竜と戦った九人   作:小沼高希

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イス=サークァーンの尖塔
イス=サークァーンの尖塔 一


天を衝く塔の全ての階の全ての窓に、弓兵たちが構えて待っている。

 

リマーリベッケンの絵画「尖塔」を知る人も多いだろう。その原案となった伝説の舞台がナクゥド国のイス=サークァーンに由来することはあまり知られていない。

 

とはいえ東方学の関係者であれば知っていてもおかしくない話である。事実、ファルゼイも名前を聞いたことはあったようだ。

 

さて、列車を降りてイス=サークァーンを訪れたファルゼイに待っていたものは拘置所での夜であった。

 

「間諜と見做すのには十分な証拠がある」

 

案外良く眠れた翌朝にファルゼイを待っていたのは、地元の憲兵による尋問であった。

 

「学者ですから記録を取るのは当然です!」

 

彼のナクゥド語は駱駝乗りのイザットとの会話で鍛えられたのもあって、実に流暢なものであった。その流暢さ故に疑われてしまったのである。ちなみにイザットはその後普通にファルゼイと別れて顛末をバーント博士に伝えるために戻ったそうだ。

 

「ならこれが読めるか?」

 

「ええと、ナクゥド語ならそうですね、『カルコツィク国陸軍、クシュヂィの悪徳領主の討伐輔翼を担う』ですかね」

 

かなり偏った内容のフェナゾン系の新聞記事を見ながら、ファルゼイはしばらく前に後にした街で起こった顛末を把握していた。

 

「フェナゾン語が読めるとはやはり間諜だろう」

 

「そりゃ西方人だから読めますって」

 

「俺の知ってる西方人はナクゥド語もフェナゾン語も碌に話せなかったぞ」

 

「どういう人です?」

 

「鉄道を通しに来た技師たちだ」

 

「ああ、彼らにとっては難しいでしょうしね……」

 

ヴォール語とナクゥド語はかなり違った言語だ。しかし間にフェナゾン語を挟むと多少は伝わるようになる。これはロイハム荒地が言葉の伝播を阻んだためだ。とはいえ、フェナゾン語を話せるヴォール人は決して多くはない。

 

「ここに来た目的は?」

 

「尖塔を見に」

 

「……他には?」

 

「純粋に観光が目的と考えてもらっていい」

 

「こんな何もない所までか?」

 

「何もないとは何だ、例えば君の着ている服はクァイトゥン織りだろう。それは君たちの先祖が代々作ってきた名品だ」

 

「いいだろう?俺の婆ちゃんが憲兵隊長になった時にくれたんだ。見ろよこの刺繍を」

 

案外人というのは単純なもので、意外なものを褒められると調子に乗るらしい。確かに思い返してみれば、ファルゼイはこのような視力と呼ぶべきか、あるいは独特な着眼点とでも形容すべきものを昔から持っている人物であった。

 

そういうわけでファルゼイはイス=サークァーンを見る許可を手に入れたのである。少なくとも手記を見る限りはそのように書かれている。

 

もちろん、他の見方もできる。僕の個人的な知り合い──あえて名前は伏せさせてもらう──は、これを見てこの憲兵こそがナクゥド国と繋がりのある間諜だったのではないか、との仮説を立てた。

 

もはや真相は今日となっては知りようがないことだ。ただ、日誌にはこの憲兵の名前が書かれていなかったことは記しておこう。

 

それからしばらく、ファルゼイの記録は現地のナクゥド語で書かれることになる。これはおそらく何か質問された時にこのようなことを調べている、と答えるためのものだろう。街並みや遊ぶ子どもたちの素描の合間に、食べて美味しかった料理や宿の評価などが書かれている。

 

しかし、ヴォール語で書かれている部分もある。周囲からの侮蔑にも似た視線について、彼はかなり気になったらしい。それは異邦人に向けられる奇異のものと似た、しかしそれ以上に恨みにも近い感情が込められたものだった。

 

酒場に行っても長い時間待たされ、注文しないのなら帰れと言いに来た店主に酒を頼み、永らく酒が出ず、やっと出た酒を飲んだら高額な支払いを要求される、と言う有り様であった。

 

ただ、その理由はすぐにわかった。以前この街を訪れたヴォール国の人物は鉄道関連の人達であり、彼らはかなり横暴だったそうだ。あらゆる支払いを値切り、軍や国の力をちらつかせて圧力をかけ、賄賂の一つもよこさない、と。

 

酒場で語られるひそひそとした話を聞き取れる程度にはファルゼイの能力はあったし、それを冷静に分析できるほどの知性もあった。

 

駅の構内や線路の様子を見る限り、彼らの仕事はかなりしっかりしたものであったはずだ、とファルゼイは記録している。

 

この不和は、相互の不理解が起こしたものだと考えることができるだろう。ヴォール国の当時のある人物の言葉を借りるとすれば『野蛮なナクゥドの民は、文明を拒む』というふうに捉えられたことの逆だ。

 

もちろん、これはあまり良い見方ではない。それは単なる文化や風習の相対的な違いに過ぎない、と考える人も今日ではようやく増えてきたが、当時そのような意見を持つのは難しいことであった。ファルゼイの視点にも、どうしてもナクゥド国の人々に対する反抗的な目線が感じられる。

 

しかし、ある時を境にそういった意見は薄れることになる。

 

「お前さん、ここに来てそう経ってないだろ」

 

ファルゼイが話しかけられたのは、酒場に入り浸っていそうな老人からだった。

 

「……ええ」

 

「おい店主!旅人の迎えの酒すら出せなくなったのかこの店は!」

 

「うるせえ爺!そういうのは今日の酒代ぐらいは払ってから言うものだ!」

 

厄介な人に絡まれた、とファルゼイは思いつつ、それでも話を聞ける相手がいると考えて色々な質問をした。

 

「イス=サークァーンの尖塔を知っているか?」

 

()()()()()()()の塔だって?はは、そうかそうか、お前はそれを知らないのか!」

 

楽しそうに笑いながら、老人は酒をまた呷った。

 

「いいか小僧。塔の話をするなら準備が必要だ。昔々のイッサークァンの話だ。まだ大王(サークァン)がいた時のことだ」

 

老人の話は数日に渡り、結果としてファルゼイは少なくない酒代を払うこととなった。ただ、その物語は西方で知られるような王ジザンのものとは大きく異なっていた。

 

もちろん、それが真実であるという証拠はない。何人かの東方学者たちがこの発言の裏付けをしようとしているが、未だ文字としての資料は見つからないようだ。

 

原文を知りたい読者はファルゼイがまとめたものが東方学協会の出版物にあるためにそちらを読んでもらうとして、ここではあくまで要約として、老人の語った物語について触れようと思う。

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