくらいは譲歩します」

 その返答に、ひゃっほーい!と擬音が付きそうな身振りで歓喜するみこさんに、ボクは『ただし』と続ける。

「これで起きてこなかったらどうなるか覚えておいてください。ボクは三食お茶漬けおやつ抜きも辞しませんからね」

 一応微笑んではいるけど、多分ボクは今かなり座った眼をしているのだろう。目の前のみこさんが先ほどとは一転して戦慄の表情で震えているのが良い証拠だった。

「ではみこさん、明日から頑張りましょうね?」

「は、はい…」

 みこさんが何度も頷くのを見たボクは、『準備が終わったら降りてきてくださいね』と言い残して、みこさんの部屋を後にする。そうして、キッチンに入って一息ついた所で、先ほどつい流れでしてしまった約束を思い返して、一人その場で蹲って悶絶した。

 

 

 

 ボクが平静を取り戻して、用意しておいた料理を温め終わった辺りで、二階から降りて来たみこさんがキッチンに顔を出した。

「光たん、今日の朝ごはん何ー?」

「もうお昼ご飯ですよ。丁度良かったです、みこさんも持って行くの手伝ってください」

「はーい」

 話しながらお盆に乗せた二人分の料理を持って、並んで居間へと向かう。

 廊下を歩いていると、ふとくるると横からそんな音が聞こえてきた。

「いやー、寝ててもお腹って空くんだにぇ、もうさっきからお腹が鳴っちゃってさ」

「早く起きてこないからですよ?これに懲りたら…」

 笑いながら明るく言うみこさんについ笑みを零しながら揶揄おうとした所で、今度はボクのお腹から音が鳴って言葉が止まった。ついでに固まった表情のままぴたりと足も止まる。

 キョトンとした顔でこちらを見つめるみこさんの視線から逃れる様に、そっと顔を逸らすけど、尚もひしひしと視線を感じた。

「光たん、もしかして朝ご飯食べてないの?」

 みこさんはこういう時に限って妙に勘が鋭い。

「いえ、別に…」

「え、でも今お腹なってたよね、光たんもお腹空いてるんだよね」

 ぐいぐいとお盆を持ったまま迫って来るみこさんから、さらに顔を逸らして距離を空けながらも、頬に感じる熱から、多分みこさんには答えが筒抜けになっている。

「だって…、みこさんと一緒に食べたかったんですもん」

 誤魔化しても無駄なのだと察して、ぽつりと零すように呟く。言ってしまってから、なんで正直に言ってしまったんだろうという後悔と共にかっと顔全体に熱が集まった。

 みこさんを見れない。これはきっと盛大に揶揄われるのだろうな、と覚悟を決めるも、待てど暮らせどその瞬間がやって来ない。

 不思議に思って、ちらりとみこさんの様子を伺うと、こちらを見るみこさんは呆然としてその目を丸くしていた。

「お、おぉ、今日の光たんやっぱりおかしいよ。猫耳メイドをしてくれるって言ったり、一緒に食べたかったとか言っちゃって。デレ期?デレ期なの?遂に光たんがみこにメロメロになってデレデレになっちゃったの?」

「何ですかデレ期って!違いますから、そんなのじゃないですから!」

「いやいやいや、これは紛れもないデレ期ですよ光さん!素直になれないデレデレじゃん!」

 遅れてテンションが上昇してきたみたいで、否定に否定で返しながらキラキラと瞳まで輝かせ始めるみこさんは、ご満悦の表情でぴったりとくっついてくる。

「分かり易く照れてるにぇ、光たん。耳まで真っ赤にしちゃってもう堪りませんよ!結婚しよ?みこが一生大事にするから!」

「しません!それより危ないですから、お盆持ったまま引っ付かないで下さいよ!」

「えー、大丈夫大丈夫。なにせみこはエリート巫女だからにぇ」

 グラグラと揺れるお盆の上で、軽くお味噌汁が波打っている。けれど、その辺りはみこさんも加減しているみたいで、零すまでには至っていない。詰まるところ、これは離れるための口実なのだけど、こういう時ばかりは何もやらかさないみこさんはお構いなしに密着してくる。

 埒が明かない。そう判断したボクはみこさんを置いて早歩きでその場からの脱出を図った。

「もう…、お腹空いたのでボクは先に行きます!みこさんはゆっくり歩いて来て下さい!」

 つかつかと足を速めて前を行くけど、お盆を持っている所為でそこまで速度を出せるはずもなく、案の定みこさんもそれについてくる。

「照れてる光たん可愛い!心配しないでもみこがずっと一緒に居てあげるから、ご飯も一緒に食べようにぇ!」

「今は全然嬉しくないですから」

「それ後なら嬉しいってことだよね!?」

「もう…!今日のみこさんしつこいですよ!」

 結局追いつかれたボクは完全に攻勢に転じたみこさんと横並びになって、運び終わって食事が終わるまでの間、ずっと揶揄われ続けた。

 これが日常となっているのは少々遺憾ではあるけど、それでもボクにとってのみこさんとの毎日は大体こんな感じで、傍から見ても騒がしく時間が過ぎていく。

 何より不満なのは、こんな毎日がボクは結構気に入っているという点だった。勿論揶揄われるのは恥ずかしいし、呆れたりすることもあるけど、みこさんと過ごす時間はいつだって笑顔に満ち溢れているから。

 そんな日常の中、街の長であるツミキさんが次のお仕事を持ってさくら神社にやって来たのは、この日のお昼過ぎの出来事だった。

 

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