どたばたと部屋を走り回るみこさんと狛猫たちを、金時さんと並んで『聞いてた話とかなり違うなー』なんて思いながら鑑賞した後、「みこが案内してあげる!」と、朝ごはんを食べたみこさんに連れられて、現在ボクは街を歩いていた。
昨日は眺めるだけだったこの街は、実際に歩いてみるとその活気強さをより強く感じられて、不思議と気分が高揚した。そして何よりも
「巫女様ー、相変わらず元気いっぱいだなー!」
「みこちゃん、今日も可愛いわね!」
会う人会う人に、親しみを持って話しかけられるみこさんは、こういう時はどんな表現が正しいのかな…そう、正にこの街のアイドルみたいだった。
「おや光様、巫女様の執事になったって聞きましたよ。その服、ばっちり着こなしてますね!」
「あ、あはは、はい、よろしくお願いしますね」
そんなみこさんと一緒に居るおかげか、昨日は殆ど敬遠されていたボクも話しかけられることは少なくなかった。ツミキさんから話は聞いているみたいで、ボクの存在を不思議がる人は一人も居なくて、むしろ歓迎されているようにも見えた。
話にもひと段落が付いた辺りで、その場を離れてから、隣を歩くみこさんは得意げな表情で、しきりに頷いていた。
「うんうん、やっぱり光ちゃんには執事服だったにぇ。みこの目に間違いは無かったよ」
「そう、ですか?まぁ、ボクも不思議なくらいしっくり来てますけど」
言いながらボクは改めて自分の恰好を見下ろす。今着ているのはパンツスタイルの典型的な執事服で、これは執事になる事が決まった時に、纏めてみこさんから渡された。
何の素材でできているのか、着てみると想像以上に動きやすくて、少し堅苦しいのかな、なんて当初の考えも吹き飛んで行ってしまったくらい。
そうして軽く体を動かしていると、ふと視線を上げた先にみこさんのだらしない笑顔があって、思わずびくりと体が震える。
「何ですかその顔。ボクの恰好、可笑しなところでもありました?」
「えー、だって光たんが可愛くて…。良いよね、白髪ショートボクっ娘執事。その慎ましいお胸もポイント高いよ」
「何ですかそれ…、もう」
謎の言葉の羅列に困惑しつつ、みこさんの視線を遮るように腕を上げる。少し頬が熱いのはきっと気のせいだ、そうに違いない。チラリと自分の胸元に視線がいくけど、別に気にしてたりなんかもしていない。
「光たん、ちょっと顔赤いけど、もしかして気にしてた?大丈夫、光たんの需要はみこが保証するから!寧ろ需要しかないかもしれないにぇ」
心の中で誰にともなく言い訳をしていると、みこさんがキラキラと目を輝かせて、屈託のない笑顔でそんな事を言ってくる。
「よ、余計なお世話ですよ!」
見透かされたことが恥ずかしいやら、妙なフォローを特にみこさんに入れられたことが悔しいやら、とにかく今の顔を見られたくなくて、つんとそっぽを向いてつかつかとみこさんの前を行く。
「あ、待ってよ光ちゃーん!…わっ!?」
ボクを追うみこさんの声が後ろから聞こえて来たけど、不意にそれが悲鳴に代わって、慌てて振り返ると、丁度何もない地面に躓いて倒れているみこさんの姿。
「みこさん!?」
驚きのあまり心臓が止まりそうになるけど、何とか咄嗟に手を伸ばして肩を掴んで、体全体で受け止める事に成功する。
「お、おー、前世の走馬灯が見えたにぇ…」
耳元からは気の抜けるような声でみこさんが呟いていて、それを確認したボクは大きく安堵の息を吐いた。
「話には聞いてましたけど、本当に何もない所で転ばないで下さいよ」
この話というのは例にもれずツミキさんからのモノで、昨日のうちに注意事項、と言うよりは取り扱い方のような形で、みこさんについて説明を受けていた。
まだ若干の早鐘を打っている心臓を落ち着けながら言うと、みこさんは誤魔化し笑いを浮かべてちらーと視線を横に背ける。
「いやー、みこはエリートですから、何もない所で躓くわけないじゃないですか。今のも…そう、みこを狙う何者かの仕業で…」
「みーこーさーんー?」
「はい、すみませんでした、以後気をつけます!」
妙に饒舌な口調でみこさんは言い逃れをしようとするけど、ボクが如何にも怒ってますよといった風に顏をむっとさせると、たちまちぴしりと気を付けの姿勢を取った。
なんだかんだで素直な人だなーと思いつつ、ボクも頭を下げる。
「ボクの方こそ、急かしちゃってごめんなさい。もっとボクが注意してないといけなかったです」
話の流れで仕方なかったとはいえ、そこはボクにも非がある。今のボクはみこさんの執事なんだ、お世話をするという事は、みこさんの安全管理も当然仕事の内だった。
それを伝えると、みこさんは一瞬キョトンとした顔をしてからふわりと柔らかく微笑んだかと思うと、おもむろにボクの手を取った。
「じゃあ、こうすれば解決じゃない?手を繋いでれば、またみこが躓いても、光ちゃんが引っ張ってくれるし。離れないから迷子にもならないし」
「手を…」
呟きながら、ぎゅっと握られるみこさんの左手を握り返す。こうして手を繋ぐのは少し気恥ずかしいけれど、少しも悪い気はしなかった。繋がれたみこさんの手は温かくて、その温もりにくすぐったさを覚える。
「それにしても…」
「はい?」
と、考えていたけど、何故か実際にくすぐったい感覚が手からは伝わって来る。不思議に思って目を落としてみると、繋がれたみこさんの手がボクの手をさすさすとしきりに摩っていた。
「光たんの手、すべすべで触り心地が良いにぇ。乾燥とか全然してなくって、指は丁度良い細さで、いつまでも触ってたくなるような…」
恍惚とした表情をするみこさんの手つきに、つい顔に熱が集まるけど、このまま為されるがままという訳にもいかない。
「み、みこさんだって、ぷにぷにで柔らかくて、赤ちゃんみたいな手じゃないですか」
「こらー、赤ちゃん扱いはやめなさい。繰り返す、みこを赤ちゃん扱いするのはやめなさい。みこは、あくまでエリート巫女なのです」
負けじと言い返したけれど、みこさんは半目で不服そうな顔をして訂正を入れる。みこさんなりのこだわりがあるみたいで、そこばかりは譲れないみたいだった。
「むぅ、それならあんまり手を摩らないで下さいよ…。それ、結構くすぐったいんですから」
「おぉ…」
とはいえ、こちらにも言い分はある訳で。変な羞恥心を抱えながら、みこさんに対してそう懇願すると、何故かみこさんは感嘆したように声を上げた。
「な、何ですか」
「いや…ううん、みこ、光たんにはそのままで居て欲しいなって。みこには眩しすぎたよ…そう、光だけに」
「えっと…?みこさん、それってどういう意味ですか?ねぇ、みこさん!」
よく意味を理解できなくて問い返すけど、みこさんは遠くを見つめたまま何も答えてくれない。でも、ボクも諦めきれないで、じーっとみこさんの事を見つめていると、やがてみこさんも耐えかねたのか、無理やりに話題を変えてきた。
「あ、そうだ光ちゃん、まだ街の案内の続きだったよにぇ!みこがこの街を完璧に案内するから、ほら、早く次の場所に行こ!」
「わっ、ちょっとみこさん、また転んだらどうするんですか!」
またさっきの二の舞になるのではないかと心配になって声を掛けるけど、「光ちゃんがいるから大丈夫ー!」なんて無邪気に駆けだしたみこさんに手を引かれて、ボクたちは桜の舞い散る街の散策を再開した。
「で、ここがみこのお気に入りのたい焼き屋さん!昨日のたい焼きもここのなんだよ」
暫くみこさんの案内で街を回ったボクたちが次に訪れたのは、町の一角に店舗を構えているたい焼き店だった。
つい昨日、みこさんと出会った時に貰ったあのたい焼きは、ボクにとっては一等特別なものになっている。三日三晩動き詰めだったことや、極限までの空腹もあったのだろうけど、初めて食べたあの味は一生忘れられないと思う。
だからだろうか、とても感慨深く感じて、ボクはついその場に立ちすくんでしまった。
「光ちゃん、ちょっと待っててー」
すると、みこさんはそれだけ言い残して、とたとたとお店の方まで行くと、暫くとせずに両手にそれぞれたい焼きを持って帰って来た。
「はい、これ光ちゃんの分!もうお昼だから、光ちゃんもそろそろお腹空いたでしょ?」
「…あ、ありがとうございます」
そう言って差し出されたたい焼きを受け取って、ボクたちはベンチに並んで座って遅めのお昼ご飯にする。
丁度焼きたてだったみたいで、ほかほかと湯気が立ち昇るたい焼き。一口頬張れば、餡の優しい甘さ口いっぱいに広がった。
「やっぱり美味しいですね、このたい焼き」
そして、しみじみと噛み締めるように、ボクはその感想を口にする。端的過ぎるかもしれないけど、言葉で言い表すには、ボクが抱くこのたい焼きに対する感情は複雑で大きすぎた。
「にぇ、みこも好きなんだー。…でもね、光たん、街の外れにある丘で食べるたい焼きはまた格別なんだよ。景色がにぇ、景色が最高なんだよ」
神妙な顔でみこさんは人差し指を立てて話すけど、妙に演技臭いその口調に思わず笑みが零れた。
景色が良いと言うと、ふと昨日見たこの街の景色が思い浮かんだ。それと、あの時は丁度たい焼きを持ったみこさんがあそこに来ていた。
「景色の良い丘って、もしかしてみこさんと会った場所ですか?」
「あ、そうそう!お気に入りの場所に行ったらボロボロでへたり込んでる人がいたから、みこすごいびっくりしたよ。その後も急に倒れるから、みこが無意識で毒でも盛っちゃったのかと思ったし」
まさかと思って聞いてみると、案の定だったみたいだった。
みこさんが話している所まではボクも覚えている。けれど、その後のことはまだ聞いていなかった。
「あの、みこさん。あの後すぐにボク寝ちゃって、次に目が覚めた時はさくら神社でしたけど、みこさんが神社まで運んでくれたんですよね」
「え、みこじゃないよ?」
「へ?」
ありがとうございました、と言いかけたところで、みこさんから訂正が入って、思わず素っ頓狂な声が出た。
てっきりみこさんが運んでくれたものだとばかり考えていたけど、それが違うと言うのなら、候補としてはツミキさんだろうか。でも、ツミキさんは神社であった筈。
一体どういうことなのか、その疑問はすぐにみこさんによって解消された。
「えっとにぇ、光ちゃんを運んだのは、みこのシキガミだよ。ほら、みこの舎弟…」
カチャリと、そんな擬音が聞こえて来そうな程洗練された動作で、みこさんのこめかみに輪ゴム鉄砲が突きつけられる。見れば、今朝出会った、みこさんのシキガミである白い狛猫が一匹、みこさんの肩の上に座っていて、今にも指をかけた輪ゴム鉄砲の引き金を引かんとしていた。
言葉を途切れさせたみこさんは、そろりそろりと両手を上げる。
「みこの大切な仲間たちが、光さんを運びました」
カタカタとみこさんが震えながら言い直したのを確認して、白い狛猫は一つ頷くと、声を掛ける間も無く再び虚空へと消えて行った。
一応、シキガミと言うのは一種の使い魔で、召喚者であるみこさんとは主従関係に当たる筈なのだけど、みこさん達のやり取りを見る限り、主従とはいってもそこまで明確な差は無いみたいだった。
「ねぇ、光ちゃん。みこって威厳とかないのかな…」
解放されたみこさんはそう言って遠くを見つめる。明らかに落ち込んでいる様子や彼女に、なんて言葉を掛ければ良いものかと、ボクが悩んでいると、ふと近づいてくる幾つかの足音と元気な声に気づいた。
「あ、巫女様だ!今日もたい焼き食べてんのー?」
「隣の人が光様なんだよね、巫女様!」
そうして笑顔で声をかけて来たのは、数人の10歳くらいの子供達で、みこさんとも面識があるみたいだった。
「みんな、にゃっはろー。昨日は食べるの手伝ってくれて、ありがとうにぇ」
ひらひらと手を振るみこさんを見て、子供達は不思議そうに首を傾げた。
「巫女様、なんだか元気ない?」
「あ、あはは、色々とありまして」
鋭い子たちのようで、ぴたりとみこさんの異変を言い当てた。むしろ普段が明るすぎて、こういうみこさんは逆に珍しいのかも。
先ほどの出来事を軽くかいつまんで説明すると、子供たちはこぞってみこさんに声をかけた。
「大丈夫だよ、巫女様はいっつもみんなを笑顔にしてくれるでしょ」
「昨日だって、お父さん言ってたよ。流石巫女様だー、って。ううん、お父さんだけじゃなくて、街のみんなもきっとそう思ってるよ」
口々に励ましを受けて、徐々にみこさんの瞳に力が戻ってくる。キラキラと輝き出した瞳、花のような笑顔を咲かせたみこさんは「そうだよにぇ!」と、勢いよく立ち上がった。
「みこの事を好きでいてくれる人はいっぱい居る!なんて言ったって、みこはエリート巫女ですから!」
自信満々に胸を張るみこさんに、子供たちの歓声が上がった。どうやら立ち直れたみたいで、明るいみこさんに一安心するのと一緒に、ちょっとだけ悔しさを感じた。
みこさんと一緒に街を回り終わったのは、日も沈みかけて空が茜色に染まりだした頃で、街の人通りもかなり空いて来ていた。
そろそろ神社の方に帰る、そんな空気が漂い出した当たりで、ふとみこさんに手を引かれた。
「光ちゃん、最後にあの場所まで案内するにぇ。寝てたから道順とか、覚えてないでしょ?」
そう言ったみこさんについて街を出て、少し進んだ先、見覚えのある森とそれを目前とした街を一望できる丘に到着する。
天を指すような大樹に咲き誇る桜。はらはらと舞い落ちていく桜の花びらは、しんしんと夕日に照らされた街へと降り積もっていく。
たい焼きはお昼に食べたばかりだから持ってきていないけど、ここから見える景色は、それが無くても十分すぎる程に魅力的だった。
「因みに夕方だけじゃなくて、夜も朝もお昼も、時間帯でまた違う景色が見えるから、また二人で見に来ようね、光たん」
「はい、ボクも見てみたいです」
それから暫く、会話も無くボクたちは景色に見入っていた。ふと隣を見れば、夕日に照らされている、みこさんが居る。
「みこさん、改めてありがとうございました。ここでみこさんと出会えてなかったら、ボクはきっとここで野垂れ死んでいたかもしれません」
「えへへ、どういたしまして」
はにかみながらみこさんは照れた様に頭をかく。ちゃんとお礼を言えてよかった。このままうやむやになりました、なんて絶対嫌だったから。でも、これはあくまで今までの分。これからのボクの考えも、ちゃんと伝えておかないといけない。
「まだ初めてばかりで、執事としては拙いかもしれないですけど。精一杯みこさんの事支えられるように、頑張りますから、これからもよろしくお願いします」
ボクはみこさんの事をまだ全然知らない。さっきだって、ボクはみこさんを元気づけることも出来なかった。だけど、それを出来る様にこれからも頑張っていきたいし、その為にも彼女の傍に居たいと思った。
お辞儀をして、ぎゅっと瞑っていた目を開けると、そこではぽかんと呆然としたように目を丸くしているみこさんが居た。
けれど、次の瞬間には、どんな反応をされるのかと過ぎった不安すら吹き飛ばすくらいの、満面の笑顔がみこさんの顔には咲き誇っていた。
「うん!よろしくね、光ちゃん!」
そう言ってみこさんはボクの手を取って、またにっと笑う。
この時、ボクにとってのこの街ので生活が、ようやく始まったような気がした。
これは余談だけど。神社に帰ってからボクは、昨日ここまで運んでくれたと言う白い狛猫、もといシキガミさん達にお礼を言おうと、みこさんがお風呂に入っている合間に声を掛けてみた。
「シキガミさーん、少し良いですか?」
普段そこに居るかは分からないから、一旦みこさんの部屋の辺りでそう誰も居ない空間に呼びかけて見た所、ひょこりと物陰からシキガミさんが一匹顔を出して来た。
「あ、良かった。あの、昨日ボクを運んでくれたと聞いて…」
見つけられたことに安心しつつ、お礼を言おうとしている最中、またひょこりともう一匹シキガミさんが出て来た。それに留まらず、同じ場所から纏めて数匹出て来たり、虚空から飛び出て来たり、屋根裏から飛び降りて来たり。
とにかく、ありとあらゆる場所から、シキガミさん達がわんさかと出て来て…。
「ぴぃ!?」
最終的にちゃんとお礼は言えたけど、際限なく出てくるシキガミさん達は、少し怖かったです。