砂漠の寒い夜であっても、ある程度しっかりとした寝台で休むことができたためにファルゼイの目覚めは悪いものではなかった。
「洞窟燈の使い方はわかるか?」
まだ日が出るか出ないかという時間帯にバーント博士に連れられて、ファルゼイは発掘現場となっている洞窟へ向かった。
「いえ、不勉強で」
「ここに入れた水が、入れておいた炭化物に落ちると泡が出る。その気体を燃やすわけだ」
「なるほど……」
着火器で手慣れたように手提げの洞窟燈を付け、バーント博士はゆっくりと奥へと進んでいった。
「……風が吹いていますね」
暗い通路のような空間を進みながら言うファルゼイに、前を歩くバーント博士は大きく頷いた。
「まだ全体の地図ができているわけではないが、かなり入り組んだ構造をしているのに風通しが良い。空気が淀む場所がない」
「……人が住んでいたのですか?」
「おそらくは。例えばここだ」
そう言って、バーント博士は洞窟燈を左側に向けた。
「
バーント博士が照らし出す並べられた岩を見聞しながら、ファルゼイは思考を巡らせていった。
「原始的だが、そのようだ。炭化した穀物が見つかっている」
「この地域の降雨量はそこまでないはずです」
「南の山脈を超えて持ってきたとも考えたが、かつてはこの場所がそこまで乾燥していなかった可能性もある」
「……これらは、どれぐらい昔のものなのでしょうか?」
「場合によっては二千年以上前、かの王ジザンの時代より前かもしれん。砂の積もりから計算した数字は当てにならんがな」
「先輩の仮説が正しかった場合、どれだけ堆積するかも変わってくるでしょう」
「ああ、考えることが多い。だからこそ調査を進めたいのだが」
それなりの距離を歩いた後、二人は少し開けた場所についた。いくつかの洞窟燈に照らされた空間では、作業の人足たちが崩れているらしい通路を通れるようにするための作業をしていた。
「……これが?」
ファルゼイは中央に置かれた骨のようなものを見て言った。
「ああ、できるだけ動かさないでくれ」
「……わかりました」
そう言って、ファルゼイは端の方の骨を持ち上げた。竜の骨は空洞であり、見た目以上に軽い。しかしそれはかなりの重さであり、油断していたファルゼイは一瞬落としかけた。
「おい、注意しろよ」
「……まさかこれは、彫られたものなのか?」
手からファルゼイが受け取った感覚は、それが石であることを示していた。しかしその関節部まで再現されたような凹凸は、一目見ただけでは実際の骨と形の上では見分けがつかないほどのものであった。
「ああ、石膏を削り出して作られている」
「……なるほど、これは本物を見ながら作ったと考えるべきだ」
「そこまで良く出来ているのか?」
「覚えている骨の特徴は少ないが……例えばこの部分は飛膜が張るための部分だ」
実際、彼がその後数日かけて取ったスケッチについて竜の解剖学的構造に詳しい人に見せたところ、種と生態、その推定齢まで割り出せるほどに精密なものであった。
「なるほど、やはり専門家の意見は助かるな」
「専門家ではないからな」
「ああ、それともし時間があれば……おいイザット!」
バーント博士が叫ぶと、作業をしていた人達の中から少年が一人顔を出した。
「この子に絵を仕込んでやってくれ。この遺跡の記録をやってもらっている」
「……どうも、俺、イザットだ」
あまり流暢とは言えないが、ヴォール語を聞いてファルゼイは少し驚いた。
『覚えたのか?』
ファルゼイはナクゥド語で返した。ここまでの荒地の旅で通訳なしになんとかなる程度には、ファルゼイは大学とヴァドキンス大佐にしごかれていたのだ。
『おい先生、こいつはお前の知り合いか?』
『ああ、俺の弟子のファルゼイ君だ』
「おいいつお前の弟子になった」
「後輩に当たる言葉がナクゥド語にはないんでね、だから生意気な言葉使いになる」
断っておくが、バーント博士のこの見方は当時は特に頑迷であったわけではない。もちろん、相手を見下していなかったところがないといえば嘘になるだろうが。
『……ファルゼイという。こいつの仕事を見張るために来た。お前に絵を教えるためにも来た』
『俺より上手いのか?』
『保証しよう。彼は俺が学ぶ所で一番の腕だった』
若いイザットが納得しそうな言葉を言ったバーント博士をファルゼイは睨んだ。
「嘘を言うな嘘を」
ファルゼイの言葉を聞き流し、バーント博士は今の時点での状況をファルゼイに説明した。
この空間は、ある種の合流地点なのではないかとバーント博士は仮説を立てていた。その証明のためにできるだけ記録を残し、そして埋まった場所を掘り返して詳しい情報を手に入れることがその時の目標であった。
「小型の捲揚機が間もなく届くはずだ。それを持ち込めば、ある程度の岩であれば動かせるようになるだろう」
「運ぶのも整備するのも大変だろうに」
「ここの人達はなかなか覚えがいい。もし学院に行けたなら皇帝から優秀賞を貰ってもおかしくないやつだっているだろうさ」
「……そこまでかね」
ファルゼイがそう言ったのは、あまり保証はないがおそらく自らと同期であり、優秀賞を貰った親友について考えていたからだろう。ただ、その親友については彼の手帳にあまり言及がないために詳しいことはわからない。
「今のところ、記録を取れる人間があまりにも少ない。あのイザットという少年は絵が上手いが、まだ癖がある」
「……下手ではないと思うが、他人に教えるのは慣れていないぞ」
「構わんさ。まったく、ヴォール国にはナクゥド語が話せる人材がほとんどいない上に大半はこの砂漠の暑さと寒さで倒れているからな」
「それはバーント先輩が異常なだけでは?」
「かもな、だがこういう調査ができるなら
この言葉を聞いたファルゼイの記録によれば、前日において彼が狂気に陥っていると書いた事を踏まえ、実際にはもう少し面倒なものである可能性について示唆している。