「竜の鱗を貫くための徹鱗弾は、もともと軍艦を貫くためのものだったのです」
そう言いながら、ウィルダーは弾頭の断面図を取り出した。
「種類が多いのですね」
「ええ。一般的に使われる砲弾はこちら。一方で竜を相手にする場合は設計が異なりまして、例えばこのように小さな砲弾を中に詰めたものにするのです」
「このようなものですと、射手側に被害が及びませんか?」
「内部の火薬の量が調整されているので、まず問題ないわけです」
そう語るウィルダーが少し落ち着くと、ファルゼイは先程から持っていた疑問を口にした。
「……色々と持ってきているのですね」
それが相手が熟練だからこそできる技であるのか、それとも単なる自分が想定していない情報があるためかはその時には不明であったが、彼が販売員だということを加味しても、非常に準備がいいようにファルゼイは感じた。
「これが仕事ですので。まあ竜用の砲については今回売れなかったのですが」
そう言って、老紳士は小さく笑った。ただ、ファルゼイはでは何のための砲であれば売れたのか、などと聞くつもりにはなれなかった。
「硬く、鋭くすればいいというものではないのですよね」
改めてファルゼイは弾頭の構造を確認しながら言った。
「その通り。むしろ、ある程度粘るほうがいいぐらいなのです」
「具体的にはどうやって?」
「素材を調整するというものもありますし、衝撃信管と呼ばれるものを備えることもあります」
「衝撃で、爆発するのですか?」
「そう。本来は装甲を抜いた後に破裂するのです」
「それは……恐ろしいですね」
「被害を拡大させるためのものです。竜に対しては過剰過ぎるものですし、そういう意味では徹鱗弾の技術発展は既に終わっているとも言えます」
その話を聞きながら、ファルゼイはそれらの砲弾がどのように生まれたのかを考えていた。
砲弾を弾くほどの厚い鋳鉄の装甲を用意した軍艦を持てる国は限られる。西方であればヴォールやフェナゾン、東方であればリーバイのような列強国でなければ、そのような艦船を配備できるほどの余裕はない。
逆に言えば、そのような船を相手としてこれらの砲弾は発展したのだ。一般的に船を一隻作るよりも、砲を揃えたほうが安価に済む。カズルズ火器社の本社があるプリジャ国は、南北を列強に囲まれる難しい立地にあったため、巧みな外交と並行して武器の開発に力を入れていた。
一方で、列強国側としてはそのようなことをされて多額を費やした軍艦が沈められてはかなわない。船体装甲表面の硬化などの形で対策は練られたものの、それでも砲の脅威は海軍にとって頭を抱える問題であった。
「……まあ、このような開発についてはハロンシェイム氏はそこまで貢献していないのですが」
「どういうことですか?」
「あの人は竜のための砲の開発には意欲的だったのですが、それ以外の分野にはそこまで興味を持っていなかったのですよ」
懐かしさと呆れの混じったような声色で、かつて彼の部下であった老紳士は語った。
「何か、彼と竜の間に確執があったのですか?」
このように質問したのはファルゼイならではと言えるだろう。普通の人はそこまで竜と関わることはないし、熱中することもない。
「……いえ、むしろ、竜になら向けていいと考えていたように私には思えます」
「なるほど、ただ、今のカズルズ火器社の納入先は陸軍や海軍が中心ではないですか?」
ファルゼイはかつて軍にいた時に見た資料を頭の中で思い返していた。特に西方では北にヴォール国、南にフェナゾン国といった厄介な地政学的条件を抱えていたため、兵器の販売によるある種の取引が安全を支えるための手法の一つとして選択されていたのだ。結果、カズルズ火器社の設計した砲は多くの国へ採用されることになる。
「そうです。それもあって、彼の晩年は経営層との対立が激しいものでした」
「……そういう話は、面倒ですね」
「私は別に彼が人道主義者であったとは思いませんが」
「どういうことですか?」
ファルゼイは今までの印象と逆のウィルダーの言葉に首を傾けた。
「彼はただ純粋に、狩るための砲を作るのが好きだったのです。ある目標があって、それを倒すための最良の方法を探すのが得意だった。だから、相手が変わるのが許容できなかったのでしょう」
「……なんとも、都合の良い戦場を求める人ですね」
ファルゼイにとって、敵というのは常に変化し、自ら探らねばその正体を明かさないものであった。いや、探って一瞬でも何かを掴んだと思った瞬間にそれは手から通り抜けて、また別の何かになってしまうとまで言ったほうが正確だろうか。
「私もそう思います。だから、竜との戦いにおいて彼は適任だったのでしょう」
そう言って、ウィルダーは周囲を見渡してから別の図面を取り出した。その仕草は、明らかに第三者の目を警戒しているものであった。
「一応は、機密扱いです」
「いいのですか?」
「ええ、ただ内密にお願いいたしますよ」
ファルゼイはその図面番号を手帳に書き残していた。後に僕が取材のためにカズルズ火器社を訪れると、担当であったスタビントン特別顧問がその番号から探して該当する青写真の閲覧を許可してくれた。幸いにも、既に社内では不要だと判断されていた資料であった。
それは、竜を討つための傑作とも呼べる砲であった。陸で、海で、空で、高速に動き回る相手を狙うためのものであった。
銛と砲弾の両方に対応可能な砲の構造と、効果的に力を分散させることで容易な照準調整と装填を可能としたもの。
それはスヴェインスダー・ハロンシェイム亡き後に開発局が完成させたものであった。もし獲物がまだいれば、この砲は非常に効果的なものだっただろう。
ただ、それは作られることはなかった。
「今どき、竜を討つ人はいないでしょう。名誉を求める人はこのようなものを必要としませんし、竜以外にはこの砲は使えません」
おそらく、ウィルダーはこのような事をファルゼイに語ったのである。手帳には、ただ欠陥兵器であったために使われることはなかったと書かれていた。