竜と戦った九人   作:小沼高希

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パルガン・ザンの大弓
パルガン・ザンの大弓 一


ザンダヌの街は、ファルゼイの記す所によれば鉄道の始点であるヴォール国のカンディルにも劣らない規模と活気の地であった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

並ぶ屋台、飛び交う声、色とりどりの帆を張る船。ファルゼイは列車から降りてこの街に踏み出すと、まずは宿にも行かず図書館に向かった。

 

これはまあファルゼイの性格からしても仕方がないことだろう。リーバイ国でも指折りの蔵書数を誇るザンダヌ文殿──直訳すれば「本の宮殿」──は、ファルゼイにとって素晴らしい場所だった。

 

どれぐらい素晴らしいかというと、閉館時間になって職員に出るように言われてからやっと宿を探し出したというほどであった。もちろんそんな暗い外、慣れない土地において信頼できる宿を探すことは難しい。

 

「……はあ」

 

というような話をヴォール公使館で宿直をしていた職員の女性にしたというのだ。おそらく彼に向けられた視線はそうとう冷たかったものであろう。

 

「申し訳ありません」

 

「仮眠室であれば貸し出しますが、次はないですからね」

 

「はい」

 

「……ファルゼイ・エイストン。おや、この部隊ということはヴァドキンス中佐をご存知で?」

 

「彼は今は大佐ですよ」

 

「なんと」

 

共通の知人の話で、二人はかなり盛り上がったらしい。この宿直をしていた職員はヴォール国の悪くない家の出身らしく、社交界でヴァドキンス中佐を知っていたそうだ。ヴォール国の貴族界というのは案外狭いものなのである。

 

「あれ、ところであなたの家名のエイストンというのも聞き覚えが」

 

「祖父がダーセバラ男爵でして」

 

「ああ、外務卿でしたね」

 

「ええ。まあ祖父がそうだとしてもこちらは爵位も何も無い、一介の青年に過ぎませんよ」

 

「いえいえ、そういう血でしたら色々とお手伝いはいたしますよ。ザンダヌへは何を?」

 

「……観光ですよ」

 

「なるほど。ヴァドキンス大佐からの()()で?」

 

「彼には今回、()()()にではありますがお世話になっています」

 

「なるほど、なら私の夫と少し話をするのもいいでしょう」

 

「……よろしいのですか?」

 

「あなたの()に彩りを添えられるのであれば、何よりです。もしよろしければ、今までの()についても教えていただければ」

 

「ありがたいことです」

 

おそらく、そういった会話がなされたのだろう。この手の微妙な機微というのは難しく、僕もあまり得意としない。

 

翌日からファルゼイは十日ほどザンダヌ文殿に通い詰め、様々なものを見ている。ここで面白いのが、ザンダヌ文殿を始めとする東方の図書館は西方のものと比べて公開的だという事だ。

 

例えばあなたがヴォール国の図書館に行き、本を借りることを求めたとしよう。目録をめくり、望みの本を選び、図書館員に声をかけ、本を取ってきてもらう事になる。図書館員は奥に並ぶ本棚から目的の本を取り出し、あなたに渡すだろう。

 

一方でファルゼイがザンダヌ文殿に入ると、そこは本棚と机が並ぶ空間となっていた。訪れた人は自由に本棚から本を手に取って見ることができ、また戻すことができる。もちろん盗難の問題は生まれるが、こちらのほうがより様々な本に触れることができる。

 

特に東方綴じの本は背に題字が書かれないこともあるため、実際に棚から出さなければ内容を確かめることができない、というのもあるのだろうが。

 

さて、このザンダヌの街で興味深い物語はこのザンダヌ文殿の外で起こる。

 

「そこの兄さん!ちょっと寄っていきなよ!」

 

屋台の並ぶ通りで、ファルゼイは故郷のヴォール語で話しかけられたことで振り向いてしまった。

 

「そうそうその振り向いたお兄さん!あんただよ!」

 

そのまま去る事もできず、ファルゼイは恐る恐る近寄っていった。

 

老婆が一人でやっているらしき屋台は、奇妙なものが多く並んでいた。金属製のなにかの測定道具らしきもの、細かく切り込みの入った紙細工、木箱に入った色とりどりの石。土産物屋というには売っているものが独特な、不思議な店であったとファルゼイは書いている。

 

「ふうむ、商売でもない……学者さんかね?あるいはもっと別のことを見抜こうとしているのかね?」

 

「……学者、に近いと思います」

 

「そうかいそうかい!鉄路でここまで?」

 

「はい、まあ」

 

「それじゃあなにか土産の一つでもないとヴォールの家族にも悪いんじゃあないかい?」

 

「そうかも、しれませんが」

 

「そうだろうそうだろう!」

 

ファルゼイはこういうふうに言いくるめられると弱い人であった。それに何かを断るのも苦手な人であったから狙われたのだろう。

 

「……その、後ろの弓。見せてもらえますか?」

 

老婆の裏の壁に、ファルゼイの視線は向いていた。

 

「これかい?こいつはなかなかの代物だよ。大陸を駆けた大将軍、パルガン・ザンは知っているだろう?」

 

「ええ、まあ」

 

「その兵たちが使っていた弓だよ、今なら矢もつけて安くしておくからさ」

 

「……少しじっくり見ても?」

 

「なんだい、学者さんは見るのが仕事だろう?あたしは売るのが仕事だ。まあでもちょっとぐらいなら見せてやらないとね」

 

奇妙な形に曲がった弓幹と、何本か張られたように見える弦。ファルゼイはその形に見覚えがあった。

 

「……こういう形だったんですね」

 

「おや、知っていたのかい?」

 

「ヴォール国の方でも、これが残っているのですよ。ここまで綺麗に手入れはされていませんが」

 

かつてパルガン・ザンが率いた軍が残したものが、弦のない状態でサルディストンにある博物館で展示されている。複数の穴の用途は当時不明であるとされていたが、ファルゼイが実際に弦が張られていた状態のものを見てもよくわからなかったというので仕方のないことではあるのだろう。

 

ファルゼイが見たところ、その弓がかつてのパルガン・ザンの時代に使われたものだとは思えなかった。おそらくそれより後の時代に作られたものだろう、と推察している。

 

ただ、それ故に丁寧に手入れされ、磨かれていたその弓は、おそらく当時の様子を伝える良い資料となっていた。製法すらも、おそらくは当時とそう大きくは変わっていなかっただろう。

 

「……この弓について、教えてくれないか?」

 

「まずは買いな。話代はおまけしておいてやるよ」

 

そう言われてファルゼイが払ったのは、数日分の資金に相当する額であった。

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