竜と戦った九人   作:小沼高希

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序章

この物語をどこから始めるかは難しいが、彼──ファルゼイ・エイストンが旅の最初の目的地に向かう大陸横断鉄道の中でしていた議論は起点の一つとして悪くないはずだ。

 

北東の風強いカンディルから極東の富集まるザンダヌまで、四つの国を通る世界最長の鉄道。とはいえ、読者がカンディルから乗って数日もすれば車窓の景色にも飽きることになるだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

大陸中央の大国家、ナクゥド国の西半分に広がるロイハム荒地。ファルゼイの目的地はそこにあった。

 

おそらくファルゼイはこれからの旅のことでも考えながら、食堂車で冷めた茶を放っていたりしたのだろう。だから、ファルゼイに声をかけた青年に気がつくのが遅れたようだ。

 

「失礼、そこの紳士。お暇でしょうか?」

 

丸っこい顔と柔らかそうな顔の輪郭線、そして全体の雰囲気を整えるような細い目からの視線。ファルゼイは車窓から目を彼に向け、そして東方風の顔つきを確認した。

 

「ええ、少し考え事をしていたところですよ」

 

「この荒野を見て、ですか」

 

そういう談話をしながら、ファルゼイは机の向かいに座った同年代だろう青年を見た。

 

「リーバイ国へお帰りですか?」

 

「いえ、私の目的地は故郷のキイノギン国です」

 

おわかりですか、と言う青年にファルゼイは頷くと共に、失敗を噛み締めていた。ヴォール国に訪れる東方人の少なくない割合がリーバイ国出身だということはあるが、それを先入観としてしまった。

 

「もちろんです、奇しくも私は大学で東方学をやっていたもので。えー……『あなたの友より、一杯とともに挨拶を!』」

 

ファルゼイがそう言うと、青年は驚いたように目をしばたかせた。

 

「いやはや、故郷の言葉を聞いたのはかなり久々です」

 

「とはいえ私ができるキイノギンの言葉はあまり多くないのですけれどもね。語彙はリーバイの方と共通する部分も多いのでなんとかはなりますが」

 

そうして始まった会話の中で、彼らは互いに自己紹介をした。

 

ファルゼイ・エイストン。学院を卒業後、しばらく軍にいて、ここしばらくは東方学の研究をしていた。

 

リーヅァ・バハル。ヴォール国の学院で五年学び、そして帰るところであった。

 

「そちらの専門は何を?」

 

「法学と統治について、です。我が国は貴国から学ぶことは多い」

 

あくまでリーヅァは丁寧に返したが、その中には長年隠していた劣等感があった。

 

「……東方の人に会ったら、いつも聞いていることがあるんです。よろしいですか?」

 

ファルゼイの言葉にリーヅァは「もちろん」と返す。

 

「あなたの故郷で、竜はどのように扱われていますか?」

 

竜。今や人類に追いやられた、かつての人類の天敵。

 

「……そうですね、私の故郷では竜のことを『(ダヅァ)』と呼びます。私の姓も、そこから来ています」

 

「珍しいですね、西方ではそういうものは忌まれる傾向があるのに」

 

「そうです。我々は竜を、ある種の……神ではありませんが、力の象徴として扱っています」

 

「ええ、東方と西方ではそのような違いは良く見られます」

 

後に語られることであるが、ファルゼイは竜に魅せられた過去を持つ人物であった。

 

「しかし、おそらくはあなたが考えているような理由ではないですよ」

 

「……と、いいますと?」

 

リーヅァの言葉に、ファルゼイは不思議そうに返した。

 

「東方では竜は討たれるものではなく、力であった……。よく聞く話です。最近リーバイ国の随筆家が書いた本でしたっけ、そういうものでも触れられていました」

 

ファルゼイは『東方』というそのままの表題の本を思い浮かべていた。この本は当時はかなり売れており、東方流行のようなものを引き起こすほどだった。

 

「ええ、あれは新しい視野を扱っています」

 

「しかし、私から言わせればあの本は自らを良く見せようとして、物質的には勝てないからと精神論を出しているに過ぎない。思想についてなら東方にも西方にも、互いに劣らないほどのものがあるのに、あの作者は対抗心から存在しない東方文化を作り上げている」

 

ファルゼイはそれを聞いて、手帳を取り出した。

 

「どういう事でしょうか」

 

「我々が竜を忌むことがないのは、ただ単に、あなた達よりも早く竜を討つことが出来て、竜の恐ろしさを忘れたからですよ」

 

ファルゼイはそれなりに驚愕したようで、手帳の速記の筆調が明らかに変わっている。

 

「……詳しく聞かせてもらってもいいですか?」

 

「構いませんとも。近年出版されたグラントイント博士の『列強と従属』については読まれましたか?」

 

リーヅァの質問に、ファルゼイは首を振った。国家論と呼ばれる学問を切り拓いたとされる本であるが、その頃はまだその評価は専門家たちによるものに留まっていた。

 

「グラントイント博士はこう論じています。かつて、竜と闘っていた時に国は二つに分けられていた、と。前線国と、後背国です。我が国キイノギンは早くに国内の竜を討ち、リーバイ国やヒルシェカ国といった他の前線国を支える役割をしていました」

 

「……しかし、今は変わったと?」

 

「ええ。大陸から竜が消えた今、そのような分類では適切ではなくなりました。あなたの故郷、ヴォールのような列強国と、その影響を受けざるを得ない──ここ、ナクゥド国のような、あるいは我が故郷、キイノギン国のような従属国に」

 

ナクゥド国は支援を全面的に受けたとは言え、兵士を迅速に運ぶことのできる鉄道を国内に敷かれた。当時のキイノギン国は、発展しつつあるリーバイ国の影響を強く受けていた。それは、語彙にまで現れていた。

 

「竜を討った、そのことに我々は千年甘えていたのです。我々がするべきは西方と違い我々は竜を恐れないのだと、あるいは歴史の一部であると主張することよりも、世界は変わっていて、自らが遅れていることを認めることだったのです」

 

ファルゼイの記録はここで止まっている。おそらく、反論も同情もできず、ただそのまま座っているかできなかったのだろう。




訳者より

本来原文には「国」を意味する部分はありませんでしたが、読者の便宜のため場所によっては適宜「国」を付しています。


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