竜と戦った九人   作:小沼高希

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ミドゥリシュカ大公の要塞 五

ファルゼイが乗ろうとしていた大型貨物船は、三日遅れて予定の港に到着した。そのせいでファルゼイの手続きは少し混乱し、乗ることができたのは船長の好意に依るところが大きい。

 

「ああ、色々危ないって話は聞くぜ」

 

寛容な乙女(エルフェトミ・ノルク)号の名に劣らないほどの歓待をファルゼイは受けることができ、船長室の次に上等な船室を割り当てられた。この船は後に徴用されてしまい、大乱を生き残ることができなかった船の一つである。

 

「そうなのですか」

 

上質な酒と葉巻でもてなされながら、ファルゼイは船での日々を過ごしていた。そうして、時たま白い髭をたくわえた船長と話をして時間を潰したのであった。船長の素描を見ると、海風によって刻まれた皺が細かく描かれている。

 

「プリジャ国のほうで一旦会議が行われるという話があったが、どうなったかは知らん。航海のほうも臨検を受けることもあるからな」

 

この頃はこのような行為が比較的一般的であったことは注記しておく必要があるだろう。領海を通行する船に対しての臨検権利は国際法上認められてはいたが、この頃からはっきりと行われるようになった。これらは初期は抜き打ちのような形であったが、列強間の軋轢が進むにつれて実質的な貿易封鎖へと移行した。

 

「それは、大変ですね」

 

「まあ、今のうちはまだ東方にはそこまで影響がないからな。新大陸とリーバイ国の間の貿易はまだ需要が多いし、まだ何とでもなるだろう」

 

「乗組員の人達にとっては、あまり喜ばしい知らせではないかもしれませんが」

 

「仕方ないさ。俺だってここ五年ほど妻にも子にも顔を合わせていない。孫が生まれてもおかしくはないがな」

 

そう言って、船長は笑って酒を舐めた。彼は酒好きであったが、酔うほどには呑まず、突発的な問題があっても常に冷静に対処していたとファルゼイは記録している。

 

「……もし、必要であれば手紙を任されても構いませんよ」

 

郵便は当時から国際的なものができてはいたが、その到着率やかかる時間、そして安くない費用から目的に行く人間に手紙を託すことは決して珍しいものではなかった。逆に、これを受け取って目的地に運ぶことは旅人にとって半ば責務でもあった。

 

「いいのかい?」

 

「帰らなければならない身ですからね」

 

「軍人さんも大変だな」

 

ここでファルゼイが受け取った手紙については、調べたもののきちんと届けられたと断言することはできなかった。船長も船長の妻も僕がファルゼイの鞄を開けた時には亡くなっており、子供たちの住所もわからなくなってしまっていた。

 

ただ、彼の住んでいた部屋の荷物やエイストン家にそのようなものは無かったために、届けることはできたのだろうと僕は考える。

 

「旅はどうだ、俺は海の人間だからあまり大陸内地には詳しくなくてな」

 

「……色々なことが、ありましたね」

 

そういうふうに、船長に今までの旅を話すことも多かったらしい。その過程で整理された内容は、今僕の手元にある手帳として整理されている。このようにまとめられていなければ、断片から物語を作り出すためにもっと時間をかける必要があっただろう。

 

ただ、語るにあたってファルゼイは意図的に語らなかった部分があったように思われる。例えば旅の目的自体であるとか、あるいはファルゼイの中にある竜に対する強い興味であるとかは旅の物語からは巧妙に外されているように僕は感じた。

 

その分を本書では補っているが、この過程でファルゼイが意図しない形になってしまった可能性は否めない。ともかく、そのような話は船長を上機嫌にさせるには十分だったようだ。

 

「それで、ファルゼイさんはワチアラまで行くんだったな」

 

「そうです、そこで飛船に乗ろうかと」

 

新大陸の南を占めるトグンバルの首都、ワチアラ。急成長を遂げる湾岸都市であり、豊富な新大陸の資源をもとにした産業発展は著しく、当時から経済学者によってトグンバル国はヴォールやリーバイを超える列強国となる可能性が指摘されていた。

 

ただ、この躍進は惨禍の後にはっきりとしたもので、当時はまだ多くの課題が残された街であった。貧民街ができており、治安を維持しようと警察や多くの自警団が苦労をしていた頃である。

 

「いいなぁ、飛船か。海の船ではなく空の船。一度乗ってみたいが、墜ちるのは怖いな」

 

「船であっても座礁したら終わりでしょう」

 

「このあたりなら泳いで陸に上がれるがな。ファルゼイさんの出身は海のほうかい?」

 

「ダーセバラという場所です。ご存知ですか?」

 

「ああ、あそこは魚がうまい」

 

船長はすぐにファルゼイの地元を理解することができた。

 

「そこで育ったのです」

 

「寒いからな。ここの海とはまた違うだろう」

 

「……ええ、あそこは特に冬だと死が隣り合わせですから」

 

吹雪の中、鱈のような魚の漁を行うダーセバラでは事故死も珍しいものではなかった。ファルゼイの祖父は若い頃、そのような事故に対する対策を推進したことで単なる地主から政治家として名を揚げた人物だ。

 

「まあ、いくら対策をしようが死ぬ時は死ぬさ。こういう大船であってもな」

 

「……覚悟はしています」

 

「まあ、その時はできるだけ俺は最後まで残らせてもらうよ」

 

実際、そう言ったように後にこの船長はこの船と運命を共にした。今日では被害例の一件として、犠牲者の一人として扱われてしまってはいるが、その背後にはこのような人物がいたのである。

 

ファルゼイはそういった話をしながらも、船旅の過程を色々と記録している。船の構造や食事の内容、荷物の積み方や機関の構造などをそこまで忙しくなかった船員に片端から聞いていったらしい。僕がファルゼイから渡された鞄の中にあった手帳は編集されたもので、使われなかった部分は膨大と言ってもいいほどの量がある。

 

几帳面に日付と場所についての記録を行っていたために整理もそこまで苦労することはなかったが、やはり彼の好奇心には驚かされる。

 

その知識の幅と貪欲さが、彼の到着地点であったワチアラで珍しいものを見る助けとなったのだろう。

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