竜と戦った九人   作:小沼高希

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終章 二

ファルゼイの痕跡を辿るのは難しい。多くの名前と肩書を用いてあちらこちらを渡り歩くような行動をしていたため、関係者の不正確な、そして機密の帳に覆われている言葉から推察するしか無い。

 

ただ、おぼろげな経路を辿ると、敵国のフェナゾンを堂々と通って前線を迂回して戦闘地域に辿り着いたと考えられる。この頃に公的には軍に所属していない他の人員は別れたか、あるいは兵士に紛れて本国へと戻ったかしたのであろう。

 

僕の辿れた限りでは、おそらくファルゼイが最後に確認できたのはロイハム荒地南部戦線である。結果として、ここでのファルゼイの活動は軍事文書によってのみ知ることができるものだ。

 

残された文書の作成者を片端から確認するという作業の結果、僕はファルゼイはここの司令部にて仕事をしていたと結論付けた。

 

「相手の動きが読めるかね?」

 

「戦略指揮官としての教育は受けていないのですが……」

 

そういった形で、ファルゼイはかなり便利に使われていたようだ。肩書上は本国のヴァドキンス大佐の指揮下にあるが、この時に大佐はファルゼイに対して少し複雑な指揮系統の下に自由行動を許可していた。

 

結果として、ファルゼイはロイハム荒地南部部隊の隷下の中尉として地理や敵国事情、あるいは尋問による情報収集といった専門性の高い、それでいて不可欠な業務に携わっていたと考えられる。ファルゼイの名前で署名された各種の報告や文書の存在も、これを裏付けていると言っていいだろう。

 

「ナクゥドの文化的側面を考えれば、やはり力の誇示とそれによる庇護の意思表明が必要でしょう。国家として統一して動き、法律や条約によって縛られるような考え方をしていないことを改めて理解するべきです」

 

「……ここで彼らを蛮人などと言うべきではない、のだろうな」

 

佐官の言葉に、ファルゼイは頷いた。当時の士官の多くは高等教育を受けた人物であり、上流階級に属していた人も少なくなかった。ファルゼイからすれば、話のしやすい相手の多かった空間だっただろう。

 

「彼らの一部からすれば、我々の方こそ謎の理由で攻撃を控えたり、戦術的に見て当然と思う行動をしていないのです。そこの齟齬を解消するにせよ利用するにせよ、相手を知る必要があります」

 

当時の捕虜から得られた情報には偏りが多く、特に言語の壁は意思疎通を大きく阻害していた。ファルゼイのようないくつもの言葉についてその細かな機微まで解することのできるような人物は稀であった。

 

もちろん、東方学会もこのような問題に対して会員を派遣したり通訳入門書を作成するといった形で関わっていた。それがあの大災を抑えることになったのか、はたまた拡大させたのかについてはわからない。

 

ただ、そこで努力をした人がいるのは確かなのだ。そこで得られた情報は、結果として大きな破滅への流れを(すんで)の所で食い止め、不安定ながらも衝突を起こさない体制を築くことの一助にはなったと僕は信じるものである。

 

「……名前は?」

 

ファルゼイの名前が残る、僕が見つけられた限りで最後の書類は捕虜の尋問を行った際のものだ。

 

「答えないか。まあ、構わない。ただ、その首飾りから見るとクシュヂィのあたりの出身か?」

 

捕虜はファルゼイの言葉にわずかに反応したが、まだ口を閉ざしたままであった。

 

「昔、あそこに寄ったことがある。いい街だった。活気があって、色々な品物があった」

 

「それを奪ったのはお前らヴォールの奴だろうが」

 

ファルゼイは罵倒一つ一つに丁寧な注釈までつけて記録している。これは言葉一つ一つの裏に歴史や世界の捉え方がある、という考え方に依るものだと考えられるが今それを見ると不謹慎ではあるのだがその真面目さに思わず笑ってしまう部分もある。

 

ただ、ファルゼイの尋問はこの捕虜の場合にはうまく行ったようだ。

 

ファルゼイはクシュヂィの街について、色々と細かい場所を彼に訪ねていた。かつて訪れたことのある街であったが、報告書を読んだ僕はその記憶の細かさに驚いた。

 

どのような屋台があったのか。道はどのように入り組んでいたか。場合によっては有名とされた店の主人の性格に至るまで。

 

「ああ、あんたあの宿に泊まれたのか。あそこは俺の叔父がやっていてな」

 

そう言って自慢気に話す捕虜から、ファルゼイはより細かな情報を得ることができていた。軍の部隊の人数。使っている兵器。補給の状況。

 

それらを組み合わせるのはもっと上位の階級の人物であったが、僕から見ても重要な部分となりうる証言ばかりであった。

 

「おっと、今日はこのぐらいになりそうだ」

 

「……なぁ、あんた。名前は何て言うんだったか?」

 

「ファルゼイ・エイストン。中尉だ。だが、気にせずにファルゼイと呼んでくれても構わない」

 

「ファルゼイさん、か。また明日、話を聞きに来るのか?」

 

「そのつもりだ。何か、今日のうちに伝えておきたいことはあるか?」

 

「……いや、ない。俺もあんたみたいな上官を持てれば、ちいとは祖国のためにもっと戦えたのかなと思っただけさ」

 

ファルゼイはこの会話の記録について、以降はより詳細な情報を得ることができるだろうと記録している。この文書は夜中に打鍵され、より奥にある上位の指令所まで運ばれた。

 

そのため、ファルゼイがいた指揮所に対する攻撃から免れて残ったのである。日付からして、それは襲撃の本当に寸前に作られた文書であった。

 

以降、ファルゼイの記録は記録から消える。崩壊した指揮所からは少なくない人が脱出し、あるいは捕虜となっているが、その中に彼の名前はなかった。

 

もちろん、他の可能性もある。この攻撃を好機と捉え、ナクゥド側に潜入したということは、あり得ないわけではない。ただその場合であっても、一通りの惨禍が終わった後であれば家に戻ってきていてもおかしくはない。

 

エイストン家には、まだ整理されていない文書も多くあった。あのファルゼイがこれを放置したままどこかで名前を変えて生きている、と考えるのはもはや難しいほどの時間も経過した。

 

この物語を書くことは、僕にとってファルゼイの欠落を再認識するための儀式としての側面もあった。彼と過ごした時間は決して長いものではなかったが、僕にとっては最も心許せる親友であった。

 

あの惨事で失われたものは多く、時間がただ過ぎるだけでは癒えない傷を受けた人は多い。僕もその一人である。

 

もしこの本が誰かの傷を癒やすためのほんの一助とでもなれば、これほど嬉しいことはない。

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