魔族?余は蛮族だ   作:通勤

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対峙するは魔王と藩王 中

 ヒンメルと別れた後、余は拠点へと戻っていた。打ち捨てられ荒れ果てた古代の住居の名残り。そこを、住み着いた魔物を掃除と瓦礫の山とを排除し、家具等を並べて拠点としている。この世界で魔物と区分される生物は、死ぬと塵となって消えるため後片付けが随分と楽だったのを覚えている。

「さて、始めよう」

 余は独りごちると、宝飾品類から1つまた1つと宝石を外してゆく。宝石を外し終えたら、全てまとめて石造りの炉に突っ込み、魔法を唱える。

(ザス)第八階位の攻(オルダ・ル・バン)滅殺(スロウダル)灼熱(ハイヒルト)業火(インヴォイア)──掃炎(グリマゼール)

 【クリメイション】余が放った炎が、容易く銀を溶かし尽くす。

 炉の下部に土を盛って作った栓を突き崩し、銀を粘土の型に流し込む。それは赤熱し、朝焼けの太陽の色に輝いている。徐々にマナを加え、練り上げながら徐々に冷却して行くと、魔化された純銀のインゴットが完成する。

 外を見れば、既に夜が開け始めている。ヒンメル達と別れた時は、まだ地平線がほの明るかった、随分と時間が経過していたようだ。早くヒンメルの剣も仕上げねばならない。

(ザス)第十二階位の付(トゥベルフ・フ・ルド)……」

 刃を手の平で撫で、呪文を紡ぎ始める。想起するのは速さで持って敵を翻弄するヒンメルの剣、イメージするのは不可視にして鋭利な風の刃。

旋風(ヴィンド)

 剣に刻み込む様に、1節を口にするたび、言葉を切り、マナを注ぎ込んで行く。

嵐風(トルメラ)

 剣を中心に風が渦を巻き、刃に草原の若草を思わせる翠の光が浮かび上がる。

増強(バルスト)

 余の剣をヒンメルの剣の刀身に突き立て、剣にマナを流しながら秘文字を刻んで行く。

鋭刃(ナバッハ)

 剣を中心に空気が爆ぜ、突風が周囲の小石等が吹き飛んだ。余は剣に意識を集中し、ただ黙してマナを注ぎ込み続ける。

「──風撃(エアラルダルト)

 最後の1節を唱えると、刀身に吸い込まれるようにして光が収まる。余が唱えたのは【ソニック・ウェポン】だが、唯の【ソニック・ウェポン】では無い。儀式化を施し、効果を永続化させた。強力な魔剣を創り出す、余が生み出したオリジナル。

「ふむ……」

 余は剣を手に取り一瞥する。この世界特有の魔力視を用いれば、剣から陽炎のように揺らめく魔力がはっきりと見える。だがこの程度であれば、魔法を付与したのが余であると察せられる程ではないはずだ。 

 余は建物を出ると、使い振るされ継ぎ接ぎされた案山子の前に立つ。朝焼けが世界を染め始めていた。

「ふっ……!」

 余は剣を袈裟斬りに振るう。流れる様に剣閃が走り、案山子は木の軸まで斬り裂かれ、一拍置いて滑るようにして倒れる。まぁ、こんな所だろう。眼前で剣を鞘に収め、余は拠点の中に戻る。

 

(ヴェス)十三階位の転(ザルツェン・ラ・フザ)瞬間(カイロス)移動(クリル)空間(コーロス)強化(ディッグ)──転移(シルトフォルテン)

 【テレポート】城塞都市ギガントの裏路地へ転移する。事前に【テレオペレート・ドール】で、周囲に視線が無いかは確かめてある。我ながら随分な念の入れようだが、用心にしすぎるという事は無いだろう。

 さも奥の道から歩いて来ました、といった様子のごく自然な歩調で大通りに出る。恐らく謁見の最中のはず、屋敷の前で待っていれば、ヒンメル達と接触できるはずだ。流石に事前の連絡も無しに、夜中に屋敷に押し掛ける等といった非常識な行動は取っておらんだろう。

領主の屋敷前の大通り、そこに居を構える屋台で、余は腰を落ち着ける事にした。ここからならば、屋敷の門の様子がはっきりと窺える。

「鳩を丸のまま頂こう」

「はいよ!」

 余は脚の根元にナイフを入れ切り落とし、太腿にかじり付く。弾力のある味を噛み切ると、野趣のある肉汁が染み出す。思い返せば、昨日の昼からまともに食事を口にしていない。

 しかし、転移してからここまでの短い道中ですら、街にある種のひり付いた空気が流れているのが感じられた。

「親父っ、なんか適当に頼む」

「はいよ!」

 声の方へ目を向けると、恰幅の良い男だった。

「親父、なんでも魔族の軍勢が攻めて来るらしい。俺も身の振り方を考えなくちゃあならんのかねぇ」

「あら、お客さんもですか。店を開けてから、お客さん達の中でその話題で持ちきりで」

 余の予想以上に、話は広がっているらしい。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。

「ん……ぐ……」

 肉を飲み下し、鳩の胸元にナイフを入れ、肉を骨から引き剥がすと、屋敷の門へ視線を戻す。ヒンメル達が出てくる様子はまだ無い。

「俺は……昔兵士をやってたんだ……」

「へぇ、あんたもかい?俺もそうなんだ。もうどれほど昔だったか……寄る年波には勝てんくてな」

 その男の言葉に、また別の男が反応する。白髪交じりの豊かな髭を生やした老人だ。老人の言葉に、暫しの間男は押し黙まっていたが、やがて口を開いた。

「……ある時、俺達の部隊は魔族の奇襲を受けた、野営の最中、突然の事に皆浮足立って、状況の把握すらままならなかった……」

 周囲を確認してみれば、いつの間にやら屋台の客皆が、一様に男の方へ視線を向けていた。

「魔族は仲間を1人、また1人と弄ぶ様に殺していった……その時……俺は近くの川に水汲みに出ていて、襲撃を免れた……」

 そこで屋敷の門へ視線を戻すと、ヒンメル達が出て来ていた。

「ふむ……」

 隣に居るのはアイゼンとハイター、そこにフリーレンの姿は見えない。余にとっては幸運であると言って良いし、仲間だからといって常に行動を共にする訳でもないが、少々気になるのは老婆心からだろうか。余も随分と長く生きてきたものだ。

 余はテーブルに硬貨を置き、席を立つ。男の話は続いていたが、他人の有り触れた悲劇など、聞いていた所で意味も無い。

「勇者ヒンメル、此処に確かに剣は貴公に……」

「えっと……確かに受け取らせたもらったよ」

 余は堂々と恭しく、王が騎士を叙するように剣を差し出すと、ヒンメルは戸惑った様子を一瞬見せたが、直ぐにぎこちないながらも跪き剣を受け取った。

「これは……!貴方、何者ですか?」

「どうしたんだハイター?」

 剣の様子に真っ先に反応したのは、ハイターだった。じっと真っ直ぐ射貫くように余を見据えて来る。その目に映るのは疑念か感心か……

「この剣に込められた魔力、無名の魔法使いの物とは思えません。それに貴女は随分と若く見えます」

「ふふふ……魔力量に関して貴公が言うのかハイター殿、年若いのは貴公もだろう?」

「なるほど、これは1本取られましたね」

 ハイターは落ち着いた態度のまま、髪を撫で付けるように頭に手を当てた。

「では勇者ヒンメル、報告を聞かせて戴こうか」

「領主は快く僕の言葉を聞き入れてくれたよ。そして、冒険者のリーダー達を招いて、作戦会議を行いたいらしい。当然、君も参加して欲しい」

「なるほど、当然と言えば当然か……承知した。余からもこの街に集う冒険者等に伝えよう」

 余はヒンメルの言葉を了承する。ここまでは余の想定通り、正規の兵と冒険者の連合軍、数において魔族を相手に不足は無い。

「しかし……フリーレンは共に居らぬのだな?」

「フリーレン?ああ……彼女は……」 

「面倒臭いと、言っていたな」

 言い辛げに頬を掻くヒンメルの横で、アイゼンがあっけらかんと言い放った。

「あぁ……彼女がマイペースで薄情なのはいつもの事だけど、それ以上にここ数日酷く機嫌が悪い」

「薄情か……それは意外だ……人と共に旅をしているエルフ、人に強い関心を示しているのだと思っていた」

 マイペースなのはエルフの常だが、薄情とは……

「いつも、人間の寿命は短いから、親しくしても意味が無いって言ってるよ」

 そう言ったヒンメルの声色は、少し寂しげだった。

「意味が無いか、それはきっと……長命種の傲慢というものだろう。時間の価値を決めるのは、その長さでは無いはずだ」

「それは出来れば、直接フリーレンに言ってやって欲しい」

「いや……それはやめておく。人に言われて、どうこうなる物でもあるまい」

 長く生きた者、それもエルフとなれば、その思考は酷く凝り固まってしまっているものだ。人の言葉……それも余のような赤の他人の言葉など、耳を貸さぬだろう。それにこれは、あ奴は自身が自分で気付かねばならぬ事だろう。

「それに……それを識る事になるのは、さほど先の事では無さそうだ……さて、もう余は行かせてもらおう」

 余との戦いの中で見事な連携、そしてヒンメルの口振りからは深い信頼を感じる。その繋がりは余の言葉などより遥かに雄弁に語るだろう。

「その剣が貴公の道を切り開かん事を」

 余は髪を大きく翻しその場を後にした。

 

 

 翌日、領主の屋敷の大広間、平時であれば貴族達が集い、華やかなパーティーが開かれているであろうそこに、今は荒くれ者たちがごった返していた。これで各々のパーティーからの代表者のみ、余のように個人で行動している者も当然居るだろうが、それでも全体となればどれほどの数になるか。

「私はケンプフェン辺境伯である。冒険者諸君、こたびは諸君の参戦に感謝する。諸君を集めたのは他でもない、こたびの戦の作戦を共有し、諸君にも意見を集うためだ」

 余が今初めて目にする領主は、魔族との最前線を任された辺境伯というだけあって、一流の将としての風格を漂わせていた。

 余が辺境伯と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、金竜泊ヴィクトール・ブロンディヴィールだ。豪華絢爛を良しとする気分屋との話がひろまっている男だがその実、機に聡く狡猾な合理主義者だ。武勇に優れるのみでは君臨できぬ。

「まず、こちらの正規の兵は1万8千、諸君らを足しても恐らくは敵の数に満たないだろう。故にこたびの戦、味方の増援が来るまでの間この城塞にて籠城し、増援到着と共に攻勢に転じる」

 そう言うと、辺境伯は部屋中央の卓上に広げられた地図に駒を並べて行く。駒といってもごくシンプルなピンの様な物で、兵科などの判別はつかないが、北側の城壁に集中している。

「このように城壁上に弓兵と魔法使いを配し、歩兵は両翼を上げアーチ状に陣形を構築する。そうして増援までの時間を稼ぎ、増援の到着後、諸君ら冒険者は陣から離脱、敵の側方あるいは背後に回り込んでもらう」

「ふむ……」

 なるほど悪くない作戦だ。あくまで数の優位でもって勝ちに行く、ベターだと言っても良い。だが、余なら少し違う手で行く。奇策は下策、数の優位が有るのであれば、正面から数でもって押し潰す、それが最も良い。

 周りを見るが、意見を挙げようとする者は居ない。それも当然か、身分の差というのも有るだろうが、基本的に冒険者に戦略の心得がある者は少ない。

「なるほど、悪く無い作戦だ……だが、戦力を分散するのはどうだろうな?」

「ほう……」

 余の言葉に、辺境伯は感心した様に目を見開いた。

「これは驚いた、まさか意見を述べてくれる者がいるとは……では、君ならどう考える?」

「そうだな、余であれば正面から数の優位を持って押し潰す。もし戦力を分散するのであれば、後から迂回させるのではなく、先に兵を動かしておいての伏兵戦術だろうな」

 戦が始まってから迂回させるのでは、敵に気取られる公算が高い、故に余であれば伏兵を先に忍ばせておく。

「では、こうしよう。正規兵と冒険者の連合軍で魔族の軍勢を引き受け、少数精鋭の伏兵で魔王に奇襲を仕掛ける。本命は魔王に対する奇襲だが、正面からでも充分に押し込んでいけるはずだ」

「ふむ……ヒンメル、貴公はどう考える?」

「なぜ僕に意見を求めるのか、聞いてもいいかな?」

 余が話を振ると、落ち着いた様子でヒンメルは聞き返して来る。ある程度は余の意図を察しているはずだ。

「少数精鋭による奇襲……それを担えるのは恐らく貴公らだけだ。なればこそ貴公の意志が作戦の是非を決めよう」

「なるほどね。問題無い、任せてくれればいい。これまでも不可能なんじゃないかって、自分でも思う様な事はいくらでもあった。けど、その度に乗り越えて来たんだ。今回も乗り越えるさ」

 ヒンメルはサラリと、事もなしといった様子で答えて見せた。

「流石は勇者ヒンメル、心強い言葉だ。やはりこの役目を任せられるのは、君達しか居ない」

 その言葉に、感極まったように返答したのは余では無く、ケンプフェン辺境伯だった。正直、余としては予想できた答えだったが、しかし余達バルバロスの猛者でも、たった1人敵軍の大将に飛び込んでいける者はそうは居らぬだろう。

「では此度の戦の要……勇者ヒンメルに担ってもらう!」

 そう辺境伯は場を結んだ。

 

 

「おーい、来たぞー」

「ふむ……皆来てくれたようだな」

 何とも気の抜けたゲベールの声に、余は祈るのを止めて来客の方へ向いた。

「それで……わざわざ決戦前夜に呼び出してどうしたんだ?」

「そうだな、まずはシュテルンに……」

 余は呪文を唱え始めた。

(ザス)第三階位の創(ザルド・リ・クス)従僕(メド)仮名(モメント)──従命(サイア)。この者に従え」

 【クリエイト・ゴーレム】既に下準備は完了しており、後は魔法をかけるだけで良かった。ありったけの魔力を用い、稼働時間を3倍に拡大する。

「これは……凄まじいな……」

 作成されたシルバーゴーレムに、3人とも息を呑み言葉を失っている。

「シュテルンこれはお主に任せる」

「分かった……」

 緊張にこわばった面持ちでシュテルンが答えた。

「そう硬くなる必要もない。お主の好きに使うと良い。それとこれは……ワイスが良いか」

「これ……竜?」

 このあみぐるみは、余の真の姿を模している。

「その通り。まあ、お守りのような物だ。そして最後にゲベール……」

 そう言って余は、一振りの剣をその眼前に突き付けるようにして差し出す。

「これは……?」

「友の剣だ……そして、此度の戦以前、最も魔王の喉元に近付いた剣でもある」

 そうあの日、この剣は確かに魔王の片腕に届いてみせた。そして、その時切り拓かれた道は、今魔王へと繋がった。

「魔王の右腕……?今まで魔王と戦った奴は誰もいないんじゃ……」

「ふふ……比喩表現だ」

 ゲベールは、余の言葉を素直にそのまま受け取った。余としては、その単純さが好ましい。やはり戦士は策など弄さぬ、純粋な心根の持ち主で在るべきだ。

「っ……!?もしかして……このけ「さて……明日は早い……余はもう少し祈ってから休む。お主らももう休むべきだ」

 どうやら察したらしいシュテルンの言葉を余は遮った。

「なら、私も一緒に祈らせてください」

「いや……余の神は荒れ荒ぶる戦神、平和な時代の為、戦うお主らが祈るには相応しくない。祈るのは戦場から逃れられぬ余だけで良い」

「女神様以外の神……ですか……?」

 理解できないといった様子でワイスが言う。忘れていた、この世界において神とは女神ただ1柱、他の神の存在は、魔族にとっての罪悪感に等しい。

「そうだな……お主達はそれで良い。さぁもう休め」

「分かった……2人とも行くよ」

 大いに引っかかるものがある様子のゲベールとワイスに、シュテルンが促す。後ろ髪を引かれるようだったが、2人とも去っていってくれた。

「戦神ダルクレム……此度だけ、余の剣に力を……」

 あの時は余は友を、貴様は腹心を失った。此度は痛み分けになどさせはしない。

 

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