竜と戦った九人   作:小沼高希

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スヴェインスダー・ハロンシェイムの大砲 二

「竜を狙うためには、多くの工夫が必要でした」

 

そう言ってウィルダーはファルゼイの前に青写真を広げた。

 

「……ところでこれ、見ていいものなのですか?」

 

不安そうに聞くファルゼイの言葉にウィルダーはその意味を捉えるまでに数秒間呆け、そして納得したように頷いた。

 

「ああ、構いませんよ。条約で公開されている情報ですから」

 

「条約……ああ、竜に対するためのバルント条約ですか」

 

この条約は848年にプリジャ国の首都バルントで結ばれたもので、西方における対竜条約の中でも最も基本的なものである。今日では竜がほとんど討たれたために用いられることはほとんどないものの、西方における国家間の協力体制を明文化した最初期の例であるとして国際関係の分野では分析対象とされることも多い。

 

「それです。バルント条約で竜に対するための武器については積極的な情報共有と発明者に対する報奨が定められました。我がカズルズ火器社もそのような資金で拡大を遂げることができました」

 

そう言いながら、老紳士は図面に描かれた砲の基礎部分を指差した。

 

「相手が要塞であれば近年なら間接射撃が行われることがありますが、竜は弾が届くまでじっと待ってくれることはありません。そのため、竜を直接見て撃てるような機構が必要となりました」

 

「そうなると、砲という巨大な機構の向きを素早く変える必要がありますよね」

 

「それと、発射時の衝撃を効果的に吸収する機構も。これは船や飛船においては特に重要でした」

 

「一度に衝撃的な力がかかると、それだけ負荷も大きくなるからですか」

 

「照準の問題もありますがね。それを実現したのはこの部分です。駐退復座機と呼ばれるものですね」

 

ファルゼイは図面を覗き込み、指でその部分をなぞりながら構造を理解しようとした。

 

「……砲が固定されず、浮いているとでも言えばいいのでしょうか」

 

「その通りです。土台をある意味で支えているのは液体と気体の圧力ですね。この比率によってどれだけの時間をかけて衝撃が吸収されるかが決定します」

 

「不安定にならないのですか?」

 

「砲の発射の衝撃に耐える構造ですから、通常時の砲を支えるぐらいは造作もないのですよ」

 

「なるほど。そして、この下の部分で自由に操作できるようにする……」

 

歯車仕掛けと繋がった把手にファルゼイは目を向けた。

 

「ええ。もちろん手で動かすこともできますがね」

 

「これだけの重いものを?」

 

「物体には重心というものがあり、そこで支えれば小さな力でも容易に全体を動かせるようになるのですよ」

 

そう言ってウィルダーは机の上にあった銀匙の首の部分を軽くつまんで持ち上げた。

 

「このように保持されていれば、重さは持っている部分に全てかかります。このため、動かす力は少なくてすむのですよ」

 

そう言って柄の部分を弾くようにすると、銀匙が大きく揺れた。ファルゼイも自分の手前にあったものを手に取り、実際にそれを確認した。

 

「……なるほど、面白いものですね」

 

「このことはハロンシェイムさんに教えてもらったのですよ。先ほど説明した駐退復座機というものを発明したのも彼です」

 

「ハロンシェイム氏は、素晴らしい技術者だったのですね」

 

「……技術者としては、そうでしょうね」

 

「それ以外の面では?」

 

「まあ、部下としてはあまりいい人間ではなかった、とは言っておきましょう。今更あの人に義理立てする必要もないのですけれどもね」

 

ウィルダーは視線を下ろした。

 

「……そうでしたか」

 

「いえ、ただあのような環境だからこそ多くの発明がなされたというのも理解はできるのです」

 

「そう言いますと?」

 

「彼は開発局の技術者として、より良い竜を射つための砲の開発に邁進していました」

 

そう言う彼の顔は、ファルゼイの書き残した所によると声色とは違って冷静なものであったという。

 

「ええ」

 

「ただ、その目標のために全力を注ぐことを当然と見做すような人物でした。自分もできているのだ、なぜお前ができないのか、と」

 

「待ってください。その頃のハロンシェイム氏は既に実力を認められていたのでは?」

 

「ええ、開発局の長である彼に私が出会った時にはかなり老齢でしたが、それでも昔と変わらないと言われたほどの職人としての気質があったようで」

 

「……そういう人は、面倒というわけではありませんが難しいところがありますよね」

 

この時にファルゼイが想像していた人物は、既に亡くなっているために言及しても構わないだろう。当時の東方学会の会長であった人物で、ファルゼイは彼にあまり好かれていなかったようだ。

 

「私もそのような齢に近づいているのですが、その過程で理解できた部分もあるのですがね」

 

ウィルダーは白が混じりつつある髪を撫でながら言った。

 

「何をですか?」

 

「自らの実力を知る、というのは非常に難しいものです。ただ、ハロンシェイムさんはそれができていた。いや、出来すぎてしまっていたと言うべきか」

 

「なるほど」

 

「彼は自らの実力を他人の能力と正当に評価できた。私に向かってお前には職人としての才能がない、と全工員を集めた上で言ったのですよ。あの時は思わず近くの工具を手を取りそうになりました」

 

「はは……」

 

あくまでウィルダーは笑顔であったが、その目はあまり笑っていなかったという。その表情をファルゼイは素描として残しているが、確かにその不気味さというかその老紳士の中でずっと燻っている何かを感じさせるものとなっている。

 

「ただ、その見立ては実に正しかった。その後、私は当時のカズルズ火器社の社長から直々に、各地を巡って砲を売る仕事を任されたのです」

 

「社長から、ですか。その頃にも決して小さい会社ではなかったでしょう」

 

「そうです。後で聞いたのですが、ハロンシェイムさんが私を紹介していたようです」

 

「……なるほど。彼はただ、自分の考えを伝えて、自分が責任を持つ人員をより適切な場所に移しただけだったのですか」

 

「本人からしたら感謝されこそすれ、恨まれる要素はないと最後まで思っていたでしょう。実際、私が異動した後に一度顔を合わせる機会があったのですが、私の活躍を聞いて実に嬉しそうにしていました」

 

意外な人物の人間としての話を知れたファルゼイは、好奇心が満たされるとともに心のどこかに少し違和感のようなものが残っていたと書き残している。

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