竜と戦った九人   作:小沼高希

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イス=サークァーンの尖塔 三

「……お久しぶりです」

 

「……また来たのか」

 

拘置所から出されたファルゼイを見て、憲兵隊長は頭を抱えた。なおファルゼイの記録によれば以前とは別の部屋であり、寝るほどの時間はなかったという。

 

「あのな、ファルゼイさん。街中で明らかに異人らしい人が大きな紙に地図を書きながらうろうろとしていたらどう思う?」

 

「……歴史学者の可能性がありますね」

 

「普通は間諜だと思うのだ!」

 

ファルゼイから僕に渡された鞄の中には図面用紙に描かれたイス=サークァーンの地図もあった。歩数で測ったとしてはかなり正確なものだろう。

 

「……あと、こんな通りはあったか?」

 

「ありましたよ」

 

「……下手な地図より正確だな。青写真を作ってもいいか?」

 

「構いませんけど……」

 

そういう話は、おそらくあったのだろう。ある東方学者が私に伝えてきたところによると、近年のイス=サークァーン再開発都市計画のもとになった地図の一つにファルゼイの署名があったという。もともと憲兵が使っていた地図の原本だというから、時代的にファルゼイが作ったものと考えてもおかしくない。

 

ただ、これは当時イス=サークァーンの街の精密な地図が軍機扱いされていたため、それを回避するためのものだったと考えるのが妥当だ。このあたりはナクゥド国の軍内部における微妙な衝突の問題もあったようである。

 

「……それで、なぜ地図を作っていた?」

 

「この街の人に尖塔の根拠を聞いた所、この街そのものだと言うので実際に歩いてみたんですよ」

 

そう言いながら、ファルゼイは机の上の地図に指を走らせた。

 

「東西南北に揃った正方形の城壁を持っていて、中心には大通りがある。かなり計画された街なのでしょう」

 

「おう」

 

「この街は周囲に比べると、高台のような場所にある。……文字通りに、街自体が塔だったのですか」

 

「……そうだが?」

 

「これ、外部から来た人には気がつきようがないですよ……」

 

親からそのような話をされ、街を歩いて育ち、そしてたまに外から出てその片鱗を見続ければ、この街がそのような巨大な構造物の遺構であると思うのは当然となるだろう。ただ、それはそういう前提があってのものだ。何も知らない旅人がそれに気がつくことは難しい。それほどまでに巨大な構造なのだ。

 

「ですけどね、問題があるんです」

 

「何だ、ファルゼイ先生」

 

「故国のドゥールに伝わる伝承では尖塔……ナクゥド語なら尖塔(ガウザ)、ですかね。そういう言葉が良く使われたんです」

 

「まあ、こっちでも尖塔(ガウザ)と言わなくもないな」

 

ナクゥド語の辞典を引くと、尖塔(ガウザ)という言葉は灯台や、新しいところだと電波塔のようなかなり細く高い建物に使われるような語として説明されている。少なくとも、平らな要塞都市を意味するような言葉ではない。

 

「……そんなに尖っていたのでしょうか?」

 

もしこの街全体が塔の土台なのであれば、その形は四角錐となっただろう。ファルゼイは手で撫でるようにその塔が存在していたのであれば占めたであろう部分の輪郭を撫でた。

 

「これだけの量の煉瓦は、たとえ中空であったとしても途方もない量です。川辺から粘土を取ったとしても、相当な跡が残るでしょう」

 

「ああ、だからそれを実現した先人たちを」

 

そう続けようとする憲兵隊長を、ファルゼイは止めた。

 

「……それが無理だ、とは言いません。この土台だけでも、知られる限り最大級の建築となるでしょう。しかしその上に塔があって、それを二千年前に築けたのであれば、歴史をどう捉えるべきかということすら大きく変わってしまうほどなのですよ」

 

少なくとも、現代にその技術は伝わっていない。水圧で動く起重機を用いて鋼鉄と硝子の大空間を作り上げる技術が生まれたのはここ数十年に過ぎない。人力で、竜に脅かされながら作ったのであったとすれば、それは建築史にとってより重要なものとなる。

 

もちろん、竜との戦いであったり、伝説にある塔の崩壊の過程でそのような知識が失われた可能性はある。ただ、普通に考えれば技術的にはあり得べからざるものなのだ。

 

「……実際には、そんな塔は無かったと?」

 

「そこまでは言いません。伝承がある以上、何がかあったと考えるのは妥当でしょう。」

 

ファルゼイは地図を見た。縦横に走る道路の間隔は等しいため、街全体という大きな正方形の中に小さな正方形が整列したような形となる。もちろん一部ではそれが崩れていたり、より大きな建物のために道が塞がっている部分もあるが、全体としてはかなり整理された街だった。

 

「この街は、本当に二千年前からあるのですか?」

 

「……そう伝えられてはいるな」

 

歴史を辿る際には王朝誌が用いられることがある。何年にどの王が即位し、どのようなことを行ったかという記録だ。これを現代まで繋げていくことによって、かなり正確に過去にあった事象の年代を特定できる。

 

ジザンの王はナクゥド国に複数ある王朝誌の原本のいくつかで最初の王として見られる名前であり、それ以降の王の順序も概ね史料による差はない。これらの史料の照合は古くから行われていたが、そのことはあまり西方には知られていない。

 

王朝誌の編纂は比較的早期に行われたとの記録もあり、ある程度は信用できるものだ。少なくとも、現在の東方学分野ではジザンの王の存在はほぼ間違いないとみなされている。

 

「……そう、ですよね。それを否定する根拠はない」

 

イス=サークァーンの街には、図書館もあった。ファルゼイはそこを幾度か訪れて、現代ナクゥド語に翻訳された粘土板の文章を見たことが手帳に書かれている。

 

「でも、あの老人が話したような物語は文字としては残っていなかった。何らかの禁忌があったのか、あるいは近年に作られた物語か……」

 

「おい先生、どうした?熱にでもやられたか?涼しい所に行って水でも……」

 

「ちゃんと見ておかないと。竜を討つために街が作られたのだとしたら、それを示す物があるはずだ」

 

そう言って、ファルゼイは地図の一点を指した。

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