【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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21話

 さくら神社の応接室、テーブルを挟んでみこさんの向かいに座るツミキさんの前に湯呑を置いたボクは、テーブルを回ってみこさんの隣へと腰掛ける。

 お昼を過ぎた頃、突然やって来たツミキさんは軽い挨拶を交わしたきり押し黙っている。元々物静かな人だけど、今日のツミキさんのそれは更に磨きが掛かっていた。普段であればみこさんに小言の一つでも零しているモノだけど、ボクが席を外して戻って来ても、依然として沈黙を貫いていた。

「…光たん、みこ何かやっちゃったのかな。なんかツミキさんが怖いんだけど」

「いえ、ボクにも心当たりは…。先日伺った時も特に変わった所は見受けられませんでしたし」

 耐えかねたのか、隣に座ったボクにみこさんが小声で耳打ちをしてくるけど、ボクにも何が何だかで困惑している真っ最中なものだから、二人揃ってツミキさんの様子を伺う。

 ボク達の視線を一身に受けて気が付かない筈もなく、ツミキさんはことりと音を立てて湯のみを置くと、胡乱気にこちらを見やった。

「巫女様に光様まで、一体何をこそこそと話しておられるのですか?」

 ツミキさんの言葉に、ぎくりとみこさんと揃って身を震わせる。

「え、別にー?いきなりツミキさんが来て、みこ達が何かやらかしたのか心配になってた訳じゃないよ?」

「みこさん、全部言ってます」

 明後日の方向を向きながら、口が滑るを通り越して最早直通で洗いざらいを口にするみこさんに、ボクは思わず肩を落とす。素直は美徳というけど、過ぎれば毒となるのもまた事実らしい。

 ボクの指摘に、みこさんはハッとした顔で素早く口を抑えるも、それは正に今更だった。

 しゅんとして体を小さくするボク達に、けれどツミキさんは特に気分を害した様子も無く、寧ろ納得した風に頷いた。

「成程、確かに少々性急な訪問でしたか。ご心配せずとも、本日の要件は説教の類ではなく、先日お話しした仕事の件です」

 仕事、それを聞いてホッと胸を撫で下ろすと共に、そういえばボク達はあくまでお休み中だったことを思い出す。

 三つの依頼を終えてからしばらく経ったけど、ようやく次の仕事が決まったみたいだ。とはいえ、みこさんからしてみればそれは悲報だったみたいで、机に顎を乗せたみこさんはあからさまにげんなりとした顔をした。

「えー、お仕事?みこまだ光たんと遊んでたい」

「…光様、なにやら一段と巫女様の怠惰に拍車がかかっている様に見受けられますが、普段は如何ほどの甘やかしを?」

「あぅ…すみません」

 光を反射させる眼鏡をこちらに向けるツミキさんに戸惑ったような声音で言及され、ボクは何も言えず素直に頭を下げる。執事として甘かったと自省したのも記憶に新しい。こればかりは、反論の余地すらなかった。

 ところが、そこで話に置いて行かれているみこさんだ。不思議そうにボクとツミキさんの間で視線を往復させたかと思うと、事も有ろうか小首を傾げて言い放つ。

「なんで光たんが謝ってるの?ツミキさん、光たんのこといじめたらこのエリート巫女が黙っていませんよ」

 どうも彼女からはボクが詰められていると感じたみたいで、背に庇うような仕草を見せてツミキさんにジトリ目を送っている。そも、主たる原因としてはみこさん本人なのだけど、当人にその自覚は微塵たりともない様だった。

 苦々しく笑みを携えていると、ふと向けられるツミキさんの同情的な視線を目にして、彼女も同様の心境なのだと悟る。

「先ほどは失礼いたしました、光様。相変わらず、ご苦労をなされているようで」

「いえ、ボクにも責任の一端が有るのは確かですから」

 ぺこぺこと頭を下げながら互いに傷を舐め合う。普段はあまり接点のないボクとツミキさんだけど、事みこさんのお世話係という共通点を通せば、お互いの心情が手に取るようにわかる程通じ合うことが出来る。一度、夕餉でも共にしながらじっくり話し合う場を設けようかと、実は内心画策していたりもする。

 とはいえ、いざ場を設けてみれば、みこさんも混ざりに来るに違いない。さてみこさんが針の筵になる事を是とするべきか、それとも如何にか内密に事を進めるか。どちらにせよ、容易には実現出来なさそうなのが現状だった。

 何処まで行っても思考の中心にいるみこさんはと言うと、ボクとツミキさんのやり取りに満足がいったのか、しきりに頷きながら、『仲良しが一番だにぇ』と感慨深げに呟いていた。

「話が逸れてしまいましたね。この度、巫女様にこなしていただくお仕事なのですが」

 ぱしりと一つ柏手を打って場の空気を整えたツミキさんは、淡々とした口調で切り出す。

「先日薬の材料を運搬いただいた隣街の件で。蔓延していた病が一通り収まったようですので、その後の街の様子を確認してきていただきたいのです」

 さくら神社から少し離れた場所にある隣街で流行った病。症状としては熱が出たりと風邪に似たものだったけど、感染力が非常に強かった。かく言うボク自身、少し街に滞在しただけなのに貰ってしまったくらいだ。

 あまりの感染力に追いつかず薬の材料が無くなっていた所、ボクとみこさんで材料を運びに行ったのだけど、一応街の皆さんは病に侵されているにも拘らず、街そのものが震えていると錯覚するほどに街は騒がしく活気に満ちていた。

「そうですか、あの方達が元気に…。それは喜ばしいですけど、耳栓の用意はしておいた方が良さそうですね」

「あの時は大変だったにぇ。光たん、帰りる途中も暫く顔が青かったし」

「まさか声量で平衡感覚を狂わされるなんて普通思いませんよ。あれで本調子じゃないなんて到底信じられないです」

 当時を思い出してつい顔が歪む。隣街の長であるホクヒトさん、彼の号令に応じた街の人達の大歓声は圧巻の一言だった。びりびりと身を震わせる振動は音に質量を与えて、ボクは完全にそれにあてられた形になる。…にも拘らず、今回の彼らは万全の状態ときた。弱ってあれなのだ、今度こそボクは倒れてしまうのではないかと、既によぎる不安を振り払う様に頭を振る。

「でも、ツミキさん。様子を見に行くのは分かったけど、みこ達は街に行くだけで良いの?前みたいに荷物を運んだりとか、あっちでお手伝いしたりとかは?」

 みこさんの疑問を、ツミキさんは『はい』と肯定して続ける。

「隣街に足を運ぶだけで問題ございません。それ以上はこちらから指示は有りませんので、あちらで息抜きをしていただいたり、場合によっては一泊していただいても構いません。ちょっとした小旅行の様なものだと考えて下さい」

「え、本当!?やったね光たん、旅行だって!」

 仕事と聞いて若干沈み気味だったみこさんは、旅行と聞いた途端、打って変わって瞳を輝かせながらこちらに振り返る。

「前は病気もあって、あんまり見て回れませんでしたもんね」

「そうそう、光たんに案内したいところもあったから丁度良かったよ。それに、これで落ち込んでた光たんも元気出るだろうし」

 ニヤニヤとしたみこさんの意地の悪い笑みから逃れるように、ボクは横に目を逸らす。これはボクにとって、あまり広げてほしくない話題なのだけど、不運な事に目の前に居るのは勘の鋭く、目敏い街長なもので。

「巫女様、光様が落ち込んでいたとは一体?」

 目を丸くして問うてくるツミキさんに、みこさんはそれはもう嬉しそうに笑いながら口を開いた。

「それがですね、聞いてよツミキさん。光たんったらみこと一緒に行きたい場所が出来たんだけど、その場所がもう無いって知ってから、みこと旅行が出来ないって落ち込んでた訳ですよ」

「ちょっとみこさん!その話はしないで下さいよ!」

 確かにボク自身そうは言ったけど、いざそれを聞かされるとなると感じる羞恥も一入で、ボクは思わず照れを隠すようにみこさんの肩を掴んでがくがくと揺らす。

 そんなボクとみこさんのやり取りを微笑ましく見守りつつも、ツミキさんは未だ驚愕を隠し切れない様子で、少し考えるそぶりを見せてからふとボクに視線を向けた。

「…しかし、今はもう無い場所とは珍しい。ここ数百年とヤマトではそのような地域があったとは聞きませんが、光様は一体どちらに興味を持たれたのですか?」

「えっと、ソウビ神社っていう場所なんですけど。本屋のお婆さんからもう滅びたと聞かされまして…」

 ボクが答えた途端。いや、正確にはソウビ神社と、ボクが口にした途端。微かに身を震わせたツミキさんはその雰囲気を一転させた。

 眼鏡越しに何処か探る様な、警戒をはらんだ目つきで口を噤むツミキさんは何かを恐れているみたいで、あまりの変化に動揺を誘われる。

「左様でしたか。…あの子は、他に何か話しておられましたか?」

 様相とは裏腹に、そう聞いて来たツミキさんの声は落ち着き払っていた。

「いえ…。本屋で借りた日記にソウビ神社が出て来たので、気になったんですけど」

「どうしたのツミキさん、なんか顔怖いよ?」

 みこさんの指摘にはっとした顔をして、ようやくツミキさんは眉間に寄せられたしわを、眼鏡をはずした逆手でほぐして緩めた。

「失礼いたしました、少々予想外だったもので。あの本を読まれたのですね。光様でしたら、納得も出来ましょう」

「ツミキさんも知ってたんですか、その、ソウビ神社についても」

「これでも街を預かる身ですので」

 調子を取り戻したツミキさんは、答えながらことりと音を立てて外した眼鏡をテーブルの上に置くと、それまでの感情を逃すように小さく息を吐きだした。

 露わになったツミキさんの裸眼と目を合わせるのはいつぶりの事だろうか。こちらを見据える金色の瞳は仄かな光を纏って、昼時の明かりに溶け込んでいるかのようだった。

「…そうですね。ソウビ神社について、光様も興味を抱かれている様子。詳しいお話は、今回のお仕事を終えられて戻って来られた際にいたしましょう」

 

 

 

 ツミキさんとの話を終えた後、ボク達は早速隣街へと向かうべくさくら神社を出立し、前回同様用意された馬車に揺られていた。

 カタカタと小気味よい音に耳を傾けつつ、そよ風に揺れる辺りの草花に目をやる。一度は見た景色と言えど、見飽きるなど以ての外で、緑に混じる色とりどりを眺める道中に思わず鼻歌を交えそうになる。

「おー、光たんご機嫌だにぇ。そんなにみことのお出掛けが楽しいの?」

「うーん、そう言われると素直に肯定し辛いですけど、でもやっぱり楽しいですし、嬉しいですよ。なんだか、周囲の景色も以前見た時とはまた違って見えて、今のボクちょっと浮かれてるかもです」

 気を緩めると途端に口角が上がりそうになる。実際、上がっているのかもしれない。普段であればもう少し気を張ろうとする所も、折角のみこさんとの旅行なのだから、今くらいはと自分に甘くなってしまう。

 いつかみこさんと街の外に行きたいとは考えていたけど、まさかこんなに早くそれが叶うとは思ってもみなかったから、嬉しい誤算だった部分もボクが浮かれている一因であった。

「ほんとだ、いつもだったら恥ずかしがって否定してくるのに。これはこれで物足りない気もするけど…まいっか。浮かれてる光たんもかわわだにぇ」

 小難しい顔をしていたみこさんもすぐににへらと笑みを浮かべて(何故か景色ではなくボクの方を見ていたけれど)、穏やかな空気が馬車の中に流れる。

 馬車を引いているツミキさんのシキガミだと言うお馬さんたちも、心なしか足取りも軽く、心地よさそうに地面を蹴っていた。

「そう言えばみこさん、ツミキさんは目が特殊だって前に聞いたんですけど、具体的にどう特殊なのか知ってたりしますか?」

 ふと、以前話した内容を思い返して、長年一緒に居たみこさんなら何か知っているかもしれない、と淡い期待を込めて聞いてみる。

「んえ、ツミキさんが?えー、みこも特に聞いた事ないかも」

「そうですか…、先ほど眼鏡を外した時にジッと見つめられてたので、何をしてたのかなって少し気になってたんですよ」

 さくら神社で話していた際、ツミキさんが眼鏡を外したタイミングでその瞳と視線を交差させた。その際に些か故意的に眼鏡を外していたように思えてならない。気にし過ぎかもしれないけど、ツミキさんの様子に違和感を覚えたのも事実だった。

 二人頭を悩ませていると、不意にみこさんが何やら思い付いたようで、パッと顔を上げた。

「あ、でもみこ一つだけツミキさんの不思議な所知ってるよ」

「不思議な所ですか?」

 ボクが問い返すと、みこさんはおどろおどろしい仕草で怪談話でもするように続けた。

「ツミキさんはですね…何と歳をとらないのですよ。みこがこんなに小さい頃から一緒に居るけど、外見が一切変わってないという、それはもう不思議で恐ろしい事実が」 

「それは…確かに若く見えますよね」

 ツミキさんは正に妙齢の女性という言葉がよく似合う外見をしている。けれど、彼女が外見通りの年齢では無い事は、みこさんのお世話係を長らく務めていたことからも確かだった。

「でもね、光たん。いくら気になったとしても、世の中には聞いてはならない事があるんだよ。もし聞いてしまったが最後、待ち受けているのは地獄の様なこめかみの痛みだにぇ」

「みこさん、聞いちゃったんですね。それでこめかみぐりぐりされたんですね」

 カタカタと身を震わせるみこさんの顔にはありありと恐怖が浮かんでいて、当時のツミキさんの報復が目に浮かんだ。気になった部分を邪気もなく素直に聞いてしまうのは如何にもみこさんらしい。そして、その矯正の仕方を心得ている辺り、ツミキさんは流石の一言だった。

「…ボクもツミキさんに倣うべきなんでしょうか」

「えっ!?」

 ぽつりと何と無しに呟いたのだけど、それを聞いたみこさんが濁音が付きそうな勢いで嫌そうに声を上げた。

「光たん、やめよう?ようやく甘々な生活を手に入れたのに、それじゃあんまりだよ。それにしても、光たん今日も可愛いよね。さくら神社の宝だよ、いやヤマト一の宝と言っても過言じゃないにぇ」

「露骨なご機嫌取りありがとうございます。お礼に今度ツミキさんに秘訣を教えて貰って、実戦してあげますから、楽しみにしていてくださいね」

「いやだー!!」

 縋りついておべっかを使うみこさんは、あまりにも分かり易すぎていっそ清々しい。にこりと笑身を浮かべて宣言すれば、この世の終わりもかくやの形相でみこさんが悲鳴を上げるものだから、ついくすくすと声が漏れて頬が緩んだ。

「冗談です。ボクがみこさんに手を上げる訳ないじゃないですか」

「そうだよね?光たんはそんな事するはず無いもんね?みこは信じてたよ」

「その割には迫真の悲鳴でしたけど、それに声も震えてますよ?」

 ボクの指摘に、みこさんは更けもしない口笛を鳴らしながらすーっと横に視線をスライドさせる。それを見て、ボクはまた口角が上がるのを感じた。

 そうして会話を交えながら馬車に揺られること暫し、うとうと横に座るみこさんが舟を漕ぎ始めた頃、ついに木々の間から進路上に見覚えのある街の輪郭が見えてきた。

 

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