竜と戦った九人   作:小沼高希

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アラク・アゥ=ウワチの骨格 四

クシュヂィはファルゼイが訪れていたアラク・アゥ=ウワチの東にある街だ。歴史的にはカルコツィク国の支配下にあった時代もあり、ナクゥド国に対する帰属心も当時は高いものではなかった。

 

日記の日付を確認する限り、アラク・アゥ=ウワチの発掘拠点にその街がカルコツィク国陸軍によって『奪還』されたとの話が届いたのはクシュヂィへの攻撃から十日ほど経ってからである。おそらく、定期的に訪れる隊商からの又聞きであったのだろう。

 

「在クシュヂィのヴォール公使館は……駄目だろうな」

 

整理された情報を見て、バーント博士は言った。集まっている噂は多いものではなかったが、少なくとも面倒な状況になっている可能性が高いことは共通見解であった。

 

「ここに来るまでの中で、やはりヴォールに対しては憎しみとまでは言いませんがあまり良くは思っていないというのは伝わってきました。もし公使館が攻撃されても、クシュヂィの街の人々は止めるどころか煉瓦を投げる方に賭けてもいいです」

 

「楽しい二国間友情ってわけか、ええっ?」

 

ファルゼイの言葉に皮肉らしくバーント博士は述べた後、煙草に火を付けた。バーント博士はかつては愛煙家であったが、遠方での発掘において煙草を持ち込む余裕があれば紙の一束を、墨の一瓶を運べとするほどには偏執的なまでの専門家としての側面のほうが強かった。

 

そのため、バーント博士が吸っていたのは贈物用の──有り体に言ってしまえば賄賂として使うためのものの余りであった。なお、僕が知る限りファルゼイは煙草を吸わない人だった。

 

「……撤収する」

 

煙を吐き、たっぷり時間をかけた後にバーント博士は言った。

 

「待ってください!まだ未探索の通路もある、それにあの骨格だって調査が完全に終わったわけじゃない。軍事的に価値の低いここまでカルコツィク国の軍が来るとは思えませんし」

 

「……問題は二つある。一つはクシュヂィの街がカルコツィク国の手に落ちた時、必要な物資が手に入れられない可能性だ」

 

水はある程度の量であれば付近の街で買うこととができるが、食料となるともう少し遠出する必要が出てくる。発掘に使う道具や資材となればクシュヂィの街まで何日かかけて行く必要がある。

 

「二つ目は、ここが軍事拠点だと考えられる可能性があることだ。その場合、遺跡を守りきれるかはわからん」

 

「……実際にそういう側面は、あります」

 

バーント博士の言葉に、ファルゼイはそう返すしかなかった。

 

その意味は、彼の手帳を見れば一目瞭然だ。鉄道の様子、ナクゥド国の各地の賑い、移動に必要な物資の量に、国境付近での地形。その記録は、もしヴォール軍がこの地域で軍事活動をするのであれば大きな助けとなっただろう。

 

バーント博士を中心とする発掘隊の派遣は、軍部の影響を強く受けたものだった。もちろん、こういった活動は当時であっても国際法規の範囲内であったことは断っておく必要がある。

 

「ヴァドキンス大佐もそこらへんはわかっているだろう。考古学的意味を踏まえれば現場をそのままに残しておくのがいいが……」

 

また煙を吸って、吐き出すバーント博士。

 

「……ファルゼイ、頼みを聞いてくれるか?」

 

「それは友人に対してのものでしょうか。それとも、ヴォール陸軍から援助を受けている発掘隊隊長としてのものでしょうか」

 

「後者の場合だと命令権はないだろ、あとは爵位とかか?残念ながら我が家は代々の酒屋だよ、学院行きだって相当大変だったんだ」

 

「……一応、ヴァドキンス大佐から、内密ではありますが、命令書は貰っています。軍事方面であれば、それなりの強権を持てるかと」

 

二人は深くため息をつき、地図を広げた。

 

「ファルゼイ、現状報告を優先しろ。クシュヂィの街まで駱駝を飛ばせ。君が絵を教えていたイザットは駱駝乗りだから、帰りは彼一人でやればいい」

 

駱駝を走らせる時、荷重の一つは操作する人間である。そのため、子供を使うことは珍しいものではなかった。

 

「本国に事後でいいから連絡しろ。もし必要とあらば、こちらはヴァドキンス大佐から提案されていた撤収案に従ったとでもしておく」

 

「……どれだけ保ちますかね、ここは」

 

「現地の人達はそう困ることもないだろうさ。何なら時たま歩いて街に帰ったりもしているからな」

 

このあたりの契約は良く言えば柔軟性が高かったようで、しばしば人数が足りていない事があったと後にバーント博士は語っている。

 

「……そうですか。彼らに影響がないのは、いいことです」

 

「それとなぁに、必要とあれば俺達も故国に帰るだけなら南に行って国境を堂々と超え、フェナゾン国経由で向かえばいい。ヴォール国とは別に戦争をしているというわけではないからな」

 

笑って言うバーント博士に、ファルゼイも釣られて笑った。

 

それからの旅の準備は、かなり迅速に整えられた。手帳の中で諜報活動とみなされかねない部分は紙の根本から切り取られ、バーント博士に預けられた。実際に、手帳は後で改めて装丁されたものだ。

 

水や食料などは、移動の最中で買われることを想定してかなり減らされた。いくつかの重要な書類や軍の身分証明書は、外套の中に縫い込まれた。

 

『ファルゼイ先生を運ぶ際には、速度を優先すればいいんだよな』

 

『お願いする。運ばれる身である以上、できるだけ苦情は言わんさ』

 

イザットに対するファルゼイの態度は、おそらくは同僚に向けるものに近かったと考えられる。記録の当初では彼に対して未成年であるという先入観があるが、その後の対話を通じて彼はイザットの認識力についていくつかの賛辞を残している。

 

もちろん二人の間にはかなりの違いがあったが、互いに尊敬するような関係を築けていたようだ。昔の彼を知る僕としては、彼がこのような関係をこれだけの短期間で作れるほどの変化があったのだと驚くほかないが。

 

駱駝の旅については、彼は記録をあまり残していない。書く暇も惜しかったのもあるだろうし、揺れでかなり苦しんだのもあるだろう。しかし、それだけあって速度はかなりのものであった。

 

騎兵の駈歩(かけあし)の倍以上。荷物の少なさや乗り手の習熟、駱駝という動物の特徴を踏まえても、強行軍と言っていいだろう。

 

そうしてクシュヂィにたどり着いたファルゼイが見たのは、来る時に通った街とそう賑いの変わらない街であった。

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