竜と戦った九人   作:小沼高希

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アラク・アゥ=ウワチの骨格 三

それからしばらくのファルゼイの記録は、ナクゥド語の細かい学習記録と洞窟内の図面作成に割かれている。言語の裏にある細かな雰囲気をなんとか言葉にしようとした試みや作業をする人達の様子の記録を見ると、彼は発掘隊の中で独特な地位を占めていた事がうかがえる。

 

他にもいろいろな記録はある。落盤によって潰れた通路を拓くのは相当大変だったようで、遅々として進まない作業に苛つくバーント博士の横顔も描かれている。それに加え、故障の多い機材とくれば苦労が多い環境ではあったのだろう。

 

ファルゼイも素描で修理のための構造を描いているところを見るに、器用だからと色々なことを任されたらしい。

 

「しかし、何なのでしょうね。この洞窟は」

 

それでも研究者として、発掘隊の人々は天幕の中の机に整理した情報をまとめて定期的に議論を交わしていた。

 

「ファルゼイ君はどう思うかい?」

 

隊長であるバーント博士よりも年上の男性が、自分の息子の世代よりも若いファルゼイを見て言った。彼はもともと通訳として呼ばれていた歴史学者であったが、幸いにも隊長がナクゥド語を話せたために顧問のような形で書類仕事を行ってる人物であった。

 

「……基地、だったのではないかと」

 

「ほう!」

 

「入口の入り組んだ構造、時々あるくぐらなければ通れないような場所、そして通気の良さ……。塹壕や要塞にも似ています」

 

「だが、敵は何だ?」

 

「竜でしょう」

 

ファルゼイの言葉に、白髪の交じる男は面白がるような笑みを浮かべた。

 

「なら、あの骨は何だと考える?」

 

「……まず考えられるのは、何らかの儀式的なものです」

 

「あの空間に祭壇のようなものはなかったし、つまりは俺達が想像するような儀式とはかなり異なったものになる、という結論になるが?」

 

口を閉じていたバーント博士が、隊長らしい重々しさとともにファルゼイを見て言った。

 

「他の可能性もあります。あそこはある種の博物館だった。狩りの成果を自慢するような……」

 

「下手な議論は黙っているよりも悪い、と学ばなかったのか?ファルゼイ」

 

学院時代のような口調に怯えたファルゼイがぎゅっと身を縮めさせると、その肩に温かな手が載せられた。

 

「バーント君、他人の口を閉ざさせようとするのは君の悪い癖ですよ」

 

ファルゼイの後ろに立っていた老学者に言われ、隊長は気まずそうにした後で深く息を吐き、場を仕切り直そうとした。

 

「……俺は、これがここにいた人達の武器だったのではないかと思う」

 

「……武器、ですか」

 

バーント博士はファルゼイの言葉に頷いて立ち上がった。

 

「ここ二千年で乾燥が進み、ある程度植物や動物が育つ環境があったのなら、ここは竜の生息域に入っていた。そうは考えられないか?」

 

バーント博士が差したのは机の上の一枚の紙。ごみ捨て場のような空間から回収されたものを整理したものだ。小動物や人の骨、割れた土器や石器。少なくない人口がいたことを示唆する証拠は、裏を返せばそれだけ豊かな自然があったことを意味している。

 

「木が生えない寒い地域ですら竜は報告されています。可能性はあるでしょう」

 

「そうだ。その竜を討ち取るために重要なのは知識だ。どこに弱点があるか。どこを刺せば心臓に届くか。火を吐かれたら終わりだっただろうに、おそらくは決死の覚悟で誘い込んだ竜を倒したのだろう」

 

そう言ってバーント博士は回収品の一覧の最後を指す。折られ、髄まで煮込まれてもろくなっていた竜の骨。その関節の形が石で残されていなければ、見逃されていたかもしれなかった。

 

「……ある種の拠点で、同時に教育機関だったと?」

 

「もちろん、君の言う通りにある種の儀式的なものだった可能性もある。いや、むしろそうでなければ人間は竜に立ち向かえなかったのではないか?」

 

多くの人が住む地域から竜が追いやられて久しい。今や竜というのは遠い場所に現れてちょっとした災厄をもたらし、新聞を賑わせる程度の存在にまで落ちぶれた。しかし、かつてはそうではなかった。

 

「……バーント先輩。あなたの意見には根拠が薄い。竜の骨が何らかの価値を見出され、その模造品が作られていた可能性もある。入口が埋まっているだけで、他の洞窟にも似たようなものがあるのかもあるのかもしれない」

 

「そうだな」

 

否定するような口調のファルゼイに、反論すること無くバーント博士は同意した。

 

「……でも、もしそうだとしたら、より詳しい研究が必要です。もっと様々な視点から、この場所を調べなければならない」

 

この頃のファルゼイの記録を見ていると、次第に発掘にのめり込んでいることがわかる。大佐に宛てるために書かれた、短い、それでいて濃密な電文用の報告下書きからもそれは読み取れる。

 

ただ、そういう時間は長く続いたわけではない。遅れて届けられる新聞であっても、南にあるフェナゾン国がナクゥド国への圧力をかけていることは明らかであった。それは、北のヴォール国への挑発にも似た行為であった。

 

ここで少し、当時の新聞を見てみよう。

 

──フェナゾン大使館の前で暴動

 

──ナクゥド南部にてカルコツィク国の侵攻、同胞たるナクゥド国を救え

 

──弱腰の議会に宮廷と市民からは怒り

 

今となって見れば、あくまで遊戯の盤はナクゥド国とカルコツィク国でしかなかった。二つの列強国と、その間で影響を受けるそれぞれの従属国といった形。

 

まだその時は、両国の理性を信じることができた。どこかで落とし所をつけるだろうと、両国の政治や軍に詳しい人であればしたり顔で、良い葡萄酒で唇を濡らしながら語ったであろう。実際に、僕はそう語る人達を見た。そして、実際にそうなった。

 

もちろん、後から考えてみればこのような衝突もあの悲劇の序章であったのだと解釈することもできるのだろう。あるいは、落とし所のためにすり潰された、従属国であった二国を無視してる見方である、とも。

 

ただ、そのような話をファルゼイもバーント博士も、もちろんアラク・アゥ=ウワチで発掘に関わっていた人達も知る余地はなかった。

 

そして、その日はやってきた。後に数多の力による国境侵犯の一つとしてのみ扱われるような、それでも当時はそれなりに話題となった、カルコツィク国陸軍によるクシュヂィ『奪還』事件である。

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