【Buriedbones Continue】未来の屍体 作:猫乃湯和
金曜日の午前。
「先生、お仕事早過ぎです!」
電話の向こうのシンシアがはしゃいでいる。
「ここまでやってくれたからめっちゃ進展しました!後は自分達で何とかやれます!」
「それはどうも、よかったわ」
しかしビビアンはそのテンションについていけない。
カフェ・メデューサの彫刻に関するレポートと、エクスポーザーで分析した夜景画像のレポートを提出したのは午前4時過ぎ。その後にマリーを迎えに行き、大慌てで会社を開け、急ぎの屍体修理を2件こなしたから、社長室でぐったりしながら電話に応じる。
エクスポーザーに夜景の画像を通した際、メデューサと芝見屋敷から特殊な結界を検知した。通常であれば建築物に施す結界は不審者に対する警備、または耐火耐震と言った保全が主だ。メデューサと芝見屋敷も通常では利用しない望遠察知、対透視、魔法歪曲の結界が文字通り暴き出されている。つまり建物の内部で良からぬ何かがある。そう考えるのが妥当だ。
本来、ビビアンへの依頼は失踪者探しであり、メデューサはともあれ芝見屋敷の調査ではない。それはチャールズにも指摘されている。
「そうね。殿下のご命令、かしら」
と、真面目に答えたつもりはなかったが、逆に執事を納得させてしまった。
15時前に帰宅すれば、
「マリーさん、すっかり元気になられましたよ」
と、料理の仕込みの手を止めたチャールズがコーヒーを淹れてくれた。ご機嫌だ。
「書斎が気に入られ、整備士の勉強をしておられます」
「そうか。ああ」
ようやく安堵した。昨晩、マリーは音楽仲間に殺されかけ、一睡も出来ずにビビアンの迎えを待っていた。しかしチャールズの献身、友人達からの連絡、学問が最高の薬になった。彼女は幸いだ。
「気が抜けたわ。少し休む」
気疲れがどっと出た。ソファーから動けそうにない。
***
シンシアと人間族のタリアがどうでもいい話をしながら山手警察の駐車場に現れたのは17時過ぎ。彼女は鑑識の1人で調査用のデッサンを得意としており、これからの潜入捜査では欠かせない人材だ。
「お腹空いた。ご飯もあるかな」
タリアがシートベルトを締めながら問い、
「軽食ならあるってさ」
シンシアはサングラスを掛けた。普段は友人同士だから互いに気楽だ。
メデューサに着いたのが18時前。2人は奥のテーブル席に着いたが、
「同一人物の作品とは思えない」
彫刻を見渡したタリアが小声で見識を述べる。
「私にはさっぱり」
「そこの長椅子で寝ている婦人像、他の彫刻よりも細部の作り込み、石膏の荒らさが違うわ。凄く生々しい。シンディ、こんな面白い物をよく見つけたわね。事件抜きでまた通いたいわ」
「そうね。でも撮影する時は気を付けて。エクスポーザーは警報を鳴らすわ」
「了解」
台所から、
「お待たせ」
レベッカが軽食を届けにきた。
レベッカは去り、軽食を済ませた2人は顔を見合わせ、力強く頷いた。この撮影が失踪事件解決の布石になるのは間違いない、シンディは確信している。金曜日である明日の夕方までに立ち入り捜査を終わらせるのが理想で、願わくば翌週に持ち込みたくない。
***
夕食前、ビビアンはマリーを伴って地下室への階段を下る。
「正直、私のような若輩者に出せる意見はないかも」
「まあ、でも学びはあると思うわ」
ビビアンは木の重い扉を開き、電灯を点ける。
この小部屋の正面は棺があり、真ん中壁沿いのベッドには闇エルフが仰向けている。その左手にはロフトベッドがあり、上には棺、下にはタンスが収まっている。
「これ、どう思う?」
ビビアンは闇エルフを示して意見を求める。月夜色の肌に白金色の髪、そして中世のチュニックとスラックス。マリーは違和感に気付いた。
「動いていない。いいえ、これって停滞してる!?」
「ええ。何故停滞って解った?」
「髪だわ。毛先が浮いたまま」
マリーは彼女なりの才能を発揮している。
「若輩者なんてとんでもない、素晴らしいわ。こんな些細な部分まで見抜ける人は少ないのよ」
「でもこれって、生きたまま停滞してるってこと?」
「そう」
「どう言うこと?」
「そこまでは解らないのね。いいチャンスだから解説するわ──。
これは『先日手症候群』。屍体操縦においての事故。発生原因は不明で、屍体操縦中に突如として魂が本体に戻れなくなる。そのため、意識を持ちながらでも体は衰弱し、やがては死に至る。回復方法はないが、突如として回復する場合もある。発症割合は100万人に1人、回復率は3割。回復のきっかけも不定。
同じ症候群でもごく稀に停滞型が存在する。この場合、発症と同時に屍体保護術が停滞術として本体に共有される。その原理は不明。そのため体は衰弱することはないが死ぬこともできない。逆にこれを利用してBuriedbonesとして生存を続けることは可能である。
──生存、よりも存続の方が適切ね」
「恐ろしいと言うか、想像がつかないと言うか」
「知っての通り、Buriedbonesを扱うにはリスクが多くあるの。精神汚染、死者との人格同化だけじゃないわ。千日手の話はグレードAや国際ライセンスの試験にほぼほぼ出るから覚えといて」
「さらっと言わないで。覚えることが多いわ」
「友達が患者なら一発で覚えるわよ」
マリーは教授の表情を理解できなかったが、結局は驚愕した。
「こりゃ覚えたわね」
「待って、これが貴方の本当の体?」
「そうよ」
「じゃあビビはBuriedbonesなの?全然わからない!その体、凄い綺麗だし、どうやって整備したの?」
「慣れよ。こればかりは場数だわ」
「場数かぁ」
「後はコツ。道具選びもそうね」
ビビアンの屍体整備講座はしばらく続く。