竜と戦った九人   作:小沼高希

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お知らせ: 「フユズの秘薬 一」に地図を掲載しています。




フユズの秘薬 二

「ここだよな」

 

地図を手にしたヨーノは門を見て言った。手紙に書かれていた住所は少し曖昧であったため、現地での聞き込みもあってやっと辿り着くことができたのだった。

 

「そのはずですね」

 

装備を熱帯用に新調したファルゼイも同意した。この当時のガドラスカ国は西方から入ってきた安い布の影響もあって繊維産業が少なくない打撃を受けていたのだが、これが影響をもたらして起こる社会問題とその国際的波及はまた別の話となる。

 

「……ここが火薬工場か?」

 

「もっとこう、工房的なものに見えますね」

 

二人が覗き込む敷地の中にあった建物は、木製で草葺(くさぶき)のものであった。少なくとも、管理された兵器廠を見たことのあるファルゼイや工作機械を導入しているリーバイ国の工場で働いていたヨーノにとって見ればかなり昔の方法を取っているような場所に見えたのである。

 

「そりゃまあ、ある程度開けた場所じゃないともし爆ぜた時には問題なんだが……」

 

そう言いつつ、警備も何もされていない敷地に二人は足を踏み入れた。周囲を見渡しても、歩哨や警邏のような人は見当たらなかった。そもそもそういう人を置かないような文化なのだろう、とファルゼイは分析している。

 

これはもともと熱帯であり多くの植物が自然に存在し、食べるものに困ることが少なかったガドラスカ国において財産という概念があまり発達せず、結果として盗みについて問うことが少ないという背景がある。ただ、このような見方については批判的な研究もされていることには注意する必要があるだろう。

 

『誰かいないのか?』

 

ガドラスカ語で語りかけたヨーノであったが、返事はなくただ静かに声は広がって消えていくだけであった。

 

「……休みの時間か?」

 

「そうかもしれませんね、暑い場所では日中動くのは体力を消耗しすぎます」

 

「おや、先生はそういう経験があるのか?」

 

「少し前まで砂漠で仕事をしていましたからね。水を取らないと死にますよ」

 

「恐ろしいところだ」

 

そう返しながら、ヨーノはしゃがんで顔を横にするように地面を見た。

 

「……どうしたのです?」

 

ファルゼイも同じように膝を曲げ、視線を合わせた。

 

「人の跡があるな、ここで働いている人がいるのは間違いないようだ」

 

湿った土には、多くの人の足跡があった。それなりの人数がせわしなく働いており、凹みの深さからして荷物を持った人もいたのだろうことが読み取れた。

 

「施設の方もそうですね、あまり詳しくはないのですが」

 

ファルゼイは開いている間口から建物の中に入って言った。天窓のような形で光を内部に取り入れることで、それなりに明るい空間となっていた。ここについてはファルゼイが建築方法の推定も含めて詳しい素描を記録している。

 

「基本的に火薬は原料を混ぜて整形するのが基本だから、特殊なものでなければ手で作るのが一番だったりする。だからこういう光景は別に珍しいものではないからな」

 

「そういうものですか」

 

作業が中断されて放置されたような様子を見て、ファルゼイは呟いた。ついさっきまで人がいたはずなのに生気のない不気味な光景に、本来かなり暑いはずの空間にもかかわらずファルゼイの背筋は寒さを覚えたのであった。

 

「ただ、本当に休憩のために抜けたみたいな感じがするな……」

 

しかし、相手のヨーノは別にこのようなものに対して恐怖のような感情を抱くことはなかったようだ。これについては文化的なものよりも彼の性格に由来するのではないかと分析されている。

 

「待ちますか?」

 

「そうだな、外にいると暑い」

 

そう言って二人が手頃な椅子に腰掛けた時、叫び声にも祈りにも似た声が聞こえて二人は一気に警戒態勢に入った。

 

「何だ?」

 

「……何かを、唱えている?」

 

ガドラスカ語に慣れていたファルゼイの耳にも、その響きは奇異に聞こえた。実際、その声は中古南方ガドラスカ語のものであったので、言語学についてそこまで精通していたわけではないファルゼイにとって理解できない響きとして受け取られたのは仕方のないことであったと言えるだろう。

 

「あっちの方だな」

 

ヨーノは外に飛び出し、耳を澄ませて言った。

 

「よし」

 

ヨーノを追うように声のする方へ走っていったファルゼイは、そう時間もかからずに音の出どころを突き止めることができた。

 

「……この中からだな」

 

そう呟くファルゼイが見上げる建物の壁は白い漆喰のようなものと石でしっかりと作られており、重要そうな何かであることは明らかだった。

 

「……先生、入るか?」

 

「まあちょっと待ったほうが良いだろう。何か彼らにとって大切なことをしているのかもしれないし」

 

そうしてしばらく二人が様子をうかがいながら待っていると、声は止まってぞろぞろと会話をしながら多くの人が扉から出てきた。薄い布でできた下着のような袖のない服を上半身につけた彼らは、身体つきからしてここの労働者たちであった。

 

「おう、なんだお前ら、新入りか?」

 

壮年の男が声をかけて、ぼんやりとしていた二人はやっと我を取り戻すことができた。

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