竜と戦った九人   作:小沼高希

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お知らせ: 「フユズの秘薬 一」に地図を掲載しています。




フユズの秘薬 三

「そうかそうか!あんたがヨーノさんか!で、こちらは?」

 

「しがない旅人です」

 

ちょっとした机と椅子のある場所に案内され、ファルゼイとヨーノは素焼きの器に入った濃い茶に乳の入ったものを振る舞われた。これはこの地域で来客を迎えるための一般的な飲み物である。

 

「それでいいのか先生」

 

そう言うヨーノに、ファルゼイは笑顔のまま第三の男を見つめていた。先ほど呆けていた二人に声をかけたこの壮年の男はジシャーリと言い、この火薬工場──というより火薬工房の長をしている人物であった。

 

「で、ヨーノさん。君から見てここはどうだ?」

 

ジシャーリはヨーノの方を見た。以降、ファルゼイは通訳の真似事をして二人の会話の間を取り持っていたためにあまり積極的に話してはいなかったと考えられる。

 

「少し中を見させてもらった。粒の大きさはかなり一定で、よくできているように見える」

 

「ほう」

 

「ただ、今の方式だと量が圧倒的に足りないな」

 

「今の需要は十分満たせているのだが」

 

「おい、銃と砲の発展を知らないのか?いつ火薬を量産しろと言われるかはわからないし、そう言うときに真っ先に動けないと後で惜しんでも遅いんだ」

 

「……なるほど。君の親方がやっている工場は軍との繋がりも深いのだったな」

 

「ああ、というかむしろ軍主導のところだ」

 

そういった二人の会話が一段落ついたところで、ファルゼイはおずおずと手を挙げた。

 

「ええと何だ……先生、でいいか?」

 

「ああ、ファルゼイと申します。呼び方についてはお好きなようにどうぞ。その、銃や砲に使わない火薬と言いますと……?」

 

なんて呼べばわからなさそうな工場長のジシャーリにファルゼイは改めて自己紹介をして、質問を投げかけた。

 

「おい先生、『編み火(ダトヴィツ)』を知らないのか?」

 

横からヨーノが声をかけたが、相変わらずファルゼイには思い当たるところがなかった。

 

(ダトヴ)を……編む(イィツ)?」

 

「ああ、あれってそう言う意味だったのか」

 

「まあ、口であれこれ説明するよりも実際に見てもらったほうが早いだろう」

 

「だろうな」

 

ジシャーリとヨーノは何かを承諾したかのように目線を交わし、ファルゼイを置き去りにした。

 

それからしばらくは、疑問を抱えたままのファルゼイを横にヨーノによるこの工場の分析が語られることになる。これについてはファルゼイはあまり記録を残していない。さすがにこれについては二人が記録を残さないように頼んだようだ。

 

「ところで、聞きたいことがあるのですが」

 

「なんだ?」

 

話が一通りまとまったところでされたファルゼイの質問に、ジシャーリは怪訝そうな顔をした。

 

「さきほどまで工場内の人がいた建物は何ですか?」

 

「ああ、あれは礼拝所だよ?」

 

「……礼拝所?」

 

「これも見たほうが良いな」

 

そういうことで、三人は連れ立って先ほどの白い建物を訪れた。敷地全体の隅というほどではないが決して邪魔にならない、それでいて訪れやすい立地にそれはあった。

 

「……そうか、南の天井に窓があるので時間に応じてこれが照らされるのですね」

 

そう言うファルゼイの正面、部屋に入った北側の壁にかけられていたのは青銅の板だった。抱えるほどに大きい鈍緑色に、竜の首を持った人が浮彫りで表現されているもの。拓本を取ることは叶わなかったようだが、素描は残されている。

 

「……見事なもんだな」

 

まじまじと見ながら、ヨーノも呟いた。

 

「ええ、昼休憩の後はここでフユズに祈りを捧げるのです」

 

「フユズ?」

 

ヨーノは驚いたように言った。

 

「どなたです?」

 

「ああ、先生は西の方の人だから知らんのか。何ていうか……竜の息を盗んだ、って言えばいいか?」

 

「火薬の発明者、ですか……いえ、こちらでも名前は知られています。ファーナズと言うのですが」

 

「たぶん同じ人ですな」

 

ファルゼイとヨーノの会話に、ジシャーリが割って入った。

 

「ここではフユズ……ファルゼイ先生の言うところのファ()ナズを、火薬師の祖として祀っているのです」

 

「先祖にするのと似たようなものか……」

 

ファルゼイが旅をした頃には、東方の信仰というものはあまり知られていなかった。今日でさえ、個人の信仰については詳しく知られているとは言えない。西方人の僕達でさえ、日頃どれだけ信仰に基づいて生きているかを意識してみればその複雑さに驚くだろう。

 

朝起き、食事をし、人と挨拶をし、あるいは誰かを助けたり誰かに助けられたりし、そして家に帰り、寝るという一日の流れの中で、僕達は信仰に基づいた言葉を唱え、あるいはある決まった行動を取る。

 

より期間を幅広く取れば、季節の境目や聖日に行われる祭りも信仰の形と言えるだろう。この点を踏まえなければ、東方や南方における信仰を見間違えることがある。

 

これは何人かの東方学者に指摘されたことであるが、彼らが行う儀式の多くは無意図的に行われている。それは彼らにとっての日常であり、また侵すことのできない大切な時なのだ。

 

このような文化について、ファルゼイは完全に理解できていたとは言えないだろう。ガドラスカ国に詳しいナクニール男爵によれば、ガドラスカ一帯では過去の偉人をある種の神として称え、祀る風習がある。その生誕日や没日が知られているならば、その日に大きな祭りが開かれることもある。

 

例えばガドラスカ国の首都であるナーデゾラの街で毎年春に開かれる色祭(イテリュガ)と呼ばれる祭事は、ガドラスカ国の伝説的な王であるイトラ・ドルオパを称えるものだ。このような知識の欠如していたファルゼイは、あくまで奇妙な異文化の風習として彼らのフユズ信仰を記録している。

 

「……しかし、なぜ彼はここまで称えられるのですか?」

 

捧げ物らしい蝋燭や花、削られた何らかの香料の塊らしきもの──これについては記録からは具体的に何であったかは不明だ──を見て、ファルゼイはジシャーリに聞いた。

 

「称える、というのも微妙に違いますな。むしろ、彼の愚かさを忘れぬようにするためと言ったほうが近いでしょう」

 

不思議そうにするファルゼイとヨーノに、ジシャーリは熟練の指導役らしく、低い声でゆっくりと歴史を語り始めた。

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