【Buriedbones Continue】未来の屍体   作:猫乃湯和

12 / 16
2つの戦い

 時間は少し戻って午前9時半。

 ビビアンは丸盾スカイラインをアスディーグで移動している。早馬区の介護施設へ緊急修理した介護用屍体を届けるべく。休日出勤だが仕事が終わればそのまま直帰できる──ついでに『テレーズのかまど』へ立ち寄って帰ろう。取引先のすぐ近くには有名な菓子屋があり、そこのクッキーが驚くほど美味い。明日に帰宅するマリーの土産にちょうどいい。

 丸盾スカイラインはドライブの車が疎らに走っているが、薄曇りでなければもっと交通量は多いはずだ。このスカイラインは海まで見渡せる絶景スポットが多くあるのだから。

 ただならぬ気配を感じ取った。バックミラーには急接近する小型トラックが見え、

「!!!」

ビビアンはアスディーグを素早く路肩に寄せた。トラックが真横をすり抜け、今度はサイレンが近付いてくる。

 逃走中のトラックから何かが落とされた。落とされたのは封がほどかれた巻物で、それが地面に落ちた瞬間、怪しい光を放った。

「召喚?!」

突如の耳鳴りと同時に目眩を催す。追跡のパトカー2台はサイレンを鳴らしたまま急停車した。

 風景が歪み、色が反転したり、モノクロに変わる。大理石のような渦を描きもする。だがビビアンはこの不安定な世界を知っている。

 アスディーグ正面のパトカーから警官の男女が降りたが、彼の左側の空間が歪んだ。

「駄目!」

ドアを開けたビビアンの制止は間に合わず、黒い何かがぶつかった警官の上半身が消えた。そしてその黒い奴は『向こう』へと飛び込んで消えた。女の警官が悲鳴を上げ、

「次元の猟犬!車から出ないで!」

瞬間移動をしたビビアンは彼女をアスディーグに引き込んだ。彼女がいた場所を黒い何かが通り抜けた。

 この異次元に空間にいる車は4台、アスディーグと2台のパトカー、アベックのセダンだ。その周りを黒い体躯の大きな猟犬が走り回り、消えては跳躍する。

 所謂『次元の猟犬』は異次元の死角から現れては獲物を屠る。またこの異次元によって現実世界の道路は寸断されており、通行しようものならどこに飛ばされるかはわからない。

 さて、この術を解くには術者にそうさせるか、または戦闘不能にするか──、

「困ったわね。やっつけなきゃいけないのか」

次元の猟犬を倒すかとなるが、ビビアンはまるで困っていない。しかし女警官は突然の事態で怯えている。

「そのまま怯えてて。変に動かれる方が危険だから。怯えるのに飽きたらやっつけるわよ」

彼女はガクガクと頷く。いくら警官でも次元の猟犬と出会すことはなく、精々授業でその動画を見る程度だ。大目に見れば警官さえ怯えるのは致し方ない。瘴気吹き出る辺境の地、または覇王の伏魔殿に繋がる地下遺跡でならまだ出会えるかもしれないが、戦いに不慣れな者ならその生命が見物料になる可能性がある。

 アスディーグの斜め左前のパトカー、その助手席のドアが開いた。拳銃を握ったハーフリングの警官を食らおうと次元の猟犬が頭だけを異次元から出している。『倉庫』から出した業物を握るビビアンは瞬間移動で跳躍し、警官を食おうとしたその鼻っ面を皮一枚切り裂く。猟犬は飛び退きながら異次元に消え、ビビアンは警官を押し込めながらパトカーのドアを閉めた。狭い。

「ごめんなさいね。次元の猟犬は正攻法じゃ勝てないの」

警官達は顔を見合せたが、二人はすぐに蒼白になった。外では猟犬がビビアンに向かって吠える。

「どうすればいいんだ?」

運転席の警官が問う。

「名案がある。貴方達、大火力の魔法や近接武器はある?」

「爆発魔法なら使えます。ええと、拳銃は効かないんですか?」

同じシートに座るハーフリングの警官が問う。

「不条理生物だから期待薄ね。対物ライフルなら別かもだけど」

「私は大剣が使えます。動き回ってさえなければあいつを真っ二つにできますよ」

次元の猟犬はアベックのセダン車を前足で揺らし、彼らを怯えさせている。

「後、貴方の車の彼女は光弾魔法が使えます」

「最高。私が囮になるからその間に殲滅して」

「囮だなんて!」

「大丈夫。あの手の魔物は慣れてるし、Buriedbonesだから心配要らないわ。私が合図をしたら魔法組が土手っ腹に食らわして、運転手さんは止めを刺して」

パトカーが揺れた。猟犬が体当たりをしたのだ。

「いつまでも道路は塞がったままよ。準備を!」

ビビアンは瞬間移動でドア一枚向こうに飛び出した。

 軽く両足を開いて立ち、神経を研ぎ澄ます。背後から邪気と死臭──ああ、凄い匂い!──が迫る。ビビアンが足を素早く動かせば次元の猟犬の爪は残像を引っ掻いた。無意味!

 猟犬が身を翻し、もう一度爪を振り下ろした。間一髪で爪をやり過ごしざま、業物を振るった。刃は腕の邪悪な筋肉を引き裂き、吹き出した血は死臭と共に飛び散る。

 猟犬が空間に逃げると同時にアスディーグを見た。勇気を取り戻した女の警官は魔法の杖を握り、悪党を殲滅しようと無線を通じて機を伺っている。

 ビビアンは車によって作られた踊り場に瞬間移動した。警官達は飛び掛かる準備が出来ている、それを確認してから自らに守護の魔法を施した。イメージするだけで暗誦は完結した。

 左手から咆哮と共に猟犬の牙が迫った。少しだけ右側に退いたビビアンは左腕を牙に向かって伸ばし、痛覚を遮断した。牙は左腕に食い込んだ。筋肉が断ち切られ、骨が砕ける感覚はあるが守護の魔法のお陰で食い千切れない。猟犬がそれに戸惑ったことでビビアンの策略が完成した。

 業物で猟犬の鼻っ面を刺した瞬間、脇腹から放った3本の触手がその胴をがっちりと捕まえた。これで敵は移動すらできない。

「行け!!!」

ビビアンの怒声と同時に警官達の魔法が猟犬の腹に炸裂した。最大級の魔法は忌まわしい腹の肉を砕き、肉から邪悪な血が吹き出す。

「きえーーーーーーーーっ!」

猿叫を上げた警官が飛び上がり、大剣を猟犬の首の上に振り下ろした。その刃は骨を砕く音を立てながら喉笛を断ち切る。猟犬の首が体と離れる瞬間、その傷口から体の崩壊が始まり、死体になりながら消えていく。

 空間に正しい色と形が戻ってきた。

 セダンの後ろには、先ほどまでいなかった警官達が拳銃や魔法の杖を構え、後続のパトカーもパトランプを回したまま停まっている。

 再生する触手を体内に戻したビビアンがどっとアスファルトに倒れれば、

「大丈夫ですか?B急車を呼びます」

大剣の警官が介抱してくれた。女性警官が腕に止血の魔法を施してくれている。

「ありがとう。整備士を呼ぶからB急車は要らないわ。やられた警官はBuriedbonesかしら?」

『倉庫』を使って業物とスマホを交換しながら大剣の警官に問う。

「そうです」

つまり犠牲者は誰もいない。

「それはよかった。Buriedbonesが役に立てるなんていい時代ね」

 

***

 

 例のトラックは丸盾スカイラインを逃走中だ。

 運転手はチャック・ヨハンソン。芝見屋敷の持ち主にしてただの小金持ち。そして指名手配者であり、不法な死の欠片の所持と製造、その取引の容疑、傷害の罪状がある。ここでの傷害とは、レベッカ・ランナーと共謀し、芝見屋敷の秘密を見ようとする者らに石化の呪いを浴びせていた。今ここで拘束出来れば週明けの強制捜査よりもいち早く芝見屋敷の秘密が解りそうだ。

 助手席はジョー・マッコイ。V0012のアジトで出入りしていた売人で、死の欠片を含む触法物品を取扱う。チャックは仕入れ元だ。

 この他、早馬区と白山郡の境にこの捕物帖の主役がいる。

 

 機動隊の戦闘服を身に付けている彼らはスカイラインから300メートル離れた樹上におり、道路を見下ろしながらヘッドセット越しに連絡しあっている。彼らは『鋼鉄のカボチャ隊』、機動隊とは名ばかりの特殊部隊。つまりエリートの中のエリートであり、受け持つ事件は多岐にわたる。

 その一人は弓を握った長身の初老のエルフ。ひっつめた緑の黒髪に咥え煙草──人畜無害の魔法煙草──、強靭な眼光と悪人面のお陰で近寄りがたいと思わせる。名前はイングス・ヴァイ、隊長。『皆伝』、『チーター』、『長官にならなかった男』など渾名は多い。

 もう一人は小柄なハーフリングの男で、タブレットで逃走車を監視している。無精な髪と髭のせいで小汚なく見えるが、中年にしては少年を思わせる愛嬌のある顔は記憶に残りやすい。彼は『星光』ミヒャエル・アンデルセン、副長。

 

 「インゴ、来よるよ」

ミヒャエルは訛り言葉で相棒を促した。

「いよいよだな。──こちらヴァイ、これより逃走者の拘束に入る。無線は一度切るぞ」

『了解』

返答したイングスは枝に器用に足を踏ん張り、弓に矢をつがえる。ミヒャエルはタブレットから相棒の無線を切り、タブレットを魔法の箒に持ち替えた。

 逃走中のトラックは視界の右側から現れた。イングスは車の進行方向に合わせて矢を放つ。その矢はアスファルトに刺さり、矢のシャフトが刺として逆立った。刺の矢が放たれてすぐ、新たな矢は既につがえられている。『倉庫』の魔法を改良することで刺の矢は拳銃よりも素早く連射された。ブレーキが間に合わなかったトラックは刺を踏み抜き、急停車するしかない。

 イングスは弓から狙撃銃に持ち替え、車から飛び出した運転手の拳銃を弾丸で叩き落とす。ついでに体の輪郭すれすれに5発ばかりくれてやればチャックは驚愕しながら両手を上げた。イングスは瞬間移動でチャックの傍らに詰め、

「そこに俯せになってくれ」

忍者刀を首に当てがった。眼光と業物の光は鋭いが、言葉使いは優しい。

 アスファルトに伏せたチャックの身体検査を始めようとして、車の向こう側から男の悲鳴と、

「っせえええええええいいっ!!!」

ミヒャエルの怒声が上がった。暴れる音と草のざわめき、そしてトラックを揺さぶる爆発音が上がり、イングスはチャックと瞬間移動で退避せねばならなかった。

「きびきび歩いて、そこに伏せるんね」

倒れたトラックの向こうからよろよろ現れたジョーはアスファルトの上に俯せた。ミヒャエルに手錠で拘束される彼は若干焦げている。

 南瓜頭の南瓜男達はいつの間にかミヒャエルに召喚され、犯罪者の見張りや発煙筒の支度をしている。

「危うく死ぬところだった。自重してくれ」

イングスはぼやきながら、泣き出したチャックの背中を撫でている。射撃の技と爆発による恐怖が限界突破してしまった。

「ごめんごめん!車まで倒すつもりなかったんね!」

相棒は謝罪しても脳天気だ。

 チャックを南瓜男に託したイングスは無線を入れた。

「こちらヴァイ。目標の拘束完了。なお、ジョーの髪型は手配書と大きく違うことを付け加えておく。どこかの誰かさんがアフロヘアーにしちまってな」

ミヒャエルはわざとらしく『てへぺろ☆』をしてみせた。おいおい。

 『丸盾スカイライン早馬地区にて次元の猟犬の討伐が完了、異次元空間が解除されました』

無線は別件の解決を告げる。

「ほう。解除されたか」

「若手が頑張ったんかいな?猟犬をやっつけた敢闘賞は誰かいね?」

ミヒャエルが無線の向こうの同僚に問う。

「俺も気になる」

イングスも若手警官の中に弟子がいる身、それが誰かを知りたい。

『敢闘賞は一般の方です』

「一般?」

「一般???」

2人で驚愕の顔を見合せた。

「ちょっと待つんね。最近の一般人は警官よりも強いってことなん?」

「だとしたら一般人の定義が解らん。名前は聞いてるか?」

今度はイングスも問う。

『ビビアン・ウィンタースさん、屍体整備士ですね』

「あいつか!!!」

2人はもう一度驚愕した。イングスの魔法煙草は落ちながら塵になって消えていく。

 

 奴なら、しょうがないな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。