それからしばらく、二人の会話は国際情勢について及んだものと考えられる。このあたりのファルゼイの記録はかなり散らかっていて、その思考を追うのは僕でも困難であった。
その複雑さは、当時の国家間の関係の複雑さにも起因していた。ファルゼイがアラク・アゥ=ウワチを出た時に問題となっていたナクゥド国とカルコツィク国との衝突は表向きは停止したもののナクゥド国内部の問題に発展し、大陸横断鉄道の停止という結果につながっていた。
また、ここから始まった東方の南北列強の対立は次第に他国家を巻き込んだものへと発展していった。あの惨禍の序曲は既に始まっており、二人が飛船で会話している頃には電信線を走り、後から見れば止めようもないほどに大陸全土へ、そして海を超えて新大陸へと波及していたのである。
「……ままならないものですね」
「ファルゼイさんの仰るとおり、一度動けば止めることはできないでしょう」
一旦情勢を整理した二人は、現状にため息を吐いていた。
ファルゼイは東方学者として、また軍と繋がりのある情報収集者の視点から分析を提供し、兵器商人であるウィルダーは各国の軍備についての情報を出した。
もちろん互いに話せる範囲に限りはあったが、それでも有意義な分析となったと考えられる。少なくとも、当時行われていた将来予測の中でも悪くない結論を出していただろう。実際、実際の災厄は二人の予測のうち最悪の場合とされていたものを綺麗に辿っている。
「どうすれば、争いが収まるのですかね」
ファルゼイはそう言いながら椀を取り、中が空であることを確認して惜しそうに呟いた。
「力による均衡は、それを維持するための不断の努力があってもなお崩壊しうるものです」
老紳士も重い空気の中、口を開いた。
「かといって全員が同時に武器を手放すなんてこともできないでしょう」
「あなたは竜にお詳しい。強大な敵を前にしてもなお、人々が些細なことで争いを繰り広げていたことはよくご存知でしょう」
「……争いだけなら、まだいいほうですよ」
そう言って、ファルゼイはルギナの街に築かれていたミドゥリシュカ大公の要塞についてウィルダーに語ったと考えられる。まだ証拠は揃いきっていなかったが、あくまで仮説とした上で共有したのだろう。
「……なるほど、そういう形にも発展しうるのですか」
「もちろん、このような緊張が列強国の力の低下を生むことである種の平等が生まれる可能性はありますけどね」
「我が国プリジャは、そうやって外貨を獲得している側面がありますから。小国には選択肢は少ない」
「大国であったとしても、そう選べるほどのものがあるとは限りませんよ。貴族院は常に問題を生んでいます」
当時の貴族院──今で言う帝室評議会──は、当時拡大主義的な意見が主流であった。僕の父が当時病に伏せていたために名代として議席に座ったが、あの突き抜けるような喧騒と活気は相当厭世的でもない限り飲み込まれてしまうものだと思うし、実際僕もある程度は飲み込まれ、あの惨事に手を貸すことになったという自覚はある。
「あまり貴国の政治には詳しくはないが、まあどの国も判断が正しくなされるとも、判断に従って行動が起こるとも限らないのが難しいところだ」
「まあ、議会も市民も一体となって突き進んでしまえば終わりですよ。それを止めるためには年単位で時間がかかり、落とし所を探るだけでもさらに年単位、と来ますからね」
「……高威力の砲を作れば、その脅威によって衝突は減ると述べた哲学者もいたが」
「そんな事はないというのは、売っているあなたがよく知っているのでは?」
「納入される時に、ああ、これが一度も使われることもなく、よく磨かれ油も刺された状態で、溶鉱炉に送られてくれればいいなとは思うさ。何より突発的な注文を入れられると苦労する人は多い」
「売る側も難しいですね」
「なら、ファルゼイさんみたいな買う側はどうなんだい」
「……直接取引をするわけではありません。情報を集めても、それを精査するのは上の方です」
「それでも、あなたは重要な人物だ」
老紳士は丁寧な話し方を変え、ファルゼイをじっと見た。
「ファルゼイさん。私は今まで相当な量の砲を扱い、その中には敵国に向けて、あるいは国内の反乱者に向けて撃たれたものもある。その責任の全てを負うわけではないが、全く手が汚れていないと考えるほど居直るわけにも行かなくてね」
「……もしそう思うのであれば、その仕事が嫌にならないのですか」
「そうはならないね、理由は二つだ」
そう言って、ウィルダーは指を二本立てた。
「一つ。私が担当しなければ、別の人が担当する。その人が私以上に情勢を理解し、私以上に適切に求められたものを提供し、適切に情報を整理できるかは疑問が残る。なら、知識と技術がある私がやるべきだ」
彼はそう言って、指を一本折った。
「……二つ目は?」
「どの仕事であっても、今後起こる動乱に関わらないということはできない。あらゆる職業、あらゆる商品、あらゆる情報が扱われる時代になる、ということは議論しただろう?」
「……ええ、逃げられないのであれば、自らの責務を果たすべきだ、と」
「そうだ。悩み続けなければならない。責任を負い続けなければならない。特に、あなたのような重要な場所に影響を与えられる人物であれば、なおさらだ」
ファルゼイが彼に対して自らの経歴を明かしたとは考えにくい。せいぜいかつて軍務に就き、その当時の関係者から出資を得て東方学の調査のために旅をしているというところだろう。
ただ、ウィルダーはおそらくファルゼイの目的を見抜いていただろう。もとよりカズルズ火器社は本社のあるプリジャ国との関係性が深い。実際に質問してもはぐらかされたが、否定されなかったという事実がこれを示唆していると言ってもいいだろう。
「というのが、老人から将来の長い若者への脅しだよ」
そう言ってウィルダーは前のめりになっていた上体を戻し、悪戯そうな笑みを浮かべた。
「……悪趣味な」
ファルゼイはそう呟くのが精一杯であった。
「改めて言うが、全てを引き受ける必要はないからな。逃げるべき時は逃げるべきだ。だが、立ち向かえるならそれを背負うといい」
このような対話は数日にわたって行われ、ファルゼイがこの言葉を言われた頃には飛船はアウクルンの領土に入っており、終着地のカツクシェに到着するまで二日を切っていた。