【Buriedbones Continue】未来の屍体   作:猫乃湯和

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 ビビアンの朝は4時半に始まる。近隣を軽く散歩し、シャワーと仕事向けの身支度を済ませれば5時半。この間にチャールズがコーヒー入りのタンブラーを支度してくれていた。

 地下作業所と屍体保管室を開け、次は会社の敷地の結界を解く。これは中の屍体を余所者に乗っ取らせないためだ。従業員が使う業務用スマホの起動もできた。これから隙間時間バイト達が出勤するまでに昨日の業務連携を確認する──整備依頼2件あり、問題ない──普段であればついでにニュースも見るのだが、今日は事情が変わってしまったため自分の予定表には、

『10時30分から警察へ出発。違法な欠片提出。帰社11時30分頃』

と記載した。

 

 死の欠片の記憶を見た後、ビビアンは警察の夜間相談窓口に通報した。顛末や欠片の記憶を担当者に説明した結果、10時45分に相談窓口へ死の欠片を提出することになった。

 提出だけだからどうせすぐに終わるだろうし、大事になってもそれは警察の仕事だ。関係ない──便利屋として彼らからの依頼がなければ。

 

 屍体保管室。その冷蔵庫の形状は様々で遺体安置所に類似したもの、またはただの冷蔵庫だ。他、カプセルホテルのような保管場もあり、中には耐久テストが必要な屍体が保管されている。

 そのドアが開き、操縦士が乗り込んだ屍体がカプセルから床に降り立った。屍体はウィンタース商会のロゴがついた黒いジャージ姿に身を包み、腕と脛にはカプセルに対応した皮膚用ゼッケンが付けられている。その屍体は体を伸ばしながらテスト場に移動していく。

「おはようございます」

「あら、おはよう」

そして社長に挨拶し、休憩テーブルで業務用スマホからシステムにログインする。ビビアンのノートパソコンには、

『ヨハンソンさんが出勤しました』

と通知が入る。その間に他のBuriedbonesも作業場に出勤してきた。彼ら4名は隙間時間で働くアルバイトで、在宅勤務者だ。Buriedbones達は少しの間だけ楽しく会話し、それからルームランナーやベンチプレスに移動していく。

 彼らの幸せな光景にビビアンの胸は温かくなる。

 

 隙間時間で働く彼らの中には日常生活や外出が難しい者が多くいる。しかし屍体操縦士の資格は彼らに仕事と自立をもたらした。屍体の扱いさえ巧ければ自宅にいながら消防士、宇宙飛行士、プロレスラー、シンガーに、果てはヒーローにもなれる。

 覇王戦争では殺し合うために存在していた忌まわしい術が、屍体に手を加える行為の結果が社会に貢献するとは誰が思ったであろう?否、古代の覇王が望んだのはこの光景だったのではなかろうか?

 

 さて、ビビアンは屍体保管室から整備が必要な屍体を運び出し、作業台に乗せた。その屍体の左肩、異常を示す箇所には赤テープと症状が記載された付箋紙が貼り付けられている。

『痛みと腱の磨耗あり、過去に接合あり』

「ふむ」

保管室からは更にガラスシリンダーを3本、プラスチック箱をワゴンに乗せ、作業場に選び出した。シリンダーに収まっているのは筋肉、プラスチック箱の中身は死の欠片で何れも屍体の整備に必要だ。他、整備に使うメスや鋸も別のワゴンに広げた。

「よーし」

つなぎの腕を捲り、ラテックスを両手にはめた。おぞましくも尊い仕事のために。

 

***

 

 提督屋は朝6時半から夕方17時まで営業している。その看板娘フェリシアが働くのは開店前の6時から14時までだ。

 今日のフェリシアは何時になく上機嫌だ。理由は帰りに念願の彫刻カフェに寄り、現地でデッサンの勉強をした後はビビアンやクオレと食事に行く。鞄に入っている小さなスケッチブック等の道具の重さは苦にならない。

 10時過ぎ、ぽつねんとクオレがカウンターに現れた。

「あら、いらっしゃい」

「持ち帰りで」

とタンブラーを2つ『倉庫』から出した。コーヒー2杯とドーナツ2つ、スペシャルホットドッグを注文した。

「今日は外でお仕事?」

フェリシアはホットドッグにオニオンフライを振りかける。

「うん。いい天気だし公園で働くのも気持ちいいからね」

その割に元気そうではない。友人は確実にスランプに陥っているのが判る。

「根を詰めてもいいけど、夕方までにはその顔治してね。今日はいっぱい飲み食いするんだから」

ホットドッグとドーナツの紙袋を手渡す。

「うん、無理は止めとくよ。いつもありがとう」

 

***

 

 ビビアンの自宅、居間。

 山手警察署へ行くべきであったビビアンの向かいには捜査3課の刑事が2人いる。

 

 1人は蜥蜴人のシンシア・アビー。敏腕の女刑事。ビビアンに屍体操縦の師事をしたことがある。少し恰幅がよく肝っ玉母さんらしい出で立ちである。

 もう1人は竜人クリス・ホーマー。若手の刑事でシンシアの部下、先月万星署から異動したばかりだ。まだあどけない。

 

 「ごめんなさい、先生。押し掛けてしまって」

「しょうがないわ。先ずはこれね」

倉庫から死の欠片を出し、2人に手渡した。

「シンシア、Bluetoothを」

「はい」

Bluetoothを介し、死の欠片の記憶を文章化したものを送った。

「記憶を見る前に読んで。事前情報なしで見ることはお勧めしないわ」

「どれだけ酷い記憶なんです?」

困惑するクリスが問い、

「説明の通りよ。後は貴方達で確認して。私はもう嫌よ」

肩を竦めて返した。

 「2つ目の用件ですが、その前にこれのID設定して下さい」

シンシアが『倉庫』から警察の備品のタブレットを寄越してきた。その画面にはゲスト用のID設定画面が表示され、警察が便利屋に情報開示の準備をしている──つまり国家は知恵者のビビアンに助けを求めている。

 ビビアンは慣れた手付きで個人情報の取扱いに同意し、ID設定を経てフォルダを開いた。

 フォルダには『山手区連続失踪事件概要』『疾走者データベース』が格納されている。

「事前に電話で話した通り、行方不明が相次いでいます。山手区だけならこの2ヶ月で4人」

「多いわね」

「しかも痕跡も目撃者もなく、失踪か誘拐かは判らないんです」

「情報が全くない中で捜査なんて無茶だわ。よくやるわね」

「だから先生にお願いしているんです。先生は以外なところから解決してくれるから、今回もと思って」

「警察頑張れって言いたいけど、確かに第三者の意見は必要ね。協力するから早く平和にして」

「はい。助かります」

「ところで、これだけ失踪が頻発するなら犯罪注意報は出すの?」

「本日の昼過ぎから3日は出る予定です」

クリスが答え、ビビアンは溜め息を大きく吐き出す。

「3日で済ませろってこと?」

返事はシンシアがした。

「期限はともあれ早く終わることが一番望ましいです。ウチは子供達がやんちゃな年頃だから誘拐されやしないか心配で。犯人と鉢合わせできればそのまま取っ捕まえるのに」

「そこはクリスの仕事でしょう」

肩を竦めたビビアンは若い竜人を見つめ、

「『僕よりも先輩の方が適任』だなんて言わないでね?」

シンシアは楽しそうに釘を刺す。クリスは紅茶を溢しそうになり、ビビアンは笑った。

 

***

 

 山手緑地の中心あたりにピクニックスペースがある。今日は平日だからクオレ以外にそのアウトドアテーブルに座る者はいない。

 クオレはスペース端のテーブルにかけ、ドーナツとコーヒーをやりながらノートパソコンを2台扱う。1台目のノートパソコンではプログラミングのコードが表示されており、エラーを燻り出しては修正を入れる。2台目のノートパソコンはグラフを表示しているが、少なくともそれはタスクマネージャーではない。

 クオレの仕事は『リンドブルム』社の会社員であり、スマホアプリ『エクスポーザー』の開発者、在宅勤務者だ。このアプリはカメラで撮影された対象から隠された魔法の呪文の抽出や保存が可能であり、官公庁や研究者向けに配信されている。大掛かりな装置を使わない分機能の制限はあるが、魔法の隠蔽を見つけるだけでも充分使える。

 稼働中のノートパソコン2台は蛸足ケーブルと繋がり、蛸足ケーブルは小型の装置と繋がる。四角な装置はUSBハブに似ているが違う。四角な装置からは10本のケーブルが地面に垂れ、その先の金属棒は地面に刺さっている。または芝生の上に放置されている。2台のパソコンはそれで駆動できている。

 この発電方法──自然魔力発電──は現時点では不世出のもの、否、権力者達になかったことにされたものだ。しかし2台目のノートパソコンは電気出力のモニターと記録を続け、クオレは気温や湿度、電波強度、別のグラフと多数の項目を比較する。そしてレポートを作成する。つまり、なかったことにされた発電技術は今も密やかに研究されているのだ!

 今のクオレの顔はエクスポーザーのデバッグ中よりも険しく、眼光の鋭さは覇王の剣のようだ──。

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