勇者ヒンメルの誕生から15年後
中央諸国 ターク地方
「君は一体、何者なんだ?」
「はぁ……何者か?……逆に問おう、どう答えればお主は満足する?」
余が世界を巡る様になってから100年程、何度同じ質問をされた事か。唯、何時も聞いてくるのは魔族で、人間に問われるのは始めてだ。
「私には君が人類にとって敵ではない。いや、むしろ味方してくれる事が分かる。しかし、だからこそ君が何者なのか教えて欲しい」
余は普段、人間に近付く時は魔法で姿を変えている為、人づてに広がる伝聞から、余が人間の味方だと知るのは不可能。そして、目の前の男と余は初対面。何故、余が人類に味方していると言い切れる?
「ほう……余も知りたい事が出来た。剣を抜け、戦士同士なら言葉を交わすより、そちらの方が多くの事が伝わる」
「わかった。その挑戦、受けて立とう」
「意外だな……人間は余りこういったやり方は好まない」
余は思ったままを口にした。実際、誇り高き戦士であっても、人間は好き好んで命のやり取りをしない。
「私もこういった事は好まぬさ。しかし、嫌だと言っても君は納得しないだろう?」
「ふふ……随分と余を見透かしてくれる。では、参るとしよう。余はレイライン・パラディアン、超越者にしてドレイク・マーキス!」
剣を構え名乗りを上げると、男もそれに応じる。
「私は南の勇者だ」
さらりと2本の剣を男は抜き払い、腕を垂れ下げるようにして剣を構える。極めて自然体、素人目には隙だらけにしか見えぬだろう。しかしその実、全く隙がない。迂闊に斬り込めば、逆に切り伏せられる事になるだろう。時が止まってしまったかのように、お互いに睨み合ったまま動けない。
「君から仕掛けてこないのなら、私から行かせてもらう!」
沈黙を打ち破り、南の勇者が動く。一足で間合いを詰め、左手の剣が振るわれる。受け止めるのは悪手、紙一重での回避も又、危険だと判断し、余は大きく後退して剣を躱す。剣が頬を掠める。もし、紙一重での回避を選んでいれば、既に勝負がついていた。
「はぁっ!」
余は即座に反撃、南の勇者は剣を十字に交差し防ぐ。恐ろしく反応が早い。
「ふっ!」
南の勇者は、弾みを付けるように余の剣を押し返し、即座に両手で剣を振るう。余もそれに応じるように攻撃、互いの剣が交差する瞬間、余の魔剣は2本の剣に絡め取られるようにして逸らされる。
「お主のその目……一体何が見えている?」
「悪いが、それは教えられない。ハァッ!」
問いは一蹴された。まあ、余自身教えてくれと言って、答えてくれるとは思っていない。繰り出された突きを距離を取って躱す。
「
【ウェポン・マスター】余は鋭く最小の動作で突きを放つ。しかしこの動作は囮、回避すればそのまま切り払う。果たしてどう動く……?
「ふっ……!」
南の勇者は左手の剣で、余の魔剣をすり落とす。余は切り払いに繋げるのを断念し、後ろへ飛び退く。南の勇者の右の剣が空を切る。
「
【ウェポン・マスター】余は大上段から剣を振るう。全力を持ってただ振り下ろすだけ、その一意に専心するこの一撃は、それ故重く、防ぐことは叶わぬ。この一撃を、南の勇者は前に踏み込んで、余と交差する様に躱すと、余の首に剣を突き付けた。
「余の負けか……ふふ……ふふふふ……ふははははっ!そうだな……余は人間と魔族、どちらに近いのかと言えば人間だろう。魂が在るべき形から歪み、肉体もそれに従って変質した人間。それが最も飲み込みやすい言い方だろう」
今思い出した、南の勇者、人類最強と謳われる噂は本当だったようだ。
「ふむ……では私の秘密、私が人類最強たるその所以を話そう。隠しておくにも、どうやら君には既に見抜かれてしまっている様だ」
「いや……当たりをつけているだけだ。見抜けてはおらぬ」
南の勇者は余に対して、終始正しく対処し続けた。何らかの方法で、行動を先読みしているのは間違いない。しかし、思考では駄目だ。余は思考した段階で既に体が動く、思考を読んだ時には既に遅い。つまり、1手先が見えている可能性が高い。
「私には未来が見えるのだ」
「それで……それは何処までだ?お主のその目は、死地を見据える者の物だ。お主には一体何処まで見えている……?」
そうだ、この者の強さ、それは死地を真っ直ぐと見据えているが故、例え未来が見えていようと、躊躇無く刃が交される間合いの先に踏み込むのは、容易いことでは無い。
「死地か……その通りだ。私は1年後集結した七崩賢によって討たれる。そして、私ではなくヒンメルという青年が、魔王を討伐するのだ」
「お主、恐怖は無いのか……?多くの人間にとって、死は怖ろしい事のはず」
「恐怖が無いと言えば嘘になる。だが、後悔はない。私は道半ばで倒れるが、私の切り開いた道に続いてくれる者がいる」
そう言う南の勇者の目には、覚悟の光が宿っていた。
「そうか。しかし……魔王を討つのは、お主か余かどちらかだと思っていたが」
「私自身、そう思う。だが確かに私は道半ばで倒れる」
「気に入らんな、余の道を選ぶのは余自身、例えそれが神の意志であろうとも、他者の意思に決められたくはない」
その余の言葉に、南の勇者は薄く笑った。
「確かにそうだ、私も全力で運命に抗い藻掻いてみよう」
その言葉は意外だった。未来視という力を持つ以上、運命論者なのだと思っていた。
「ほう……ではこれを」
「分かった、受け取ろう」
余はあみぐるみを手渡す。
「来たるべき戦いの時、確かに助力しよう」
「ふっ……何に誓って?」
「当然、余の剣と誇りにかけて」
南の勇者が手を差し出し来た手を、余も握り返す。確かこれで良かったはずだ。
勇者ヒンメルの誕生から16年
北部高原最北端
「結局、お主の言った通りか……」
周囲には瓦礫が散乱し、地面は所々抉れ、行われた戦いの激しさを物語っていた。
「まあ良い、それで何処だ?お主の亡骸は、余が確かに故郷へと連れ帰ろう」
余の声は夜闇に溶けた。