竜と戦った九人   作:小沼高希

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パルガン・ザンの大弓 五

「便利なもんだねぇ、電信ってやつは」

 

ダルハンの街にある公使館から出てきたファルゼイの持つ紙を見て、老婆はしみじみと言った。前日に本国に送った報告の返信を受け取ったファルゼイは、あまり良い表情をしていなかっただろうが。

 

「そうは言いますけどね、送受信できる文字の量は限られますし……」

 

「なんだい、私なんて便りを送ることすらできない辺鄙な場所に家族がいるっていうのに、あんたは一両日もあればちゃんと返信が来るんだ、良いじゃないか」

 

この時の電文の下書きをヴァドキンス氏が残していた。いつの間にかザンダヌの街から移動していたことに対する怒り、東方情勢についての調査の指示、そしてそういうことを言ったところでどうせ聞かないだろうという諦観が混じった結果、文面は単純なものになっていた。

 

「で、それにはなんて書いてあるんだい?」

 

「ガドラスカ国に向かえ、と」

 

赤道直下の地にして、東方とも西方とも異なる文化を持つ──言うなれば南方の地域だ。かつて船の能力が足りない時代には島伝いに新大陸へ向かうために多くの船がガドラスカ国から出たが、海図が作られ、船の性能が上がるとより短い航路が選ばれるようになった。

 

例えばここ、ダルハンの下流にあるいくつかの港町はそのようにしてここ二百年の間に急速に発展した。大陸を横断する鉄道の東端、古都ザンダヌはかつてはダルハンよりも大きく、首都だった時代もあったが今では違う。

 

このように、歴史によって都市は興り、あるいは廃れるのだ。実際にはこれに竜の存在が絡んでくるため、一概に歴史を語ることができないのが難しいところなのであるが。例えばある街が発展するかどうかは、その付近に竜がいた場合といなかった場合で条件が変わってくる。

 

「ガドラスカねぇ、さすがに話の通じない場所に物を売りに行くのはちょっと」

 

「話すのはまあなんとか、できなくはないので良いのですけれどもね……」

 

ファルゼイは片言でしか無理だと言っていたが、この地にある十四国全ての標準語を話すことができた。少なくとも、試しにある文章を訳してみてくれと頼んだところ、少なくとも僕が苦労して学院の図書館の言語学の棚をひっくり返して調べた結果そこまで大きな間違いはなかった。

 

ただ、これぐらいの事ができる人は学院では決して少なくなかったことは断っておく必要がある。僕だって決して成績が悪いわけでも要領が悪いわけでも無いはずなのだが、おかしな存在というものはどこにでも一定数いるものなのだろう。

 

「あんたは行けるのかい?」

 

「まあ、リーバイ語は話せてますよね」

 

ファルゼイはできるだけ現地の言葉で話すことを心がけていた。すなわち、リーバイ国で老婆と話す時にはほぼ常にリーバイ語であったし、必要に応じてその方言なども取り入れていた。

 

「少なくとも普通に聞く分には問題ないね」

 

「あとはジャンカマルカダ語は学院でやったので、ガドラスカ語はその間にあるとわかるのでなんとか……」

 

ジャンカマルカダ国は新大陸の北方の国で、話されている言語は南から島と陸伝いに入ったガドラスカ語と海を超えた交易によって入ったリーバイ語の双方の影響を受けている。そのため、ある程度は語彙や文法が一致していることもあり理解できる範囲にある、というわけだ。

 

そんなことは無いと思う。しかし、彼が東方学者として最も大きな壁と言われる言語の問題を苦としなかったことは彼の広い視野を支えていた事は間違いないように思う。

 

「……お前は良いやつだ。だが、その良さを他人に都合よく使われることもあるかもしれん」

 

老婆は、心底心配そうに、若者を気遣うように言った。

 

「……あなたに言われたくはないと思いますよ」

 

老婆に少し呆れたように、ファルゼイは言った。彼にもちゃんと自分が都合よく使われたと自覚する事はできたようである。

 

「かもな!それじゃあ若いの、運命の巡りあわせはもう無いだろうけど、達者で!」

 

そう言って、老婆は荷物を持ってファルゼイの前を去った。この後、この老婆がどのような旅をしたのかはわからない。ファルゼイが残した記録があってもその集落まで旅をした人は僕の知る限りいない。

 

ただ、想像の範囲ではあるが、リーバイを巡って商売を続けていたのだろう。

 

「さて……まずは船だな」

 

ファルゼイは呟いて、港の方に向かった。ダルハンは川沿いの大都市であり、そこから下れば海に出ることができる。そこから南に行けば、大陸最南端のチャンダ半島──あるいはチャンダ亜大陸にたどり着ける。

 

以降の資金もきちんとヴァドキンス氏から提供されていた。その頃の国際情勢を考えれば、各地の事情を直接現地で調査することのできる人間というのは貴重だったのである。

 

もちろん、各地の貿易商や──これについてヴァドキンス氏は黙秘を貫いたが──密偵にも似た人物はいた。ただ、それでもファルゼイという人物からの情報はそれらの補完として十分な価値があったようだ。

 

特にガドラスカはヴォールとの関係がそう強いわけでもないため、第三国として何か国際的な問題が起こった際に仲裁役として出てきてもらうこともある程度考慮されたものだったのだろう。ただ、実際はそのような仲裁に入ることができた役者はあの惨事においてはいなかったのだが。

 

ファルゼイが弓柄をヴォール国行きの船便に詰めて、また軽い荷物で向かったのはガドラスカ国の南方の都市、タハング。

 

かつてその南にある諸島へ、そしてその先にある大陸へと進出するための足がかりとなっていた港街である。

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