勇者ヒンメルの誕生から24年
帝国領北端 城塞都市ギガント
天を突く摩天楼と軒を連ねる家々の間、整然と並ぶ整然と石畳が敷き詰められた路地を宛もなく進む。基本的に余は人間達の集落には近寄らぬ、ましてや多くの人々を抱える大規模な都市になど。しかし今、余はその大規模な都市を訪れ、人の手を借りる方法は無いかと思案し、道を行く。
しかし、余が人の手を借りようなどと考える様になるとは、100年程前には考えられなかった。
「おっ!あんた、もしかしてプラティナじゃないか?」
「ん……?」
不意に声を掛けられたが、余に対する物だと咄嗟に思い至らず、ゆっくりと振り向く。
「やっぱりそうだ。プラティナ、俺だよゲベール」
そこに立っていた金髪の青年に、余は覚えがある。今から6年前リーゲル峡谷にて出会った戦士のゲベールだ。7年という時は、まだまだどこか幼さを残していた少年を、精悍な青年へと変えていた。
しかし7年、余にとっては数日前の出来事の様にすら感じられる。余が生きてきて400年余、時の流れとは早いものだ。
「うむ、憶えている。久しいなゲベール。随分と成長したようだ」
「そう言うプラティナは、変わらないな」
「悪いが、余り再会を喜んでいる時間も無い。話したい事がある、他の者はどうしてる?」
このまま感傷に浸っているのも悪くは無いが、生憎そういう訳にもいかない。
「話……?みんなは自由行動中だから、宿に戻るのは夕方だと思う。俺だけじゃダメか?」
「そうか……出来れば全員集まってからの方が良い、何分重要な話なのでな」
ゲベールは快活とした様子で答えた。こういった所は、あの時から変わっていない。しかし、ゲベールのこの様子、そしてこれまでの街行く人々の様子、恐らく情報がまだ伝わって来ていない。
「わかった、それでプラティナはそれまでどうするんだ?」
「そうだな、余も私用を先に片付けるとする。宿を教えてくれ」
「ああ、泊まってるのは金糸雀亭って宿だ。俺は口で説明するのは苦手だし、先に案内するよ。ついてきてくれ」
そう言って歩き出すゲベールの後に、余はついて行く。
「ここだ」
ゲベール達の泊まっている金糸雀亭という宿は、なんというかごくありふれた、可も無く不可も無くといった装いの、典型的な大衆宿だった。強いて特徴を挙げるとすれば、宿の名前の通り
「ああ……把握した。手間を掛けさせたな。感謝する」
「礼なんかいいさ。じゃあまた後で」
ゲベールは手の平を、こちらに向けて肘から腕を上げ、去っていった。それを見送り、余もすぐにすぐに動き出す。使える時間は限られている。
街の大通りを周囲の建物を確認しながら進み、目当ての物を取り扱っていそうな店を探す。必要なのは相当量の純銀、そして宝石類、あればあるほど良い。宝石は
「ふむ……」
店頭に宝飾品を並べた店を見つける。店の規模は中々に大きく……いや、どのみち宝飾品の銀では大した量じゃない。何店舗も梯子してかき集めるのだ、店の規模などどうでもいい。
「おや、素敵な御婦人。どの様なアクセサリーをお探しで?うちは、ここいらで1番腕がいい職人を、雇っているんですよ」
「まず、それを」
余は硝子製のケースに収められた、ティアラを指差す。紛れもなく銀無垢、クローバーの意匠で、深い緑の翡翠が埋め込まれている。
「お目が高い、やはり美しい御婦人は、優れた審美眼をお持ちでいらっしゃる。それは材質は銀無垢、そしてオッフェン群峰で採取された最上の硬玉を用いております」
「ああ……それと…そいつに、そっちのも、あと……そいつもだ」
「おっ……お客様……!?」
「金ならある」
次々と注文し、困惑する店員を、黙らせるように乱雑に金貨をテーブルに積み上げる。歯の浮くような安っぽい世辞は嫌いだ。
「これは失敬……かしこまりました」
「うむ……」
宝飾品を受け取り、余は店を出た。予想通り1軒程度では全く量が足りない。
「まあ……こんな所だな……」
余は宝飾品を指先で弄びながら、独りごちる。
店ごとに【イリュージョン】をかけ直しながら周り。やがて日が傾き始めた頃には、充分とは言えずとも、納得できるだけの銀が集まった。余が元からストックしていた物と合わせれば、5体のシルバーゴーレムを用意できるはずだ。
約束の刻限は夕刻、もうまもなく時間のはず、余も金糸雀亭へ向かおう。
「おっ……来た来た。おーいプラティナ、こっちだ」
宿の扉を潜ると、ゲベールが呼び掛けて来た。そちらに目を向けると、シュテルンとワイスと共に同じテーブルで陶器のカップを傾けている。
「皆、久しいな」
「本当に……貴方なのか……?」
信じられないものを見たと言った様子で、シュテルンが身を乗り出す。隣のワイスも目を丸くして、言葉を失っている。
「ああ……その通りだ。しかし……余が余であると、確かな証明をするのは難しい」
この姿は幻影、夢現の如く朧気で捉えようもなく、その内にあるものが確かであるなどと証明するのは、霞を掴むようなものだ。
「おいおい、2人とも驚きすぎだろう。それとプラティナ、アンタも冗談なんか言うんだな」
ゲベールはカラカラと笑った。
「ふっ……そうだな……冗談だ」
彼等の対面の席に、余も腰を下ろす。
「それで……お話とは何なんですか?」
「そうだね……貴方がわざわざ街を訪れて、その上で助力をさえ必要としている。一体どれほどの事態が起きている?」
「話が早くて実に助かる。では……単刀直入に言おう。この街に魔族の軍勢が向かってきている。その数、おおよそ3万程」
「いっ……3万……!?]
余の言葉に、ゲベールが驚きの声を上げ、2人が言葉を失う。その様子を無視して、余は言葉を続ける。
「どうやら、魔王様自らお出ましらしい」
「ちょっと待ってくれ……魔王とその配下の魔族3万って、嘘だろ……」
ゲベールは搾り出すように言葉を吐き出す。周りの視線が、一斉にこちらに突き刺さる。皆、口々に「どういうことだ」、「嘘だろ」等と言っている。
「生憎、真実だ。そうでなければ、わざわざ助力を求めたりせぬ」
1対1ならば、負けてやる気も無いが、取り巻きも同時に相手するのは余であっても無理だ。
「なるほど……たぶん、残った戦力を掻き集めた、起死回生の一手なんだろう」
「そうだ……ざっと確認できただけでも、名の知れたのが随分と混ざっていた」
神技のレヴォルテに電閃のシュレークはまだ良いとして、血塗られし軍神リヴァーレ、あ奴は抑え込むために少々策を弄する必要がある。余が自ら相手を出来れば良いが、魔王が居る以上それは出来ない。
「それで、この街に魔族が辿り着くのはいつになる?」
「そうだな……1日程度、前後にずれる可能性はあるが、おおよそ5日といった所だろう」
シュテルンの問いに答える。
「5日!?魔族が今いる場所まで、随分と距離があるだろう。どうやって把握したんだ?」
ゲベールが聞いてくる。さて、どう答えたものか。少なくとも余が把握している範囲では、この世界において長距離転移の魔法を扱う者は存在しない。
「どうやって……か……」
「それで……貴方は僕らに何をして欲しい?戦力としての助力という訳だけでは無いのでしょう?」
返答に詰まっていると、助け船を出すようにシュテルンが問うてくる。
「ふむ……無理を承知で問うが、お主達、領主への謁見は叶うか?」
「領主への謁見?悪いけど、それは無理だ。僕らにそれが叶う地位は無い」
「そうだろうな、しかし、余よりは余程謁見の叶う目があるだろう」
その答えは想像できた。しかし少なくとも、余よりは人の方が目があるはずだ。3人共に重い表情で、押し黙ってしまう。いつの間にやら、随分と集まって来たらしい人々の間にも、何とも重苦しい空気が流れる。
「俺達では、領主様の軍勢程の戦力にはならないかも知れない……けど、俺達はだからといって魔族に負ける気なんて無い!そうだろみんな!!」
その空気を打ち破ったのは、ゲベールだった。力強く言葉を紡ぎ、周囲に集まる者達に激を飛ばす。
「っふ……そうだな。どうやら臆病風に吹かれていたようだ。魔族に怯えて逃げ出すつもりなんて無いさ」
「はい……!私もです」
「「俺達もだ!」」「「そうだ!」」「「そうだ!」」「「そうだ!」」
皆が一様に声を上げる。割れんばかりの雄叫びは、部屋の中で反響し、荒れ狂う嵐のようだ。
「ちょっと良いかな?」
そんな中で、不意に声を掛けられた。ゆるりと振り返ると、そこには青み掛かった銀髪の青年が立っている。余は咄嗟に周囲を確認する。どうやら今は1人だけらしい。
「あんた誰だ?」
「お主は……」
ゲベールは……いや、周囲の者も大半は誰だか分からない様子だったが、余はこの者を知っている。七崩賢、断頭台のアウラを撃退し、余と渡り合ってみせた……
「おっと失礼、名乗らないとね。僕はヒンメル、勇者ヒンメルだ」
今、最も魔王の喉首に近いであろう強者がそこにいた。
「ヒンメル!?あんたがアウラやベーゼを倒したっていう、あの……!」
「ふふっ、知っていてくれるなんて光栄だ」
目の前の者の正体を知った周囲が、ざわめきだす。興奮冷めやらぬ様子で、1人また1人とヒンメルに近付いていき、余達の周りにできていた輪が狭まっていく。
「勇者ヒンメル、貴公のその高名を見込んで頼みたい。七崩賢、断頭台のアウラを討ち、名声誉れ高い貴公なら、領主とも謁見が叶うはず。どうか、魔族の軍勢が迫っていると伝えて欲しい」
「分かった、やってみるよ」
余の嘆願を、ヒンメルは呆気ないほどに快く了承した。
「快諾、痛み入る。それで……報酬だが、少し失礼」
深く下げた頭を上げると、再び周囲を確認し余はヒンメルの剣に手を伸ばす。フリーレンの姿はやはり見当たらない。随分と魔力を誤魔化すのを余も上手くなったが、それは魔法の効果を削る事になってしまっている。あの、エルフの小娘には見破られかねない。
「……剣がどうかしたのか?」
「ふむ……」
やはりそうだ。余と斬り結んだ際、余の剣を正面から受け止める事を避けていたが、この剣ならば納得だ。少なくともなまくらでは無く、むしろ優れた職人の作ではある。しかし、それだけだ……余の剣と打ち合うことは愚か、第9世代を数える数打ちの魔剣ですら無い。
「貴公、余にこの剣、預けてはくれぬか?」
「それは、なんでだい?」
「そうだな……この剣、有り触れたものだ。率直に言わせてもらえば、魔王相手には役者不足だろう。故に、余が魔法を付与しよう」
余の言葉に、ヒンメルは考え込み始める。ありふれた剣とはいえ、長く共に戦場にあったのだろう。ほんの少しの逡巡、やがてヒンメルは口を開いた。
「分かった。貴方に預けるよ」
「感謝する。余のけ……いや、誇りに掛けてこの刃、魔王に届くようにしてみせよう」
仰々しく両手で拝借し、余はその場を後にした。