イス=サークァーンを毎日のようにうろつき、酒場で聞き込みをし、市場を訪れて質問を重ね、生活をしていれば、そう長い時間もかからずにファルゼイは有名人とまでは言わないまでも知る人は知るような存在となった。
商人でも技術者でも軍人でもない──実際は軍人ではあったが──奇妙な人物として、あるいは「
注目したのは粘土の質だ。採取場所による微妙な差が、煉瓦の小さな風合いを決定している。最初のうちはファルゼイはそれを色として認識していたが、すぐにより細かい分析基準を構築できるようになった。それと並行して、ファルゼイは都市の四隅を調べていた。
もし尖塔があったのだとすれば、それは比較的小さい底面積を保つ必要がある。都市設計からしてそれは見張り台のような目的を持って作られたものであり、対称性を考えると中央か四隅にあるべきだ、と。
ファルゼイの調査は、なかなかに面白い形で実を結んだ。まず一つ、煉瓦の質は概ね同心円──厳密には同心
また、煉瓦はしばしば土台から近隣の建物へと再利用されていることも彼は記録している。そのせいで多少は年代の推定が難しくなるが、建設時期のわかっている建造物と組み合わせることでその問題は相殺できた。むしろそれをもとに拡大時期を割り出した区域もある。
そして、都市の隅付近の煉瓦は土台のものとは異なり、中央部に近い区域の煉瓦と良く似たものだった。すなわち、かつてできた塔が崩され、今の都市の四隅に当たる部分の建設に使われたのだ、というのがファルゼイの結論だ。
後に東方学協会で発表され、ファルゼイの名を狭い業界ではあるが有名にした研究はこうやって文章で書けば単純に見えるが、実際はかなり詳細な分析のもとに行われた。
例えば、ファルゼイは旅の出資者であるヴァドキンス氏に焼成品分析に関する資料と顕微鏡を送るように電信で頼んでいる。これについてはさすがのヴァドキンス氏も小言をまとめた手紙をつけている。とはいえ注文の品物をきちんと送っているあたりは律儀ではあるが。
手紙の内容は表面的に見れば研究にあまり熱中しないようにとファルゼイの様子を気遣うものだが、当時大佐として大陸各地の地相や情勢の調査をまとめていたようなヴァドキンス氏の背景を考えれば、別の読み方もできる。
本業に戻れ、と。君の調査はあくまで偽装のためであるとして許可はするが、一通り終わったら次の場所に行け、と。これについて、ファルゼイがどのように受け取ったかは記録からはあまり読み取れない。
手紙にはナクゥド国のさらに東、リーバイ国にでも寄って土産を買ってきてくれと書かれている。当時の情勢を踏まえると、これは面白い言葉だ。
大陸を東西に結ぶ鉄道は主にヴォール国の出資によって作られたが、その過程で線路の末端であるヴォール国はもう一端のリーバイ国と表向きは良い関係にあった。これはナクゥド国の利権を共有しよう、という意味での良い関係である。ただ、それでもヴァドキンス氏は生の情報をさらに求めたようだ。敵であれ味方であれ、知っておいて損はないという判断だと思われる。
当時のファルゼイが泊まっていたのは、隊商用の比較的安価な宿であった。東西の諸語を操れる彼は時々通訳のようなことをして同じ屋根の下で眠ることになる人々を手伝いながら、各地の情報を集めていたらしい。
その中で、かなりの記録がまとまっていた。僕がファルゼイの実家であるエイストン家を訪れた時、小包としてドゥール国に送られた多くの書き置きが手つかずのまま残されていた。これは今日、東方学協会の資料室とジェーユ・クライフ兄妹出版社の倉庫に保管されている。
「……あと、もう少しなんだが」
おそらく、彼は毎日のように現状を整理して呟いていただろう。彼はそれなり以上に生活を切り詰め、現地での労働でも日銭を得ていたが、十分に活動できるほどの資金があったわけではないらしい。手帳に支出や収入の記録がそこまでない所からして、あまり細かく計算をしなかったことがその原因かもしれないが。
ちなみにまだ当時ナクゥド国には大規模な製紙もなかったために、西方のものより安い東方のリーバイ国の紙を買って使っていた。ヴォール国のものとは微妙に紙質が違い、書いている時に引っかからない東方紙について彼は高く評価している。
彼の調査は、尖塔の存在について示唆しただけで終わっている。都市の中心部からある程度離れた場所に塔が建てられ、時間をかけてその塔まで都市が拡大していったのだろう、と。
この研究は、今ナクゥド国の研究者によって引き継がれ、少なくない予算も投じられて着実に進められているようだ。しかし、当時の彼はその手を止めるしか無かった。
荷物をまとめて次の場所に向かおうとするファルゼイの噂は、かなりすぐに流れたらしい。ファルゼイも別れを告げるべき人が少なくなかったのもあって、手帳には横線が引かれ、隣に日付が書かれて並んだ名前がある。
「おいファルゼイの旦那、もう出ていっちまうのかい?」
すっかり馴染みとなった酒場で、彼は労働者たちに囲まれて色々と言われたようだ。中にはファルゼイの次の目的地であるリーバイ国に出稼ぎに行ったことのある人もおり、彼は事前情報をそこから仕入れていた。
「しかし、少し残念だ。旦那の研究っていうのは、思ったより塔は小さかったってものだろう?」
「四つもあったんだ、思ったより多かったと言いな」
「こりゃあすまねぇ!」
あまり語らない性格のファルゼイのことだ、こういうふうにされていたと考えるのは容易である。実際はもう少し、学院時代から人付き合いが上手になっていたかもしれないが。
「……でもそうか、本当に竜を追っ払うための街だったんだな」
男の一人が、そう言ったと記録にはあった。以降の会話の書きつけは、おそらく当時のナクゥド国の市民感情を知る上で小さくない示唆を与えてくれるものだと僕は考えている。