魔族?余は蛮族だ   作:通勤

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 今回は外伝という訳で転生する前のラクシアでのお話です。フリーレン要素は一切ありませんが、ライフォスの様な広い心でお楽しみ下さい。


外伝
外伝 カルゾラルの竜姫


 大破局から217年

 テラスティア大陸 カルゾラル高原 パラディアン藩領

 

 古の時代、魔法王によって築かれた当時は壮麗な装飾で隅々まで彩られたであろう屋敷は、埃にまみれ、至る所にヒビが入り、ほんの僅か片隅に残る金だけがかつての栄華を物語っている。その唯一瓦礫が綺麗に取り除かれた一室が、余の執務室だ。

 余が机に向かい羊皮紙と睨めあっていると、扉が音を立て勢い良く開かれる。

 「ホウコクシマス。エンドルサマガ、タオレマシタ」

 扉から入ってきたのは、筋肉質な体型の妖魔、ボガードだった。余は羽ペンを指で圧し折り、立ち上がると、その喉に魔剣を突き付けた。

「それで……?お主は上官が討ち死にするのをのうのうと眺めておったのか?」

「チガイマス!。エンドルサマガ、パラディアンサマニツタエロト」

 ボガードが必死に弁明する。汎用蛮族語はざらざらとした発音で聞き取り辛い。

「まあ良い……貴様にはこの失態を帳消しにする機会を与えてやる。余の命令があるまで、待機しておけ」

「ワカリマシタ」

 ボガードを下がらせ、余は机に向き直ると、羊皮紙のエンドルという文字を線で消す。エンドルというのは余の配下のドレイク・バロンだ。中々に優秀であったので、補佐官の1人として使っていた。

 ここ暫く散発的に発生していた奴隷達の反乱、対処が完全に後手に回っていたが、ここに来てエンドルの討死。奴隷たちだけでエンドルを倒すことなど出来るわけも無く、背後で何者かが扇動しているのは間違い無い。

「はぁ……」

 余は大きく溜息をつく。エンドルを失い、その代わりに得たものは反乱を煽っている者がいるという確信と、エンドルを倒すだけの実力者の存在、全くもって割りに合っていない。

「しかし……いったい何奴だ……?」

 周辺地域の藩王たちは現在紛争状態にあり、余の領地に構う余裕は無いはず、先程のボガードに下手人の姿を聞いておくべきであった。己の短慮を自省する。

「ふー……」

 息をゆっくりと吐き、思い切り伸びをする。その時、戸を叩く音が聞こえた。

「レイライン様……?」

「入れ……」

 余が促すと入ってきた人物は、一見するとただの人間の少女にも見える。しかし、全身に刻まれた紋様と鮮やかな赤の瞳がそれを否定する。この者はハイゴブリンの司祭であり、女王である、ハイゴブリンメイデンだ。

「キイか……」

「はい、貴方様のキイでございます」

 キイは跪くと、媚びるような、鼻に掛かった甘い声で答えた。

「まず、伝えねばならぬ事がある。エンドルが死んだ」

「まさか、エンドル様ほどの力の持ち主が……本当ですか?」

 大きな目を見開き、キイが聞き返してくる。

「事実だ」

 余は短く、念押しする様に言った。

「そうですか……ふふっ……」

「如何した?」

「何でもありませんよ」

「そうか……何でもないのなら良い」

 一瞬、キイが笑ったように思えたが、目の前のキイは眠たげな、いつもと変わらぬ様子だった。

「さて、それでだが、お主にはこの件の首謀者を調査してほしい。余の見立てでは、近頃頻発している人族の反乱にも関わっている可能性が高い」

「はい、レイライン様の仰せのままに」

 キイは深々と頭を垂れる。

「まずは、生き残ったボガードに話を聞くと良い。兵舎で待機するよう命じてある」

「生き残り……?ああぁ……♡生き恥をさらすクズに、慈悲を掛けるなんてなんとお優しい……」

 感極まった様子でキイは、胸の前で手を組み感嘆の声上げると、這いずるようにして余に近付く。

「頼んだぞ……キイ……」

 余はその頰に指を這わせると、顔を近づけ囁いた。

 

 

 キイが去った後、余も屋敷を出て領内を散策する。エンドル亡き今、事態の終息は一刻を争う以上、余も動かねばならない。

「っ……」

 無意識に歯を噛みしめる。目的の為に、他者の情愛さえも容易く利用できる己の冷酷さが、酷く不愉快だ。雲一つ無く晴れ渡り、心地良い風が吹く良い日和なのが、今は余計に苛立たしい。

 東西に急峻な山岳地帯、北には鬱蒼とした雲霧林、そして南に極寒のツンドラが存在する中、砂漠のオアシスの様にぽつんと存在する穏やかな気候の地域、それが余の領地の中心だ。

「ゲッヘヘヘ……ニゲロッ!ニゲロー!」

 今まさに、さらに不愉快になった。上機嫌で下卑た声で囀る下等生物共。ちらりとそちらに視線を移せば、数匹のゴブリンが、粗雑な棍棒を振り上げ人族の奴隷を追い回している。如何にも脳の足らぬ、妖魔らしい行動だ。粗悪な消耗品の戦力にしかならぬ癖に、貴重な労働力を無意味に浪費する。

「はぁ……」

 余は溜息を吐き、ゴブリンとのすれ違いざまその首を刎ねる。その場にゴブリンの首が転がり、首から血を噴き出しながら数歩歩いた後、首無しの胴体が崩れ落ちる。

「ド……ドレ……!?ギヒイィィィィィィ!!」

 仲間の首が刎ねられたのを見た残りの数匹は、甲高い悲鳴を上げ、我先にと逃げ出す。

「ドレイク……様……」

「もう良い、さっさと行け」

 酷く怯えた奴隷に、余はぶっきらぼうに言い捨てる。当然の反応だ、人族にとってドレイクなぞ恐怖でしかない。そう、今はまだそれで良い。今は……

 下等な妖魔を相手に無駄に時間を浪費してしまった。気を取り直し、情報収集を再開する。まず向かう先は、奴隷達の取りまとめ役であるセドリックの元だ。

 

 郊外の農地に併設されるように建つ木造の建築物が、奴隷頭であるセドリックの屋敷だ。完全に木地の造りながら、整備が行き届き、それなりの風格を漂わせている。唯、セドリックの屋敷とは言うものの、実際は余が所有する奴隷達が共同生活する、宿舎に近いものだ。

 屋敷の中へ入ると、皆農場で作業に従事する為に出払っており、静かなものだった。余は階段を登り、2階の階段に最も近い扉を無造作に開ける。

「セドリックはおるか?」

「パラディアン様、一体何の御用ですかな?」

 髪と髭とに白髪の混じった、老年の男性に出迎えられた。この男こそ奴隷の取りまとめ役のセドリックだ。今から25年ほど前、雪原地帯で倒れておったのを余が拾ったのだった。

 その人柄は穏やかなで思慮深く、人族たちに慕われている。不意に見え隠れする、研ぎ澄まされた刃の様な所作から、元はカルゾラル高原の調査に出た冒険者なのではないかと、余は推測している。

「ここ最近、領内に入ってきた奴隷について教えてくれ」

「ほう……それは、如何な理由で?」

 余の問いに、セドリックが質問で返してきた。通常、奴隷が主人にこの様な対応を取れば折檻は免れない。

「エンドルが討たれた」

「エンドル様が……なるほど、そう言うことですか……」

 セドリックは合点がいったように頷く。理解が早いのは実に良い。領内に他所のバルバロスが侵入すれば、すぐに情報が出回ってしまう。しかし、人族の冒険者であれば、奴隷に紛れ込み容易く侵入が叶う。

「リストを用意させて貰いますので、時間を頂ければ」

「そうか、では後日届けてくれ」

「承知しました、パラディアン様」

 セドリックは深々と頭を下げた。

「ああ……それと、これで焼き菓子を焼いてくれ」

 砂糖の入った袋をセドリックに手渡す。この後訪ねる人物へは、土産を用意することになる。

「はい、では」

 セドリックは恭しく受け取り、部屋を出て行った。

 

 部屋に残った余は何をするでも無く、ただ時間が過ぎるのに身を任せる。推測を進めようにも、情報が少なすぎる。そうして、しばらくすると人の気配が近付いてきた。

「パラディアン様、その……こちらになります」

 入ってきたのはセドリックではなく、年若いシャドウの少女だった。齢は10と少しといった所か。目を合わせぬように目を伏し、軽く震えている。

 その両手で抱えるようにして持つ皿には、きっちりと詰められるようにして焼き菓子が並んでいる。砂糖と小麦粉とを、獣の脂で練り合わせ、窯で焼き上げた物だ。

「ふむ……」

余はシャドウの少女に目を向けぬまま、皿に盛られた焼き菓子の中から、品質の良い物を数個取り、小さな袋に収める。

「これで良い……残りはお主たちで処理しろ」

「え……?」

 余の言葉に、困惑したように少女は視線を少し上げ、余の顔を見つめてくる。今、始めて目があった。

「ほう……お主は余に出来損ないを口にしろと……?」

 余は威圧する様な低い声で言った。

「いっ……いえっ……そのような事は……」

「なら、それはお主達が好きにしろ」

 そう言い捨てるようにして、余は踵を返し部屋を出て行く。

「あっ……!えっと……ありがとうございます!」

 何かに気が付いた様に礼を言う少女に、余は黙したまま去って行く。残りはお主らで食べれば良い。

 

 

 屋敷を後にし、余が向かった先は藩領北部、さらに進んでいくと雲霧林に辿り着く事になる。現在、森林地帯の入口に差し掛かった所で、木々の密度はまだまだまばらだ。

 枯れ葉降り積もった柔らかな土の地面に、足跡を残し進んで行く。時折、ケーッケーッと鳥が鳴くのが聞こえる。進むごとに道は細まって、伸びる枝葉の無秩序さはいや増していく。幸いな事に今は霧は出ていない。雲霧林には足を踏み入れていないし、踏み入れる気も無いが、この森も時折濃い霧がかかり、立ち入った者の方向感覚を容赦無く狂わせる。

「これは本当に、あ奴には引っ越すのを勧めるべきかも知れんな……」

 余は顔を顰めながら、腕で枝を払い除け、道無き道を進んでいく。一際太い木を通り過ぎると、徐々に木の密度が低くなっていく。そして、ある場所で木々が唐突に途切れ、一面極彩色に彩られた花畑が広がる。範囲としては半径10m程だろう。

 その中心に建っているのは小さな家、暖かな丸みのある木造で、屋根はオレンジに塗られている。

「リーティアおるか?」

「ひうっ……!」

 余が無遠慮に扉を開けると、中で少年が腰を抜かした様子で座り込んでいた。肩に掛かるくらいの長さの、たおやかな金の髪は綺麗に梳かれ、顔立ちは中性的で中々に整っている。服装も小綺麗に整えられ、軽く見た所、怪我や汚れも見受けられない。

「勝手に入って来た上で、人の物をジロジロ見るなんて中々にイイ趣味をしてるね、レイライン……?」

 余に声を掛けながら奥から家主が出て来た。可憐という評価が適切であろうか、背丈は小柄でくりくりとした大きな目をしていて、ふわふわとカールした明るい赤毛の髪は、背丈ほどの長さがある。

「ほう……いい趣味か……この様な年端もいかぬ少年と、乳繰り合う趣味のあるお主には、言われたく無いなリーティア」

「ふーん、僕も昔の女の事を引き摺って、いい歳してるのに独り身のキミには、嗜好についてとやかく言われたくないな」

 バイカウントたる余に物怖じすること無くモノを言うこの者こそ、余が訪ねるつもりの2人目、リーティア。リーティアは余が知る限り唯一のバーバ・ヤガーにしてドルイド、大陸を越えた人の往来の存在した魔動機文明時代、テラスティアの遥か遠くアルフレイムより渡ってきた者の末裔らしい。

「昔の女……?生憎、彼女との時間はただ一度、あの日あの時だけ……本当に刹那の様な時間だ。それと番についてだが、随分と手の掛かる娘がここに居るのでな」

「娘って……もしかして……僕の事……?」

「他に誰が居るというのだ……?」

 リーティアとの出会いは今から10年ほど前の事、その当時余は、他の藩領への本格的な侵攻の足掛かりとすべく、ミノタウロスの集落を少数の部下と共に攻め入った。

 族長であるミノタウロスキャスターを含む十数人のミノタウロスの悉くを殺し尽くし、物資を得るための徴発を行うと、集落の中心付近に作られた粗末な牢の中で、痩せ細った少女が襤褸切れの様に力無く横たわっていた。その少女こそがリーティアで、余は気紛れに彼女を拾い上げたのだった。

「それとだが……その少年、何処から攫ってきた?」

 少年には、奴隷である事を示す焼印が刻まれていなかった。領内で取引される奴隷には、皆一様にその身分を示す空白の円の焼印が押される。所有者が決まれば、そこに所有者を示す焼印が足されるのだ。例外は、余……つまり国が所有する奴隷、彼らには焼印は押されない。

「攫って来たとは心外だね。キチンと御両親には許可を取っている」

「両親……?余計に頭が痛くなってきたな……質問を変えよう、何処から連れてきた?」

 確かに余の領地はカルゾラル高原の表層だが、それでも人族の領域からは遠く離れ、その道中も厳しい道のりになる。両親には説明してあるとの事だが、果たしてどこまで説明してあるのやら……

「そりゃあ、もちろんユーレリア地方だよ。こう見えて僕は、頼りになる薬師のお姉さんだって評判なんだよ」

「はぁ……つまり、信頼を大いに悪用した訳か……まあ、良い。それより、知りたい事がある。最近、この森で人族の往来は無かったか?」

 余は本題に入る。少年に関しては、あと数年もすれば返してやることも叶おう。

「人族……?悪いけど、僕の感知する範囲では無かったはず」

「そうか……もし、そ奴らに出会ったのなら伝えておいてくれ。今ならまだ間に合う、引き返せとな」

「分かった……」

 余の前に立つのであれば、敵対者として余は向かい合おう。余は敵対者に対して、一片の慈悲も与えることは無い。

「用は済んだ、余は帰る。それとこれはお主にだ」

「待って……」

 焼き菓子を入れた袋を机に置き、立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。

「久し振りに会いに来たのに、用はもう済んだ〜って……本当に面白みがない。少しはゆっくりしていきなよ」

「悪いが……」

「いいからっ……!」

 余の腕を掴む手に力が込もる。その声色は何処か縋るようでもある。

「分かった……」

「よろしい、その顔……どうせ、全く休めて無いんでしょ?酷いもんだよ」

 リーティアは腕を掴んでいた手を離すと、満足気な様子で言った。

「そうでも無い、最低限、睡眠は取っている」

「はぁ……つまり、まともに寝てない訳だね。お茶を淹れるから、座っててよ」

 そう言ってリーティアは、部屋の片隅に据え付けられた小さな炉に火を入れる。水が沸騰し、注ぎ口から湯気が上がると、リーティアは日から下ろしポットに茶葉が入れられる。

「どうぞ、子爵様」

 芝居がかった動作でリーティアがティーカップにお茶を注ぐ。細やかなスミレの絵付きのカップに、萌黄色の液体が注がれ、ふわりと野薔薇を思わせる爽やかな香りが、辺りに広がった。

「うむ……」

 余は頷くと、おずおずとカップに口を付ける。

「良い香り……」

「当然だよ。僕が吟味し調合した物だからね」

 さらりと苦味のある液体が口のを流れると、香りが鼻へと抜ける。それはカップから立ち上る香りがまだ開いておらぬ蕾だとすれば、艶やかに咲き誇る満開の花のようだ。張り詰めていた気が、解けていくのを感じる。

「かわりを貰おう」

「うん、分かった」

 2杯目のカップに口を付ける。口当たりは軽やかで、喉へと流れると舌の上にほんの少し余韻を残す。

「ん……む……?」

 景色が振れ、二重三重に重なって見える。緩やかに糸が切れるようにして、意識が闇に飲まれていった。

 

 

「ふぅ……良かった。ちゃんと効いた。誰よりも優しいくせに、蛮族の王として振る舞って……苦しんで……さっきも敵のはずの人間に気遣って……本当に馬鹿な人……ここには、君の手を煩わせる無能な部下も、君の命を狙う刺客も居ない……だから……今はゆっくりと休んで……」




 続きは気が向いた時に、本編投稿の合間にゆっくり進んでいくと思います。
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