次回は、バルバロスレイジ発売後、レイラインをアップデートした後になりますので、また投稿が遅くなりそうです。
勇者ヒンメルの誕生から17年
中央諸国 リーゲル峡谷
「おいっ!あんた、走れ!早く!」
前方から走ってきた男が、余に呼び掛けてきた。胴、臑、腕等を板金で補強した革鎧を身に着け、長剣を手にしている。
「ほう……」
三者共、一様に息を切らし、全力で走っている理由はその後すぐ把握出来た。地に巨大な影が落ち、突風が余の髪を揺らす。
「ドラゴンか」
体長は15mを優に超え、全身を覆う赤い鱗は艷やかな金属質で、日の光を反射してキラキラと輝いている。体格で言えば余を超え、グレータードラゴン並み。
「しかし……力は……
【ディメンジョン・ソード】空間とともにドラゴンの翼を切り裂く。根元から翼を失ったドラゴンは、糸が切れたかのように墜落する。
「どうした?これで終わりという訳ではなかろう?」
砂煙が晴れると、余を真っ直ぐに見据えるドラゴンが姿を現す。翼をもがれ、墜落の衝撃で負傷し、それでも地面を踏み締めて立っている。
「グルルゥゥァ!」
「
【ディメンジョン・ソード】低い唸り声を挙げ突進してくるドラゴンを、余は正面から迎え撃つ。空を切り裂く不可視の刃が、ドラゴンを頭部から真っ二つに両断する。
「ふむ……弱いな……」
艷やかな鱗に立派な体躯は、見掛け倒しでしか無かった。流石に身体能力の方はそこまで低くは無いが、一切魔法を扱えぬのでは、ドラゴンではなくワイバーンだ。
「……紅鏡竜を一瞬で……?アンタっ!スゲーな!」
何時の間にか、駆け寄ってきていた軽戦士が、余の肩を叩きながら言った。随分と距離感が近い、初対面のはずなのだが。距離感に対する戸惑い、ぼうとしていると、魔法使いの内、男の方が戦士の脇腹を小突く。
「おい……!失礼だぞ」
「ん?ああ、すまなかった。アンタがあまりにも凄くて、つい興奮してしまったんだ」
「僕の仲間が本当に申し訳ない。悪気がある訳じゃないんだ、どうか許して欲しい」
魔法使いは、腕で戦士の後頭部を掴み頭を下げさせると、自身も頭を下げた。
「いや、頭を下げずとも良い。少し距離感に戸惑っただけだ」
「おっ!アンタいい奴だな。俺はゲベール、それでこっちの魔法使いがシュテルン」
「はぁ……まったく、お前は……」
快活な笑みを浮かべ、戦士が名乗る。一方でその隣の魔法使いは、なんとも気まずそうな表情をしていた。
「くくっ……仲が良いな。それと……お主はいつまでそこに隠れている?」
「ひうっ……!」
魔法使いの女が小さく悲鳴を上げる。まあ隠れている、と言うよりは小さく身を屈めていただけであったが。
「何、安心せよ、取って喰ったりはせん」
ゆらりと余は女の方へ向き直る。
「ご……ごめんなさいっー!!」
化け物でも見たかのような慌てようで、女は走り出してしまった。よもや変装を見抜かれた?しかし、余の【イリュージョン】による変装を見抜けるのであれば、このトカゲ……こ奴らの言葉からすると紅鏡竜というらしい。など相手にならぬ筈。
「あっ……!?待て、ワイスどこに!?」
ゲベールが駆け出し、その後にシュテルンが続く。あの様子を考えるに、余は追わぬ方が良いだろう。しかし……またあのトカゲに出くわす事があれば、こ奴らだけでは対処出来ない。
「
【フローティング・アイ】魔法の目に、あ奴らを追わせる。
切り立った崖際の道をしばらく行くと、腰程の高さの低木付近に3人が見えた。どうやら2人は追い付くことが出来たらしい。魔法の目をもう少し近付ける。
2人がワイスを落ち着かせているのだと思ったが、この様子はどうやら違うらしい。口を動かしているのは2人ではなくワイスで、その様子も随分と落ち着いている。
しばらく様子を伺っていると、不意にゲベールが身を乗り出した。どうやら何かを訴えているらしい。
「ふむ……」
余は目を開いた。よく考えれば、こういった真似は下等な手段だし、礼を欠く。ワイスは落ち着いた様に見受けられたし、余も彼らに合流しても良いだろう。軽くこめかみを押さえ、視界を確認すると、余は歩き出す。
「確か……ワイスであったか?随分と落ち着いた様で安心した。そして、余も名乗られば非礼だが……生憎、事情があって本当の名前は名乗れぬ。許して欲しい」
余は3人に真っ直ぐと向き合い、深々と頭を下げる。
「そんなっ!助けて頂いたのは僕らだ、頭を上げてください」
「そうか……では言葉に甘えさせて頂くとする。しかし……そうだな、プラティナと呼んでくれ」
余の言葉に、しばらく3人は黙り込んでいたが、やがて最初にゲベールが口を開き、シュテルン、ワイズと続く。
「ああ、よろしくなプラティナ」
「そう言えば、僕も自分では名乗っていませんでしたね。シュテルンです、プラティナさん」
「プラティナ……さん……」
しかし……ワイスは余からは1歩引き、2人の後ろに隠れるように立っている。やはり見破られている……?
「なぁプラティナ、アンタが良ければ、次の集落までで良いから一緒に行かないか?なぁシュテルン、お前も聴きたい事があるんだろ?」
「まぁ……それはそうだが……」
ゲベールにシュテルンが歯切れ悪そうに返す。これは……3人の内、魔法使い2人には何らかの懸念を持たれている。幻覚を見破られているのでは無く、魔法探知の可能性が高そうだ。【デリュード・エンチャントメント】を掛けておくべきだったか。唯、こ奴らの様子を見るに、判別出来ているのは、何らかの魔法が掛かっている、という所までの可能性が高い。
「そうだな、余も教えて欲しい事がある。喜んで同行させてもらおう」
まあ、何かあったとしても全員無力化して、去れば問題無い。
「おっし、じゃあ行くぞ」
ゲベールを先頭にして、余たちは歩き始めた。
日が傾き始め、徐々に辺りが朱く染まって行く。現在地から最も近い集落までは、まだ随分と距離がある。余だけならともかく、こ奴らの事を考えると、適当な場所で野営の準備をするべきだろう。そして、そう考えたのはこ奴らも同様であるようだった。
「プラティナさん、僕らは野営の準備に入ろうと考えています。よろしいですね?」
「ああ……構わんよ。余もそれを考えておった所だ」
シュテルンが随分と畏まった様子で提案してきた。余の仰々しい謝罪の仕方も、大いに原因であろうが、こう畏まられるとやり辛いものがある。
「分かりました」
シュテルンは機械的に返事を返し、そそくさと余に背を向けてしまう。
「待て……その……なんだ……そう畏まられるとやりにくい。気楽に接してくれ。お主は恐らく、何処ぞの貴族か何かだと思っておるのだろうが……」
「ふっ……分かったよ。プラティナ……」
そういうシュテルンの声色はやはり硬かった。
夜闇の中、時折パチパチと音をたてながら、薪の火は暖かな橙色の光を湛えている。その傍らの小さな鍋の中では、麦の粥が沸々と音を立てていた。
「なあ、プラティナ。あんたも魔王を倒しに行くのか?」
一口粥を啜ると、ゲベールが問うてくる。
「その口振り。お主等も、という訳か」
「っ!やっぱり……今の俺達じゃあ、あんたの足下にも及ばない。けど……!俺達はあんたと肩を並べられるようになってみせる。だから……その時は俺達の仲間に加わって欲しい!」
ゲベールは身を乗り出し、熱っぽく、力強く語る。
「少し勘違いしておるな。実際の所だが、余は魔王を倒す為には動いておらぬ」
「プラティナ、それはどういう事だ?」
余は袋から引き出した肉を火に近づけ、それから言葉を続けた。
「余も多くの事を考慮したが、その結果、余のやり方では随分と悠長という結論が出た。故にだ……今現在、この一瞬を生きる人間に、そちらは任せることにした」
「それなら……あんたは何をするんだ?傍観者っていう訳じゃないだろ?」
肉を一口噛み千切り、言葉を続ける。
「現実というのは、全ての元凶である巨悪を倒して終わり等という程、都合がいいわけではない。余は魔王が倒れたその後、その先のために動いている」
「うーん……俺には良くわかんねぇや。シュテルン……お前は分かったか?」
「いや……僕は……」
ゲベールが話を振るが、シュテルンはやはり歯切れが悪い。
「分からなくとも良いさ、お主等はお主等の意思を貫けば良い」
「応!」
ゲベールは力強く頷いた。
夜も深まり草木も寝静まった頃、余はゲベール等のキャンプから抜け出した。月はその大半が欠け辺りを照らすのは星明りだけで、人の目では辺りの様子をうかがい知れぬほどに暗い。
「止まれ!」
静寂の中を切り裂くように、シュテルンの言葉が鋭く響く。
「こんな夜更けに、1人で何をうろついている?」
「ふむ……聞きたい事はそれか……?」
余は敵意は無いと、わざとらしく両手を上げて振り返る。予想通り、1人うろついていたら喰い付いてくれた。
「動くな……!」
「そう怯えずとも良い。もし余が殺る気なら、とうに殺っている」
余は薄く微笑えみ、柔らかい口調で話す。ぎりりとシュテルンが歯噛みをした。
「糞っ……!それで貴方は一体何なんだ?全身から吹き上がるその魔力量、人のものとは思えない」
「魔力量……?」
「っ……とぼけるな!魔法使いなら、魔力量で力を測れることなんて常識のはずだ!」
これは……余としても想定外だった。魔力量を測る魔法とは、精々魔法の有無を把握しているだけだと思っていた。【ディスガイズ】なら多少、誤魔化せただろうか。
「はぁ……仕方ない」
余は【イリュージョン】を解く。
「魔族っ……!」
「お主のその態度は分かるが、杖を下ろせ。先程も言ったが事を構えるつもりはない」
シュテルンは射殺さんばかりに余を睨んだまま、しかしゆっくりと杖を下ろした。
「分かった……」
「それで良い。それと……そこのお主も出て来い。余が気付かぬとでも?」
「ひうっ……!」
余が指摘すると、木の影から這い出したワイスは脚をもつれさせ、ドチャリと前のめりに倒れ込んだ。
「うぅ……」
それにしても、酷い怯えられようだ。人間に怯えられる事なぞ、至極ありふれた事とはいえ、ここまで怯えられるとなんとも居心地が悪い。
「
【ギアス】自分自身に行動に対する禁を掛ける。この者等の気休めになれば良いのだが、上手くいくだろうか。
「やはり……異様だ。魔法を解いた瞬間、身体から漏れ出る魔力が極少量になった時は、今更何を取り繕っているんだと思った。けど、それは違うんだな。お前から溢れていた魔力は、魔法の自体の物……待て……だとしたら……」
余をじっと観察していたシュテルンは、やがて自分の世界に入ってしまった。魔法使いとは往々にして学者の気があるもので、この様子では暫くは戻って来ないだろう。余は魔法を状況に対する手札と割り切っておるので、学術的な興味によって、思考に沈んでいく事は無い。
余は未だ怯え、地面にへたり込み震えるワイスを、どうにかせねばなるまい。とはいえ、恐怖に震え動けない者の対処など、余には分からない。これまで生きてきた中で、余が対峙した者は恐怖しながらも、余をまっすぐ見据える者ばかりで、動けない者は道端の石も同じ事だった。
「余が怖いか?」
余は努めて柔らかい声色で聞いた。
「はい……怖い……です。けど……それ以上に貴女が分かりません」
「分からない?」
「はい……魔族が人を助ける所は確かに見たことがあります。けど……!それはその時……信用を得るためで、近づく事が出来たなら……直ぐに人を殺します……」
ワイスは小さな声で、しかしはっきりと言葉を紡いでいく。
「けど……貴女は違う。もし、貴女が他の魔族と同じなら……ゲベールは……貴女は何ですか……!?」
「成程……」
この少女、ただ臆病なのだと思っていたが、それは間違いだった。いや、臆病なのは間違い無い。しかし、決して折れぬ芯があり、そして賢明だ。恐怖に怯え、その実、余を見据え冷静に推察している。
「っふ……」
余は腰に付けた鞘からナイフを引き抜くと、自身の髪を一房掴み切り落とす。光沢のある灰色の髪がはらりと落ちた。
余がこの世界に生まれ落ちて100年程、魔族と幾度となく対峙した結果、あ奴らは余達蛮族ではなく、魔神に近いという結論を余は出した。実際、あ奴らは死体が残らず、ただ人を欺き破滅させる為だけに言葉を弄する。つまり、切り落とした髪が消滅しない余は、魔族とは異なるのだと証明できる。とはいえ、それは相手が魔族に対して、ある程度の知識が無ければならないが。
「貴女……魔族じゃないんですか?じゃあ……一体……何?」
「何?か、それに答える言葉を余は持たぬが、余は魔族ではなく、人間の敵でもない、それで充分のはずだ」
ワイスは余の言葉を飲み込む様に黙り込んだ。暫し静寂が辺りを支配する。やがて、ゆっくりとワイスが口を開いた。
「分かりました……今は、それで納得します……」
「感謝する。そして、謝罪させて欲しい」
「謝罪……?」
ワイスはぽかんと呆気に取られた様子で視線を上げた。
「余はお主を見誤っていた。ただ震えるばかりで、何もできぬ臆病者だと思っていた。しかし、それは間違っていた。恐怖を正しく見据え、その上で行動する事ができる者はそう多く無い」
余は深々と頭を下げた。
「ふ……ふふっ……」
「何か可笑しかっただろうか?」
「えっと……その……だって貴女、出会ってから謝ってばっかり。とても誇り高そうなのに、ギャップがあって」
「ふふっ……」
ワイスに釣られ余も軽く笑う。空気も随分と和ごやんだようだ。
「驚異的だ……!こんな事は既存の魔法学からは考えられない」
先程まで、自身の思考に深く沈み込んでいたシュテルンが、恍惚とした声をあげた。
「何が驚異的なんですか?シュテルン」
「全てだよ、ワイス。1つずつ確認していこう。彼女は平常時、魔法使いではない者がそうであるように、魔力を放出していない。ここまでは分かるね?」
「シュテルン、当然です。僧侶の私にも見えますから」
シュテルンの言葉を、ワイスが肯定した。それにしても僧侶……ワイスは神聖魔法の使い手、神に仕える神官だったようだ。
「そして、魔法を使う時だけ、爆発的に魔力が放出される。確かに、漏れ出る魔力を押さえる事は出来るけど、ゼロにはならない。」
「それに、魔法を使う時は全力だなんて、魔力を誤魔化すのならしませんものね」
「その通り。つまり、彼女は抑えている訳じゃなく。その状態が自然なんだ」
シュテルンが大きく頷く。
「ふむ……」
彼等の言葉を纏めると、どうやら魔力探知で相手の力を測ることができ、余は彼等の常識では考えられないという事らしい。しかし、相手の力を測る魔法というのは実に便利だ、相手の実力を測る為に
「プラティナ、貴方の魔法を僕に教えてくれないか?」
「ほう……それは余としても、願ったり叶ったりだ。余の魔法なら、喜んで教えよう。その代わりにお主達の魔法を教えて欲しい」
「教えてくれるのか!?」
シュテルンがずいと距離を詰めてくる。
「ああ、教えようとも」
「プラティナ、ありがとう」
「礼は良い。余もお主等に学ぶのだ、お互い様というやつだろう」
シュテルンは本を鞄から引き出した。
「ふむ……こうか?」
シュテルンの説明を受け、魔法を行使する。最も基本的な魔法であるらしい、魔力探知だ。2人から、ゆらゆらと立ち昇る魔力のオーラが確認できる。ワイスの方がやや量が多いだろうか、しかし、概ね同量だと言って良いだろう。
そして、魔法知覚とは随分勝手が違いそうだ。魔法知覚は万物に宿るマナの濃淡で周囲を把握する。それに対して、魔力探知は対象の魔力(マナとはやや異なる)を直接知覚する。少なくとも、魔法知覚を用いる生物が、グラスランナーに一方的に一方的に殴り殺された、などと言う話は聞いたことが無い。
「ふぅ、まさか一発で成功させるとはね……」
シュテルンが感嘆交じりに言った。どうやら、シュテルンの方は、真語魔法の行使に手間取っているらしい。
「上手く行かぬ事を気に病んでおるのか?安心せよ、習得に大半の者は1年、才がある者でも数週間は掛かる」
「それは貴方も同様のはずだ。僕らが使う魔法だって、一夕一朝で身に付く訳じゃない」
余の言葉に、シュテルンが口を尖らせた。
「まぁ、余は色々と例外だ」
余の才は並ではない、この魔法の才が余をマーキス足らしめ、そして300年余りの時を生かし続けた。
「まぁ……そうなんだろうね」
そう言うと、シュテルンは地面に腰を落とした。修練を始めて2時間ほど通し、さすがに集中が切れてきたらしい。
「そろそろ戻りましょうか。明日も歩き詰めでしょうし」
「うん、そうしようか」
ワイスの提案にシュテルンが同意する。ここでお開きのようだ。
「ふむ……1つ忘れていた。レイライン……レイライン・パラディアン。それが余の本当の名だ。もう隠す必要もないだろう」
一瞬、虚を突かれたような顔をした2人だったが、すぐに言葉の意味を把握したようだ。
「分かった。よろしく、レイライン」
「レイラインさんよろしくお願いします」
「うむ……それと、ゲベールには黙っておいてくれ。あ奴を混乱させたくない」
余の言葉に、困ったようなものを見るような笑顔を2人は浮かべる。
「「分かったよ」ました」