竜と戦った九人   作:小沼高希

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アルガジャ=ディナレツの手稿 三

ファルゼイは図書館員と協力しながら、数日かけて竜の絵を確認していった。

 

「……これで、最後の二百七枚目」

 

図書館員はそう言って、手元の紙に最後の絵の表題と描かれた竜の概説を書き記した。

 

「全て揃っているというのは、聞いたことがありませんね……」

 

改めて眼前の事実を認めたファルゼイは、深く息を吐いた。

 

描かれた竜の中には、絶滅したとされているものが多くあった。特に新大陸の竜は人間に慣れる間も無く狩られていったために、学術的に分析もされないままにただこれらの絵だけがかつて存在した証として残っている種もいる。

 

「私もいろいろと文献を確認しましたが、確認できた限りではこの中にしかないかもしれない絵もいくつかあります」

 

「もしヴォール国に戻ったら、僕の知る絵をまとめておきます。送り先はこの図書館で構わないでしょうか」

 

「ええ。ただ、私がいつまで勤められるかはわかりませんが」

 

「……そうですか」

 

ファルゼイが故国に戻って短い時間でまとめ上げた目録は大禍の中でも無事に新大陸に伝わった。その結果、西方の所蔵では十六点が不完全な、あるいは失われた状態であることが明らかになっている。

 

ただ、このワラチアの図書館にあった一揃いの絵はガドラスカ国によって行われた飛船爆撃もあって行方不明となってしまっている。記録が正しければ一連の絵と関連する文書が保護のため移動させられたとされているが、混乱の中で詳しいことはわからなくなってしまっている。

 

この図書館員についてもそうで、図書館が燃えたあとの行方を追うことはできていない。もしかしたらまだ生きているのかもしれないが、二万を超える名もわからずに焦げた骸のうちの一つとなっていてもおかしくはないのだ。

 

「これは、もしフェナゾンの図書館か美術館が買うとしたら相当な額になるでしょう」

 

「……それはわかっていますが、おそらく館長はこの絵の販売や取引を許可しないでしょう。貸出しであっても、相当に渋るかと」

 

「なぜですか?」

 

ファルゼイの質問に、図書館員は深く息を吐いた。

 

「新大陸の混乱に列強が付け込んだことを、あの人は……というか、私達は忘れていないのですよ」

 

「どういう、ことです?」

 

ファルゼイにとって、このような対応は理解しにくいものであった。これは彼がヴォールの上流社会に慣れていたから生まれた齟齬というのも原因としてはあるだろう。

 

「まさか、アルガジャ=ディナレツがただ竜を描くためだけに職を辞し、世界を飛び回ったと思いますか?」

 

「そうでない証拠があるのですか?」

 

「……あなたなら、そういうものがなくても理解していそうではありますが」

 

この図書館員は、ほぼ間違いなくファルゼイの目的──旅の裏にある軍事的意図を持った情報収集──に気がついていただろう。それを踏まえた上で、この絵を見せたのだ。

 

「……もし気がついたとしても、言えませんよね」

 

黙るファルゼイに、図書館員は声色を変えずに返した。そこには侮蔑も憐憫もなく、ただただ冷たい声だったという。

 

「竜の棲息地域は、山岳地帯も多くあります。新大陸の鉱物資源は旧大陸に文字通りに吸い上げられました」

 

「……それは、そうかもしれません」

 

「あなたの祖父は、それに加担した人物ではないですか?」

 

「祖父と僕とは別の人です」

 

「ええ、では言い直しましょうか。ダーセバラ男爵があなたの国、ヴォールの外務大臣を務めていた時代に我が国は多くの金属資源を貴国に輸出しました」

 

「……それは、事実です」

 

工業に重要であった硬合金の原料が採掘できる地域は旧大陸には少なく、一方で新大陸には豊富であった。ヴォール国は真っ先に新大陸の資源を確保することによって他国に先駆けて産業成長を実現させたのである。この裏には軍事力と経済力を背景にした半ば恫喝的な貿易取引があった。

 

「その前には、私たちの国はフェナゾン国によって金と銀を奪われました」

 

新大陸で定められた金銀比価を利用し、フェナゾン国は経済的な発展を遂げた。それができたのは、産業の要所となった地域にフェナゾン国が関与する特許企業が進出していたためだ。結果として当時発達を遂げようとしていたトグンバル国を始めとする新大陸の経済は停滞したという見方もある。

 

「……なるほど、西方が嫌われるわけです」

 

「別に東方が好きなわけではないですよ。私の母方の先祖は西方のフェナゾン出身ですが、父方は東方のキイノギン国です。父の一族を飢えさせ、先祖代々の土地より追い出したリーバイ国を好く理由は私にはありません」

 

この言葉を聞いて、ファルゼイはしばらく言葉を返せなかった。二人は無言であらためて絵を確認し、そして本に戻して棚に納めた。

 

「……私は、自分の故国を代表しているわけではありません」

 

沈黙を破ったのは、図書館員の方からだった。

 

「旧大陸からの支援がなければ、ここまでの発展はできなかったでしょう。それは理解しています。ただ、我々はすでに一個の国であり、搾取される対象でもなければ憐れまれるべき国でもありません」

 

「……ええ」

 

「私は個人として、あなたをいい同業者であると見ています。もし必要であれば、私に連絡してください。貸出しであれば助力いたします」

 

「……ありがとう、ございます」

 

ファルゼイは結局、その日はあまり話すことができなかった。

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