【Buriedbones Continue】未来の屍体   作:猫乃湯和

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 提督屋から彫刻カフェ・メデューサまでバスで25分、北東の早馬区まで直接距離で1キロ足らず。ここまで来ると田舎だ。

 見渡す限りは緑と果樹園、山腹の中の少しの住宅。お隣さんは狐と言ってもいい世界でフェリシアは呆然としているが、目的を思い出して歩き出す。

 先ずは交差点を左折し、少し歩いてから右の道に入る。この道を50メートルばかり進めばメデューサだが、そこを経由する通りは奥の山の登り口で舗装がなくなり、そのまま山腹の果樹園に至る。つまり農道だ。

(本当に田舎だわ)

フェリシアは感心したが、

(風景画にしたら素敵ね)

とも考えた。

 メデューサは古いモーテルを改造した結果、目立たない建物になってしまった。しかし開店1ヶ月だけあって白いペンキはまだ新しく、駐車場は8台分ある。駐車場の生け垣の奥は見えない。

 玄関側の立て看板には、

 

*カフェチャージ料*

5ペブル/席 キャンペーン中!

*展示場入場料*

5ペブル

*デッサン室の利用*

2時間まで 15ペブル

2時間以降 25ペブル

長時間がお得!

 

彫刻は写真撮影OK!

 

と書かれている。

(来ちゃった)

彫刻界の大物の作品に直接触れられるカフェに来てしまった。

 

 芸術に関わる者なら彫刻家ラグ・ランナーの名前は知るところだ。そうでなくともセドニア国際空港のエントランスホールでその作品を見るはずだ。彼はセドニア美術館と海浜公園の彫刻作品を手掛けた他、後進をよく育て、国内外の教育と慈善活動にもよく関わっている。若者を激励する名言も多い。

 昨今、展覧会などの活動は疎らになっているが高齢者である以上致し方ない。

 

 息を飲んだフェリシアは玄関を潜った。

「いらっしゃい」

カウンターで読書している中年の、身なりがいい女が立ち上がりながら、

「お好きな席にどうぞ」

と促した。彼女はあくまでもオーナーだ。

 店内を見渡そうとした矢先からフェリシアの頭脳は情報量の多さに翻弄されることになる。

 白を貴重とした店内の席の全てには何かしらの石膏彫刻がある。椅子の上でメニューを見る男、お茶をを飲む女、駒のないチェステーブルで悩む男。レジカウンターの中には石膏のウェイターまでいる。上は吹き抜けだ。客は2人組が2組、彫刻をメモにスケッチする老人が1人。

 フェリシアはカウンターを選んだ。テーブルには猫の彫刻が机にぶら下がり、注文の飲食物が来ればそれを物欲しげに見る構図になる。可愛い。

「フェリスかしら?」

店主であろう先ほどの女がメニューを持ってきた。

「はい。はじめまして」

「こちらこそ。私もレベッカでいいわ。ようこそ」

自然と握手を交わしあう。カフェ・メデューサとはささやきで相互フォロー済みだ。

「展示の見学も希望するわ」

「じゃあ、チャージ料と入場料は注文と一緒にいただくわね」

レベッカが立ち去り、フェリシアはメニューを見た。ざっと見た限り値段は総じて安く、クッキーなどの焼き菓子が多い。野菜のサンドイッチもあり、カフェ店員の目でページを眺める。

(チャージ料かある分安くしてるんだ。本当に安い──コーヒーの種類が多い、コーヒーにも拘ってる──ウチもサンドイッチを取り入れれば健康志向のお客さんも呼び込めるわね。叔父さんに提案しようかしら)

ここにも職業病がいる。叔父さん逃げて!

 結局はメデューサブレンドと卵サンドを注文し、代金を支払った。席のチャージ料は割引中のため半額の2.5ペブルで済んでいる。

 フェリシアが食した物に関する記載は省く。この物語をグルメものにするわけにはいかない。

 「ところでフェリス。絵を描きに来たって聞いたわ」

フェリシアはコーヒーを飲み下し、

「でもここの情報量が多くて撮影だけで終わりそう。それに、17時半には出なきゃいけないし」

残念そうに答える。

「だったら勉強は今度にして、今日は撮影したら?気に入った作品はスケッチしてもいいし」

「そうするわ」

「もし彫刻を汚したり、壊したりしたら言ってね」

「はい。あ、えーと、大御所は?」

ラグの所在を問う。

「新作作りに打ち込んでるわ」

「じゃあ、忙しいわね」

「気が向いたらこっちに来るわよ」

微笑んだレベッカはカウンターの奥へと消えた。

 時刻は15時過ぎ。スマホのアラームを17時半にセットした。

 先ずはカフェ内の彫刻をスマホで撮影して回る。ありきたりの構図だけではなく、呷りや接写も行う。どの作品も迫力があり動き出しそうだ──どの角度から撮影しても絵になる。

 一通り撮影し、奥の階段から廊下に出た。廊下を出てすぐには『展示室⇒』と書かれた看板がある。左手は庭で、外からは見えなかった彫刻が飾られている。それらをアベックが観賞し、芸大生であろう若者3名がスケッチに勤しむ。

 右手の展示室も白く、奥行きがある。モーテルの壁を取り払った結果だ。こちらの彫刻にはそれぞれパーティションがされ、傍らには作品名が書かれたカードが添えられている。カードの中には『売約済み』と書かれたものもある。

「!?」

展示室の奥は何もないステージだが、そこに向かって彫刻が置かれている。驚く者、腰を抜かす者、目を光から庇う者。双眼鏡を持った子供もいる。持ち物の作り込みが細かく、表情などは生々しいほどだ。

「凄い」

フェリシアはここでもひたすらシャッターを切る。途中でモバイルバッテリーをスマホに接続し、ストレージの整理も強いられてしまっても。

 展示室の奥の廊下はデッサン室であり、月替わりで展示彫刻が変わる仕組みである。防音ドアの小窓から中を覗くと少なくとも4つの有名彫刻があり、3名がそのデッサンに勤しんでいるのがわかった。

(これは通わなきゃ)

決意しながら庭に入る。

 庭の彫刻も撮影して回り、最後は岩に座る人魚のスケッチを始めた。基準線を取り、バランスを確かめながら肉付けする。

(いい顔)

微笑みにも影を入れてやる。時間を忘れそうだ。

 17時前。スマホが震え、アラームとは違う音をけたたましく鳴らした。フェリシア以外の者達も防犯メッセージを受け取っている。

 

***

 

【緊急】

犯罪注意報が発令されました。

行方不明事件が頻発するため、本日含めて3日間、23時から翌朝5時までの外出は控えてください。

昼夜問わず、外出の際は人通りの多い場所を通りましょう。

山手区警察署

 

***

 

 失踪者の共通点は条件付きで望遠能力を持つこと、そして夜間の失踪。つまり、失踪者達は『夜間に何かを見て姿を消した』、または『それが原因で失踪者事件に至った』可能性を捜査班は示唆し、ビビアンは同意している。

 失踪地点、または失踪したであろう地点から見える共通のランドマークにはセドニアタワー、中都天空ビル、ジェミニビル、乙女港湾倉庫。地点2キロ以内には廃業済みの大槍病院、芝見屋敷、山手聖堂、指定史跡には山手旧聖堂と山手城がある。

 データベースにはヒントが多く、ビビアンは頭を抱える。

(どうしてウチは怪しい建物が多いのかしらね)

そもそも論として、失踪者達が見た『何か』もわからない。

(夜景を撮影すれば何か出るかしら)

つまり、撮影した夜景画像をエクスポーザーにかければ怪しい呪文が抽出できる可能性がある。警察も同じことを必ずやるが、ビビアンは彼らよりも手早く、自由に行動できる。

(しかし)

つい先ほど、フェリシアがささやきに掲載した彫刻の画像が気になり、謎が胸の中で引っ掛かっている。自分の体である屍体が、死者の目が、心臓がそうさせている。

 服や小道具などの作り込みが細かすぎるせいだと思った。しかし彫刻の人物、殊に双眼鏡を持つ子供はあまりにも生々しい。

(まさか)

ビビアンは警察から貸し出されたタブレットを開き、失踪者の一覧画面からその一人を表示した。

 エイデン・スミスと例の子供の彫刻は確かに似ている。持ち物、着衣、髪型、背格好──、

(!!!)

屍体の頭脳と自分の頭脳、それらが拾った情報と分析結果が紐付けられていく。スマホのアラームが鳴る18時まで。

「最高よ、殿下」

アラームを止めたビビアンの顔はもう曇っていない。さて、殿下とは?

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