学院での生活を通して親友と呼べるような唯一の存在であった僕の友、ファルゼイが僕の家に守衛を押しのけながらやってきたのは、今からもう八年も前になる秋雨の日であった。
彼は濡れた防水外套を慌てる女中に渡し、再会の挨拶も早々に頼みたいことがあると言ってきた。もちろん是非もなかったが、僕は落ち着く暇が無いのはわかるがせめて茶の一杯でもと誘った。彼は懐中時計を確認し、そう長くはいられないがと応接間に向かってくれた。
少し落ち着いた後に、彼は持っていた鞄を僕に差し出した。
そして、もし帰ってくることがなければ中身は任せるとも言った。
その口ぶりと、昨今の世界情勢を結びつけるのはそう難しいことではなかった。彼は学院時代に東方学を学ぶ傍ら、将校育成過程を並行して修めていた。実際、その時の彼の服は襟章こそ外されていたが軍装であった。
彼はそう言い終えると、重荷を下ろしたかのようにあの頃の人懐っこい雰囲気と笑顔を取り戻し、学生時代のと変わらない調子で僕と他愛もない会話を交わした。その内容を、僕は今でも覚えている。
僕が書いていた小説の事に話が及んだ時、彼は冗談交じりに、ならこの鞄の中は僕がどうこうするよりも、君に本にでもしてもらうか、と笑った。
不運を呼ぶような言葉を使うな、と窘める僕をよそに、彼は時間だと立ち上がった。それが彼と会った最後であった。
その後に起こったことは、まだ読者の記憶の中にあるだろう。あの惨禍が終りを迎え、多くの人が故国に戻り、ようやく世間が落ち着きを取り戻した時に、僕はその鞄を開けた。中にあったのは、大量の紙挟みと一冊の手帳であった。
手帳には事細かに、彼がしてきた旅について書かれていた。紙挟みの中にはその旅を支える様々な資料があった。地図、写真、文書の写し、電報などを継ぎ合わせることで、彼の旅をまるで手に取るように読むことができた。
手帳を見るに、彼はおそらくこれらの内容を何らかの本としてまとめようとして、しかし時間の無さがそれを阻んだのであると察しが付いた。面白いことに、彼はそれを小説仕立てにするつもりだったようだ。
それからしばらく、僕は彼の記録を整理するのと並行して、この内容を本として出版するに足る会社を探した。しかしあの当時の物資不足で廃業した会社も多く、僕の理想を叶えてくれるような場所はなかった。
しかし幸運にも、僕はウェイリアー・ジェーユ氏とウェイリアー・クライフ女史と会うことができた。彼らは倒産した亡き父の会社を新しくすることを望んでおり、その技術はまさに求めていた水準にあった。結果として、二人の出版社の最初の本としてこの書を読者に届けることができた。
この物語に僕の想像や脚色が含まれていないとは言わない。しかし、起こった出来事は彼の残したものに従ったし、彼の心情は細かく残っていた記録をもとにしている。少なくとも、彼がかつて褒めてくれた僕の作品より出来はいいという自負はある。
改めて、以下の人物にお礼を申し上げたい。
まず、地理および地図について元陸軍測量局職員であるカーハ氏に、東方語を中心として発音や語彙についてメソヴェイユ大学東方言語学研究室のラティラ教授に多くの助言を頂いた。もし彼らの協力がなければ、彼の記録の裏にあった思考を読み取ることはできなかったであろう。
陸軍特別情報委員会のヴァドキンス中将には軍についての描写において精査を頂いた。また、彼は多くの内部資料の閲覧を許可してくれただけではなく、戦史編纂係のガストル氏も紹介していただいた。ガストル氏は近代戦のみならず古代の戦術についても詳しく、大きな助けとなった。
東方の描写については東方学協会のバーント博士、およびメスヴィル大学東方学研究所所長であるナクニール男爵に確認を頂いた。彼の旅を精査する中で、まだ西方では知られていなかったことがいくつか明らかとなったことは互いに喜ばしいものであった。
竜の生態はファロックスデイル自然博物館附属図書館のマルバット女史とスタビントン帝立動物園爬虫類担当のギャトン氏に監修をして頂いた。二人とも実際に竜を見たことのある得難い人物であり、ファルゼイの旅の価値を改めて保証していただいた。
アルシャス王立研究財団上席研究員のギーアメイト氏には化学分野について、シンタープル文書館のミーカー女史、マディヨン芸術基金のウェイリアー氏には美術分野について確認を頂いた。これらの分野はファルゼイも僕も専門というわけではなかったため、いくらかの誤解しやすい分野について確認を頂く事ができなければ本書には少なくない致命的な誤りが含まれてしまっただろう。
ホンツブルフ飛行工学社の技士であるパッサイア氏には貴重な青写真の閲覧を許可して頂いた。また、技術分野についてはカズルズ火器社のスタビントン特別顧問からも訂正を頂いた。彼らの専門性は、この物語の中心である戦いについての描写を確実なものとしてくれた。
全体を通した歴史的確認は国際平和研究所のアルナベル氏に依るところが大きい。彼の多面的な分析力が、次の惨事を止めることを願うものである。
エイストン家の皆様には彼と彼の叔母の人となりを多く伺った。僕の知らない彼の一面を知ることは、悲しみを埋める助けとなったことをここに記しておく。
また装丁の監修をしてくださったラギット氏は、この本を見事なものとする重要な手助けをしてくれた。ジェーユ・クライフ兄妹出版社の下に集まってくれた多くの職人や従業員も、この本のために素晴らしい仕事をしてくれた。
上記のように、本書には多くの人が関わった。とはいえ、もし本書に問題があったならばその責は全て僕にある。あらゆる批評と議論、訂正は望ましいものであり、その全てを受け入れるつもりである。
──リスペイン・バードゥロ、サブレンク女伯爵
訳者より
地理区分、爵位、階級などには多分に意訳を含んでいます。