【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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24話

 行きに見た景色が逆再生で後ろへと流れて行く。

 空は夕焼けの茜色に染められ、くすんだ雲が空から顔を出していて、まるで青から赤に色調を転じた海とそれに浮かぶ陸に見えた。 

 吹く風に靡く草花は音もたてず、カラカラと車輪の回る音だけがこの場を支配している。

 あの後、諸々の説明を終えたボクとみこさんは、ツミキさんのシキガミが引く馬車に揺られてさくら神社への帰路へと着いていた。

 今や遠くに点となった隣街。出立の際にはホクヒトさんを始め多くの街民に見送られ、感謝の言葉を浴びせかけられた。事情についてはホクヒトさんが皆に伝えたのだと本人から聞いた。そう話す彼の表情は最後まで憐憫と悔恨の念に満ちていた。

 あの街に生じた黒薔薇の残滓は、かのカミの怨念を成就するべくして顕現しあわやあと一歩の所まで迫っていた。その恐怖から解放され街が守られたのだから、もう少しくらい嬉しそうにすれば良いのに、と思うけど、彼の知る事実を考えれば仕方がない事なのかもしれない。そう納得してしまう自分が居る。

 実際、ボクは納得しているのだろう。ホクヒトさんの事だけじゃない、自身が生み出された意味にも、カミへと至った現状にさえも。不思議と、抵抗は感じなかった。理不尽だと嘆くのが普通なのかもしれない、けれど、生憎とボクは普通では無かった、それだけが事実だった。

 ゆっくりと胸元辺りまで手を上げて何と無しにそれを見つめる。意識を自身の内側に向けて見れば、血液に乗って焔にも似た熱が全身を循環しているのが分かる。カミとはどのようなものだろうと以前は疑問に感じていたけど、実際にカミと成って、成程こんな感じなんだと、少し感慨深く感じた。ただ、一つだけ、ボクは別にこれが嬉しいとも感じていなかった。

「…いやー、それにしても、さっきの凄かったね!でっかい火がぶわーって空に昇って行って、あれ光たんがやったんだよね。それに、光たんの巫女服!あんまり着てくれないから貴重だったにぇ、眼福とは正にこの事ですよ」

 静寂を破る様に、みこさんは活発に声を上げる。キャッキャとはしゃぐその様はいつも通りの彼女なのに、何処か無理をしていると感じるのは気のせいでは無い筈だ。

「みこさん…。はい、そうですよ。巫女服に関してはボクの意志に関係なく変化しちゃうので、あんまり嬉しくないですけどね」

「えぇ、そうなの!?という事はこれが世界の意志なのかな、光たんの魅力に気が付くとは、世界も分かってるにぇ!」

 大げさに頷くみこさんに苦笑いを返しながら、心の片隅で普段通りに接してくれる彼女に感謝の念を抱く。

 もしかすると、この時にはみこさんも薄々勘づいていたのかもしれない。決定的に、今までとは何かが違ってしまったことに。これからボク達に襲い来る、逆らう事の出来ない宿命に。

 けれど、今この瞬間だけは、いつものボクとみこさんで。さくら神社の帰路という束の間の時間は、ボク達に残された日常そのものと言える。さくら神社が近づくにつれて、前に進むにつれて時を刻む様に、刻一刻とカウントダウンは進められていく。

 ずっとこのまま馬車に揺られることが出来たのなら、そんな事を考えてしまうのは、ボクの我儘だろうか。

「明日からは猫耳メイドもやってくれるし、楽しみ過ぎて夜寝られないかも!」

「そこはちゃんと寝て下さいよ…、もう、本当に一人で起きられるんですか?」

「…うん、大丈夫」

 そっと顔を逸らして頼りない返事をするみこさんには、本当に大丈夫なのだろうかと、やっぱり心配が尽きない。

「ちゃんとご飯は三食バランスよく食べて下さいね?お掃除はシキガミさん達が何とかしてくれるでしょうけど、せめてお部屋は散らかさないように。偶にで良いので、お外の花弁を箒で集めて下さい。ちゃんと夜になったら夜更かししないように寝て、朝になったらお寝坊しないように起きて、それから…」

「…」

 次から次に溢れて来る心配事を零していれば、みこさんは顔を俯けたまま黙り込んでしまう。それに気づいて、言葉を止めてから『みこさん?』と名を呼ぶも、みこさんは返事も無く、代わりにゆっくりと顔を上げる。

「光ちゃん…」

 その顔に浮かんでいたのは、紛れもない不安と悲しみだった。

「どうして、さっきから光ちゃんが居なくなるみたいな話し方するの…?」

 どきりと、心臓が嫌な鳴り方をした。

「それは…その」

「違うんだよね。みこと光ちゃんは何も変わらないよね。光ちゃんはこれからも、みこと一緒に居てくれるんだよね」

 祈り縋るようにみこさんが袖を引いてくる。固く決して離れぬよう力の込められた手、こちらに向けられた揺れるその瞳に、決意を曲げてしまいそうになった、今すぐ何もかも投げ出してしまいたくなった。

 けれど、それが許されない事も理解している。だからボクは、そっと袖を掴むみこさんの手に触れて、言い聞かせるようにゆっくりと首を横に振る。

「みこさん。カミは、ヒトと一緒には生きられないんです」

 そう言ってボクは、愕然と目を見開いて泣きそうに瞳を潤ませるみこさんから顔を逸らし、前方に見えてきたさくら神社を捉える。

 カミとヒトとでは、生きる世界が、時間が違いすぎる。誰も知らない世界にただ一人、時間を知らずに取り残される。これは違えようの無い世界の必定で、カミに成った時点で覚悟は済ませていた。なのに、こんなにも心が揺れ動いてしまうのは、きっとみこさんがボク以上に悲しんでくれているから。

 掴まれた袖から震えが伝わってくる。今すぐ横に振り返りたい、抱き合ってお互いを慰め合いたい。そんな衝動にかられながら、ボクは涙が零れ落ちないように、天を穿つ桜の大樹を見つめ続けた。

 

 からからと、無情にも車輪は回り、いつしか見慣れたさくら神社は目前へと迫っていた。

 もう少しで、この時間が終わってしまう。先ほどからボクの袖を固く握るばかりで、みこさんは一言も話そうとしない。ボクもボクで、どう声を掛ければ良いのか分からないで、押し黙ってしまっていた。

 そんなボク達を出迎えるように、街の中から見覚えのある女性が出てきた。さくら神社のある街のを治める街長のツミキさんだった。

 ツミキさんは、すぐ目前で止まったボク達に相対すると、恭しい仕草で頭を下げた。

「お待ちしておりました、ヒカリ様。我らが奉りし太陽の化身よ。どうか、この街を、世界をお救い下さい」

「…はい、分かっています。今まで、ご苦労様でした」

 労いの言葉を掛ければ、ツミキさんは更に深く礼の姿勢を取る。言動の節々から、彼女がどれだけ苦心してこれまで街を守って来たのか伺えた。いや、何も彼女に限った話ではない。この街を治めて、守り抜いてきた代々の街長、そして代々の巫女がいたことを、今のボクは知っている。

 だからこそ、ボクはやり遂げなければならない。今の世界に生まれたカミとして、太古から続く負の連鎖を、止める義務がある。

「では、ヒカリ様。件のカミを封ずる場所まで、これからご案内いたします。…巫女様は、如何なさいますか?」

 顔を上げ、本題へと入ろうとするツミキさんは、言葉を止めて未だ俯いたままのみこさんを見やると、ボクに判断をゆだねて来る。

 本当なら、ここでお別れをしないといけない。けれど、そんな事を言ったらきっと反対されるだろうし、ボク自身、みこさんにはきちんと全てを伝えておきたいと思っている。

「一緒に行きます。…みこさん、降りますよ」

「うん…」

 返事があったことに安堵しつつ、二人で馬車を降りる。馬車を引いていたシキガミは、ボク達が降りたことを確認すると、そのまま街へと入り荷台置き場の方へとひとりでに向かっていった。

 馬車を見送った後、ツミキさんはボクとみこさんとを順に見て、束の間顔に影を落とすも、直ぐに振り払って、案内を始めようと歩を進めた。

「こちらです、街の者には出歩かぬよう言っておりますので、ご安心ください」

「…ツミキさん」

 不意に、口を閉じたままだったみこさんに呼び止められたツミキさんの足が止まる。そうして、振り返ったツミキさんに、みこさんは言葉を続けた。

「ツミキさんは、知ってたの?光ちゃんが、カミに成るって」

 そう問うたみこさんの瞳には非難めいた色が浮かんでいる。それを、至極当然と受け止めるツミキさんは、少し間を空けて、肯定を示した。

「えぇ、知っておりました。ヒカリ様がこの時代に現れ、我々をお救い下さる。元より、こうなる未来でしたので」

 答えるツミキさんは、まるでもう必要が無いとばかりに、眼鏡を掛けずにその裸眼を晒していた。

 ツミキさんの答えを聞いて、みこさんが力なく『…そっか』と呟く。表面上は、それで納得したように見えた。けれど、ボクだけは、袖をつかんだ彼女の手に、ぎゅっと力が込められたのを感じていた。

「巫女様をお連れするのであれば、説明も必要でしょう。詳しいお話は道中でいたします」

 瞼を下ろして言いながら、ツミキさんは改めてボク達を先導して街の中央へと歩き始めた。彼女の背を追って、ボクとみこさんもそれに続く。

 ヒトの姿も無く、がらんとした街の中は、本当に同じ街だったのかと疑わしく感じてしまう程に様変わりして見える。既に夕日も傾きかけて、街に覆い被された薄暗さもその一因となっていた。

「…事の発端は、太古の昔、ヤマトから争いが無くなった後の出来事でした」

 街に入ると、ツミキさんが話を切りだした。

 争いが無くなった後、日記に記されていた先の切り取られていた部分のお話。隣を歩くみこさんの視線も、ツミキさんの背中へと向けられている。

「平和を手に入れたヤマトでは、毎日のように祭りが催されておりました。争いに向けられていたた労力の分、連日連夜所構わず人々は喜びを分かち合い、そして同時に、ヤマトを平定するという大業を為したカミを祀り上げ、感謝の念を向けた。えぇ、これは至極真っ当な流れとも言えるでしょう。自らを救ったモノらに対して向ける感情としては、なんら疑問は生じ得ない。…しかし、これが全ての惨劇を起こす元となったのです」

 みこさんが上手く理解できていない風に、首を傾げている。当時の人だって、まさか感謝の念が原因になるだなんて思ってもみなかっただろう。

 とはいえ、正確には感謝したのが悪かったのではない。問題なのは、多くの人が感情を向けた事だった。

「この話には、まずイワレと言う存在が不可欠になります。イワレとは誰しもが持つ力の源。そのモノが持つイワレの量は、つまりそのモノの持つ力の大きさを示す指針と言えましょう。イワレの量が一定以上に達したヒトは、アヤカシと成り、そして更に条件を満たせばカミへと成る。このイワレがそのモノに蓄積する一つの手段が、他者に認められることにあるのです。他者から強い感情を向けられた際に、イワレはその者と向けられた先へと蓄積していく。これが一人や二人であれば、なんでしたら街単位で合っても問題は無かったでしょうが、当時、ヤマト中の人々が、ヤマトを平定した、英雄とも呼べるカミらに対して強い感情を向けてしまった。

 イワレはその者の性質へと影響を与えるのです。その者の抱く念を増大させ、願いを遂行させる形へと。けれど、九尾のカミや鬼らを始め、立役者の殆どに邪念と呼ぶべきものも無く、変質と呼べるほどの影響は無く、本質をそのままに在れた。ただ、不運にも一人だけ。その胸の内に、微かに、ほんの微かにだけ、争いを求め、支配欲とも呼べる邪念を秘めていたカミがおりました。そのカミこそが、ソウビ神社の神主として一帯を治めていた、疫病を司るカミでした」

 疫病。それだけでは聞こえは悪いものの、当時、そのカミは争いの中にあってもその力を他者に対して振るう事は無かった。日記の著者などにも慕われていたように、善良で、争いを平定するために尽力できる程に、他者を慮る事の出来るカミであった。

 ただ、微かに、ほんの微かにだけ。誰にも見せない心の奥底に、砂粒程の邪念があっただけ。しかし、一挙に蓄積されたイワレは、その邪念を掘り起こし、その形へと本質を塗り替えてしまった。

「イワレについては、未だ不可思議な点も多く。当時では尚の事、想定外の事態であったのでしょう。変質したソウビ神社のカミは、その力を躊躇なく行使し、辺り一帯を、ひいてはヤマトの全土を支配しようと再び争いを巻き起こしました」

 そこでツミキさんは言葉を止めた。理由は、見慣れたさくら神社を通り抜けた先、目の前にある見上げる程に聳え立っている桜の大樹、その根元へと到着したためだった。

 本来であればその場には大樹の他には何もない。けれど、ツミキさんが手をかざすなり、まるで元からそこに存在していたかのように洞が開いた。洞の中に設置された蝋燭に順々に火が灯って行き、更に地下深くへと続く螺旋状の階段を照らしだす。その階段を下って、ボク達は地下へと進んで行く。

「再びヤマトに巻き起こされた争い、これを看過するカミはヤマトにはおりませんでした。構図としては、ソウビ神社のカミ対ヤマト全土のカミ。ソウビ神社のカミに勝ちの目は端から存在せずとも、その疫病を操る力は驚異の一言に尽きた。例え牢にでも封じた所で、その力がある以上ヤマト全土が危機にさらされる。そして、イワレによる変質は不可逆のものでした。これらの理由から、当時のカミ達は、ソウビ神社のカミを世界から消す選択を致しました。ソウビ神社のカミも居なくなり、これでヤマトに平和が戻った、と誰もがそう確信した。もう一つの誤算が生じたのは、ここでした。そして、それが最も致命的な誤算だった」

 かつんかつんと硬質な音が鳴り響く。

 地下に降りていくにつれて、空気が薄くなってきてもいい筈なのに、どんどんと重厚感が増していっている様にすら感じた。

 チラリと横のみこさんの様子を伺うも、特に変化は見られない。きっと、これはこの先に待つものからボクへの影響なのだろう。

「カミの持つ膨大な量のイワレ。それがカミの死後何処に行くのか、世界に帰るのか、それとも周囲に割り振られて与えられるのか。示された答えはどちらでも無く、ソウビ神社のカミの死後、イワレは一つの宝石として形をとった。神命石と呼ばれるそれは、構成されたイワレ、更にはカミと呼ばれる存在そのものの具現化として、生前では考えられない程の力を持つのです。その余りの力に、当時のカミがそれを厳重に封じました。これは、使用者がいなければ、意味のない物体故の処置だった。けれど、誤算だったのはカミの怨念がその意思に宿っていた事。そして、その膨大な力はソウビ神社のカミが残した怨念を果たす形で振るわれる事になった。これが、ヒカリ様が浄化した黒薔薇の正体です」

 志半ばで打ち滅ぼされたカミの怨念、さぞ世界を憎んだことだろう、恨めしく思ったことだろう。それが、街を滅ぼさんとしたあの黒薔薇の正体と言われるなら、納得もしようというものだった。

「最初に滅びたのは、封じられていたソウビ神社。続く形で、九尾のカミが治めていたイヅモ神社とその周辺の街が滅びました。神命石に宿った怨念は、その力の膨大さ故に破壊する事も叶わず、怨念故に干渉も出来なかった。そこで立ち上がったのが、浄化の力を持ち万病を癒すとされた太陽のカミでした」

 カツンと一際反響する音と共に、ツミキさんが足を止める。

 階段を下りきると、石造りの壁に覆われた大きめの広間へと行き着いた。ツミキさんが視線を向ける前方には、重々しく閉じられた両開きの扉、その先にあったのは大掛かりに奉られた祭壇。

「同じ力であれば、対抗も出来ようと言うもの。しかし、怨念とは絶え間なく沸き上がり、伴って力も強くなる。故に、かのカミはこの地へと封印を施し、浄化するに足る力を持つ自らの化身を創造せんとした。その化身の集大成こそがヒカリ様であり、さくら神社の巫女と街長はヒカリ様が現れるまで封印を維持するべく、かのカミより授かった力を代々受け継いできた存在なのです」

 視界に納めなくても、その存在を知覚できた。祭壇の中央部、台座の上に光の膜に覆われて鎮座している宝石。

 そうして、再度認識する。この宝石こそが黒薔薇の根源、これを浄化する事こそが、自身が生み出された意義なのだと。

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