勇者ヒンメルの誕生まで95年
北部平原ネーベル森林
塩漬けにした獣肉が切れた為、余は森に狩りに出ていた。余が選んだ時間は夜、月が天頂付近で輝いている。余にとって昼も夜も視界にさしたる差は無い、ならばこの森の多くの動物が寝静まる夜の方が都合が言い。
「足跡……それも随分と新しい……」
余は足跡を追うようにして森の中を進んで行く。足跡の様子からして、ここ数日の物だろう。流石に専門の猟師の様にはいかぬが、ある程度の推測は余にも出来る。そうしてしばらく進んで行くと中でふと気が付く。足音がする、それも1人や2人のものではない。余はその場で身を屈め耳を済ます。まず、やはり多い。少なくとも10人以上、それと歩調が揃っている様な気がする。やはり、もう少し近づいてみるべきか。
余は息を潜め、音が聞こえる方向へとじりじり距離を詰めていく。少し音がはっきりと聞こえるようになってきた。やはり、歩調が揃っている。ただし整然と統一されている訳ではない。恐らく軍団か何かだが、ケンタウロスの様な完全な規律で統率された様なものではなく、下等な妖魔の集団に近い。
【フローティング・アイ】を用いて偵察を行おうか考えたその時、不意に周囲が明るくなった。周囲を確認すると、村の方角でもうもうと煙が上がり、その下で森の木々の輪郭を撫でる様に炎が見える。
「これは……まずいやも知れんな……」
足音が慌ただしくなるのを感じる。恐らく先行した斥候部隊が村を強襲、それによって上がった火の手を狼煙にして、複数の部隊が突撃、包囲攻撃を仕掛けるのだろう。感情としては村にまっすぐ戻り、皆の安否を確認したい所だが、それは悪手。まずやるべきなのは、余の前方の部隊を仕留める事。敵が構築した陣の網を切り、皆が逃げる為の道を作らねば。余は地面を蹴り、矢の様に飛び出した。
「ハアァァァァ!」
余の奇襲は、完全に敵の虚を付く事ができた。余の魔剣が1人を袈裟斬りに両断する。余の動きはそれで終わらない。
「
【アシッド・クラウド】範囲を拡大し、敵全員を包み込むように周囲の空気を、酸に変化させる。
「なっ……!?う゛……」
目の前の敵全員が、その場に崩れ落ちた。死んではおらぬだろうが、無力化出来れば問題無い、そのまま1人ずつ首を掻っ切り、止めを刺していく。
「ふむ……」
周囲には死体は残らず、すべてその息の根が止まると共に、塵となって消えていった。こ奴らが魔族なのだろうか、額に角が生えた姿は、確かに余たちドレイクに似ていた。
「しかし……いや、今は思考に時間を割くべきではないな」
余は思考を振り払い、村の方角へ駆け出した。
「レイお姉ちゃん!無事だったんだ、良かったぁ」
村に着くとすぐ、ファーデンが駆け寄ってきた。幸い怪我などは見受けられない。しかし、その目には泣き腫らし跡が有った。
「ファーデンも無事の様だな。皆はどうなっている?」
「その……シュミットさんが皆を逃がす為に囮になって……う……うぅ……ねえ、レイお姉ちゃんも一緒に逃げよ?」
ファーデンは弱々しく言った。その様子はもはや懇願とすら、言っても良いかも知れない。
「いや、余は生き残っている者を助けに行く。ファーデン……お主は1人で行け。幸い余が来た方は安全の筈」
「何でっ!?パパもママも魔族にやられちゃって、更にシュミットさんまで……そしてこのままじゃレイお姉ちゃんも……ねぇお願い……私を1人にぼっちにしないで……」
ファーデンは余に縋り付き、さめざめと泣き出した。余はその場に屈み、ファーデンと目を合わせると、努めて穏やかに諭すように話し始める。
「そうだな……ならば1つ約束をしよう。余はこんな所で決して死なぬ。安心せよ、余はレイライン・パラディアン、ドレイクマーキスだ」
そして、懐から人形を取り出すとファーデンに渡す。
「御守りだ、魔法を掛けてある」
「う……うぅ……約束だよ……」
「ああ、約束だ。さあ行け!」
余の言葉に大きく肯くと、ファーデンは駆け出した。その背は徐々に小さくなり、やがて森の中へ消えてゆく。
「さて、始めるとしよう。久方振りの戦いだ……」
余は村の奥を見据え羽ばたいた。一瞬にして高度が上がり、眼下に村が広がる。村の方方で火の手が上がっているのが見て取れる。外周付近に火の手が多いが、そこに規則性は無い。
「なるほど、素人だな」
もし、余が前線に出て指揮を取るのなら、外周から徐々に火を付け、内へ内へと住人達を追い込んで行くだろう。やはり、統率に欠いている。しかし、だからこそ厄介だ。頭を潰したとしても、体が止まらない。
「やはり、全滅させる他ないか……」
しかし、範囲魔法をばら撒くという訳にはいかぬ、生き残りを巻き込んでしまう。地道に1体ずつ片付けるしかない。思考しながら俯瞰して見ていると、魔族と少年達が対峙しているのが見える。余は流星の様に少年達へ向かって飛びだした。
「ふっ!」
少年に対して振り下ろされた魔族の腕を、その途中で余の魔剣が切り飛ばす。くるくると宙を舞った腕は、空中で塵と化して消えた。
「良く持たせた……ここからは余がやる。お主等は逃げよ!」
少年達を見れば皆は一様に武器を持ち、そして全身所々に切り傷を負っている。恐らく今まで魔族と戦っておったのだろう。
「何言ってんだレイ姉、俺達も戦う!」
「愚か者!お主等は足手まといだと言っておるのだ!」
少年達に叫ぶ余に、魔族の得物が振り下ろされる。余はそれを紙一重で見切り、魔族の頭に魔剣を叩き付ける。しかし、その後ろにまだ次が控えている。その数12。
「はよう、行け!」
「分かった、死ぬなよレイ姉」
少年達を背に、余は魔族達を見据える。元よりここを死地とするつもりも無し、約束は守るつもりだ。
「『結晶を作る魔法』」
魔族の右手周辺の空間から、結晶が伸び迫ってくる。余は身を下げて回避し、間合いを詰め横薙ぎに一閃、その胴を切り裂く。直ぐ様、次の魔族が手刀による突き、すれ違うように回避し、その首を刎ねる。間合いを詰められ焦ったのか、不安定な足取りで距離を取ろうとする魔族の、胴を貫く。
「『根を伸ばす魔法』」
槍のように伸びる根を切り落とし逆袈裟、直ぐ隣の魔族を刃を返し袈裟斬りに斬り伏せる。
「何だ!?こいつは!」
仲間を殺られ、恐怖し逃げようとする無防備な背を無慈悲に貫き、さらに前進する。
「『雷を操』っ……」
腕を切り落とし、詠唱を妨害そのまま胴を切り裂く。
「
【ファイアボール】余が放った火球は、着弾とともに炸裂し、魔族3体を吹き飛ばす。残り2体、一目散に逃げ出した。
「
【ドロー・アウト】2人を狙い、生命力と魔力とを吸収。動きが鈍り、よろよろとした足取りになった魔族に、追いつくと両方の首を刎ねる。
「この辺りは片付いたな……」
余の背後で家が燃え落ちた。
余は村の中央で魔族と対峙した。村々に散らばっていた魔族はすべて片付き、残るのは今まさに眼前に立つ指揮官と、その取り巻き達。指揮官は一言で言うならば、山羊頭のミノタウロス、身の丈は2mを優に超え、筋骨隆々としている。そして、取り巻きは2人、1人は羊のような巻角の少年、眠たげな目で余を見ている。もう一人は後頭部から前へ湾曲した角の女、手足が硬質の外殻で覆われ、余ほどでは無いが長身だ。
「お前……何者だ?」
「何者、か……良いだろう。余はレイライン・パラディアン、誇り高きドレイク也」
剣を構え余は名乗った。
「ドレイク?まあ良い、ならば私も名乗ろう。粉砕のアクスト推して参る……」
その瞬間、地面が爆ぜた。アクストは爆発的な速度で距離を詰め、腕を振り上げた瞬間、その手に身の丈ほどもある鉈が出現した。余は魔剣で受け止めるが、勢いを止めきれず大きく吹き飛ばされる。
「
【アイシクル・ウェポン】剣に冷気を付与し、斬りつける。しかし、アクストが手元に出現させた盾に防がれる。
「よそ見はダ〜メ」
女が空中から、打ち下ろすように雷を放ってくる。回避は不可能と判断し、余は魔法に抵抗する。
「フルゥゥゥ!!」
「がっ……!」
アクストによる追撃が来る、雷で動きが止まってしまっており、対処ができない。余は辛うじて防ぐも、空中へ吹き飛ばされる。
「『速度を変える魔法』僕を忘れてない?」
空中に磔られる様に、吹き飛ばされる動きが鈍った。アクストが距離を詰めてくる。このままでは追撃を貰ってしまう。自身に掛けられた魔法を解除し、空中で姿勢を整えるとそのまま飛行。アクスト相手に現状の余では、戦士としての能力で明確に劣っていると判断。先に取り巻きを片付ける方針に切り替え、まずは少年との距離を詰め一閃。少年は上半身と下半身を分かたれて、塵と化す。
「『雷を放つ魔法』」
「くぅっ……!」
女が放つ魔法を背に受ける。翼がやられ羽ばたけない、ふらふらと高度が下がっていく。
「
【ライトニング】余はどうにか空中で姿勢を安定させ、狙いを定めて意趣返しに雷を放つ。雷に貫かれ、消えていった。
「ぐっ……フーッ……フー……」
余は無様な動作で、どうにか着地する。全身が痛いが、それでもアクストを見据えて立つ。血が高ぶるのを感じる。
「降伏しろ。そして魔王様に仕えると誓え、お前も命は惜しいだろう。魔法を使う時だけ、魔力が外に放出され、魔力が決して外に漏れ出ない操作技術、殺すのは惜しい」
アクルスは刑の執行官の様に、降伏を勧告してくる。余に膝を屈しろと……
「……く……」
「……?」
「く……くく……ふふふはははははは!命が惜しい?そんな訳が無かろう。余は他者に膝を屈し、生きるくらいなら喜んで戦いの中で死んでやる!それに、これ程まで楽しい戦いは久しく無かった」
結局、人に交わって生きようとも、余はバルバロス。余の魂はどうしようもなく戦いを求めている。
「余の……ドレイクの力、とくと目にするが良い!」
余は竜の姿となり飛翔する。
「竜だと!?しかし……竜程度が私に勝てるとでも?」
アクロスも飛行し余を追ってくる。しかし、自在に出現する武器といい、飛行魔法といい、あのなりと戦い方で随分と高度な魔法を使う。
「フオォォォォォ゙!!」
余は光の吐息をアクロスへと放つ、アクロスはやはり盾を出現させそれを防ぐ。その瞬間、余は反転一気に距離を詰め、両翼で攻撃。余の翼は業物さながらの切れ味を持つ。防がれはしたが、その衝撃でアクロスは墜落していった。
「うおぉぉぉ……!」
墜落したアクロスだが、すぐに立ち上がり爆発的な力で跳躍、飛行魔法と合わせて余に迫る。そして出現させたのは馬上槍、跳躍の勢いを乗せ突き出されるそれを、余は翼で反らす。
「はぁ!」
身を翻し爪を振り下ろす。しかし、これも盾へと変化した得物に防がれた。
「無駄だ……先程は一本取られたが、もう効かない。降伏しろ」
「もう既に答えは聞いたであろう?山羊の方が余程賢いな」
此度出現したのはグレイブ、円軌道で振るわれるそれを余は避け、距離を取る。
「
【ポイズン・クラウド】周囲一帯に作用するこの魔法ならば、盾では防げない。アクロスの動きが確かに鈍ったのが見て取れる。
「舐めるなぁぁ!!私はこの程度の魔法効か……がっ……」
アクロスが振り抜いた斧を余は腕で受け止め、翼での攻撃を叩き込む。アクロスは完全に体勢を崩し、錐揉しながら墜落する。今度ばかりは受け身を取ることも叶わず、地面に崩れ落ちた。しかし……
「ほう……まだ立ち上がるのか。やはり良い戦士……はっ……?」
一瞬奴の行動が理解出来なかった。よろよろと、しかし確かに立ち上がったアクロスは、余に向かってくるのでは無く、脚を引きずり逃走しだしたのだ。余が見逃すので無い限り、逃げる事など不可能であるのにも関わらず。
「はぁ……恥だな。戦士を気取っておいてそのざまか、不愉快だ」
余は無防備な背に爪を突き立てる。小さくうめき声を上げ、アクロスは塵と化して崩れ落ちた。
「終わったか……まあ良い。
【テレオペレート・ドール】ファーデンに渡した人形へ意識を飛ばす。周囲を確認してみると、どうやらもう少しで街に着くようだ。
「ファーデン」
「えっ!レイお姉ちゃん?何処にいるの!?」
余の声に、ファーデンはきょろきょろと首を振る。
「ここだ……お主の手元だ」
「えっ?あみぐるみが喋って……」
「気付いたようだな。安心せよ、余は無事だ。しかし、直接会うことはもう無いだろう。故に別れを言いに来た」
「えっ……レイお姉ちゃん何言って……?」
努めて穏やかに言葉を続ける。
「良いか、余の見た目、村以外では受け入れられぬだろう。故に余は人の世を離れる」
「嫌だよ、そんなの……」
ファーデンの声が震える。
「会うことは出来ずとも、余は何時も見守っている。だから前を向いて生きよファーデン。お主の歩む道に幸多からんことを」
余は接続を切った。
結局、大人達は1人も見つけられなかった、逃がれる事ができたのか、瓦礫と炎の下に沈んでしまったのか、余の手のひらからは、ただこぼれ落ちてゆくばかりだ。