竜と戦った九人   作:小沼高希

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ヴィトゼン・ホンツブルフの飛船 二

「我が社のあらましを話しておいたほうがいいかもしれませんね」

 

そう言いながら、ヴァラツは別の本を取り出した。

 

「ホンツブルフ飛行工学社は僕の父、ヴィトゼン・ホンツブルフによって設立されました」

 

ファルゼイに向けられた古い写真には三人の人物が並んでいたが、その中央の人物がヴィトゼン・ホンツブルフであることは顔の雰囲気などからファルゼイにも把握できた。

 

「左側の人が化学担当のジラゾルト教授。右の人が製造担当のウィールチェ氏。最初の計画は、この三人で始まりました」

 

ヴァラツが頁をめくると、作業所で試作品らしき小型の飛船を作っている三人が写った写真があった。

 

「かなりしっかり記録が取られているのですね」

 

「僕の母が写真師や会計などの形で会社を支えていました。ただ、母は写真機の側にいたのでたぶん写っていないと思いますよ」

 

「……重要な人物がそういう形で残らないことは、ありますよね」

 

「そうかもしれませんね」

 

ファルゼイの言葉をさらりと流し、ヴァラツは挟まれていた紙を広げた。

 

「もともと飛船の概念は広く知られていましたし、父が会社を立ち上げた頃にはいくつかの競合がいました。ただ、それらの相手に先んじていたのは設計です。今までの柔らかかった気体袋に硬い軽金属の枠をつけ、空気力学的に抵抗を少ない形にしたことで実用的な効率を実現しました」

 

次の写真では、数十人の作業員が創業者のヴィトゼンを囲んでいた。日付を見ると、最初の三人の写真から八年が経過していた。いや、八年しか経過していなかったと言うべきか。

 

「これだけのものを作るとなると、かなりの出資が必要なのではないですか?」

 

「それはもう。母がその担当、すなわち会計でもあったのですが、とても大変だったと聞いています。ただ、最初の飛船が成功してからは経営も安定しました」

 

設計が改善され、飛船は次第に大きくなっていく。その過程が丁寧に記録されているのは、撮影をずっと同じ人物がやっているからこそできることだろうとファルゼイは分析していた。

 

「これが最初の大陸間横断を成功させた三十四号機。この設計が基本となって、それ以降しばらく続きます」

 

「この部分は砲ですか?」

 

ファルゼイは小さく写る棒状のものを指差した。

 

「そうですね、これは……少し待ってください」

 

ヴァラツはまた別の本を取り出した。

 

「それは?」

 

「各機体の青写真と設計過程を製本したものです。これと同じものがあと二つ、別の場所に保存されています」

 

「なるほど、もしこの建屋に何かあっても問題ないわけですか」

 

「まあ、困らないわけではないですけどね」

 

そう笑いながら言うヴァラツの手は搭載設備の表を開いたところで止まった。

 

「カズルズ火器社から搬入したものですね。小型の砲で、狩るためのものではなく追い払うことを目的としています」

 

「この頃にはまだ、本格的に竜と戦うためのものではなかったのですか」

 

「そうですね。ただ、もともと竜に対抗する事は想定されていたはずです。ええと少し戻りますね」

 

ヴァラツが取り出したのは、出資についての説明書きだった。

 

「よく何がどこにあるか覚えていますね」

 

「子供の頃からここによくいましたので」

 

「……あなたはきっと、いい経営者になれますよ」

 

「知識は必要な素質ですが、それだけでは十分ではないのです。ほら、ここを見てください」

 

ファルゼイが覗き込むと、そこにはいくつかの文章があった。

 

「高速な輸送、科学観測、そして竜に対する効果的な存在として……なるほど」

 

「十分高い空に舞った竜を墜とすのは容易ではありませんでしたからね」

 

読者の中には対空砲と呼ばれる種の砲をご存じの方もいるだろうし、そのような人からすればこの発言は不思議に聞こえるかもしれない。

 

しかし、銛砲と呼ばれる竜の動きを止めるためのものがわざわざ作られたことからもわかるように、俊敏に動く竜を狙うのは飛船を狙うのとは異なる。飛翼機に対して対空砲はしばしば有効であったが、この種の砲の発展には多くの技術的課題があった。

 

例えば当たらなければ効果がない砲弾ではなく、ある程度近づいたところで爆発するようにすれば直撃することがなくとも被害を与えることができる、という考え方がある。ただしこれが実用化されたのは時限式の信管──砲弾の起爆機構が導入されてからであり、これは高度な電気工学の産物であった。

 

また一弾一弾も非常に高価なものとなり、費用対効果で考えれば低価格の単純な砲弾を大量に撃ったほうが良いとなることも珍しいものではなかった。

 

ただ、射つ弾を減らす事ができればそれに越したことはない。高速で移動する竜に対して命中率を上げるためには、より高い場所まで、そして素早く移動できる射撃地点が求められていた。飛船はこの目的に合致したのである。

 

「それでも、失敗はあったと」

 

ファルゼイは事故の記録の方に視線を向けた。

 

「ええ。竜が人間の生息区域から駆逐されつつあった時代とはいえ、未だ強い兵器を求める声は大きかった。父はそれに応えるという契約で資金を集めたのです。裏切られたと考えた出資者は多かったわけです」

 

「……仕方のないことではありますが、難しいですね」

 

「ただ、ここからは僕も父を尊敬する点なのですが、きちんと調査と改善を重ねたのです。ここからしばらく、ホンツブルフ飛行工学社は竜の討伐にかなりの力を注ぐことになります」

 

ヴァラツが見せた写真は、ファルゼイもかつて伯母から見せられて知っていたものであった。編隊を組んだ銀色に輝く飛船は、当時新聞でも広く報じられたためにある程度以上の世代であれば見たこともある人もいるだろう。

 

後にホンツブルフ討伐隊と呼ばれることになる、高地や極地などの僻地の調査と竜の排除を行った船団である。

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