エルマの思い出と、ヒソクロと、試合に次ぐ試合です。
光源はカーテンの隙間から僅かに差す光だけだ。暗い子供部屋のベッドの上で両膝を抱えて俯く少女がいた。
ベッドの周りには犬のキャラクターのぬいぐるみが乱雑に投げ捨てられている。
「お母さん……。会いたいよ……」
1ヶ月前に亡くなった母のことが頭から離れず、少女は涙を流してしゃくり上げていた。
「まだオレがいる」と懸命に励ます父親の声も虚しかった。最近の父は仕事が忙しく、一緒に食事を摂ることもままならない。それに彼の顔を見ると、彼と二人でニコニコと笑っている母親の顔まで思い出してしまって、忘れようとしていた悲しみがぶり返してしまうのだ。
父の仕事の関係上、学校の同級生達には距離を置かれている。故に励ましてくれる友達など一人もいなかった。
父の部下達は変に気を遣って、母がどれほど素晴らしい人だったかを語って来るが、やはり母の話を聞く度に彼女の顔を思い出して、涙が溢れ出し、父の部下達を困らせてしまうのだった。
お母さん、私の太陽。
あなたのいない世界は輝きを失ってしまったようです。暗くて寒くて怖くて仕方がないです。
その時、部屋のドアがコンコンとノックされる音が聞こえた。彼女の父なら「トイレじゃねえんだぞボケ」とでも悪態を吐いただろうが、そんな事を知るよしもない彼女は、黙り込んでその合図を無視した。
父であろうと、他の誰であろうと、今は放っておいて欲しかった。親しい人と会うと、忘れてしまいたい母の顔を思い出して悲しくなってしまうだけだ。
部屋の鍵は閉まっている。
ガチャガチャとドアノブを捻る音が聞こえる。ドンドンとドアが力強くノックされた。煩わしくて、その全部を無視した。
「うるさいなあ……、静かにしててよ……」
悲しみに暮れていた少女、エルマがそう呟いた瞬間、部屋のドアがぶち破られた。
「ブウゥゥゥン!!」と激しいエンジン音を響かせて、ライダースジャケットにジーンズを合わせた不審者が、バイクに跨ったまま部屋に突入して来た。
呆気に取られるエルマを尻目に、不審者はサングラスを片手でクイッと上げると、涙を流す少女に対して何の遠慮もなく怒鳴り付けた。
「とっとと開けろよクソガキ!! せっかくこのオレが何やら落ち込んでるっていうお前を遊園地に連れてってやろうとしてんのによ!! そら、さっさと乗れ!!」
ぶち破られたドアの向こうから部屋に明るい光が差して、背中にその光を受けた男のシルエットを縁取る。何だか太陽のようだった。
エルマはその男にそのまま誘拐されて、無理やり遊園地を楽しまされた。
連れ回されている間、男は自分の仕事や仲間の事とか、アトラクションが怖くてちびりそうだったとか、あのメシはテーマパーク価格だからクオリティの割に詐欺だとか言ってブチ切れていたりした。
勝手に一人で喋り続けたかと思えば、急にエルマに学校の事を聞いてきたりもする。友達がいないという悩みを話したら、「そんだけツラ良くて、まさかのぼっちちゃん!? ぶわはははは!!」とか言って笑い飛ばして来た。ムカついたので脚を蹴った。
いつの間にかエルマの涙は止まっていた。
あの人は他の人と違って、母の話なんて一言もしなかったし、自分の事とエルマの事だけを見ていた。
エルマが大好きな狼さんに初めて会った何年か前の話である。
なお、この話は実際にあったことで、エルマの心象風景とか比喩とかではない。ジョネスは実際にバイクで子供部屋に突撃したし、友人の娘を誘拐して遊園地デートした。
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平面上の四角いリングで向かい合う二人の男女がモニターに映った。
クロロは5つの能力を集め終わったので、一息ついてオレンジジュースを飲みながら試合を観戦していた。彼は熟練の能力者同士の戦いも良い物だが、未熟な能力者同士の戦いもそれはそれで素晴らしいと思っている。
要は力量が拮抗しているかの問題だし、未熟な能力者こそ自分の本質を剥き出しにして戦うものだ。極まったときの将来を考えるのも尊い。
クロロは念能力オタクだ。そしてそんな彼の隣に座った男もまたオタクの
「あの二人、凄く良いね♡ 5年後かな? 10年後かな? いつか美味しくなりそうだ♢」
「ヒソカ、怪我はもう良いの?」
クロロの隣に座った男、ヒソカは完全にプライベートモードなのか珍しく髪を下ろして、道化師のメイクも格好もしていない。
少し前に太陽に灼かれて、右脚と左手を欠損した上に、歯茎を剥き出しにして気絶した状態で、医務室で発見されたボロボロピエロだったが、相変わらずのトンデモ治療能力で無事に現役復帰したようだ。
クロロは真面目な表情のヒソカの顔の隣に哀れなボロボロピエロの顔が浮かんで、思わず吹き出しかけたが、何とか堪えることに成功した。
「8割って所かな♢ 明日の君との戦いの時にはベストコンディションさ♡」
「そりゃ良かった。楽しみにしてるよ」
クロロが全然嬉しくなさそうな顔をしてそう言った。
ヒソカはモニターを見ながら、ケミカルな色の炭酸飲料を一口飲んでクロロに尋ねた。
「あの二人のこと知ってる?」
「女の子の方はエルマ。ジョネスの友達の娘でジョネスの弟子らしい。いい子だし能力も良く出来てる。明らかにジョネスはそれを狙ってるっぽいし、旅団に入ってくれないかなあ?」
「へえ、ジョネスか……♧ もう一人は確かカストロだね、180階辺りで見掛けたことがある♢ なかなか見込みがありそうだったから、狙ってたんだ♤ 念能力者になってたとはね♡」
ヒソカはジョネスという名前を聞いて嫌そうな顔をした。ヒソカはほぼ強制的にジョネスゲームなる物に巻き込まれて、楽しんでいるものの、勝つ度にも負ける度にもボロボロにされている最中だ。一試合目に捻り潰されたこともあって、微妙に彼のことがトラウマである。
クロロはヒソカの感情の機微を読み取ってニヤニヤしたが、試合が始まるとモニターの方に集中し始めた。
「試合が始まるよ」
「だね♡」
明日殺し合いをする二人だが、そんなに仲は悪くないようだ。
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試合開始と共に虎咬拳の構えを取るカストロに対して、エルマはオーラを瞬時に捏ねると、複数の小型のハンマーを形どった。
「エルマーブロス行きます!!」
【
硬くなったハンマー型のオーラがカストロに向けて次々と投擲される。カストロは拳法の型を駆使してハンマーを捌いたが、勢い良く投げ付けられたハンマーの前に軽い打撲傷を避けられなかった。
それでも、純粋な肉体強化能力者として接近戦に持ち込むべく、ジリジリと距離を詰めて行く。
その時、ハンマーの影に隠れていた尖った棒状のオーラがカストロの腕に突き刺さった。その他にも何箇所かに棒手裏剣と化したオーラが突き刺さる。
「くっ!?」
「ししょー、ありがとね!! ハンマーの後にいきなり点で飛んで来たら避けられないよね!!」
カストロが怯んだのを見たエルマは、何の恐れも見せずに自分からカストロに接近した。棒状に変化させたオーラでカストロに襲い掛かる。
カストロは殴られながらも果敢に応戦した。
念の練度と身体能力ではエルマが上だが、格闘の技術ではカストロが上だ。その上にカストロは自分の体を強化出来る。
エルマに硬くなった鉄パイプのような棒でぶん殴られながらも、カストロの虎の牙がエルマの腕に刻み込まれる。
その時、カストロは何か柔らかい物を踏んでしまい、大きくバランスを崩した。
「モッチ♪ モッチ♫ 大家族♪」
飛ばしたモチモチのオーラを踏ませることに成功したエルマは、鼻歌を歌いながら棒の先を伸ばして、ギザギザに変化させた刃状のオーラでカストロの頭を切り付けた。
モニターで試合を見ていたヒソカとクロロが呟いた。
「良いね♡ 使い所が上手♤」
「かわいい顔してやることがエッグいなあ。ノコ鉈かよ」
カストロは頭から大出血しながらも体勢を立て直して反撃する。エルマはオーラを硬くして弾いたが、全ては防ぎ切れなかった。
エルマの体に新たな浅くない切り傷が刻み込まれる。
「まだ元気なの? 強化系だねえ」
エルマはダメージを気にした様子もなく、咄嗟に柔らかくしたオーラをカストロの顔に「モチッ」と張り付けてから、一旦距離を取った。
傷口に柔らかいオーラを詰めて止血すると、勢いよく接近して来るカストロに向き直った。
オーラをまきびしのような形に捏ねて、カストロの足元に撒いて接近を阻止しようと試みる。
「それは悪手だ♧ それで本気の強化系は止まらない♤」
ヒソカが笑いながらそう言ったのと同時に、カストロがまきびしが足の裏に突き刺さる痛みを物ともせず、エルマのすぐそばにまで接近する事に成功した。
エルマは瞬時に棒の先を尖らせてカストロの腹部に突き刺したが、それでもカストロは止まらない。
突き出されたエルマの腕に対して、カストロが遂に両手の牙を咬みつかせた。
虎咬拳一閃。
エルマの片腕が千切れ飛んで宙を舞った。
カストロが優しげな声色で目前のエルマに言った。
「僕もこれ以上子供を傷付けたくはない。ここまでにしよう」
エルマはカストロと目を合わせて笑顔で答えた。
「ここからが楽しいんじゃん?」
それを聞いたエルマの二人の師匠は笑った。
「カストロ、その女そんなタマじゃねえって。あいつは良い
「ククク、アレやる気ね」
「お前らが笑ってるってことは、ロクなモンじゃねえってことだけは分かるよ……」
大団長が眉をしかめた。
エルマは無くなった方の腕を瞬時にオーラで形どると、カストロの腹部に突き刺さった棒を掴んで、棒の先を器用に変形させた。
直接捏ねなくても、形は変えられる。
「かっ!?」
カストロが目を見開いて余りの激痛に悶絶した。
体内でエルマのオーラがウネウネと触手のように内臓をまさぐっているのだ。
「この辺が回腸? 空腸? 十二指腸?」
「ごっ!? おっ!!」
エルマは地面にしゃがみ込んだカストロの腕と胴体をオーラでぐるぐるに巻いて拘束すると、触手の操作を続けた。
「これが胃かな? 外から突っつくとどうなるの? 突き破ってみる?」
「ギ、ギブ……。ギギ……」
「えぇ、何? 聞こえない」
カストロが降参しようとして言葉にならない言葉を発した。傷だらけのエルマに目を向けると、彼女は額に青筋を浮かび上がらせながら笑っていた。しかし目が笑っていない。
「腕、痛かったなあ」
「ご、ごめ……。があっ!?」
「あはは!! 冗談!! この辺にしとくね!!」
エルマはカストロの背中からザクっと触手を飛び出させると、棒から手を離した。
エルマがノコギリ状に変化させたオーラを纏った手刀をカストロの首に当てる。彼女は能力の性質上、あまり鋭い刃を作れないのだ。切る時はいつもこれだ。
ギコギコと5秒くらい切ると頸動脈に刃先が触れて、カストロは失神した状態で緊急脱出した。
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ク「こっわ!! 何あれ!? 酷い能力だな!!」
ヒ「あれのどこがいい子なの……♧」
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ジ「念使いとしての練度が違うし、この結果はしゃあねえな」
フェイ「……ハア……、エルマは天才ね……」
ウ「恍惚とした表情を浮かべるな……。オレはメシが喉を通らなくなったぞ……」
フィン「カストロ!! 大丈夫かあ!?」
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家の本棚で埃を被っていた一冊の本。ダブルハンター、リンネ=オードブルの著書[ワールドグルメガイド]が頭から離れない。
どうしてこんな時にも思い出すのだろう。
きっと私が始まった場所であり、私が終わる場所だからだ。
ただの一料理人、一ハンターで終わるつもりはない。私はプロハンターになるし。星も獲得する。料理も極める。世界中の食材を網羅する。
ジョネスと知り合ったのはきっと運命だ。全てを成し遂げる為に運命が私を後押ししてくれている。どんな密猟者にも負けない実力。乱獲を食い止める政治力に武力。
彼の依頼を最後まで達成すれば、まだ早いと思っていた段階に一段飛ばしで手が届く。
未来のシングルハンター、メンチはゆっくりと目を開けて相手を見据えた。強化系でカポベイラの使い手、格闘家ギド。
修行仲間だし知り合いだ、というか結構仲が良い。
つい3ヶ月ほど前の段階では負ける要素など見当たらなかったが、彼は良き師匠と心から自分が好きだと言える能力に出会い、爆発的に成長した。
たった3ヶ月で人間がここまで強くなるのだ。ジョネスが作る新時代にはこういう敵がいくらでも現れる。新時代のハンターならこれを容易く乗り越えてみせろ。
プロハンターでも何でもないジョネスはそう言って激励してくれた。
試合開始の合図が告げられる。
ギドが子供用の玩具を全力で引き絞って、ステージ上に金属製のベイを飛ばした。更にギドの能力によって"回転力"が強化される。
ギドは頭に取り付けられたヘッドセットによって、コマの軌道を自由に操作してベイをメンチに襲い掛からせた。これは操作系能力ではなく、単純にそういうおもちゃだというだけだ。
とある店のモニターで見ていた狼男が「アニメのまんまだ!! しかもメタルファイトだ!!」と興奮して叫んだ。会場のそこら中から同じような野太い歓声が上がる。黄色い声はゼロだった。
メンチにその声が届くはずもなく、彼女は冷静に左手に持った牛刀でベイの衝突を防いだ。何度もそれが繰り返され、その度に空中に火花が飛び散る。
右手のマグロ切り包丁は"次に来るベイ"を迎え撃つ為のものだ。
ギドが低い姿勢で回転しながらメンチを襲撃した。
ブレイクダンスのように回転しながら蹴り技を繰り出すギドは、自分自身の体にも回転力を強化する"発"を掛けており、普通の人間にとっては目にも留まらぬスピードで回転し続けながら攻撃を加えていた。
先ほど放たれたベイもリングを大きく回って戻って来ると同時にメンチを勢いよく攻撃する。
しかし、普通ではないメンチは一言だけ言った。
「ジョネスよりもフェイタンよりも断然遅いわね」
メンチはギドの攻撃をマグロ切り包丁で巧みに
飛んで来たベイの先端を牛刀の峰に巧みに乗せると、そのままギドに向かって投げ付けた。
ギドが自分のオーラに弾き飛ばされて大きく体勢を崩した。
メンチはそのまま高速で接近してギドの片脚を切り飛ばす。
激しい出血と痛みに耐えながらも、なおも闘志が衰えないギドは鮮血を撒き散らしながら自身の回転を再開した。
「オレは諦めない!! なぜなら、オレは……ベイセイバーだからだ!!」
モニターで見ていた一部の男性陣が、「うおおぉぉ!! 熱いぜ!! ギドおおぉぉ!!」と叫んで感涙していた。
メンチはそんなことも露知らず冷酷な目付きで、最後の調理に取り掛かる。
両手に持った2本の包丁を目にも留まらぬ速さで動かすと。ギドの残った片脚と両腕の腱を瞬時に断ち切った。
メンチは身動きが取れなくなって、勢いそのままに宙を舞うギドに背を向けた。
時間差でギドの衣服がかつら剥きのように切り裂かれたのが分かった。ギドはそのままパンツ一丁の状態で地面に強く打ち付けられて、意識を失って緊急脱出した。
メンチは包丁についたギドの血を振り払うと、それをポイっと空中に投げて数回転させる。包丁はそのまま曲芸のように落下地点の鞘に納まった。
「ただのオモチャでしかないのよ」
メンチの残酷な一言に見ていた男性陣達のテンションが急降下した。
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フラン「良いぞリールベルト!! そこでジェットだ!!」
フェイ「サダソ落ち着くね。相手もコントロールし切れてない」
フラン「そうだ!! パンチパンチ!! ジェットパンチ!! 予測不能のお前に拳法は通用しねえ!!」
フェイ「そこね、第3の腕。あぁ、ちょとタイミング遅かたね」
フラン「キックだリールベルト!! ジェットドロップキックだ!!」
フェイ「良い威力ね。でも捕まえたよ。そのまま叩き付けるね」
フラン「……いや、ここだ!! 相手ごと飛べ!!」
フェイ「何……!? アレは……!!」
フラン「表連華だあああぁぁぁ!!」
フェイ「サダソ……、まだ立つか……。もうお前の体は……」
フラン「リールベルト、ボロボロじゃねえか……。今のでオーラをほとんど使っちまったか……」
フェイ「十分だ。もうやめるね……」
フラン「もう"纏"が維持できない……。死ぬ気かリールベルト……」
フェイ「お互いにオーラが尽きてる……。どうしてそこまで……」
フラン「精神力だけで立ってやがる……。だが最後だ、行け!!」
フェイ「いや、サダソもまだ折れてない。クロスカウンターね……!!」
フラン「……立ったまま……、二人とも気絶してやがる……」
フェイ「……お前が弟子で誇りに思うね……」
ジョネ「何ていい試合なんだ……!!」
ヒソ「最高♡」
ダイジェストでお送りしました。
ジョネスはアホだな。
エルマは天才だな。
カストロはご愁傷様です。
ギドはメンチのオモチャのチャチャチャ!!
チャチャチャ!! オモチャのチャチャチャ!!
最後のは激アツの名試合でしたが、誰も興味が無さそうだったのでダイジェストでお送り致しました。