ヴェンディッティ組の若頭、ゼンジは苛立っていた。
ヴェンディッティ組長にとってもゼンジの野心は承知済みで、故に最終テストとして自らの命を賭けたこのギャンブルまがいの抗争を計画して、暗殺者に狙われるその立場を楽しんですらいた。長年の弟分であるゼンジの手腕に期待を寄せているのだ。
ゼンジはそのために私財を投げ打ってまで、殺し役に最強の殺し屋であるゾルディック家を雇ったが、そちらにリソースを使い過ぎたせいで表出した、護衛役の戦力不足という不安要素に今まさに直面していた。
ゼンジが待機している食堂ホールには未だに黒煙が立ち込め、状況は混乱の極みにあった。周りで断続的に大きな物音と悲鳴が聞こえることから、襲撃を受けていることは分かるが、視界が確保できない状態での同士討ちを恐れて、銃を持った構成員達はろくな応戦が出来ずに徐々にその数を減らしている。
こんなときに頼りになるはずだったのが、外部から雇った念能力者の護衛達だが、念能力者であることから却って優先的に狙われたらしく、既に煙の下で物言わぬ骸と成り果てていた。
使えない部下達を怒鳴り付けるも状況は全く好転せず、その怒鳴り付けた部下も、どこかから飛んで来たナイフに貫かれその場に倒れ伏す。
その時、僅かに晴れた煙の隙間から仮面を被った男が間近に迫っているのが目に入った。見覚えのない姿、敵方の暗殺者である。
(しまった!! 今の怒鳴り声でこっちの居場所を教えちまったか)
もう銃を抜くのも間に合わない。ゼンジは死を覚悟する。しかし、暗殺者の魔の手が彼に届くことは無かった。
迫り来る暗殺者の横合いに漂っていた煙の中から、ぬうっと赤く血に染まった手が現れたかと思うと、そのまま暗殺者の頭を握りしめ、仮面ごと頭蓋骨を粉砕してしまったのだ。
唖然とするゼンジの前に見覚えのある男が現れる。男は大きく息を吸ったかと思うと、ジェット噴射のように強く息を吐き出して周囲の黒煙を吹き飛ばした。
現れた男、ジョネスは一息つくと、呆れたようにゼンジを一瞥して口を開いた。
「依頼主が鉄火場にいてどうする」
「あ、ああ。すまん」
雇われのジョネスの無礼な態度に、普段のゼンジだったら悪態の一つでも出たかも知れないが、たった今命を救われたという事実と、ギリギリで助かったという安堵感から、気の抜けたような返事を返すことしか出来なかった。
ジョネスは何かを指折り数えるとゼンジに問う。
「始末した暗殺者はこいつで5人目になる。残り何人だ?」
「もう5人も殺ったのか!? 確か先程入った最新の情報では、6人で確定だったはずだが……」
「あと1人か、どこに隠れているのやら……」
その時、ホールの外で爆発音が響く。
急いで現場を確認すると、ビルの昇降に必須であるエレベーターと階段がすぐには復旧不可能な程に破壊されていた。
それを見てゼンジは怒りを露わにする。
「クソッ、やられた!! オレ達を上に行かせないつもりだ!! 組長が危ねえ!!」
「落ち着け、上にはオレの仲間達が待機している。それにオレはこんな物が無くても上にのぼる手段がある。暗殺者と入れ違いになっちまった負い目もあるし、先に行ってるぞ」
「あっ、おいちょ待てよ!! どこに行くんだ!?」
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ジョネスに留守を任されたマチとマルローは、何も映らない監視カメラの前に座っていても仕方が無いので、最上階へ至るために必ず通らなくてはならない通路に陣取って敵を待ち構えていた。
ジョネスが下層階へ遊撃に出た以上、果たして敵が彼を突破してこの通路まで至れるのか非常に怪しいものだったが、気を抜くことはしない。2人は彼が負けるとは思っていないが、ああ見えて詰めが甘いところがあるのは知っているし、何ならそれによって起こるアクシデントを楽しむために、敢えて行動に"遊び"を持たせているフシがあった。
廊下から聞こえた爆音にマチの勘が囁く。
「……どうやら、ジョネスは見事に出し抜かれたみたいだね」
「彼のことだからわざとかもよ? オレ達にも報酬ぶん働かせるつもりでしょ」
マチの予想に対して軽口を叩くマルローは、一方で、仕掛けた罠が作動するのを検知して警戒を強めていた。
「マチ、罠に反応があった。あと1分くらいで敵が来るよ」
「知ってる、こっちも糸で探ってたし。それにしてもあんたの罠、威力がしょっぱ過ぎない?」
「具現化系に遠距離攻撃を求めないでよ。この罠は完全に嫌がらせと索敵用だ」
戦闘に集中するため、全ての罠を解除したマルローの背後に、6本の腕を持つ機械人形が現れる。
【
具現化された機械人形は、それぞれの腕にハサミや長い針を持って、まさに阿修羅の如く隙なく構えている。マルローは申し訳なさそうに言った。
「見た目は強そうだけど、戦闘力はあまり期待しないでね」
「それも、具現化系だからかい?」
「あはは、具現化系でも強い人はいるよ。これは単純にボクの問題」
「……まあ、ジョネスみたいに戦闘用の"発"だけで固めてる方がおかしいんだろうね」
マチはそうひとり呟くと、マルローを見習いビルに張り巡らせていた糸を全て自らの元に手繰り寄せて、ジョネスとの手合わせ(ほとんど遊ばれているだけだったが)で、文字通り
事前実験では、ジョネスの手加減した一撃なら苦もなく防ぐことができた、最強の防刃・防弾繊維と言える念糸で作られた防護クロスである。この鎧はオーラを変化させた糸という性質自体に耐久力があるため、マチの通常の"堅"による防御を遥かに上回る。
「おおっ、頼りになるねマチちゃん。前線張る気満々?」
「馬鹿言え、あんたも手伝うんだよ」
2人の視線の先に、頭を辮髪に纏めた細身の男が現れる。袖と裾が長く膨らんだ民族衣装に身を包み、広い廊下に陣取る2人を油断なく観察していた。
この日最後となる戦いが始まった。
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※おまけ:その頃、流星街では
クロロ=ルシルフルは至福の時間を送っていた。
流星街である意味有名な怪人ジョネスの工場。幼馴染のマチの頼みにより留守番を引き受けたが、それは人が寄り付かない静かな場所で寝食も忘れて読書に没頭できるという、クロロにとっては願ったり叶ったりの頼みだった。
ジョネスが几帳面に、集めた本をリスト化しているのは知っていたので、気に入った本をくすねることができないのは不満だったが、それ以外は何よりも充実した時間だった。
最近、仲間達が集まってジョネスの酒蔵や食糧庫を漁って、連日どんちゃん騒ぎをしているのは見て見ぬふりをしている。帰って来たらジョネスはキレるだろうが、こんな奴らに留守番を任せたのはマチの責任でもあるため、彼女が間に入ってくれて、まあ殺されはしないだろうとその明晰な頭脳で計算済みだった。(こいつ最低だな)
「クロロ〜!! すげえモン見つけたぜ!! 見に来いよ!!」
下の階からノブナガが自分を呼ぶ声がしたので、本の世界から現実に呼び戻され、渋々すげえモンとやらを見に行く。
そこはひどい有様だった。ノブナガ、ウボォーギン、フィンクス、フェイタンは完全に酔っ払っていて、そこら中に食べカスやら酒瓶やらが転がっている。
最悪の一歩手前で止めてくれるストッパー役として呼んだはずのフランクリン、シャルナーク、パクノダ、シーラ、サラサも、好き勝手楽しむ先の4馬鹿を見ている内に何かが吹っ切れたのか、黙々とジョネスのとっておきのお菓子を口に運びながら、雑誌や漫画を片手にくつろいでいる。
(……コレ、本当に大丈夫だろうか……。マジで殺されるかも)
予想以上の惨状に背筋が凍る思いのクロロだったが、そんな彼の心配はお構いなしに、ノブナガがどこかから見つけた戦利品を見せびらかして来る。
「見ろよこれ、床下に隠してあったんだ!! きっとジョネスのおっさんの秘蔵コレクションだぜ!!」
「なん……だと」
ノブナガが手に持っていたのは一本のビデオテープ。帯には人目をはばかる、あられも無いタイトルがデカデカと記載されていた。
「ジョネスのおっさん、再生機器にパスワードかけてやがるんだ。確かシャルの隠れ家に代わりの再生機器あったよな? 今から全員で観に行こうぜ!!」
パクノダの呆れ果てた視線を背中に受けながら、男性陣は工場をそそくさと後にして、シャルナークの隠れ家へと向かう。
始めは ただ欲しかった
マチ&マルローvsラーメンマン!! デュエル開始ィィィ!!
マルローの微妙な百式観音みたいな能力は、無駄が多いような気がしますが(腕だけ生やせばいいだろ)、彼にとっての拘りがあって、この形じゃないと具現化できないのでしょう。念能力はまこと奥が深い。
始めは ただ欲しかった……www