【Buriedbones Continue】未来の屍体 作:猫乃湯和
瞑想する体から五感が遠退き、魂が意識の世界に埋没したと理解した。
魂は更に深層意識の闇へと下り、呪文のトンネルを潜る。少し蛇行する道は『他人の屍体』に続くのだ。遺伝子と魂の相違による障害物はなく、視界を遮る屍体の記憶もない。調整された亡骸だから魂はすんなりと進んだ。
魂は操縦席に飛び込む。そしてコンソールのスイッチを入れていく。『体温』『呼吸』『心拍』『血色』『視覚』『聴覚』──云々。
例の亡骸はベッドの上で死んでいる。それに今しがた魂が入ったことで土気色の肌に血の色と体温が灯り、髪の艶が蘇る──何れも速やかに。そして開かれた目は新鮮な涙液で輝いた。
今の時代、Buriedbonesはこのように起動する。
***
大西海に突き出す半島がセドニア国だ。北側の乙女湾に面するのが首都・鳳州。
22時前の都心は電気の灯に飾られており、仕事帰りの者達が大通りを行き交う。しかし我々の世界には似ていない。魔法文明はこの世界と共存し、人類の定義には人間族以外も含まれる。森人エルフ、人狼ライカンスロープ、小さな民ハーフリングなど、など。
雑踏の住人を簡潔に抽出する。
駅へと急ぐエルフ。
行き付けのバーに入った吸血鬼。
スマホを使いながらバスの到着を待つ兎人。
東方料理のファーストフード店で丼物にがっつく人狼。
高速バス乗り場でこれからの旅に思いを馳せる巨人と小妖精フェアリー。
低空飛行用の魔法の箒で首都高のETCを通過した人間。
余談として、彼らの中にはBuriedbonesも含まれるが物語を進めたいので省略する。
さて、同時刻の鳳州山手区。ダン・レイクが続く緩い上り坂をジョギングしている。夜空は薄く曇り、街灯も走行車もほとんどないが彼のようなエルフにとっては決して暗い場所ではない──暗い木々に阻まれた視界が開けてきた。
緩い坂を登りきったダンは丸盾スカイラインのT字路に突き当たり、それを左折した。丸盾スカイラインはその名の通り丸盾山地の山腹に通されており、緩く見晴らしのよい山地を巡る。
T字路から300メートルほど進んだ所に道の駅が見えてきた。営業時間外のため駐車場はゲートで閉ざされているが脇の遊歩道は例外であり、この石畳の道は展望スペースに続く。ダンはこの展望スペースで体を休め、その脇の階段から楓谷自然公園を経て帰宅する。
彼はいつも通り展望スペースでストレッチを済ませ、ベンチに掛け、初夏の夜風で体を冷やす。今宵の風は湿気をたっぷりと含むため首都の光が霞むが、そうでなければ港まで見える。他、築300年の芝見屋敷も道の駅から見ることができる。
『お化け屋敷』こと芝見屋敷に行きたいのであればもう少しスカイラインを進み、脇道に入れば門まで行ける。しかし現在は私有地であるため不法侵入による肝試しは不可能と思っていい──今、軽トラックが屋敷への脇道に入ったがそれは忽然と消えた。ダンは目を疑った。何故?
何故、お化け屋敷に行くだけで車が消えるのか?お化け屋敷だから消えるのか?お化け屋敷のお化けがトラックに何かをしたのか?
ベンチから離れたダンはお化け屋敷に目を向ける。屋敷は2階建てで窓の幾つかには灯があり、誰かが居住しているとわかる。300年以上前の大量殺人事件の舞台、つまり『出る』と言われている『そこ』にどんな物好きが暮らしているかが気になった。
ダンは灯がある2階の窓の一つを凝視する。魔力を込めて望遠しようとしていた。
目の前に人がいる。
突然現れた『そいつ』はローブとスカーフで顔も形も隠し、ダンの目の前で浮いている。そして『そいつ』はスカーフの中から怪しい眼光を放った。
***
(ウィンタース商会のホームページより)
ウィンタース商会は個人・法人向けBuriedbonesの屍体整備・カスタムメイドを行っております。
安全な屍体・料金システムのわかりやすさ・国家認定のベテラン整備士による仕事を、是非ともご実感ください。
[法人向けサービス詳細・お申し込みはこちら]
[個人向けサービス詳細・お申し込みはこちら]
[公式ささやき]
認定屍体取扱業者 SEDNIA 0000-0001-S
[プライバシーポリシー][セドニア国屍体取扱業ホームページ]
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ウィンタース商会の社屋は社長宅でもあり、少し大きめの白い今風の建物だ。
その地下作業場はどう見ても小規模なスポーツジムだ。ルームランナーやベンチプレス等のトレーニング器具が揃い、人々はトレーニングしている。否、その6名は全てBuriedbonesであり、トレーニングを利用した屍体耐久テストの最中だ。屍体を操縦する『認定屍体操縦士』達は遠隔でこの仕事に参加しており、屍体を整備する職人は別室で作業している。
明るい造りの1階には受付係や事務員、外のテーブルで談笑する社員、休憩室のカウチで仮眠する『認定屍体整備士』もいる。皆して緩くやっている。
さて、ここで扱う屍体の入手方法は国家認定の提供元から、または警察等の公共施設からだ。それらには職務で修復困難になったものも含まれるが、何れも有志による生前同意の上で提供されたものだ。それを整備士が注文に応じてBuriedbones向けに整備する。整備と動作テストを終えた屍体は発注元の警察、軍隊、消防、警備会社や介護施設、そしてBuriedbonesを必要とする個人に提供される。
応接室にて。
その個人は人間族の若者で、車椅子で訪れていた。半エルフのビビアン・ウィンタースは彼の隣に膝を付き、整備士らしく経緯を見守る。緑色のベテランの眼光、着古した作業ツナギ、大きなポーチがある腰の道具ベルト、ざっくりした緑の黒髪も全て様になる。
一つ目のラウンジチェアに仰向ける屍体は修繕されたもの、もう一つのラウンジチェアに仰向けるものは代替の屍体だ。
若者は目を閉ざし、修繕された屍体に意識を乗り込ませた。Buriedbonesとして起動した屍体は立ち上がり、修繕された右足で足踏みをする。事故で砕けたはずの足首も捻ってみた。
「おかしなところは?」
「ない、いいね」
Buriedbonesは嬉しそうにステップを踏み、
「ああ、いいな」
足が問題なく動かせることを屍体整備士に示した。
「仕事が早いなぁ。いつもありがとう」
「どういたしまして。今回の作業は条件が良かったの」
軽く笑ったビビアンは握手を返してから話題を変える。
「じゃあ、代替を引き取るわね」
そして代替の屍体の上で指を動かし招き、屍体は『何もない空間』に引き込まれた。倉庫の魔法だ。Buriedbonesの若者はその魔力を羨ましがる。
「相変わらず凄いな。俺はノートパソコンを入れるので手一杯だよ」
「人間族が魔法を扱うってだけでも凄いことよ。はい、サインして」
ビビアンと若者はタブレットを使って納品書と受領書に署名を交わした。
代替屍体を保管所に戻してから社長室に戻り、業務システムを閲覧する。緊急のメールはなく、朝6時から始まる業務スケジュールを確認しても閑散期には変わりないと理解した。これからすき間時間で働く屍体操縦士にも欠員は出なさそうだ。
(仮に出ても暇な技術者がいる、大丈夫ね)
ビビアンはキーボードを叩き、社内メールを送った。
『今日も暇なので3分後に退勤します。急ぎの用事がある人はそれまでにメッセ下さい。年棒契約の方もさっさと帰りましょう。定時の方はそれまで時間を潰してくださいね^^』
友人か縁故からの返事は素早いが一件たりとも重要なメールがない。
『お疲れ様です』
『うらやまけしからんけど乙』
『お疲れ様でした!』
『乙ですー』
3分後、13時過ぎにシステムの退勤ボタンを押した。
仕事を終えて2階の自宅に戻れば、
「おや、お帰りなさい」
骸骨のチャールズが台所掃除の手を止めた。足元には分解された食器洗浄器があり、掃除に対する本気度が伺える。
「作業中、お邪魔だったかしら」
「いえいえ。コーヒーにしましょうか」
清潔なシャツとスラックスを着こなす彼は手を洗い、朗々とした声で主に応じる。その様は正に執事、紳士だ。暗闇ではあまり会いたくないが、読者が魔法使いならその骨に精悍な輪郭が見えるはずである。
「随分早いお戻りで」
「最近暇でね。まあ、どうせまた忙しくなるでしょうけど」
ビビアンはチャールズの邪魔をせぬように手を洗ってから冷蔵庫を開け、炭酸水のボトルを取り出す。冷涼な刺激で口腔を潤した。
「たまには連休でも取ってはどうです?」
「そうね。来月は調整するわ」
ビビアンはカウチに移り、スマホからニュースサイトを開いた。
セドニア国の全国ニュースには、
『自転車税法が下院通過』、ああ、やめて。
『ギャングM0109の7名を逮捕』
『漁業規制法に反対する漁師のストライキ』
今度は地元である山手区のニュースに目を通す。
『首都鉄山手線が人身事故で遅延、一部運休も』
『スポーツジムで不正な電気利用』
『コペルニクスビル、100年の歴史に幕』
云々。
いつの間にかチャールズがコーヒーを淹れてくれていた。コーヒーを啜ってから新着メッセージを確認する。SNSの『ささやき』で地元情報も必ず閲覧する。
『彫刻カフェ・メデューサ、座席チャージ半額週間』
『カフェ・提督屋本店、民族音楽イベントのお知らせ』
『【拡散希望】弟を探しています』──ビビアンはこのリンクから書き込みを開いた。エルフの若者が夜の散歩中に失踪して2日経過した。特徴となる失踪者の画像の添付もある。
タイムラインには先ほどの車椅子の若者が普段使いの屍体が修理から戻ったと報告している。操縦士による満面の笑顔の画像と商会の宣伝付きであり、『いいね!』と宣伝への感謝のコメントを返した。
「さて、これから何をしようかしら。買い物は昨日しちゃったし」
ビビアンはコーヒーを飲み干した。
「そう言う時こそ散歩なんてどうです?いいお天気ですよ」
チャールズがバルコニーの向こうに視線を遣り、執事に倣った。初夏の光はビビアンのような野山好きを外に誘っているようにも見える。こんな日は光と風を感じながら自転車で無意味に走り回ってもいいだろう。提督屋で民族音楽を聴いてもいい──予定は決まった。着替えてこよう。