竜と戦った九人   作:小沼高希

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終章
終章 一


雨は止んでいたが、星は出ていなかった。列車から一人の男性が降り、準備していた防水外套を着ることなく手に持ったまま、駅を出てしばらく歩いた。

 

軽く周囲を見渡しつつ彼が向かったのは、外見からすれば変哲もない建物の一室だった。その詳しい場所については、未だに軍機となっている。

 

「遅かったな、ファルゼイ・エイストン中尉」

 

薄暗い部屋に入った彼を迎えたのは、かつてヴァドキンス大佐の下で将校育成過程を修めていた時にファルゼイと顔を合わせた人々であった。外見だけであれば外交官か学者かといった風貌の男たちであり、襟章なしとはいえ軍服を纏っているのはファルゼイだけであった。

 

「状況は?」

 

「ロイハム荒地の戦線が混乱している。飛船も多く墜とされて、まともな情報が手に入っていない段階だ」

 

ファルゼイの言葉に、部屋にいた一人が答えた。机に置かれた書類と、壁に貼られた写真などを一瞥しただけでファルゼイにはだいたいの状況を把握できた。

 

「……大佐は?」

 

「我らが親愛なる非紳士的外交団の親玉は宮廷で面倒な政治を担っていらっしゃる。本件については自由に動け、と」

 

「了解。指揮系統は?」

 

ファルゼイの言葉に、部屋の面々は顔を見合わせ、そしてゆっくりと全員がファルゼイを見た。

 

「……本官が最先任、ってことか」

 

ファルゼイは諦めたように言った。

 

「で、必要なのは現地の情報を得ることか」

 

ファルゼイにとって、議論の対象となっている地域はしばらく過ごしたことのある場所であった。ロイハム荒地南部──ナクゥド、フェナゾン、カルコツィクの三国が接する地点は、かつて遺跡発掘の進捗確認で訪れた領域だ。そこが今では、血と鉄と油に塗れている。

 

「バーント発掘隊がこの地域にいたはずだ。報告書があるはずなので探しておいてくれ。場合においては東方学会のバーント博士を協力者にしろ」

 

ファルゼイはそう言いながら、バーント博士の名前と簡単な経歴を手帳に記し、一葉を破り取って手を伸ばした一人に渡した。

 

「場所からして、現地に行かなければどうしようもないものだな。ただこの写真を見るに相手装備からしてナクゥドが中心になっている構成だろうな」

 

「そうですかね?銃はフェナゾンのやつに見えますけど」

 

「顔つきと靴が違う。砲については……鹵獲じゃないか?確か敵陣営でカズルズ火器社のものを使っている部隊は東部方面に集中しているはずだ。この飛船が撮影した地域では別形式のものが主流だったはずだ」

 

「……中尉がこの戦況で今まで前線送りになっていなかったのは、こういうことができるからなんですね」

 

「それを送り込むっていうんだ、もう我々にも手札がないんだろう」

 

部屋の中で、誰のものともわからないぼやきが湧いた。

 

「それは向こうも同じだ。さて、どうして現地に行ったものか……」

 

ファルゼイは地図を見ながら、顎に手を当てた。

 

「軍と一緒に行きます?」

 

「混乱を招きそうだ。場合によっては中立国名義でフェナゾン経由で行ったほうがいい」

 

「あー、それは難しいかもしれません中尉。最近そっち側に伸ばしていた人員が消されたらしいです」

 

「何か失敗を?」

 

「そういう気配がないので、たぶんかなり念入りに監視されているかと。中立国の人物が間諜容疑で捕まって有罪、なんてのもありました。実態は知りませんが」

 

「……そうか」

 

ファルゼイはもう一度地図を見て、移動に使えそうな経路を撫でた。

 

「大陸横断鉄道は、使えているんだったな?」

 

「壊れながらではありますけどね、なんとか動いています」

 

「ならそれで東方に大回りしてガドラスカ国に入る。あそこは南部はともかく北部の方はまだ行けるはずだ」

 

「行ったことあるんですか?」

 

「南部はな。北部も鉄道で通った時に見た」

 

ファルゼイの一つ一つの経験は、そこで長く暮らし信用を積み重ねてきた人と比べれば小さいものであった。しかし、それらを組み合わせる能力を加味すれば、ファルゼイは必要な情報をかなりの正確さで示すことができた。

 

「プリジャ国の貿易企業というのはどうでしょう。一応は中立国ですし、いくつか商社がガドラスカ国にも入っています。違和感はないかと」

 

「じゃあ話せるやつを集めてくれ。数日以内に立とう」

 

「ファルゼイさんはどうするんです?」

 

「必要なら通訳でもいい。偽装はあまり得意じゃないんだ」

 

「ま、我々は本職ですからな」

 

そういう会話を交わしながら、それぞれがやるべきことを部屋の中の人々は整理していった。

 

偽造文書の入手先。連絡手段。演じるべき職業。備えの計画。これらの多くは、未だ関係者も詳しいところは語ろうとしていない。僕が聞けたのは、あくまでもう連絡が取れないファルゼイという士官についての個人的な思い出話であり、公開できる範囲にあるものだけだ。

 

「列車に乗ってガドラスカ国まで向かい、そこから西に向かってナクゥド国に入る。ロイハム荒地を突っ切るように異動しながら情報を集め、中立国のプリジャまで行って、そこから北に戻ればいいわけだ」

 

空が白み始めた頃には、計画の大まかな内容は固まっていた。実際の営業員がどのような服装をしているか、どのような物を持っているかについてはファルゼイは少しばかり知識があった。

 

「似合いますかね、これは」

 

ファルゼイが着たのは、上等とは言わないまでも悪くない仕立ての服であった。若い中流階級の勤め人が用意できる悪くない様相であったし、他の同行者と比べても遜色ないものであった。

 

「ああ、大学で語学を学んで通訳をやっていると言われればそんなものか、と思われるだろうな」

 

そう返した男は、今回の情報収集班の班長を務めることになった経験豊富な人物であった。先程までは神経質そうな顔をしていたが、その時には自身に満ち溢れた、若き実業家という風貌であった。

 

「ならいいですね。横断鉄道の切符は?」

 

「闇屋から既に手に入れてある。まったく、あんな職が大手を振れるようになるとは人々の倫理も堕ちたものだぜ」

 

「我々も倫理を説かれないように注意しなくてはいけませんね」

 

ファルゼイの言葉に、班長は静かに笑って返した。

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