竜と戦った九人   作:小沼高希

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ミドゥリシュカ大公の要塞
ミドゥリシュカ大公の要塞 一


工房から近い港街タハングに戻ったファルゼイは、現地の公使館──決して大きいものではなかったが──経由でまたヴァドキンス大佐と連絡を取り、追加の旅の資金の提供を求めている。こうやって見ると無心をしているように見えるが、そもそもこの旅がヴァドキンス大佐の強い勧め──その上彼はファルゼイの上官でもあった──によって行われたことを考えれば、ある種当然の要求でもあった。

 

その頃はちょうどナクゥド国とカルコツィク国の関係がひとまず落ち着いたはずであったが、次は東方のリーバイ国がナクゥド国と外交問題を起こすといったような非常に面倒な国際情勢の時代であった。

 

()()問題は直接大きな惨禍には発展しなかったのではあるが、それでも当時の新聞はすわ大国同士の衝突が起こるのではではないか、貿易にも影響が出るのではないかといった論調であった。

 

その結果、大陸横断鉄道の運行が一時中止にされることもあった。これはナクゥド国によるリーバイ国が行った挑発行為に対する懲罰的報復であると解釈されたが、実際のところは一部の官僚の暴走であったのではないかと今日では推察されている。

 

しかしながら、ファルゼイにはその全貌を確認することが叶わなかった。貧弱な通信網と噂頼りの把握では、どうしても限界が生まれていたのである。

 

これは当時の外交についても同じような事が言える。今では無線や高速な電信網が構築されているが、この頃にはまだ人間の手で運んだり、あるいは担当者が直接現地に行くほうが早いことも珍しくはなかった。

 

「……つまり、このまま西方に戻るのは難しいと?」

 

公使館の近くに泊まり、貿易の情報を色々と記録しながら生活していたファルゼイは現地の大使とともに帰郷の話をしていた。

 

「でしょうな、ファルゼイさん。今の時点では鉄道は使えない、海路も不安があるところです。荒業が無いわけではないですが……」

 

「と、言いますと?」

 

「飛船です。一旦アルナガバクス経由で新大陸に向かい、トグンバル国を出る定期飛船で上空を飛びます」

 

当時はまだ飛船は実用的ではなかったが、それでも三日間の無補給飛行には成功していた。これだけあれば、新大陸を経由して政治的に安定している大陸北方を経由することができる。

 

ヴァドキンス氏は当時ファルゼイに対して本国への帰還を指示していた。これは当時の情勢悪化で間諜と疑われやすい──実際のとことはここまで来ると合法的な範囲でかなりやっていたように見えるが──ファルゼイが持っている情報を重視したためだ。

 

文章や素描では伝えきれないものも多い。僕もファルゼイの手記を読んで実感したところである。もちろんそれらは雄弁であったが、実際に本物を知っている人の目からすると不足や誤りなどもあった。

 

だからこそ、このような少し間接的な形で僕はファルゼイの旅を書くことになっている。これはファルゼイの能力の不足というよりも、人間の限界に近いと言ったところだろう。

 

幸いにも、当時飛船の開発で他国を圧倒していたアウクルン国とファルゼイの目的地であり故国のヴォール国の間に、当時はまだ衝突はなかった。そのため、この計画は安全性と速度を両立できるとして採用されたのだろう。

 

「ところで、資金については大丈夫なのですか?」

 

「一応手形で用意してあるので……」

 

「なるほど」

 

ヴォール国の国際貿易は当時も広く行われており、かなり危険な場所にまで船が出されることも多かった。

 

「ただ、それですとどうしても日程が難しくなりますね」

 

軍属であることも利用して貿易船に相乗りすることもできなくはないが、これはあまり正規の手段でもなければ受け入れられているものでもない。特にガドラスカのような南方ではヴォール国の船舶も少なく、定期便も整っていないことがあったために旅は難しいものであった。

 

少なくとも、当時を知る旅行者や貿易人はそう語っている。ただ、ファルゼイにとってはそれほどまで苦しいものではなかったようだ。

 

おそらくは、言語の壁を乗り越える強さがそれを支えていたのだろう。僕と一緒にいることが多かった学院時代にはあまり友人もおらず、人間関係を作るのも決して得意ではなかった彼だが、年月というのは人間を変えるものである。

 

あるいは、異国で会話ができたことで自信をつけたのかもしれない。この本に掲載しきれないほど、ファルゼイは様々なことを記録している。それはもちろん彼が実際に目で見たものも多いが、少なくない割合が伝聞として聞き取ったものだ。それは学術的価値があるとは言えないかもしれないが、当時の空気や情勢、そこに住む人々の生活を知るための重要な手がかりとなっている。

 

「観光や調査で本来は時間をいっぱい使いたいところですので、そこは問題ありませんよ」

 

「それならいいのですが」

 

ファルゼイの旅の計画は、かなり綿密に準備されている。しかし、その多くは予備計画に割かれていたと言えるだろう。

 

新大陸では遠く離れたヴォール国からの支援を受けることが難しい。必要な資金の確保、ヴォール国との関係者と接触できそうな場所、飛船が使えなかった場合の代替交通手段、そしてその料金や過去の利用例に至るまで、ファルゼイはかなり細かな調査を行っている。

 

このような調査は今日となっては時代遅れとなってしまったが、もし活用されたとしたらヴォール国が新大陸に進出することをかなり容易にしただろう。そう言った意味で、あの一連の大禍はファルゼイの努力を様々な意味で徒労としたのである。

 

とはいえ、ファルゼイの旅の予定が決まるまでにはそう時間がかかったわけではない。日記の日付によれば十日程度で準備は終わり、次はアルナガバクスの島々を伝うような船に乗ることになったのである。

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