「お待ちしておりました、さくら神社の巫女様、そして光様!神社よりはるばるようこそおいで下さった!我々街民一同、総出で歓迎させていただきますぞ!」
馬車に乗って街の門をくぐったボク達を迎えたのは、雷もかくやと鳴り響く歓声と、豪雨もかくやと降り注ぐ拍手の嵐だった。開幕の口火を切ったホクヒトさんの後方には、ずらりと多くの街民が並んで、見えぬ者はその場で跳ねながら、果ては建物の窓から身を乗り出すようにして、手を叩き口笛を鳴らし声を上げている。
病が収まった事もあってか誰もが活力に満ち溢れており、この街本来の姿を見せつけ知らしめるように、その表情はどれも太陽の様な明るさを宿していた。
まさか到着早々このような歓待を受けるとは思いもよらず、目を瞬かせながら伝わって来る振動がびりびりと肌を震わせる感覚を覚えていると、先頭にいたホクヒトさんが代表するように前に出てボク達の傍へと近づいてきた。
「いやはや、先日は誠助かり申した。お陰様でこの通り、我ら街民一同揃い踏みお二人を迎えられておりまする。ご覧ください、あれほど弱っていた彼らは今や溢れんばかりの活気に満ち満ちている次第。それもこれも、お二方のお持ちくださった薬によるもの。このホクヒト、感謝してもし足りぬ所存にございまする」
そう言って深々と頭を下げて来るホクヒトさん。
口調こそ大仰なものだけれど、言葉の節々からは彼の感じていた苦悩やそれから解き放たれたことによる安堵が感じられる。
街の長として、街が弱っていく様を見続けるのは堪える事だったのだろう。この大袈裟ともとれる歓待も、それに応じたものであると考えれば、彼の心労も窺い知れると言うもの。とはいえ、ただ様子を見に来たボク達にとっては予想外も良い所で、ホクヒトさんの言動を経てようやく正気に戻ったボクは、クワンクワンとする耳鳴りを他所になんとか口を開いた。
「…えっと、皆さんお元気になられたようで何よりです。けど、ボク達は薬の材料を運んだだけですよ?ここまで大々的に迎えられるような事じゃ…」
ツミキさんからの依頼でボク達はただ馬車に乗って来ていただけ、なのにここまで感謝されてしまうとそれはそれで申し訳なさすら感じる。
けれど、ホクヒトさんは『いえいえ!』と首を横に振って大きく腕を横に広げる。
「何をおっしゃいますか!その材料がこそ、我らを救って下さったのではございませぬか。ささ、馬車はこちらの方へお預けを。本日は街を上げてのお祭りです故、巫女様も光様も存分にお楽しみ下されば」
「おぉ、お祭り!ねね、ホクヒトさん、りんご飴ある?たい焼きは?」
「無論全て揃っておりますとも。巫女様と言えばたい焼きと、ツミキ殿からも聞いておりますからな。本場のさくら神社程ではございませんが、それでも菓子作りを生業としている者達が腕によりをかけてご用意しておりますとも」
祭りの単語を聞いて浮足立ったみこさんがホクヒトさんの話を聞いて歓声を上げる。素直に受け入れられる豪胆さ、というよりは気楽さを今ばかりは見習うべきだと、ボクも彼らの歓待を受け入れる事にする。
停車場で馬車を降りて預けてから、ボク達は改めて街を見渡した。道の傍では所狭しと屋台が出され、ふわりと風に乗って祭りの空気が流れて来る。周囲はがやがやと喧騒に包まれて、まるで別世界に来たような心地になった。
「光様は気になる屋台を見つけられましたかな?ツミキ殿からの手紙には光様の好物についてはあまり言及されておりませんでしてな、大抵のものは揃っております故、不足は無いかと存じますが」
同じく街に目を向けたホクヒトさんに話しかけられ、ふと意識を戻しながら答える。
「あはは、あんまりボクも気にしたことが無かったですから。…それにしても、ツミキさんとは手紙でやり取りをなさっているんですね」
「えぇえぇ、お二方の来訪も事前に知らしてもらいましてな、こうして祭りの日程を合わすことができました。しかし、シキガミとは便利なものですな。この街にも一人や二人とアヤカシはおりますが、あれほど早く文を届け、更には荷車を引くモノなど複数と従えている者はおりませぬ。力の強いアヤカシは歳をとらぬと言いますが、成程ツミキ殿であれば納得というもの。なにせ、初対面の時から一向に姿形が変わっておりませんからな」
『変だと思っておった』と破顔一笑したホクヒトさんは、恐らく無意識の素振りでその顔に刻まれたしわをなぞった。ホクヒトさんの外見は初老と呼べるくらいで、そんな彼が初対面からと評するのだから、ますますツミキさんの年齢に関する疑問が深まっていく。
「初対面と申せば…光様」
「はい。って、そう言えばボクの事を様付けで…」
ホクヒトさんは以前ボクの事を光さんと呼んでいた筈。あまりにさくら神社で様付で呼ばれるものだから、全く違和感を感じることが出来なかった。その事実に、内心苦笑が浮べるボクに対して、ホクヒトさんは深々と頭を下げた。
「先日は知らぬこととはいえ、失礼を致しました。我ら一同、今日滅んでも悔いは残りませぬ。どうぞ、気兼ねなく心の赴くままに振る舞い下さい」
「ほろ…!?そんな事しませんから!ボクはただの執事で、そんな光様だなんて呼ぶ必要自体無いんですよ!」
あまりに物騒な覚悟につい声を荒げてしまう。けれど、ホクヒトさんはボクの反応を予知していたかのように驚いた様子も見せず、寧ろ可笑しそうに肩を震わせた。
「ふはは、光様はそうおっしゃると思っておりました。…さて、そろそろ巫女様も辛抱ならぬご様子。それではお二方、時間の許す限りごゆるりとこの街をお楽しみ下され」
「光たん、あっち行こ!あれ凄いよ、りんご飴が犬とか猫とかいろんな形になってる!」
「わっ、みこさん、引っ張らないで下さいよ!」
ホクヒトさんがチラリとみこさんへと視線を向けた矢先、当のみこさんは徐にボクの手を引いて駆け出してしまった。
たたら踏みつつ、ボクは後ろ背に揶揄われたと抗議する時間すらも無く離れて行くホクヒトさんを見る。
「お邪魔するつもりは毛頭ございません故、ご安心下され!」
満面の笑みを浮かべて大手を振って見送るホクヒトさんの顔は、何処までもすっきりと晴れ渡っていた。
みこさんに手を引かれて踏み入った街の中は、まるで喧騒が内と外とを隔てているかのようで、ここが祭りの内側なのだとハッキリと感じることが出来る。
「光たん、さっきホクヒトさんと何話してたの?」
つい先ほど受け取ったりんご飴を片手に隣を歩くみこさんが興味深げに聞いて来た。
「特に大したことは無いんですけど…ちょっと揶揄われていただけです」
「なに、みこの光たんを揶揄うとは。ホクヒトさん許せないにぇ、光たんを揶揄って良いのはみこだけだよ」
「いえ、みこさんにもあまり揶揄って欲しくはないですけど」
少しずれた感想を貰ってため息をつきたい心地を隠すように、ボクはみこさんと同じく受け取ったりんご飴に口をつける。真っ赤な飴の甘みが口に広がるのを感じつつ、今度同じようなモノを作ったらみこさんは喜ぶかな、と思考を寄せた。
「…あれ、みこさん、りんご飴食べないんですか?」
ふと横を見て、あんなにテンションを上げて欲しがっていたのに、先ほどから一向に飴に口をつけようとしないみこさんに不思議に思って問いかける。
「うん…、だってこんなに可愛いのに、食べるの勿体無くて」
そう言って、みこさんは心なしか哀愁の籠った眼でジッと手にもった、猫の形を模したりんご飴を見つめた。
「気持ちは分かりますけど…。食べないのは食べないで勿体ないじゃないですか。同じようにできるか分からないですけど、今度ボクがまた作ってあげますから」
「え、ほんと?なら良いや!」
「あ、それで良いんですね」
先ほどまでの葛藤は何処へやら、みこさんはぱっと表情を明るくすると、ぱりぱりと音を立てて飴を食べ始めた。それを何とも言えぬ感情で見つつ、ボクも再度りんご飴に口をつける。
「光たん、光たん!みこのベロ赤くなってる?」
「わ、凄いですよ、真っ赤です。もしかしてボクも?」
べっと舌を出すみこさんに倣って舌を出してみる。すると、みこさんは何故か目を丸くして、一言。
「おぉ、エッチだにぇ」
「なんでですかっ!」
情緒もへったくれもないみこさんの回答に思わず声を上げる。せめて赤いとか色に言及する所を、ただ舌を出しただけでどうしてそんな感想が出て来るのか。
「いや、だって光たん元が白いから赤が余計に映えると言うか、凄く…そう煽情的に?」
「煽情的とか言わないで下さいよ!大体みこさんだって赤いじゃないですか、一緒ですよ!」
変な汗が頬に流れるのもいとわず言い返すも、みこさんは涼しい顔のまま大した動揺もみせないで、素知らぬ顔で唇を尖らせる。
「みこは髪の毛桜色ですしー、光たんは髪の毛も肌も白白じゃん。そもそも光たんってそういうのするイメージがあんまりないから、これはあれですよ、ギャップ萌えって奴ですよ。流石光たん、良い属性もちだにぇ」
「要りませんよそんな属性!…うぅ、今度から絶対にベロ出したりしません」
こんな教訓いらなかったと、涙の混じる思いで自身を戒める。
「大体それってそう感じる方がエッチなんじゃないですか?つまりみこさんの方がエッチで、ボクは別にエッチなわけじゃないですよ」
「光たん、あんまりエッチて連呼するとそれはそれで変な感じになるよ」
「どうすればいいんですか、もう!」
もうこの場で穴を掘って埋まってしまいたい。取り乱すボクを見て、みこさんはさも面白そうにくすくすと笑っている。楽しそうで何よりです!
「ごめんごめん、謝るから許してよ光たん」
「知りません、みこさんなんて甘いもの一杯食べて豚さんになっちゃえばいいんです」
「おぉ!?光たん、恐ろしいこと言わないでよ!今からお祭りの屋台巡りなのに、食べ辛くなっちゃうじゃん!」
戦慄の表情を浮かべて、ぴたりと飴を食べていたみこさんの手が止まる。
基本的にさくら神社での食生活は、料理を作っているボクに依存している。管理していると言ってもいい。つまり、やろうと思えばカロリーを集中させてみこさんを丸くすることだってできるのだ。
その観点から見ても、先ほどのボクの言葉はみこさんにとっての脅威になったみたいで、『まだ大丈夫、みこは大丈夫』とぶつぶつと呟いて言い聞かせていた。
「で、でも、光たんだって一緒に食べるんだからね!丸くなる時は一緒だよ、道連れだにぇ」
「うーん、それは無いんじゃないですか?ボク、どれだけ食べても体型に変化が無いんですよ。味見とかで結構食べてる筈なんですけど」
かねてから不思議に思っていたのだけれど、ボクは多分食べようと思えば幾らでも食べることが出来る。なのに、食べた量に関わらず、体重が増えることも無ければ逆もまた無かった。特にみこさんにお菓子を作る時だって、味見をしたり、失敗したものを食べたりとするのだけど、やはり影響はとんと出ない。
どうしてだろう、とボクが割と本気で首を傾げていると、ふと横から悪寒を感じた。
「光たん。光たんは今世界中の女の子を敵に回したにぇ」
横に振り返ると、みこさんが恨みがましい眼でプルプルと身を震わせていた。
「えっと、そんなつもりは…。ちょっとは有りましたけど」
意趣返しの意図が無かったと言えば嘘になる。正直にそれを伝えて見ると、みこさんはやっぱりとばかりに目を見開いた。
「あー!酷いよ光たん、自分は太らないからって!意地悪、光たんの意地悪!」
「最初に意地悪してきたのはみこさんじゃないですか!お相子様です」
いつもの調子で言い合いをしていると、ふと周囲から視線を感じる。辺りを見渡してみると、道行く人や屋台の中から好奇の視線を向けられていることに気付いた。
街の往来で二人が揃ってわいわい騒いでいたのだから、それも至極当然のことで、ボク達は畑里と押し黙って互いに目を見合わせると、示し合わせるでもなく一目散にその場を離れるべく駆け出した。
「ふぅ、びっくりした…。あんなに見られてるとは思わなかったにぇ」
「さくら神社とは違いますから、気を付けないとですね」
少し離れた所で立ち止まって、一息つきながらみこさんと言葉を交える。
あまりに実感が無さ過ぎて忘れていたけれど、ここはさくら神社ではなくその隣街で、見知らぬ土地だった。あんな場所で言い合いをしていれば注目を集めてしまうのは必至。気を付けないととは思う。けれど、不思議なもので、これからみこさんと外に出掛ける機会はあるだろうけど、ボク達はきっと同じことを繰り返す予感があった。
多分、みこさんも同じことを考えていたのだろう。ボク達はふと互いに顔を合わせると、どちらからともなく噴き出して暫くの間揃って笑い声を上げた。
「みこさん、あんなに必死な顔で走らなくてもいいじゃないですか」
「光たんだって、叱られた子供みたい顔だったよ。みこあんなに子供っぽい光たん始めて見た!」
一頻り笑い終えて、息を整えたボクとみこさんは改めて街を巡ることにした。
街の中はどこもお祭りの雰囲気で、何処へ行っても道の傍には屋台があって人で賑わっている。屋台と一概に言っても食べ物だけではなく、輪投げだったり、射的だったりと、遊びに適したものまであるのだからより取り見取りだった。
「…光たんがあんなに射的が下手だったとは思わなかったにぇ。店主のおじさんが言ってたけど、あの難易度って子供用なのに…」
「みこさん、それ以上言ったら次はみこさんの額に当てますからね。いえ、わざとでは無かったんですけど。…なんで斜めに飛んでいったんでしょう」
思わぬところで自身の弱点を知ったりもした。取り合えずボクは射的をするのは控えた方が良さそうだと言うのが、ボクとみこさんの出した結論だった。
「見て下さいみこさん、これ全部食べきったらあの調理器具が全部貰えるって…!」
「光たん、気持ちは分かるけど全部持ってる奴だよ?ただでさえ多すぎて使い切れないって光たん前に言ってたじゃん!だから箸を取ろうとしないで、ね?」
真新しい調理器具を前にして、珍しくボクがみこさんに宥められる側に回ったり。
「あ、たい焼きの生地ってこういうのもあるんですね」
「にぇ、ぱりぱりして美味しい…。…今度作って欲しいなーってみこさんは思う訳ですけど」
「はい、勿論です。再現できるかどうか分からないですけど、そこはボクの腕の見せ所です。頑張りますね」
さくら神社では見ないたい焼きに舌鼓を打って、今度同じものを作る約束を交わしたり。
見慣れた風景とはまた一味違って、目新しい土地での時間はどれも新鮮で、甘美な蜜のようで、こんな時間がいつまでも、こんな日常がいつまで続いて欲しいと、この時のボクは心の底からそう思っていた。
喧騒に包まれた街の中心部。
雑踏に紛れて、誰にも気づかれずにひっそりと、黒薔薇は蕾からその花弁を花開かせた。