竜と戦った九人   作:小沼高希

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フユズの秘薬 五

ヨーノが工場を見回って問題点を列挙し、ファルゼイがそれを整理した記録をし、そうしているうちに黄昏が来た。照明となりうるものがほとんどなかったこの当時では、夕暮れには仕事を終えねばならなかった。

 

「ただ、編み火(ダトヴィツ)を見ずにここを去るっていうのはいただけないよな」

 

「だよなぁ」

 

散々に工場の指摘を受けたのにもかかわらず元気なジシャーリと、かなりの指摘をして疲れた様子を見せている若いヨーノの通じ合っているような言葉に、ファルゼイはその意味を掴めずにいた。

 

「それで、その編み火(ダトヴィツ)というのは何なのですか?」

 

「まあ見てなって、準備はしてある」

 

そう言ってヨーノは木の箱を持ち上げた。中には紙で巻かれた円柱状のものが複数あり、ファルゼイの知る発破爆薬と似た雰囲気があった。ただ、作りなどを見てファルゼイは自分の知識の中にあるものとは異なると判断したらしい。

 

「季節外れかもしれんが、まあ別に悪いものではないだろう」

 

そう言って三人が到達したのは、工場の隅にある開けた空間であった。隅とといってもかなりの広さがあり、ファルゼイの記録によればここは実験場として、そしてまた休息時間での運動場としても使われていた場所だった。

 

「それで、これをどうするんですか?」

 

「導火線を引く」

 

鉄管に円柱を入れるような作業をする二人に聞いたファルゼイにはジシャーリが答えた。木でできた絡車のようなものに巻きつけられた導火線を伸ばし、ファルゼイたちは中央に設置された火薬を用いたなにかから距離を取った。

 

「発火装置はこれを使うといい」

 

ヨーノはそう言って、金属製の装置を取り出した。回転させる持ち手と、捻る形の継電器を組み合わせた機構。

 

「それは?」

 

「あ、発破器ですね。軍時代に見ました」

 

ジシャーリの質問には、ヨーノではなくファルゼイが答えた。軍時代に座学でではあるが、その使い方を学んだことがあったのだ。

 

「……ふむ。電気か」

 

「そうです、ここを回すことで充電をして、火花をここに繋いだ場所から起こす……」

 

「おい先生、講釈はいいがそういうことしていると面白いのを見逃すぞ」

 

そう言いながら、ヨーノは暗くなりつつ中で器用に準備を整えた。便利な明かりは用意されていなかったので、終盤は月明かりの中での作業となった。

 

「それじゃあ、いくぞ」

 

「おう」

 

確認の後にジシャーリは手回し式の警音機を鳴らし、危険と退避を知らせた。とはいえ、ここで働くような人たちにとて火薬の危険性はよく知られたものであったために問題はなかったのであるが。

 

この警音機を使った方法は発破時には不可欠の手順としてガドラスカ国ではすでに広く用いられているものであった。この音は西方でも警報音として用いられていたので、耳に残っている人もいるだろう。あの耳障りな、心を引き締めるようなあの音だ。

 

「三!」

 

よく通る声で、ガドラスカ語の数字が読み上げられた。点火が近づいたことを周囲の人に知らせるためだ。

 

「ニ!退避を!火に気をつけろ!」

 

この言葉を聞いた人は、即座に安全な場所に逃げるようにと定められていた。もし不可能であれば、できるだけ大声を出して点火を止めるようにするのだ。たっぷりと時間を取って返事がないことを確認し、ジシャーリは口を開いた。

 

「一!」

 

その声に従って、ヨーノは手元の発破器の金具を捻った。小さな金属音がした。

 

発破機から始まったかすかな音と小さな火花は三人から離れていくように、そして広場の中央に向かうように、導火線を灰に変えながら進んでいった。そして、目的のものに届いた瞬間に光は消え、一瞬の静寂が訪れた。

 

ファルゼイが一瞬の警戒を解こうとした瞬間、光が生まれた。光を遮るように曇る煙が見えた。打ち上げられるように、火の玉が軽い音とともに上空へ上がった。

 

ファルゼイは照明弾頭を知っていたので、その類であると疑ったらしい。確かに、それは夜の工場を明るく照らした。たが、それは照明弾頭の無機質な白ではなかった。

 

赤、緑、黄色。その色は様々で、その明るさは儚くて、その音は胸に響くものだった。

 

一発の火が終わると、次の、そしてまた次のと時間差をおいて火が上がった。この時に、ファルゼイはやっと編み火(ダトヴィツ)という言葉の意味を理解した。

 

元々それは、竜を音と煙でおびき出すためのものであった。それは竜の討伐が済んだ地域での、火薬産業が見出した新しい市場だった。

 

それは化学と物理学に依存した綿密な計算と職人の技によってなされる、ある種の芸術であった。

 

「……終わってしまったのですか?」

 

静かさと消炎の中、ファルゼイは呟いた。まだ心のなかに残っていた高揚感を抑えながら、名残を惜しむような口調であった。この感傷は、ファルゼイの手稿に滲むように溢れている。

 

「そうだな。祭りであればもっと多く打ち上げるのだが、今日は試作だけだ。まあ、歓迎にはなったか?」

 

「素晴らしいものを見せていただきました。……これは、いいものですね」

 

「ああ、だが煙は酷いし、一つ間違えば火薬である以上周囲を吹き飛ばしかねない。かつてフユズはこれを作ろうとして王宮を吹き飛ばしたという話もあるほどだ」

 

ジシャーリの語る話は歴史学者として信のおけるものではないが、物語として見るなら強い説得力があったとファルゼイは記録している。

 

確かに、これを見るためであれば王も自分の宮殿内に火薬庫を作ることを許可してしまうだろう、と。

 

今日、この編み火(ダトヴィツ)を見ることができる場所は少ない。しかし、西方でも南のフェナゾンでは一部地方でこれを祭りに取り入れたものがあるそうだ。

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