竜と戦った九人   作:小沼高希

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ミドゥリシュカ大公の要塞 二

最初の移動で、ファルゼイはアルガナバクス国の首都ルギナに辿り着いた。

 

かつて新大陸の存在が伝えられた時、人々は今日アルガナバクス国と呼ばれる地域を経由して東へと向かった。しかし、その過程で常に竜を討ち取れたわけではない。

 

その頃には多くの船と砲が用いられるようになり、島は次第に攻略されていった。竜がいなくなったと判断されれば多くの移民が訪れ、未だ人の手が入らない地を我が物としようと先を争って人々は押しかけた。

 

その頃にルギナの街を治めていた中で有名な人物がミドゥリシュカ大公である。彼はこの島に要塞を築き、東方の新大陸から襲ってくる竜から守るとともに新大陸進出への足がかりとした。

 

「……まだ、石垣が残っている」

 

ファルゼイの几帳面さからだろう。訪れた街の分析はかなり細かく行われている。ただ、この街については細かい地図が既に存在しており、おそらくファルゼイはそれを参考としたのだろう。彼が訪れた図書館──これはどちらかと言えば西方風のものだ──で参考にした資料の目録を見るに、ファルゼイはこの街に到着してすぐ要塞について疑問を持ったらしい。

 

それは、当時世界一と呼ばれただけのことはあるとファルゼイが感心するには十分なものであった。この島の地形と岩石を駆使したそびえるような城壁には、既に取り去られていたものの多くの砲が覗いていたであろう多くの窓があった。

 

砲台は軌条に沿って動くようになっており、必要に応じて砲撃対象を一箇所に集中させることもできた。このために多くの鉄が近隣の鉱山から掘り出され、当時は高価で、かつ製造にも技術が必要であった鋳鉄の砲を作るための兵器廠へと運ばれた。

 

街全体が竜と戦うための要塞であり、後方の島を守るための前線でもあった、というのがファルゼイの表面的なものの見方だ。

 

「おすすめの酒はあるかい?」

 

「お、旅の方かい?なら強いけれどもこういうものが」

 

ここでもファルゼイは酒場を利用した。中には竜と戦っていた時代から看板を引き継ぐ店があり、そのような地域ではある種の伝統が当時でも息づいていた。

 

「……凄い、ここまでの匂いは初めてだ」

 

「かつて兵士たちに愛された薬酒だよ。苦手な人もいるが、その様子だと行けそうだね」

 

「醸造はここで?」

 

「もとの酒は別のところで作られたものだが、それを漬けて蒸留しているのは裏の工房でだ」

 

「なるほど」

 

ファルゼイはその酒について、甘さと柔らかな香りが特徴的だが、その中にも芯があるような味であると形容している。その中に含まれる酒精の量も忘れ、思わずまた一杯を口にしてしまうほどのものである、と。

 

それにやられて、潰れていたからだろう。ファルゼイはその言葉を聞くことができた。

 

「おい、あいつ『外の人(デトス)』だ」

 

アルガナバクス語は複数の言語に由来した語彙を持つ。逆に言えば、その語彙がどの言語に由来するかによって同じような表現でも意味が変化する。

 

ファルゼイが聞いたのはフェナゾン語に由来するものだった。これは普段使われるガドラスカ語の語彙とは異なり、より専門的な──あるいは隠語的なものとして用いられる傾向がある。

 

「……なあ、どういう意味だ?」

 

ファルゼイの言葉は、単なる好奇心から来たものだろう。ただ、その質問を聞いた店主は今までの愛想笑いを捨てて苦々しげな顔をした。

 

「やめとけ、そんな酒の味を下げる話は」

 

「……そうか、すまないな」

 

ただ、この言葉はファルゼイの意識に残り続けた。当時の状況は酒のためにはっきりとしないが、と断っておいた上で来店者が受けたであろう疎外感についてファルゼイは書いている。

 

これはある程度は、彼自身の体験に由来するものだろう。ファルゼイは僕──当時としては珍しい形の学院生だった──に対して、あくまで学友としての態度を崩さなかった。彼と話す時間は僕にとって家のしがらみについて忘れられる貴重な時間ではあったが、なぜそのようなことをするのかと聞いたことがある。

 

彼は予備学院時代、あまり歓迎された身ではなかったらしい。それは彼の自信なさげな態度であったり、あるいは勉学に対する姿勢や成果であったり──いずれにしても不当なことであるが、疎外されるような扱いを受けていたという。

 

だから僕がそうならないように、ということで彼はあのような態度を取っていたのだと語った。僕はこれについて色々言いたいことはあったが、その時は彼の優しさに甘えさせてもらった。

 

そのような過去のあるファルゼイであるから、ある種の義憤に突き動かされたということもないわけではないのだろう。

 

ただ、その言葉は彼が見た辞書のいずれにも見出すことはできなかった。しかし、その言葉が多くの人の知るところであるのは間違いなかった。

 

「やめなよ、そんな言葉を覚えたところで使い道はないぜ」

 

「あんたもそういう扱いされたくはないでしょ?」

 

「……お前は俺が外の人(デトス)だとは思わなかったのか?」

 

様々な言葉が言葉の意味を知ろうとしたファルゼイに投げつけられた。最終的に、ファルゼイはそれが住む地域に依存するある種の軽蔑や嫌悪に紐づいていると結論付けている。

 

ファルゼイは次の船が出るまでの間にさらなる調査を行うべきか、整理するかのように手帳に考えを記している。自分がどうしようもできない社会の構造に、部外者というある種の特権的な姿勢から傍観するように調査することは許されるのか、と。

 

東方学の研究者としては、このような文化の出所を知ることは新しい知見を得るためには必要であると彼も理解していたのだろう。ただ、ここになって彼は相手を単なる調査対象以上のものとして見ようとしていた。

 

結局、ファルゼイの質問に答えてくれたのは城壁の外側、小さな漁村に住む一人の老婆であった。

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