竜と戦った九人   作:小沼高希

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ミドゥリシュカ大公の要塞 三

彼女は名前をエジェサと言い、もともとガドラスカの北部のあたりからやってきた移民の一団の末裔であったそうだ。

 

「……私の曾婆さんがまだ子供の頃の話だ」

 

議歴にするなら780年頃、ちょうど大陸各地から移民がアルナガバクス国の列島に押し寄せ、ルギナの街をミドゥリシュカ大公が治めていた頃である。

 

「その時のこの街は本当にひどいものだったらしい。言葉の通じない人達で争いは起きる、竜がやってきては家を焼き、人をさらい、そう言う事があればそれに乗じて碌でもない奴らが押し寄せる」

 

彼女が語るようなことは、間違いなく起こっていたと考えられる。例えば近年まとめられた論考によれば、入植者のおよそ三割がこの地について五年以内に亡くなっていると推定されるそうだ。その原因は病や飢餓、あるいは紛争によるものであったが、いずれにせよ暮らしやすい場所ではなかったのは間違いない。

 

「夢の土地だ、と。竜さえ打ち払えば、黄金も豊かな土地も手に入るのだと。そういう言葉に誘われて、多くの人が南へ、そして東へと向かった」

 

当時の旧大陸全土で起きた飢饉も、これを加速させた。今ここで死ぬよりも、わずかな可能性に縋ろうとした。その先にある土地についての悪い情報は良い情報よりも伝わりにくかったというのもあるだろう。

 

多くの船が向かった。中には船とも呼べないような、流木を束ねただけのようなものもあったらしい。その移動の過程でも、多くの人が死んだ。それでもなお、膨大な人数が目指していた新しい理想の地に辿り着いたのである。

 

「……酷いのはここからさ。この街は丘の上にある。一箇所に竜を集められると言えば聞こえはいいが、それだけの要塞を作るのには時間も資材もなかった」

 

ファルゼイの手帳に残っている文章は、読み解くのに苦労するものだった。基本的にはアルガナバクス語なのだが、ガドラスカ語が残っている部分も多かった。その上にある種の訛りまでファルゼイは書き残していたため、専門家の力を借りなければ意味すらわからない部分もあった。

 

だが、読み進めるにつれてどのようにルギナの街ができていったのかについてファルゼイが調べた過程も明らかになっていった。滞在できる短い時間を注いで、図書館や古地図のようなものを頼りに、エジェサから聞いた話をファルゼイは裏付ける証拠を多く集めている。

 

ミドゥリシュカ大公は、西方のフェナゾン国出身の人物であった。たしかに彼は貴族ではあったが大公というわけではなく、決して大きくない男爵家の出身であった。彼は自らの領地を出て、より大きな可能性を求めてルギナの街へやって来たのである。

 

そのため、この爵位については自ら名乗ったものだと考えられる。しかし、その手腕は疑いようのないものであり、大公と呼ばれるのも納得するしかないものであった。

 

彼は地元の自警団から始まり、フェナゾン国の人々を中心にして人々をまとめ上げ、志願による軍を整理し、産業を発展させ、城塞を築いた。ただ、それはある汚点と引き換えの成功であった。

 

「……曾婆さんの家族は、外の人(デトス)だと呼ばれたんだよ。遅れてやって来た、成果を得るに値しない人々だ、と」

 

そう言って、エジェサは一部が崩れている古い要塞を一瞥した。修繕がされないまま風化しつつある中でも、積み上げられた巨石の威容ははっきりと残っていた。

 

「それで、そういう人達は外に住め、と」

 

ファルゼイの言葉に、老婆は頷いた。要塞は竜から人々を守るためのものである。ならミドゥリシュカ大公は単純に養いきれない余剰の人口を捨てるためにこのようなことをしたのかと考えるかもしれないが、その実態はより精緻で──そして邪悪とでも形容すべきものであった。

 

例えば生活に必要な資源を買うことは可能であるが、その収入源となる農作物の買取価格は要塞内部で定められるものであった。これによって要塞内の食料情勢を安定させ、開いているものの竜から襲われる可能性がある土地を有効に活用することができた。

 

犯罪者は要塞の外に追放された。生きていくためには、竜に襲われる危険のある場所で汗を流すしかなかった。そのような恐怖は城塞の内部の治安を向上させる助けとなった。

 

城塞内で起きた不満は、その少なくない割合が外の人(デトス)に帰せられた。夜中に城塞内に忍び込んで高価な品を盗み、暴利で農作物を売り、竜を城塞にけしかけることすらある、と。

 

もちろん、そんな事はなかった。それらは不信に基づくものであり、もし城塞の内外の人が話し合い、理解するだけの余裕があればこのような誤解は起きなかっただろう。

 

だが、ミドゥリシュカ大公はそのような分裂を意図的に誘発した。互いに憎しみと恨みによって分断させ、それぞれを様々な利益や罰によって支配した。そうしなければ、竜に滅ぼされる前に自ら崩壊してしまうと考えたのだろう。

 

そしてそのような体制は、ミドゥリシュカ大公亡き後も続いた。竜が島から追いやられ、その先の大陸に人々が進出し、そしてその地においてもまた竜が討たれたとしても、なお。要塞が崩れ、交易が活発となり、法的には壁の外側と内側の人の区別が無くなった時代にあっても、ミドゥリシュカ大公の遺産は要塞のように強固に残ったのだ。

 

「……もはや、恨んじゃいないさ。当時の人達が生き残るためには、ああするのが良かったのだと、もし私が外の人(デトス)でなければ言っていただろう」

 

「……申し訳ありません。そのような事を、話させてしまい」

 

「構わないさ。城塞の中の人達と私の世代とでは、もう直せないほどの溝ができてしまっている」

 

「そうですか……」

 

「だがね、子や孫の世代は少しづつだが、まあ何とかやっているよ。竜はもういないんだ。わざわざ人同士で争わなくたって、やっていけるさ」

 

この老婆の言葉が実現しなかったのは、読者の皆様も知るところであろう。むしろ竜がいなくなったことで、人々は持っていた武器を互いに向け合うことになった。

 

そういう情勢はファルゼイが旅をしていた時でも感じられたものであったが、エジェサがそのような世情を感じていたかはわからない。ただ、彼女は願わずにはいられなかったのではないか、と僕は考える。

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