【完結】桜の巫女は花と笑う   作:ワンダーS

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9話

 がやがやとした喧噪に包まれた、いつもと何ら変わらない街の風景。

 合わせて2日ぶりとなるさくら神社周辺の街は、思ってたよりも新鮮に感じた。まるで、初めてこの街に来た時みたいに、知らない場所を歩いているような、そんな感じ。

 さくら神社に来て以来、2日以上街を歩いて回らないなんて事が無かったから、多分その影響もあるんだと思う。

 そして、それは街の皆さんも同じだったみたいで。

 「おや、光様、お久しぶりですね!」

 「体調を崩したと聞きましたけど、もう大丈夫なんですか?」

 行き交う最中に、明るく軽快に手を振ってきたり、不安げな顔で心配してきたり。人によって反応は様々だけど、総じて街にボクがいる事が前提のものになっていて、ちょっと照れくさい。ただ、一つだけ、物申したいこともある。

 「あら、いつにもまして仲良しねー」

 「光様もすっかり懐かれてるな」

 掛けられる声の中に、ぽつぽつと混ざっているガヤと生温かい視線。声には出していないけど、それ以外の人も同じような目で、ボクと、ボクの腕にべったりとくっついて歩いているみこさんを見ていた。

 「みこさん、やっぱり歩きづらいですから、そろそろ離れて下さいよ」

 四方八方から突き刺さる視線に耐えかねて、そんな理由をあげつらってやんわりと離れてもらおうとするけど、みこさんは口を尖らせて不平そうにしながら、寧ろぎゅっと腕を抱く力を強める。

 「えー、良いじゃん。歩くのも楽だし、みこは結構楽しいんだ」

 「みこさんは寄りかかってるんですから、楽なのは当然です。…まったくもう、おかしなみこさん」

 ふわりと揺れたみこさんの髪に頬をくすぐられて、思わず片目を瞑りつつ、交渉に失敗したボクは諦めるようにため息をついた。

 どうしてみこさんがこんなに密着してくるのかは、結局聞けずじまいだった。反応を見るに、昨日あたりで何かあったのは確実なんだけど、その何かには見当もつかない。と言うか、あまり思い出したくない記憶ばかりで、思考を進めたくないのが本音だった。

 「今は良いですけど、到着したらちゃんとしてくださいね?今日は遊びに行くんじゃなく、お仕事に行くんですから」

 「分かってるってー。あっ、あそこから入れるよ」

 本当に分かっているのか不安になる返事だけれど、気を取り直して、ボク達は依頼人がよく居ると言う路地裏へと向かった。

 

 

 

 「それで、そこを右に行って、次は左で…」

 「あれ、もしかして知ってる場所ですか?」

 妙に詳しいみこさんに案内されながら進んだ路地の突き当りには、少し開けた空間があった。入ってきた道を除けば、周囲を壁に塞がれたそこは、言うなれば隠された秘密基地みたいな場所で、3人の子供がそこに集まっていた。

 「あー!やっぱりみんなだ!」

 すると、知り合いだったのか子供たちの姿を見つけた途端、みこさんが声を上げる。そんな彼女に、子供たちの反応は驚いたり、ぱっと笑みを浮かべたりとまちまちだったけれど、等しく歓迎の意がある事は見て取れた。

 「巫女様、本当に来てくれた!来てくれたよ!」

 いの一番に口を開いたのは、中でも一層幼げな女の子で、昂ぶる感情を抑えようともせずに発散して、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。興奮した女の子に手を引かれているのは、年長らしい少年で、宥める様に「落ち着けって」と声を掛けている。そして、最後の一人の少女は、そんな二人をおろおろと不安げに見ている。

 もしかしなくとも、彼女達が今回の依頼人みたいで、女の子が落ち着きを取り戻したところで、ようやく話が進む。

 「えっと、ペットがいなくなったみたいだけど、そもそもみんなペット飼ってたっけ?」

 ずっと引っ掛かっていたみたいで、首を傾げたみこさんは、まず前提を問いかけた。

 「うん、子猫を、最近。巫女様と最後に会った後だから、知らなかったと思う」

 答えたのは年長の少年だったけど、様子が少しおかしい。ふいと、答える最中に逸らされた視線は、何処かバツが悪そうで、必死に何かを隠そうとしている様に見えた。

 そこまで考えて、ピンとくる。

 「こんなに奥まったところでペットを飼ってたという事は、もしかして隠れて飼ってたんですか?」

 膝を曲げて、目線を合わせながら努めて優しく言うと、少年はびくりと肩を跳ねさせて俯いてしまった。目は口ほどに物を言うと言うけれど、全身の動きを含めるとその比では無い。隅に置かれたほつれた毛布に、小さめの深皿、入り口付近にある木製の柵。この子たち用、と言うには無理があるそれらを見れば、多分そういうことなのだろうと察しがついた。

 少しの沈黙の後、俯いた少年に代わって、少女がぽつりぽつりと懺悔するように口を開く。

 「その、もし親に話して、断られたらどうしようって…。だって、あの子あんなに小さくて、親猫も居なくて…。だから…」

 「大丈夫ですよ、叱ってるとかじゃないんです。ただ、ボクの知ってる街の皆さんは、真剣なお願いを無下にするような人達じゃない事を、伝えたかったんです。だから、ちゃんと見つけてあげて、今度は堂々と一緒に暮らしましょうね」

 ひと月触れ合っただけのボクと、生まれてから触れ合って来たこの子達であれば、前者が後者に言うまでもない事だ。ボクよりもずっと、この子達はその事を知っている。

 こくりと頷いた少年と少女の瞳は力強く、後の心配はいらなそうだと、改めて目の前の事柄へと目を向けた。

 軽く話を聞いてみれば、子猫が居なくなったのに気付いたのはつい昨日だそうだ。三人で探しても見つからなかったみたいで、途方に暮れていた所に、ツミキさんから何かお願いしたい事は無いかと、丁度聞かれたらしい。

 「あたしが、悪いの!猫ちゃんにバイバイした後、ちゃんと柵を閉めてなかったから。だから、猫ちゃん、いなくなっちゃった!」

 話している内に、後悔が押し寄せて来たのか、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、年少の女の子、クスリちゃんは声を上げて泣き始める。咄嗟に彼女を慰めようと、少女、ハカリちゃんが手を伸ばすも、それよりも早く隣でみこさんが動いた。

 「心配しないで、クスリちゃん。みこが絶対に猫ちゃんを見つけてあげるからにぇ。なにせ、みこはエリート巫女だから、子猫の捜索なんて朝飯前だよ」

 クスリちゃんの手を取って、いつもの笑顔を浮かべるみこさんだけど、その表情の奥にはあまり見慣れない大人びた雰囲気が垣間見える。こんな顔もするんだ、そんなちょっとした驚きを飲み込んで、ボクはハカリちゃんと少年、サジくんの方へと向き直る。

 「ところで、昨日はどのあたりまで探したんですか?子猫なら、あまり遠くまでは行って無いとは思いますけど…」

 「えっと、取り合えずここを出た路地周りは一通り回った。けど、結構入り組んでるから、隅々までは出来てない」

 「もしかしたら、通りを超えてもっと遠くに行ってるかも」

 確かに、ここまでの路地の道は何回も分岐路に差し当った。みこさんの案内があったからここまで来れたけど、それぞれの道で他の通りに繋がっていたみたいだから、どの方向に向かっていたとしてもおかしくなくて、捜索範囲は街全体とみても良いくらい。

 けど、幸いみこさんには数え切れないくらいのシキガミさんが付いてるから、人手には困らない。だからこそ、ツミキさんもみこさんにこの依頼を渡したのだ。

 これからの流れに見当をつけていると、不意にハカリちゃんに袖を引かれた。

 「ねぇ、光様。光様が、お願いを叶えてくれるって、本当なの?」

 思わぬ問いかけに、目を瞬かせる。どうしてそこで名指しされるのか、疑問の余り反応が少し遅れる。

 「ボクが、ですか?みこさんではなく」

 「うん、ツミキさんが、光様がきっと何とかしてくれるって」

 チラリとサジくんの方を見てみるけど、彼もハカリちゃんに同意するように頷いていて、それが真実だと伝えて来る。ツミキさんの名前まで出て来て、より分からなくなる。けれど、二人の縋る様な目に、自分がどうするべきかだけは理解できた。

 「はい、勿論です」

 ボクはただの執事なのだけれど、ツミキさんは何をそこまで期待しているのだろう。そんな気持ちは他所に、にこりと笑って見せれば、二人も顔を明るくして、その顔に安堵を覗かせた。クスリちゃんの手前あまり表に出してないけれど、言葉の節々からも二人の不安は伝わって来た。それが少しでも解消できたのなら、それで良しとしよう。

 と、二人と話し込んでしまったけど、みこさんの方はどうなったのだろう。

 「みこさん、クスリちゃんは…」

 途中で言葉を途切れさせたのは、振り向いた先でぐすぐすと鼻を鳴らすクスリちゃん、その腕に抱かれたシキガミさんに、リボンをつけているみこさんの姿故だった。

 「あの、何してるんですか?」

 「え?えと、気休めになるかなーって思って。みんなって意外と毛並みが良いんだよ、意外と」

 実際にクスリちゃんは落ち着いてきているけど、当のシキガミさんはと言うと、目を点と丸くして固まって、完全にぬいぐるみ状態になっている。周囲では、他のシキガミさん達が健闘を祈るとばかりに、敬礼を向けていた。

 「光ちゃんの方も話は終わったんだよね。よーし、それじゃあ早速、子猫の捜索にしゅっぱーつ!」

 シキガミさん達を意に介す様子も無く、息巻いたみこさんが号令を上げて、ボク達は捜索に乗り出す。クスリちゃんの腕に抱かれたシキガミさんは、最後まで『自分、このままですか?』という顔をしていた。

 行き先が分からないという事で、捜索は東西南北の方向で分かれて行う事になった。東と西はシキガミさん達で、南にクスリちゃん達に加えてシキガミさんが補助に回って、ボクとみこさんで北側を担当する。

 今頃、街を疾走するシキガミさん達の群れに、街の人達が驚いていることだろう。

 「うーん、みつからないにぇー。ねこー、ねこねこねこー」

 「まだ探し始めたばかりですからね。早く見つかるに越したことは無いですけど、根気強くいかないと」

 ねこと繰り返して忙しなく辺りを見渡すみこさんにそう返しながら、ボク達は街の一角を隅まで見て回っては移動を続ける。

 子猫の特徴は三人から聞いているから、それに合った猫を探しているけど、そもそも猫自体がなかなか見当たらない。子猫ともなると尚更だった。この街には猫が少ないのかと、ボクは納得していたけど、みこさんはそうでも無いようで、不思議そうに首を傾げている。

 「なんで一匹も見つからないんだろ…、いつもはもっと見かけるのに」

 「そうなんですか?ボクはまだ猫を見たことないですから、てっきり街にいないと思ってましたよ」

 どうしてだろ…、と二人揃って首を傾げる。けど、確かに通りがかった人に聞いてみたら、子猫ではないけど、猫自体は見かけると言われた。詰まるところ、猫を見ないのはボクだけみたいで。

 「もしかして、光たん猫に…」

 「みこさん、それ以上言ったら怒りますからね」

 はっと戦慄の表情を浮かべて、いらぬことを口走ろうとするみこさんの口を、咄嗟に抑えて止める。偶々、偶然、その機会が無いだけなのだ。間違っても、猫に避けられてるだなんてことは無い。だって、シキガミさん達は普通に接してくれているんだし。

 少々意識が逸れてしまったけど、気を取り直して街中を見て回る。

 日陰に、街路樹の枝の上、建物の隙間。屋根の上だけはシキガミさん達に昇って貰って、街中を探し回るも、やっぱりそれらしい姿は見当たらない。夢中で探している内に、すっかりと太陽は真上まで昇ってしまった。

 「こっち側じゃなかったんでしょうか。みこさん、そろそろ他の場所の様子も聞いてみませんか?」

 「だにぇー。みんな、連絡お願いね」

 みこさんが声を掛けると、頷いたシキガミさんが一匹ずつ、それぞれの場所へと散っていく。

 時間帯的に、そろそろ休憩を入れないと体力が持たなくなってしまう。急いては事を仕損じると言うし、特に幼いクスリちゃんには、あまり無理はさせられない。

 それから間もなく、帰って来たシキガミさん達。まず帰って来た二匹は白旗をこちらに振って成果無しを伝えて来るけど、最後に帰って来た一匹だけは様子が違った。

 東側へと向かっていたそのシキガミさんは、こちらに戻って来るや否や、ボクとみこさんの前に立つと、必死にその小さな指で何かを指し示してくる。いや、何かではなく、この様子はもしかしなくとも。

 「見つかったんですか!?」

 「え、ほんと!?光ちゃん、早く行こ!クスリちゃん達にも伝えないと!」

 まさかの成果に泡食って、バタバタと慌ただしくしながら、兎に角見つかったことを伝えようと、シキガミさん達をそれぞれの方向へ送り直して、ボクとみこさんは東側へと急いだ。

 

 

 

 途中で三人と合流してから向かった先は、倉庫に使われているらしい小さな小屋で、シキガミさんに先導されて近づくと、中からは甲高い猫の鳴き声が聞こえて来た。

 「猫ちゃん!」

 すると、それを聞いたクスリちゃんが真っ先に小屋の中へと入って行って、ボク達もそれに続いて中に入る。

 少し物が散乱している小屋の中、その隅の方に置かれた毛布の上で、件の子猫がミーミーと鳴いていた。そして、もう一匹。横で子猫を見守るように伏せっていたのは、見覚えのある狛猫の姿。

 「あ、金時ー!」

 みこさんが名前を呼べば、金時さんは返事をするように軽く尻尾を振った。わらわらと三人が子猫に駆け寄るのを横目に、ボクはみこさんと一緒に金時さんの傍に寄る。

 「金時が保護してたの?偉いにぇー、今日のご飯は豪華にするからにぇー」

 「姿を見ないと思ったら、昨日からずっとここに居たんですね」

 みこさんにわしゃわしゃーっと撫でられた金時さんは、心地よさそうに喉を鳴らしている。まさか、金時さんが面倒を見ていたとは思わなかったけど、結果的に無事に見つかって本当に良かった。

 「ごめんね、猫ちゃん。もう絶対に離れないから。ごめんね…!」

 優しく抱いた子猫に、クスリちゃんが感極まったように涙を零しながら何度も謝って、サジくんとハカリちゃんが後ろから彼女を抱きしめている。

 一時はどうなるかと思ったけど、こうして再会できた三人と一匹を見ると、何だか達成感にもにた感情を覚えて、みこさんと顏を合わせれば、思わず顔が綻んだ。

 

 

 

 「巫女様、光様、ありがとー!」

 三人を家まで送った後、そんな言葉に見送られながらボクとみこさんはさくら神社への帰路に着く。雑踏に紛れて見えなくなるまで、三人は大きく手を振っていて、ボク達も手を振り返しながら神社へと向かった。

 「いやー、良かったにぇ、ちゃんと見つけられて」

 道中、しみじみといった風に、みこさんが伸びをしながら言う。ボクもその言葉には心から同意していた。

 「はい、それに、あんなに真っ直ぐお礼を言われると、何だか胸がぽかぽかしますね」

 まるで胸に火が灯って、その熱がじんわりと体の隅々まで浸透していくような感覚に、つい胸に手を当てて浸ってしまう。

 「おー、光たんも人助けの喜びというものを覚えたようだね。よーし、じゃあ早速次のお仕事に進んじゃおー!」

 「その前に、お昼ご飯を食べないとですよ。今日は何が食べたいですか?」

 「え、みこがリクエストして良いの?じゃあ…」

 みこさんと談笑しながら、さくら神社を目指して歩く。

 ふわふわと雲のように軽い気持ちにつられるように軽い足取り。こんなに気分が良くなるなんて、ボクは自分で思っていたよりも人助けが好きなのかもしれない。

 

 

 

 

 

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