ホンツブルフ飛行工学社の飛船の舷梯から、ファルゼイはワチアラの街を見返していた。竣工も近い高層建築物を見ながら、この街が今後どれほど発展するだろうかと馳せていた想いは足音によって遮られた。
「どうしたんだい、お客さん」
制服を着た船員に言われ、ファルゼイはやっと気を取り戻した。舷梯を外すために来た船員は、慌ただしく駆け込むファルゼイに軽く笑った。
「いや、案外名残惜しいものだと思ってね」
「そうかい、とはいえ船は時間には出さなきゃいけないんだ」
「わかっていますとも。申し訳ない」
軽金属の骨組みに張られた薄布、そしてたっぷりの軽気体を詰め込んだ飛船は、
「荷物はそれで全部ですかい?」
「ああ、そのはずだ」
着替えの詰まった大きな鞄一つが、ファルゼイの持ち物だった。もちろん、服の隙間に大量の紙が入っていたことは言うまでもないだろう。紙の隙間に服が入っていたと言う方が正しいかもしれないが。
ファルゼイが乗って部屋に入ってしばらくすると、身体がわずかに重くなるような感覚とともに小さな振動が始まった。窓から外を見るとゆっくりと地面がはなれていき、ファルゼイは自分が宙に浮いた状態であることを改めて認識した。
この時のファルゼイが怯えていた様子の記録は、正直言って僕にとってはかなり楽しいのであるが、読者の皆様にとってはそこまででもないだろうから割愛させてもらおう。ただ、しばらくすればファルゼイも状況を受け入れることができたようだ。
ファルゼイが乗った飛船はキイノギンの首都ワドトラを経由し、ヒルシェカ国の広大な大地を超えてアウクルンの首都カツクシェまで行くものであった。幸い、客室はいくつか空いており想定外の旅客であるファルゼイを受け入れるだけの余裕があった。
「……船とそう変わらないな」
ファルゼイは海を超えて飛船が進む中、外の景色を楽しんだり、同乗者との会話をしたり、あるいは電熱で温められた悪くない食事を満喫したり、はたまた旅客の立ち入りが許される範囲内を見学したり、となかなか充実した時間を過ごしていたようだ。
それに加え、ファルゼイは手紙を書いていたらしい。内容は知人たちに向けてアルガジャ=ディナレツの作品についての再研究を促すものだった。学院時代、そして卒業後に東方学会で作った繋がりを中心にしたものであり、ヴォールに戻ってからも追加で手紙を書いている。
当時、アルガジャ=ディナレツを詳しく調べようとしていた人物は芸術愛好家を中心としたほんの数人に過ぎなかった。特に歴史上の人物として彼を研究対象としていた学者は皆無と言っていい。
そのような状態に影響を与えたファルゼイの手紙はその後短くない時間をかけてこの画家の再評価に繋がったのであるが、読者のためにこれについて軽く話しておくべきだろうと僕は考える。
新大陸、トグンバル国のワチアラ中央図書館に所蔵されていた資料は行方不明となったが、西方で進んだ研究によって未整理であったアルガジャ=ディナレツの遺品から未発表の絵の下書きと手稿が発見された。
その手稿の内容は一見は旅の記録であったが、東方学者の協力によってその内容に複数の矛盾点が存在することが確認された。存在しない生物の素描やいきなり挿入される故郷を懐かしむ文章から感じられた違和感について、改めて調査を行った人達がいた。
彼らの、あるいは彼女らの名前は表には出されていない。ただ、その文体や用いている技術からおそらくフェナゾン国の情報通信部と呼ばれる部署内の専門家が関わったものであるだろうと推測されているし、フェナゾン国側もこれについては否定していない。
それに基づけば、アルガジャ=ディナレツはかつてある図書館員が推察したように情報収集のために新大陸に渡ったのはほぼ間違いないという。不自然な記録はある種の暗号であり、解読によって地形や生物資源についての記述が現れたというのだ。
ただ、この解釈についてはフェナゾン国側は発言を控えている。それは仕方のないことだろう。かつて追いやった人々が作った新大陸の国家から搾取していたことを公に認めるとなれば、そのために軋轢が発生することは容易に想像できる。新しい争いの火種をわざわざ作りたい人は、少なくとも今の時代には少ないだろう。
一方で、この手稿の記録によって改めて彼によって一連の『竜』が作られる過程が整理された。この手稿とファルゼイの記録をもとに昨年ワチアラ中央図書館で特別展が行われた。
この特別展はファルゼイが飛船に乗って旅立った半年後に行われた展覧会を再現することを目標とするもので、二百七点の絵を定期的に交換しながら公開したものであった。これは小さいながらも見た人から高い評価を得たらしく、いくつかの残された写真から失われたと考えられる絵についても複製品が作られるようになっている。
ただ、これは飛船の中のファルゼイには知る由もなかった物語の断片だ。