「すみません、色々と話し込んでしまって」
ヴァラツがそう言った頃には、既に外は暗くなっていた。
「いえ、むしろ仕事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」
この日のヴァラツは社長業を止めていたが、関係者によれば当時は普段からそこまで経営について注力するよりも現場を見て回っていたという。ただ、これは平時であれば十年後のホンツブルフ飛行工学社の発展には重要であっただろうが、その後の混乱を乗り越えるためには不十分であったと個人的には考えてしまう。
「そんな事はないですよ。顧客となりうる人達に説明するのは大事な仕事です」
「……そうだと良いのですが」
「夜も遅いですし、宿は取られていますか?」
「ええ、この近くに」
「なら、門までは案内いたしましょう」
そう言って、ヴァラツは暗くなった施設を案内した。
「夜でも電灯が点いているんですね」
「ええ、作業をすることもありますし、夜中に着陸することもあるので」
「夜間着陸は危険なのではないですか?」
「危険だからこそですよ、だからこそ試せるうちに試すのです」
そう言って、ヴァラツは広い場所に持ち出された大型の飛船を見た。先程まで説明を受けていたファルゼイは、その構造が今までの発展を踏まえながらもさらに挑戦的な設計をしていることを見抜くことができた。
「確か……『
「ええ、表向きは父の名とは関係がないとされています」
「誰が信じるんですか?」
「僕は反対したんですよ、父もたぶん反対したでしょうし」
そう言ってヴァラツは笑った。
「……少し、彼らの方を見に行ってもいいですか?」
「どうぞ、むしろ一緒に行かせてください」
ファルゼイの返答を聞いて、ヴァラツは小走りで電灯に囲まれた新型の飛船に向かった。
「様子はどうですか?」
「お、社長だ。何しに来たんですか?」
「若坊主じゃないか!なんだ今更、これ以上なにか見るものがあるのか?」
「酷いですね皆さん!仕事ですよ仕事」
様々な言葉を投げつける技術者たちに対し、風に飛ばされないように外套を手で抑えながら、ヴァラツは笑いながら返した。
「いい職場ですね」
「自慢の会社の、自慢の社員たちです」
ヴァラツは口角を上げた。
「間もなく飛行と着陸の試験だ、必要なら船長に声をかけておくんだな」
「なら、送話器を貸してください」
そう言ったヴァラツに、手際よく機械が差し出された。ファルゼイが見るに、飛船と繋がっている線の中に通信線が入っているのだろうと推測できた。
「……こちら操舵室」
雑音混じりの音を、技術者たちは黙って聞いていた。
「社長です。ご武運を」
「あんたに祈られなくともやってやるぜ、ヴァラツ」
通信が切れる音がして、話し声によるざわめきが場に戻った。
「知っている人ですか?」
「我が社の誇る最高の実験飛行士ですよ!ホンツブルフ討伐隊の第一艦隊隊長を務めたこともある古強者です」
「それは頼もしい人だ」
ファルゼイがそう言うと、発動機の音が大きくなり、共に風も強く吹き始めた。それなりに離れた飛船の発動機からの風であった。
「最初に浮かび上がる時、上向きの力を加えることで不安定な時間を最小限に抑えます」
「かなり力技ですね」
「ええ、ですがこれを実現できるだけの技術を我が社は持っています」
ヴァラツが言ったように飛船は浮かび上がり、そして上方へと消えていった。暗闇のために距離感が正確には掴みにくくなっていたが、飛船の点滅する灯火が暗くなっていくことで大まかな距離はファルゼイにも推察できた。
「この船は、決して革新的と言えるものではないでしょう。ただ、細かな機構を丁寧に改良していきました。今使われている旅客用のものと比べて速度も乗り心地も停泊にかかる手間も軽減されています」
「……確かに、そう言われれば『
ファルゼイとヴァラツは、暗い夜空を見上げながらそう話した。
さて、読者の中にはこの船の名前に聞き覚えもある人がいるかもしれない。
ただ、これはあまり正確なものではなかった。黎明期の飛翼機はその動力の不足から攻撃の手段を持たず、大きな目標である飛船であっても有効な対策ができなかった。
しかし、街を焼く飛船が消えた過程において飛翼機は重要な役割を果たしている。飛翼機は航続距離と引き換えに量産性と速度を高めており、監視と偵察においては飛船以上の能力を持っていたのだ。
また、各地に電信線が引かれるようになったことも重要である。飛船がいくら速いとはいえ、電気の速度には劣る。移動の最中を発見され、対空砲で狙われてしまえばおしまいだ。もちろん飛船に搭載された武装は飛翼機に対して有効であったが、それでも限界はあった。
この過程で用いられた兵器の多くは、かつて竜のために作られたものであった。もし竜がいなければ、人類は空に向けて、あるいは飛船に乗せて放つ砲を開発するまでに長い時間がかかっただろう。しかし、多くの軍にはそのような砲があったし、その砲の使い方は共有されていたのだ。
結果として、あの惨禍の中で空は陸、海と並ぶ騒乱と流血の場となった。その結果失われた命と技術は、復興しつつある今日においても航空産業に癒えない傷を残したままである。